platea/プラテア

『ゲキxシネ五右衛門ロック』『The Musical AIDA』など、ミュージカルの話題作に出演の青山航士さんについて。

「誰も寝てはならぬ」と言ったのは

2006-02-28 | ダンスファンの独り言
 フィギュアスケートファンの皆さんこんばんは、と思わず書き出してしまうほど、スケート関係の検索ワードでたくさんのアクセスいただきました。「荒川静香」「誰も寝てはならぬ」「歌詞」という項目が一番多いので、歌詞のご紹介です。

(王子)
誰も寝てはならぬ、誰も寝てはならぬ・・・
そなたもだ、
冷え切った部屋で
愛と希望に光る星を
みつめている姫よ

私の謎は
私のうちに閉ざされている
私の名前は誰も知るまい
太陽が輝いたら
そなたの唇に私が告げよう
そして私のくちづけは
そなたを私のものにする
沈黙を解くだろう

(女声コーラス)
誰も貴方の名前を知りますまい
私たちは、ああ、死ななくてはならないでしょう

(王子)
夜よ失せろ、星たちよ消えろ
曙光と共に私は勝つ

 前記事「氷のような姫君の心も」に書き落としている粗筋を付け足すと、姫が求婚者に出す、結婚か死かの謎解きを王子カラフが解くのですが、そこは氷のような姫のこと、やっぱり嫌と(ひどいな~)言い出します。そこで王子は逆に、明日までに彼の名前がわかったら、姫に命を捧げると謎を出すのです。姫は街中の人間に王子の名前がわかるまで「誰も寝てはならぬ」と御触れを出し、王子の名を知るものを探そうとします。王子は現在の中東~中央アジアの遠い国から来た設定で、物語の舞台となる北京で彼を知るものはいません。ただひとり、王子の奴隷リューが知っているはずと拷問にかけられ・・・というお話。
 ヨーロッパの記者の間ではスルツカヤやコーエンの知名度が断然高かった(彼らの不勉強もあります~。スコット・ハミルトンというアメリカの元名選手は金はアラカワ、と予想していました)その中で極東から来た舞姫が見せたしなやかな演技は、この『トゥーランドット』の持つ東洋の美と謎の魅力に,ぴったりと重なったでしょうね。衣装も洗練されて、とっても素敵でした。荒川選手もスタッフも、演技が進むに連れて、王子カラフと同じく、勝利を確信したことでしょう。
 西洋のものだけに偏らない、美意識の多様化が、フィギュアの世界でも感じられて楽しいオリンピックでした。スケートファンの方、青山航士さんがNHK教育『うたっておどろんぱ!』(土曜9:00~9:15)で見せる「三忍者」、機会があれば是非ご覧ください。・・・今週からハイライト版なので放映される確率が高いです。チャラチャラしたダンスでなく、アスリートの身体機能で日本的なダンスをしたら・・・という感じで見ていただけると思います。

5年前

2006-02-27 | ダンスファンの独り言
 あゆあゆさんから『グランドホテル』詳細レポートⅡ・Ⅲを、2月13日付け「あゆあゆさんの『グランドホテル』詳細レポ」のコメント欄に頂きました。皆さん是非お読みください♪ 脳内再生が鮮明になり、とっても嬉しいです! ありがとうございました。 
 
 今日は青山さんのお誕生日ですね。5年続いた『おどろんぱ』15分版が終わろうとしていますが、ファンはとにかく質の高いダンスがつぎつぎと観られて幸せでした~♪ 青山さんを観て、ダンスに対する感覚が変わった方、とくにお父さん達男性に多いのではないでしょうか。上手なダンサーはある程度いても、誰かの意識を変えることが出来るのは、その中でもごく一部に限られると思います。
 『おどろんぱ』が開始した年には、エディンバラ・フェスティバル参加作品『森羅』で深い精神世界を表現しておられますが、その純度の高い個性は、どんな表現の場でも変わる事がありません。バレエファンとしては、この才能がいわゆる「バレエ界」に属していないのを惜しんだこともありますし、あれだけ踊れるのに歌も歌うの?と今でもどこかで驚いてはいます。でも、ダンスに関心のない観客であっても惹きつけてしまう表現者としての逞しさと柔軟さには、そんなジャンル分けのようなものは必要ないようですね。
 これからも新たな観客との出逢いを経て、最終的にどこに行きつかれるのでしょうか? 青山さんの重ねる歳月が楽しみですね~♪
改めて、おめでとうございます。
 

