詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

桜が咲く頃

2016-10-18 06:31:38 | 

桜が咲く頃

 

この散歩コースには 
東日本大震災の
津波による被害者の
遺体安置所になっていた体育館がある 

三年前の 桜が咲く頃には
体育館の扉の中から 
泣きながら
名前を連呼する声が聞こえてきた

扉を開けると
無言の棺がいっぱい置かれていて
その前で 立ち止まっては顔を確認し 
名前を呼び続けた

体育館の中は 名前が反響しあって
舟のように揺れていた

名前を捜しながら
船酔いしたような青白い顔が
灯りに 
ぼんやりと浮かんでいたのを覚えている

遺体同士が
何かを囁きあっていたようだが
狂乱していたのだろう
気づかずに通り過ぎてきた

DNA鑑定を待っている棺もあったが
いつの間にか
桜は散ってしまった

葉桜を小まめに折りたたむと
暑い夏がやってきた

腐敗しないようにと温度調節をしても
家族を待つ棺の数が減ることは無かった

あれから三年が過ぎた
あの体育館は 
元の目的の場所に戻っていったが

桜の花が咲く頃になると
いまだに 体育館の中では名前が反響し
舟のように揺れるらしい

だから桜の花びらは
魂の一つ一つを慰めるようにしながら
散っていく

体育館の中から
元気な声が聞こえてくる
パス回しをしながら
シュートの練習をしているのだろう

ぐるりと回って
ボールが落ちてくる
その下には
忘れてはならないものが待っているのだ

(詩集 桜蛍)