風のアダージョ

切なさの向こう側、樹木を渡る風笛が聞こえる

通勤電車の怪 ケーススタディ イトウマユミの場合

2017-06-15 | 自作小説



 私が可南子と知り合ったのは、ほんの偶然でした。
毎朝の通勤電車、その日は土曜日ということもあって、行楽に出かける家族連れも乗りあわせていました。
弾んだ親子の会話を聞きながら、なにげなく車内を見渡していた時、ふと、網棚のバッグに目が留まったのです。

 それはオレンジ色のブリーフケースでした。
女性用のそれは、なぜか私を奇妙な気持ちにさせたのです。
乗客が入れ替わっても残されたままのそのバッグ。気になった私は駅員に届けることにしました。
そして、そのまま数日が経ち、そのことはすっかり忘れていました。

 私は、無口な性格で人付き合いが苦手です。
30歳の今日まで、ただ真面目に会社員として働いてきました。
親戚から持ち込まれる縁談にもその気になれず、貯金もそこそこある今は、自由な気楽さから淋しさを感じることはありません。

 平凡な日々が過ぎて行ったある日、自宅の電話が鳴りました。
”伊藤麻由美さんですか?ブリーフケースを届けていただき、ありがとうございました。”
それが可南子でした。大事な書類が入っていたらしく、どうしてもお礼をしたいと言う可南子と会うことになったのです。

 その可南子は、なんとも可愛く明るい女の子でした。
ハツラツとして気取らない可南子に、私は好感を持ちました。
そして、気が合った私たちはその後も、お茶を飲んだり食事をしたりするようになったのです。
連休には、可南子の提案で温泉旅行もしました。
一緒にお湯に浸かり、のんびり散策などを楽しみ、25才の可南子と30才の私は、姉妹のように親しくなっていったのです。

 その頃巷では、信じられないような事件が起きていました。
NASAの機密データが流出し、世界中にネット配信されたのです。
その内容とは…





 世界中にネット配信された内容とは、宇宙人の存在を証明するものでした。
NASAはもみ消しに躍起になっていますが、宇宙人は現代人としてすでに人間社会にとけ込んでいるというのです。
私は、そういう奇想天外なことには興味がなく、宇宙人もUFOも信じていません。
そのうちそんな話題も下火になっていくだろうと思っていたそんなある日、社員食堂にあった雑誌を何気なく手に取りました。 
”宇宙人の地球征服計画”というタイトルでした。

 ”宇宙人は、目をつけた人間にマーキングして、徐々に改造しながら宇宙人に仕立て上げ、地球征服を企んでいるらしい” 
と、ありました。馬鹿馬鹿しいと思いながら次のページを開いた私は、総毛立ちました。

”宇宙人の特徴と見分け方” ”背中に500円玉くらいの星形のマーク。あなたの隣人の背中は大丈夫?”

 私、見たのです。温泉旅行で、可南子の背中の痣のようなもの。
肩甲骨のところに、まるでタトゥーを入れたような500円玉くらいの星形のシミがあったのです。
まさか!可南子が!頭が真っ白になりました。
その日は仕事に身が入らず、やっと一日を終え退社しようと会社を出ました。
すると、目の前に可南子がニコニコと待っていたのです。
私は、悲鳴を上げ、一目散に駅まで走りました。引きつった顔の筋肉が、なかなか元に戻りませんでした。

 ビクビク日を過ごしていましたが、可南子からの連絡はありません。
三か月経ち、半年経ち一年経っても、私の日常になんの変化もありませんでした。
可南子と出会う前の平凡な日常が戻ってきました。
そして、私はお見合いをして結婚したのです。

 夫は、実直な地方公務員で私を大事にしてくれます。
新婚三か月の今、こういう二人の生活もいいものだなと感じ始めていました。
そんなある晩、夫との親密な夜の時間を過ごした私は、夫の腕の中でウトウトしていました。
耳元で夫の声が子守唄のように、優しく聴こえてきます。

”麻由美は色白で、肌がスベスベしてるね。
それに、 肩甲骨のところにあるタトゥーのような星形のシミが、まるで白磁の陶器の美しい模様のようだよ。”

 その言葉に私は、氷つきました。 
まさか!まさか!!まさか!!!私はすでに、マーキングされていたのか!!!   

 頭の中が真っ白になり、次第に気が遠くなっていきました。
そのぼんやりとした意識の中で、私はあの日の通勤電車のブリーフケースを思い出していました。
ほんの親切心から届けた行為でした。

それがこんなことに繋がるなんて。世の中の理不尽な落とし穴。
ブリーフケースの鮮やかなオレンジ色が覆い被さるように迫り、私は意識を失っていきました。


***

”人間を徐々に改造しながら、宇宙人に仕立て上げていく。” 
あなたの隣人の背中は大丈夫?



-END-


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係 ありません 



自作短編集をメインブログから引っ越しさせています
しばらく続きます、ご了承ください
(C)Kanon

ジャンル:
小説
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