氷のような姫君の心も

2006-02-24 | ダンスファンの独り言
 フィギュア女子金メダリストの荒川静香選手、オリンピック直前に曲を『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」に変えたそうです。本田美奈子さんが亡くなられた時にもふれたこの曲、求婚者を次々と死に至らしめる美女トゥーランドットの愛を勝ち取ろうとする王子が歌うのですが、イタリアの観客の心も、勝利の女神の愛も勝ち取った荒川選手、本当に幸せそうでした。
 8年ぶりの五輪、まだ高校生だった前回は、過度の期待に足かせをつけられたようになり、実力どおりの、また望まれた成績を残していません。その頃は「笑わない」と評判で、クールな天才肌の彼女でしたが、今日は満面の笑みで歓声に応えていました。
 実際のオペラでは「誰も寝てはならぬ」に続けて、叶わぬ恋と知りながら、愛する王子のために拷問に耐える奴隷リューの「氷のような姫君の心も」が作品のクライマックスとして歌われます。最後には自害までして王子のために秘密を守る彼女の心に触れ、冷血の美女トゥーランドットの心にも愛の力が宿り、王子の恋が叶うのです。メダリストの栄光の影にも、幾人もの無償の応援、心づくしがあるのでしょうね。

 ダンスファンにはフィギュア好きが多く、私もその一人です。ふと歴代チャンピオンを思い出すと、体重が200g増えるだけでも確度が大きく低下するというほど高度なジャンプが要求される時代になってからは、オクサナ・バイウル、タラ・リピンスキー、サラ・ヒューズと10代半ばの選手が3代続き、今回24才の荒川選手、の順です。フィギュア初のアジア人金メダリスト、と話題になっていますが、バイウルの前は日系アメリカ人のクリスティ・ヤマグチ、20才でした。
 例が少ないので強引ですが、やはりアジア人は比較的ゆっくりと成熟するような気がします。青山さんのダンスを見ていてもますます洗練されてきて、ピークはまだ先にありそうですよね。「氷のような姫君の心も」を、究極のファン道の歌として(?)これからも応援せずにはいられない、ということになりそうです。それはさておき、今日の荒川選手、心に花を咲かせた、氷のように美しい姫君でした。実力もさることながら、選曲の勝利ですね。

ジョーイ・マクニーリー@A.L.ウェバー作品

2006-02-23 | ビューティフル・ゲーム
 『ビューティフル・ゲーム』日本版振付のジョーイ・マクニーリーさん。『ウエストサイドストーリー』、『ボーイ フロム オズ』も振付しておられて、青山航士ファンにはすっかりおなじみです。
彼自身ブロードウェイでパフォーマーとしてジェローム・ロビンズ演出"Jerome Robbins' Broadway"('89)にリードダンサーとして出演。WSSの場面では、青山さんが演じた作品冒頭のシャークスの青年との足をかけたり唾をはきかけたりのからみのところを踊ったようです。
 そしてその2年前、'87年にはアンドリュー・ロイド・ウェバーの"Starlight Express"ブロードウェイ版に出演しておられます(川崎麻世さんが出演したのはワールドツアー版)。
 その後は振付家として"Smokey Joe's Cafe"('95), "The Life"('97)でトニー賞振付賞にノミネート、大ヒット作"The Boy from Oz"も手掛けて、大活躍の若手振付家、というところでしょう。
 そして'96年には、ウェバーの"Whistle down the Wind"のワシントン公演でも振付を担当しておられました。この作品は残念ながらブロードウェイ上演はならなかったそうです。そして今回は日本で『ビューティフル・ゲーム』を振り付け、マクニーリーさんにとっては10年ぶりのウェバー作品となります。
 ミュージカルには歌重視のものも多いようですが、作品がいかに視覚的に、舞台という立体空間に表現されるかは、振付家と音楽の関係次第、という気がします。ロビンズとバーンスタインの密な関わりから不朽の名作WSSが生まれたことはそのひとつの証だと思います。
 その点、ウェバーの作品をパフォーマーとして踊り、すでに他の作品で振付も担当したマクニーリーさんの日本版振付は、期待していいのではないでしょうか。青山さんという音楽性の高い、柔軟で鋭敏な素材を思い切り生かしていただきたいですね。

 パフォーマーとしての出演からおよそ10年、20年後に、その作曲家の作品を振り付け、発表する・・・ん~、なんとなく青山さんの未来と重ねてしまいます。もちろん私は青山さんにはできるだけ長く踊っていただきたいと思っていますが、青山さんが振付たものを1本でも多く見たいという気持ちも強いのです。今「三忍者」で見せてくれている、空間を押し広げるようなダンス、また「鶴」のような、ひたすら目も心も奪われてしまう美しい舞踊をぜひ舞台でも見てみたいです。・・・そう思うときりがなく、『ウエストサイドストーリー』で、バーンスタインの曲を全身で奏でていた青山さんの姿も思い出されますね。次の公演も、10年後も楽しみです。

『ビューティフル・ゲーム』製作発表

2006-02-21 | ビューティフル・ゲーム
シアターガイドHPに『ビューティフル・ゲーム』製作発表の様子がアップされました。今はトップページ右サイドバー「記者会見」欄に表示されています。ロンドンで上演されたものとは違う日本オリジナル版になるとは聞いていましたが、振付も日本で一から行われているような感じですね。『ウエストサイドストーリー』での青山さんのタイガー役が思い出されて、期待は募る一方。

