風のアダージョ

切なさの向こう側、樹木を渡る風笛が聞こえる

サキ

2017-06-13 | 自作小説
 喉に刃物をつきつけられても、サキは不思議と怖くはなかった。土壇場になるとヘンに腹が据わってしまう癖は子供の頃からであった。
「早く白状しねえか!亭主をどこに隠した!」三白眼の男はすごんでみせた。 「さっきから言ってるでしょ!私が知りたいくらいなんですよ!」
サキは同じことを繰り返して言った。夫の惣吉が三日三晩も家を空けたことなど今までなかった。少し遊び人だが、どこか憎めない惣吉をサキは嫌いではなかった。
 サキの生家は、浅草界隈では大きな呉服問屋であった。父が商売仇の勝三に騙されて身上をすっかり取られてしまう5歳の時まで、サキは何不自由なく育った。没落後は、両親が苦労をしながらなんとか暮らしを立てた。父の富吉は、屈辱的な暮らしから病に倒れ『すまない、すまない。』と、言い残しながら死んだ。
その後は、母のトキが小料理屋の手伝いをして食い繋いできたが、その母もサキが16歳の時に死んだ。臨終の床でサキの手を握り、『父母の仇を討ってほしい。家を再興してほしい。』と、言い残した。
サキは読み書きソロバンができ、利発であった。すぐに大きな旅籠屋に奉公先が決まったが、17歳の時、そこの主人から力づくで女にさせられるとそれを知った女将に、ひどいせっかんを受け放り出された。行くあてのないサキを助けてくれたのが、惣吉だったのである。

 小間物を扱う小さな惣吉の店で、サキは一生懸命働いた。ほどなく帳場を任されるようになると、店は徐々に大きくなっていった。
相変わらず惣吉は遊び人風ではあったが、サキを大切にした。サキはこのまま穏やかに人生を過ごせたらと願った。
しかし、そう思えば思うほど、父母の惨めな最期が思い浮かび、母の遺言が頭をかすめるのである。

 「わかったな!今夜はこれで帰るが、隠しだてなどするんじゃないぜ!」
捨て台詞を残し、三白眼の男は戸を蹴飛ばして帰って行った。サキは袂で喉を押さえた。血が滲んでいる。
惣吉は一体どこへ行ってしまったのだろう。惣吉の身に何が起こってるんだろう。人の良さそうな惣吉と今夜の三白眼の男がどうしても結びつかない。
不安でたまらず惣吉の身が案じられ、三日三晩ロクに寝ていないサキであった。こんなにも惣吉を好いていたのかとサキは思う。

 あくる日の晩、惣吉は血だらけになって戻ってきた。
倒れ込んだ惣吉は、熱にうなされ傷に呻きながら、サキの両親の仇を討とうと勝三のところへ乗り込んだのだと告げた。
そして勝三から”このまま土地を離れれば、サキには手出ししない”という証文を取ってきたと言って見せた。
「おまえが時折見せる悲しげな顔が、ずっと気になっていたのだよ。仇を討ってやりたかったのだが、サキよ悔しいだろうが昔のことはもう忘れてくれ。この土地を離れて出直そう。」 惣吉は訥々と繰り返した。
サキは泣いた。惣吉が痛がるのもかまわず、むしゃぶりついて身体を揺すって泣いた。

 二人の姿が忽然と消えたのは、それから間もなくであった。駿河の方で行商をしているらしいとか、丹波の山奥で炭焼きをしているのだとか、しばらくは噂に上っていたがそれもまもなく聞こえなくなり二人の名前を口にするものもいなくなった。そして、時は流れていった。

 安政二年の十月、江戸を大地震が襲った。惣吉の店があった辺り一帯も焼け野原と化し大勢の死者が出た。その中に、勝三の名前もあった。
翌年の春まだ浅きある日、サキの父母の墓の前に一枝の桜の花が供えられてあった。そこだけが、柔らかな陽ざしが射し暖かかった。
その墓に通じる小道の先に、仲睦まじく歩く夫婦の後ろ姿があった。

***

【安政江戸大地震(1855年安政二年)とは】
安政二年(1855年)10月2日午後10時ころに大都市江戸を襲った直下型大地震です
震源地は江戸湾内で、地震の規模をあらわすマグニチュードは6.9の直下型でした
江戸市中30箇所以上から火災が発生し燃え広がりました
築地・浅草などの下町界隈は被害甚大で死者も多かったということです



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