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明知鉄道 岩村城 の旅

2013-08-19 00:43:50 | 城を巡る旅
今回は、岐阜県にある女城主で有名な岩村城、そして日本大正村 の旅を紹介します。

JR恵那駅で下車し、明知鉄道に乗り、岩村駅を目指します。


明知鉄道は、JRから第三セクターとして生まれた会社で、恵那から明智までを結んでいます。
1両編成の電車で、土日は観光客が多く列車は満員のときもあります。
今回は、旅行会社の明知鉄道に乗ってハイキングをする団体と同じ電車のため、満員です。
恵那駅から30分ほど田畑と山の周辺を進んでいくと岩村駅に到着です。
駅を降りると小雨が降りだしてきたので駅員さんからビニール傘を貸していただき、出発です。
往きは少し雨が降ったので傘は助かりました。



駅から10分ほどすると旧宿場町の岩村本通の町並みに到着です。
岩村本通りは商家の町並みとして、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
岩村は江戸時代には、岐の政治・経済・文化の中心として栄えた城下町で、町家地区が、歴史的景観を良好に伝えており、「遊歩百選」にも「城址と古い町並み」として選ばれています。
現在も、保存地区内では地元の商店街が営まれており、生活感のある町並みが旅行者を穏やかな空気で包んでくれます。
保存地区内には、木村邸・土佐屋・勝川家・柴田家・上町まちなか交流館といった旧家が一般公開されています。
岩村名物「かんから餅」を食べました。


かんから餅とは、おはぎ のようなお餅を一口大に丸めたものです。
素朴な味でなかなかおいしいです。
店内では、お客さんがこの餅を食べています。人気があるようです。

一服して、岩村城へ向かいます。

岩村本通を通過して、山が見えてきます。
ここからは山道の始まりです。
傾斜はゆるいので普通の皮靴でもOKですが、ジョギングシューズがお勧めです。
ここから岩村城の本丸まではさらに約30分ほどかかります。
しばらく歩いていくと本格的な山道になります。

結構草が生い茂っているので、クモの巣には気をつけてください。
15分ほど歩くと石垣が見えてきます。
岩村城の入口に到着です。

ここから坂道は険しくなってきます。

安土城ほど険しくありませんが、櫓をすぎ、門をくぐっていくと二の丸、本丸が見えてきます。

本丸跡地は、広い場所で高度もあるので、周囲は、絶景が見渡せます。


岩村城について紹介します。
岩村城は恵那市の南部に位置し、明知鉄道明知線岩村駅の南東に位置する山城です。
城は明治6年に全て取り壊され、現在は城壁のみとなっています。
本丸が諸藩の居城の中で最も高い海抜717mに位置しており、日本三大山城の一つに数えられています。
三大山城: 岩村城(岐阜県恵那市)、高取城(奈良県高取町)、備中松山城(岡山県高梁市)
山城としての規模は大きく、また、その石垣は見事なものです。

本丸の外側に二の丸、西外側には出丸、二の丸の外側に三の丸を配置。本丸には二重櫓が2基あったが天守はなく、三の丸大手口にあった三重の到着櫓が天守の役目をしていました。

戦国時代には鉄壁の守りを誇る天下の名城で、武田氏と織田氏の間で争奪戦が繰り広げられた城です。
岩村城は、戦国時代 遠山氏の本城で、武田氏に備えていました。

信長の命で信長の叔母お直の方は、岩村城の遠山氏に嫁ぎますが、城主は、病死し、お直の方は、信長の六男の信吉を養子に迎え、岩村城の女城主となります。
このお直の方が女城主として現在有名になっておられる方です。
このような城の歴史をよく調べて旅に行き、現地を観光すると味わい深い旅になり、見るものすべてが意味深いものとなります。
本丸跡地で休憩し、岩村駅へ向かいます。

次に、明知鉄道の終点明智駅の日本大正村へ行きます。

ここは、大正時代を再現した町で、駅から20分くらいで大正ロマン館へ到着です。

この建物は、大正ロマンを感じる建物で、高台にあるため明智の街並みを2階のベランダからみれます。
次に、大正村役場を見て、大正村資料館で大正村、明智の歴史にふれます。
名前が明智ということで、明智光秀が生まれたと言われている場所です。
明智の南部丘陵、「千畳敷」の砦趾に明智光秀が生まれたことを示す「光秀公産湯の井戸」と称するものもあります。「光秀公の供養塔」もあります。
時間があれば、ゆっくり巡ってみたい所です。

今回は、歴史を愛する方々に岩村城をお勧めします。
駅から少し遠いですが、行ってみてください。
城はないですが、城を想像して歩くと楽しいものです。


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