シアターガイドHP

『ビューティフル・ゲーム』の時代

2006-02-19 | ビューティフル・ゲーム
 『ビューティフル・ゲーム』で描かれる69年から72年のベルファストは、プロテスタントとカトリックの関係が、アイルランドの歴史の中でも最も悲惨な時期にあったそうです。
 17世紀、カトリック教徒のジェームズ王が、プロテスタントのオレンジ公ウィリアムにアイルランドの王座を巡る戦いで敗れて以来、カトリックの政治的・経済的権利はそれまで以上に制限されていきました。現在のアイルランド共和国の国旗のオレンジ色は、その信者である国王の名からプロテスタントを、緑がカトリック、白はその融和を示しているということです。
 
 その後もさまざまの悲劇を重ねながら、カトリック差別が解消されることはありませんでしたが、アメリカの黒人の公民権運動に刺激され、1968年、アイルランドのカトリック教徒も公民権を勝ち取ろうと立ち上がります。しかしこれに対しプロテスタントの過激派がテロ行為で威嚇、カトリックの過激派もそれにテロで報復するという憎しみの連鎖に加速がかかってしまいました。
 72年には死者470人、1万件におよぶ射撃、2000個の爆弾が使用され、531人の逮捕者が出て、アイルランド紛争の長い歴史の中でも最悪の年と言われているそうです。"gettyimages"の写真からもその悲惨さは充分伝わってきます。『ビューティフル・ゲーム』は、日常に戦闘が食い込む、そんな時代を生きた若者達への、ベン・エルトンとウェバーによるレクイエムなのかもしれませんね。

アイルランドとアメリカ

2006-02-19 | ビューティフル・ゲーム
 アイルランド移民のもたらした民俗音楽・舞踊は、アフリカからのリズムと溶け合って、新しい国、アメリカ音楽の形成に大きな役割を果たしたと言われているそうです。ジャズ・バイオリンにはアイルランドの民俗音楽の影響が大きく、また、軽快なジャズダンスのステップは、伝統的なアイリッシュ・ダンスのステップを発展させたものが多いとも。世界中の人々を魅了したフレッド・アステアやジーン・ケリーのダンスは、さまざまな想いが交錯する移民の歴史の上に成り立っている、そんな気がします。

 ボストンに25%、ニューヨークに12%いるというアイルランド系アメリカ人たちが、年老いてからルーツを探りにアイルランドを訪れる事が多いそうです。アイルランド系アメリカ人には敬虔なカトリック教徒が多い、とは聞いていましたが、『ビューティフル・ゲーム』という作品を知って初めてその歴史の重さを知りました。この作品を見たい、と思っている方も、きっとたくさんおられるでしょうね。

 
 昨日は『ビューティフル・ゲーム』一般発売、NHK教育「うたっておどろんぱ!」最終回(かな?)の放映と重なったせいか、gooのipアドレス数ランキングで、472531ブログ中822位、と初めてランクイン(1000位以内は表示されるのです)しました。たくさんの方にご覧頂き、本当に有難うございました。多面体のような青山航士さんの魅力を私がどれだけ理解しているかはわかりませんが、その一端でも伝わればとても嬉しいです。「つたわってこないぞ!」というご意見もお待ちしております。まったく知らないことを手探りで書いているブログですが、今後もお付き合いいただければ幸いです。

海を越えるアイルランド人

2006-02-18 | ビューティフル・ゲーム
『ビューティフル・ゲーム』二幕、マリー、クリスティーン、デルの三人は"God's Own Country"で、「私たちはアイルランド人、潮の上を渡っていく/より良い場所を求めて旅だつ/それが私たちの物語」と歌います。
 映画『タイタニック』では、レオナルド・ディカプリオが旅を重ねるアイルランド系らしき青年を演じ、アイリッシュ・ダンスを披露していました。タイタニック号が『ビューティフル・ゲーム』の舞台、ベルファストで造られ、三等客室には多くのアイルランド人が乗船していたと思うと、遠い国「アイルランド」がまた少しリアルに浮き上がってきます。
 アイルランドの全人口が390万人なのに対し、アメリカに4000万人、カナダに500万人、オーストラリアに500万人のアイリッシュが在住しているということです。本当にたくさんの方が故郷をあとにして海を渡っていったことになります。
 カトリック教徒への差別、19世紀の大飢饉による食糧不足、イギリスの圧制による貧困などから逃れるためには、その選択しかなかったのでしょう。家畜輸送船を乗り継いでリヴァプールからアメリカへと向かうルートをはじめとして、小さな船にゆられての航海は、生存率がわずか60%だったといわれ、タイタニックとは違う、様々の悲劇を生んだようです。81年のハンガーストライキの際、在任中であったサッチャー元英首相も母方は飢饉の際のアイルランド移民なのだそうです。
 そして最も有名なアイルランド系アメリカ人はジョン・F・ケネディ、プロテスタント系白人が上流階級の大半を占めるアメリカで、初のアイルランド系のアメリカ大統領となりました。もちろん差別はあったようですが、アメリカはやはり自由の国だったという気がします。他にはレーガン大統領、クリントン大統領がアイルランド系です。
 苛酷な移民の記憶も、21世紀には語り継ぐ人が少なくなっているのかもしれません。そんな中、アンドリュー・ロイド・ウェバーが、イギリスでアイルランド問題を扱うと興行的には難しいことは承知の上で『ビューティフル・ゲーム』を上演した、と語っていたり、前に紹介した『マイケル・コリンズ』のプロデューサーがイギリス人であり、スタッフにも多数のイギリス人がいた、と聞いたりすると、ものすごくホッとします。
 『ビューティフル・ゲーム』製作発表で、戦争や紛争について考えるきっかけに(言い回しがどの記事もバラバラで実際にはどういう表現だったのかわかりません、すみません)と、櫻井翔さんが話しておられたそうです。この極東の島国にも海を渡って届くメッセージ、受け取りたいと思います。

