詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

切り倒す

2017-03-07 12:45:27 | 

切り倒す

 

放射能を食べた木は

次々と切り倒されて行った

本当は放射能が木皮に付着したのだが

 

小さな子どもたちがいる学校や

幼稚園や保育園

そして公園や運動場など

 

木は倒れる時涙を流した

涙の水を拭きだすのは自分の悲しみと

同じ木の運命の悲しみ

 

一年が過ぎ二年が過ぎ三年が過ぎた

切り倒した木の近くに新しい木が植林された

成長には長い年数が必要だ

 

この木の哀しみについて詩に書いたことがある

書いている内に自分が切り倒された

木になっていくような錯覚に陥った

 

切り倒された木が痛みのない想像の木でも

五感が震えた

木の悲鳴が耳奥に走るのだ

 

夜になると切り倒された木の数だけ

耳奥から悲鳴が溢れ出してくる

だから両の手で耳を塞いで眠ろうとした

 

今思えば耳を塞いではいけなかった

木の悲鳴を正座して聴くべきだったのだ

半分眠りの中にいても

 

木は沈黙をしている

長い長い沈黙だ

木は沈黙することで怒りを鎮めようとしている

 

新しく植林した木が

大きくなり周りに木陰を作ることができるまで

切り倒された木は沈黙している

 

何気ない風景なのだが

大きく一歩を踏み出すと体がその円周に入る

沈黙する木の中から呟く声が聴こえている

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