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中東の諸問題の根源は、英国にある。

2017年01月30日 02時50分05秒 | 日記
中東には膨大な石油があるため、19世紀初頭から欧州は中東を植民地しようとしていた。とくに1914年から1918年まで続いた第一次大戦に勝利した欧州、とくに英国は、中東の植民地化を意図して中東諸国と秘密外交契約を結び約束を無視している。

(1)フサイン・マクマホン協定
1915年、メッカのカリフであるフサイン・イブン・アリーとイギリスの駐エジプト高等弁務官ヘンリー・マクマホンとで結ばれたもので、第一次大戦で、対トルコ戦協力(アラブで反を条件にアラブ人居住地・統一国家の独立支持を約束したが、最初からの意図通り、反故にしている。
(2) サイクス・ピコ協定
第一次対戦後イギリスとフランスは中東地域を分割して植民地支配権と、資源利権の分配に居プ鄭を結んでいる。
サイクス・ピコ協定で国境線により、クルド人はトルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断され、そして、アラブ人に約束した、一個のアラブ人王国を作るという約束も反故にしている。そしてキリスト教・ユダヤ教・イスラム教の共通の聖地のあるエルサレムを、分割し、ユダヤ教徒に占有させている。


第二次対戦後、この土地からパレスチナ人を追い出して、イスラエルが建国され、現在も衝突が起こっているパレスチナ問題となっている。


更には、石油田を狙って欧米によるイランの侵略が行われた。イランは、王族支配を打破する民主化運動が起こったが、アラブ諸国、欧米、ソビエトはみな、イランの民主化革命を阻止しようとし、イラクを利用してイラン革命を阻止しようとしていイラクに武器支援を行い、イラン・イラク戦争を起こした。

と言うように中東の石油を狙って、欧米各国が武力干渉をして来た事に中東問題がある。



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