1981年3月1日、ボビー・サンズは

2006-02-15 | ビューティフル・ゲーム
 アンドリュー・ロイド・ウェバーが『ビューティフル・ゲーム』は特定の人物の物語ではない、と話している記事を目にして、改めて1981年のハンガーストライキで亡くなったIRA戦士に関するページをいくつか読んでみました。
 先日の記事で紹介した"gettyimages"Web siteで、優しそうな笑顔が掲載されているボビー・サンズは、『ビューティフル・ゲーム』の舞台となったベルファストの町で’54年に生まれました。7才の時に、プロテスタントの暴力によって彼の一家は住まいを追い出されてしまいます。
 
 ゲットーに抑留され、差別を受けながらも、少年時代はまだ最悪の状態ではなかったようです。『ビューティフル・ゲーム』でも櫻井翔さん演じる主人公ジョンがアマチュアのサッカー・チームに所属していますが、ボビー・サンズもプロテスタントとカトリックの入りまじるチーム'Star of Sea'でプロになることを夢見る少年でした。
 以前チラシに紹介されていた、妻子を残してハンガーストライキに身を捧げた方はジョー・マクドネルという方で、サンズは独身でしたので、ウェバーの言うとおり、作品の登場人物はアイルランドの人々の人生を複合させてつくられたもののようです。
 ボビー・サンズの妹によると、当時はプロテスタントとも普通に交友があり、ボビー自身、カトリックの友達ともプロテスタントの友達とも出かけていたといいます。それを終わらせたのが、68年にまたもや起きたプロテスタント過激派による暴力・迫害事件です(『ビューティフル・ゲーム』の設定は69年)。ボビー・サンズは14才でした。それまで一緒に遊んでいた友人が、家族を家から追い出す手助けをしていたとも彼女は語っています。『ウエストサイドストーリー』でもそうでしたが、これから大人になる、という感受性の高い時期の出来事で、彼の心にどれだけの傷がついたか、想像に難くありません。
 
 チラシにある拳銃は、『ビューティフル・ゲーム』のなかでどのように登場するのでしょうか。ボビー・サンズの人生では72年、18才のとき、滞在先の家庭で4丁の拳銃が見つかったことで所持の疑いがかけられ、彼は政治犯として逮捕・投獄されます。76年、22才で釈放されたものの、6か月後には再逮捕。ある家具工場で爆発事件が起き、その周辺に3人の仲間と車に乗っていた彼は、そこに1丁のリボルバーがあったというだけで、爆発事件への関与は認められなかったのに、14年の禁固刑を課せられるのです。
 
 そして、刑務所内での激しい拷問、懲罰房での監禁や食事を与えないなどの虐待、トイレ、シャワールームでの侮辱などに抵抗する日々の末、81年3月1日、アイルランドの完全独立と自由を訴えるハンガーストライキを開始しました。
 
 当時のイギリスはサッチャー首相の時代でしたが、彼の願いは聞き届けられることなく、5月5日、刑務所内で餓死。仲間のFrancis Hughes, Raymond McCreesh, Patsy O'Haraらも後を追って絶命します。gettyimagesの写真が伝えるように、ベルファストの街には怒りの暴動がおきました。それでも変わらなかった、その哀しみと無念は25年の歳月を超えて胸に迫ってきます。
 
 日本では櫻井翔さんが主演ということで、たくさんの若い方がこの作品に触れることになりますが、これから母親になられる世代の人たちが観ることは、ウェバーもベン・エルトンも好ましいと思っているのではないでしょうか。もちろん青山さんを『うたっておどろんぱ!』で知った小さな子どものいるお母さん達も、作品が待っている観客なのだと思います。遠方のかたなど出かけるにはいろいろと無理が必要かもしれませんが、ぜひ一度、青山さんが今度の舞台で何を表現するか、一人でも多くの方に見ていただきたいな、と思っています。 

あゆあゆさんの『グランドホテル』詳細レポ

2006-02-13 | グランドホテル ザ ミュージカル

あゆあゆさんから、観に行けなかった方も想像をゆったりと膨らませていただける、
詳細な観劇レポートを頂きました。追体験組の私も嬉しいです♪ 


『グランドホテル』詳細レポ Ⅰ 

The Grand Parade--- Some Have, Some Have Not--- As It Should Be

開演15分ぐらい前になると、羽をつけた帽子に、20年代の直線的シルエットのド
レス姿の女性、あるいはタキシード姿の男性、つまりオーケストラの方々が、チュー
ニングのために舞台上部のスペースに集まり始めます。当時のホテルで実際に演奏し
ていたバンドという趣です。そして、開演時間・・・。

階上のオーケストラ指揮者と一礼を交わし、ステッキを突きながら、階段を下りてく
るドクター・オッテルンシュラーグ。フロントのベルの音とともに、ホテルで働く従
業員たちの様々な声が飛び交います。青山さんの声は、「ルームサービス、朝食を二
人分お願い・・・」でした。冒頭のドラマティックなオケの音に合わせて、舞台左手
でドクターがカバンからモルヒネの注射を取り出し、その注射を腕に突き刺すことに
より、このストーリーは始まります。同時に、かすかなスモークが漂い、青系と黄色
系の照明がオケの音楽に合わせて劇的に変わるという幻想的なムードのなか、ジゴロ
と伯爵夫人が現れ、踊ります。再びドクターは、階段を上り、踊り場で宙を見つめ、
恍惚の表情を浮かべながら、豪華ホテルの光景を歌います。「クリスタル、ビロー
ド、香水の芳香、シャンデリアのきらめき・・・(歌詞はこんな感じでした)」いよ
いよ観客は「古きベルリン、グランドホテル」の世界へといざなわれてゆくのです。
そしてジゴロと伯爵夫人も、何かに引き離されるかのように、舞台両端へとそれぞれ
が消えてゆきます。


ドクターが歌う「人は来て、人は去る(People come, people go)・・・」のところ
で、ステージのあちらこちらからベルボーイなど、ホテルの従業員たちが登場してき
ます。青山さん演ずるベルボーイは回転扉の右横の扉からの御登場です。このときの
アンサンブルの動きは、普通の日常生活の動きからは何段階かスピードを落としたよ
うなスローなマイムです。しかし「マイム」とは言っても、その動きは、「パントマ
イム」という言葉からイメージするようなオーバーアクションな、ぎこちなさとつぎ
はぎ感のあるものではありません。青山さん演ずるベルボーイは、回転扉のそばで、
実際のゲストもいないし、カバンもないのだけれど、マイムの動きでベルボーイとし
ての仕事をこなしてゆきます。笑顔を浮かべながら、そこにいるはずのないゲストに
一礼し、あるはずのないカバンを持ち、ロビーを歩く・・・。どれも日常生活であり
ふれた動きのはずですが、ひとつの動作からもうひとつの動作に移るときの「継ぎ目
のなさ」、そしてそのような動きが流れるようにスローなスピードで展開されること
によって、非常に現実感のない、幻想的な空気感が漂うのです。「ドクターが打つモ
ルヒネ」と「アンサンブルのマイムな動き」は、この作品では連動しているようで、
ウォルフォードさんがパンフレットで述べている、「イリュージョン」な空気感が舞
台を包み込みます。(後半I Waltz Aloneでも「モルヒネ」と「マイムな動き」が連
動しています。)ドクターのどこか「死にかけている」存在感とともに、マイムな動
きによって醸し出される、アンサンブルたちの眼の前に生きている人間でないような
透明感と浮揚感に満ちた非現実的な存在感が、現代からは遠く時間を隔てて存在する
「古きベルリン・グランドホテル」のセピアな色彩と薫りを醸し出すのです。

ちなみに、Grand Parade/Some Have, Some Have Not/As It Should Beが絡み合う
ようにして展開される、冒頭のこのシーンの途中では、グルーシンスカヤが回転扉を
通って、ロビーに登場してくるという場面が挿入されますが、この場面に移るときの
質感の変化はたとえて言うなら「セピア色の写真」から「カラーの動画」といった感
じです。シーン自体がパッと急に色づく感じで、登場人物に生気が入り、観客が場面
に対して抱く現実感もいきなり増します。舞台の幻想的な雰囲気に包まれ、記憶の彼
方にまどろむような感覚が消え、観客の中では、舞台での出来事に対する同時代感が
一気に高まるという感覚が湧き起こるのです。確かに照明も変わるのですが、青山さ
んたちアンサンブルの動きの質、あるいは存在感、舞台上でのあり方の変化というこ
とが、観客のなかに起こる変化の一番大きな要因だったような気がします。またグ
ルーシンスカヤと男爵がすれ違う、ドラマティックな二人の出逢いも、アンサンブル
の動きがフリーズすることによって、このシーンだけ切り取られたように観客のなか
に印象付けられ、これからこの二人に起こる出来事がほのめかされていました。


前述の「スローなマイム」の後まもなく、右手の階段中段に上った青山さん@ベル
ボーイは、「ようこそ、古きベルリン、ようこそ、グランドホテル」と歌いながら、
客席正面と左手客席に向かって、ゆっくりと一礼をしてゆきます。ここで客席に座る
観客のひとりひとりも、まるでこの豪華ホテルをゲストとして訪れているかのような
錯覚を抱くのです。青山さんは、濃赤色のベルボーイキャップに、所々が金モールで
縁取りされた同色の上着、白シャツに折り目正しくネクタイを締め、茶色のズボンと
いうお衣裳。ベルボーイとしての青山さんは、格式高いヨーロッパの高級ホテルの玄
関で、一番にお客様をお迎えするという役割にふさわしく、背筋がピンと伸び、歩き
方をはじめ、身のこなしも優雅でありながら、機敏で端正、その存在感に圧倒されま
す。回転扉の傍らでたたずむ、荷物を持つためにかがむ、そして歩く・・・、完成さ
れた何気ない動作のひとつひとつに、この作品を舞台の上に乗せることに向けて青山
さんのなかで醸成されていった時間というものを感じました。くるりと向きを変え、
階段を上ってゆく後姿などでは、上半身が微動だにせず、カバンを持つ腕、肩と背中
から脚にかけてのラインが、一筆で描かれた完璧な一本の描線を辿るようでした。青
山さんがベルボーイとして舞台の上にいるその仕方、存在感といえば、とにかくそれ
は完成された圧倒的なものでした。


「人生の華やかさを極めつつも、時間のない」ゲストたち、登場人物のひとりひとり
がドクターの言葉で紹介されながら、回転扉を通って登場してきます。このときベル
ボーイたちはひとりひとりのゲストたちに深々と最敬礼をするのですが、ミニスカー
トの裾を翻して脚を高く上げポーズをとるフレムシェン御登場のときだけは、右手階
段中段に位置する青山さんと高山さん@二人のベルボーイは、「この美しい女性は
誰?」とばかりに、横から覗き込むようなしぐさをします。このときも、なんとなく
普通よりはスローな動きですが、覗き込む動作に入るときの機敏さが、「思わず、不
覚にもベルボーイである立場を忘れてしまった」気持ちを表現しているようでした。
また、高山さんから青山さんという動きの流れのなかにある「間」のとり方が絶妙
で、そのユーモアが漂う動きが、フレムシェンの向こう見ずな若さの輝きに重なっ
て、とても印象的でした。貧しいアパート住まいに辟易し、何とか現状を変えたいと
思っている若きフレムシェンとホテルで働く従業員たちの立場には、近いものがある
のかもしれません。後に続くジミーズとフレムシェンのダンスナンバー、Maybe My Baby Loves Meでも、最高にカッコイイ青山さん@ジミーズのひとりは、フレムシェ
ンとの駆け引きを楽しんでいるように見えて、そんな細かいキャラクター設定も、フ
レムシェンの人物像の輪郭というものを描き出しているようでした。


「金のない貴族ほど役に立たない者はない」というドクターによる男爵への注釈がつ
くと同時に、客席の前方端から「洗い場の労働者たち」が舞台へと飛び出してきま
す。(この作品では、「金」ということに話題が及ぶと、この「洗い場の労働者た
ち」が登場してくるようでした。例えば、プライジングの商談や男爵の駆け引きなど
の場面の周辺で。)労働者たちは、迫力のある歌声と、金物を入れた金属製の籠をゆ
すりながらの激しい動きによって、いくら働いても恵まれないという生活に押し潰さ
れそうな、フラストレーション爆発寸前の心情を、ホテルのゲストたちの豪勢な暮ら
しぶりと対比しながら吐露してゆきます。「籠のゆすり方、取り扱い方」という細か
いことを取ってみても、労働者たちひとりひとりの個性が感じられて、彼らが自分の
人生で抱えているものが見えるようでした。

そんな彼らとは対照的に、同じ労働者階級でも、ベルボーイたちは抑制した動きでそ
の心情を表現してゆきます。笑顔と誠意でゲストをお迎えすることが仕事である彼ら
の、もう一つの側面です。冒頭のこの場面では、男爵が歌うAs It Should Beと絡ま
りあいながら、このSome Have, Some Have Notは何度か歌われますが、青山さん演ず
るベルボーイの抑えの効いた動きには、観ているこちらが客席の背もたれに押し付け
られてしまうような「凄み」のようなものがありました。自分の気持ちのやり場のな
さを、階段中段のひとつの段で、右に左に数歩ずつ行ったり戻ったりする、またはそ
の場で動かず、「1日100万マルク使える」ゲストたちに対する不公平感を、上半
身、腕や掌の動きだけで歌いながら表現する・・・。あるいは舞台前方に出て、その
場で身体と顔の向きの角度を曲のフレーズとともに微妙に変化させる・・・。ただそ
れだけの、「ダンス」とは言えない、非常に動きの少ない振りなのですが、青山さん
の動きを観ているだけで、その心の内に渦巻く張り詰めた緊迫感のようなものが押し
寄せてくるかのようでしたし、抑えた動きを行う端正な身体/外面と、抑圧された不
満が渦巻く激しい内面とのコントラストが逆に、恐ろしいぐらいに印象的でした。同
時にステージの全体像として、それぞれのキャラクターが豊かな個性をぶつからせ
て、心情を吐露してゆくこの場面は、あの時代のドイツにあった空気を伝えるものと
してリアリティーがあったし、非常に迫力がありました。


Grand Paradeの後半、フレムシェン、ラファエラ、プライジング、オットー、男爵が
舞台のあちらこちらで電話で話す場面があります。その内容から観客は登場人物の置
かれた状況を察することができるのですが、ハーモニーを奏でながら、重層的に重
なっていく彼らの声が印象的な場面でした。これに続いて全てのキャストが勢ぞろい
して、Grand Paradeのラストを歌い上げるこの作品の「見せ場」とも言うべき場面
は、作品冒頭から観客が大きな感動に包まれる圧巻の素晴らしいものでした。『グラ
ンドホテル』冒頭のこのシーンを、ベルボーイは右手を胸の前に置き、礼をするとい
うポーズでしめくくります。


ベルボーイが着ていたのは、制服、ユニフォーム(uniform)でしたが、この言葉は
元来「一つのかたち」という意味です。彼らの存在意義ともいえる共通の目的、すな
わち「高級ホテルを訪れるゲストのおもてなしをする」、この目的の下に、彼らは
「お揃いの一つの」衣裳を身につける・・・。そんな彼らは、舞台上で場面転換する
ことなくそこにあり続けた、あの古きベルリンの高級ホテルのたたずまいさながら
に、「来たりては、去る」人々の織り成すドラマを見続けます。しかし、そのユニ
フォームが、単なる「お揃いの一つのかたち」から、研ぎ澄まされた末に完成された
スタイルを持つ「一つのかたち」となるとき、そしてさらにそこに豊かな表情と重層
的な意味が生起するとき、観客は演出家の意図した「イリュージョン」というものが
読み取れる気がしました。

あの「制服/ユニフォーム」を着て、ベルボーイとして舞台にいる限りは最初から最
後まで、身体の隅から隅までに全神経がはりめぐらされたような、一部の隙もない存
在感と集中力。「じっと立つ」という「動かない」動き(矛盾しているようだけれ
ど)というものから、「歩く」「かがむ」「階段を上る」というありふれた日常動作
に至るまでのひとつひとつの表現が、一貫して「ベルボーイ」としての身体秩序に
則って行われているかのようでした。青山さんの身体の表面を覆っていたあの服だけ
ではなく、あの青山さんの動き自体が「制服/ユニフォーム」だったと言っても過言
ではなかったのかもしれません。そんな確かな存在感の表と裏で、場面ごとに動きの
モードが変化することによって加えられる豊かな表情と、それにより観客のなかに連
鎖してゆくイメージ、与えられる意味の数々・・・、それらの間隙を彷徨っている
と、観客は固定されたセットのなかで展開されるストーリーでありながら、時折押し
寄せる「イリュージョン/幻」の波にたゆたうことができるような気がしたのです。
ユニフォームに生じるイリュージョンの力、それは間違いなく青山さんの卓越した秘
法といってもよい「マイムの錬金術」によって牽引されていたように思います。


1969年ベルファストの子ども達

2006-02-12 | ビューティフル・ゲーム
 『ビューティフル・ゲーム』は、1969~72年のベルファストが舞台ですが、当時の写真を"gettyimages"のサイトで見る事が出来ます。子どもがライフルを持った兵士と写っているものもあり、なんともいえない気持ちになります。
 ページ右側の"go to page"のところに数字を入力してください。
 
 1969年は105ページに。101~104ページとたどると、この街が武力によって傷ついていく過程が見えてきます。
 ベン・エルトン、アンドリュー・ロイド・ウェバーが『ビューティフル・ゲーム』の着想を得たといわれる、1981年のIRA戦士のハンガー・ストライキに関連する写真は101ページにあります。命を賭けたアイルランドの独立と自由への訴えに、今の日本の何人かでも気がついたら、彼らの犠牲も、ほんの少しだけでも報われるかもしれません。

gettyimages Web site:ベルファスト

(4月11日付記:日々更新されるページですので、ある日数が経過しますと上記リンクでトップページが表示されます。その場合は左側の"search"に[Belfast]と入力し、その下の欄で"Archival"を選択してください)

 昨日はSo-netでブログを公開してから一周年でしたが、So-netページのみでも閲覧数が60000pvを超えました。たくさんの方に読んでいただいて、とても嬉しく、心から感謝いたします。
 青山航士さんを通して知ったミュージカルの世界は、思っていたよりもずっと多様で、自分の生きている今という時代を考えるきっかけを与えてくれるようです。相変わらず知らないことばかりですが、これからもお付き合いいただければ幸いです。

ブラッド・ピットがIRA戦士に扮する『デビル』

2006-02-11 | ビューティフル・ゲーム
 『マイケル・コリンズ』の次は、ブラッド・ピットがIRA戦士を、ハリソン・フォードがアイルランド系アメリカ人の警官を演じている『デビル』('97)を見てみました。物語は『ビューティフル・ゲーム』でも描かれている1972年から。8才の少年の目の前で、IRAに協力的だというだけで、家に押し入ったプロテスタントの暴徒が彼の父親を射殺します。その記憶と共に、少年はIRA戦士となり、テロリストとして暗躍を続け、アメリカに潜伏、武器の調達にやってくるのです。
 
 『ビューティフル・ゲーム』の始まりは69年。当時、投票権・住宅・就職など生活のあらゆる面で差別をうけていた独立派(カトリック)による非暴力抗議運動がおき、英国政府下にある北アイルランド政府は激しい弾圧を行っていたそうです。それがきっかけとなり、英国帰属派(プロテスタント)と独立派(カトリック)それぞれが組織的に暴力行為を復活させ、北アイルランドの街はテロリズムに荒れ果てたといいます。『デビル』の少年の父親の殺害は、そんな街のひとつであったベルファストの不幸な、そして珍しくはなかった事件なのでしょう。
 『デビル』の物語がはじまる72年は、北アイルランドの地方議会、行政庁が機能停止となり、イギリスの全面的・直接的な支配が始まった年です。その後99年まで、英国政府閣僚の「北アイルランド相」による統治が続き、IRAの武力闘争もまた終わる事がありませんでした。

 『マイケル・コリンズ』を監督したニール・ジョーダンは、映画を作ることで「武力闘争が有効なのか」と問題提起をしたかった、といいます。アイルランドの人々が、暴力を憎みながらも、自分達が人間らしくあるために、と幾度も怒りと武器と暴力に任せてきた歴史への想いはあまりにも複雑で、日本に住む私たちが本当に理解することはできないのかもしれない、と思いもします。
 
 『デビル』では、冒頭の父親殺害のシーンに続いて、20年後、92年のベルファストの肌寒さが伝わってきそうな風景が広がります。殺伐とした街路でサッカーボールを蹴る少年が、銃を持った男たちの乗る車に気付き、ブラッド・ピット扮するIRA戦士に伝えるため駆け出して行きます。少年までが逃れることの出来ない「憎しみの連鎖」に誰もが疲れ果てながら、どんな思いで、アイルランドに関わる人々はこうした作品を世に送り出しているのでしょうか。
 少年達の駆けていく場所はフィールドであって、テロリストの隠れ家ではないように、まして銃撃戦が繰り広げられる街角ではないように、ベン・エルトンやA.L.ウェバーが書き上げたであろう『ビューティフル・ゲーム』が、「平和ぼけ」とまで言われている日本に語りかけてくることを、わからないなりに少しずつ拾っていこうと思います。

ファミリーマートで『ビューティフル・ゲーム』先行予約

2006-02-09 | ビューティフル・ゲーム
もう寝ようと思ってたその時に、こんなものが・・・ファミリーマートで東京公演先行予約です。大阪は・・・ないようです~、ひ~ん。

期日:2月13日(月)10:00AM~8:00PM

公演情報 ○3月27日(月)~4月15日(土) ※木曜休演 青山劇場
料金:SS-12000円 S-11000円 A-9500円
※未就学児童は入場不可とのこと。

Pコード:366-802
※特別電話0570-02-9950(一部の携帯電話・PHS不可)にて電話予約のみ受付

※お1人様1公演4枚まで受付
※予定枚数に達し次第、受付も終了です。

ファミリーマートでの直接購入はできません。
上記電話番号にて予約の上、チケット引換えとなるようです。


『マイケル・コリンズ』-IRAが生まれたのは

2006-02-09 | ビューティフル・ゲーム
 『ビューティフル・ゲーム』の少年達のお祖父さんの時代を描いた、ニール・ジョーダン監督の『マイケル・コリンズ』を見ました。『シンドラーのリスト』主演のリーアム・ニーソンが、現在のアイルランドの礎を築いたマイケル・コリンズを演じたこの作品は、96年のヴェネツィア映画祭金獅子賞を受賞しています。
 
 極東の島国ではわかりにくいアイルランド問題ですが、この映画では、アイルランド国境が現在の形になった、そのいきさつと、どうして少年が殺人をおかすほどの争いが続けられているのかがとてもよくわかりました。
 
 1916年、長年続いたイギリスの差別的な支配に、普通に街で暮らしている市民がありあわせの武器で抵抗したことに対し、イギリス政府は情け容赦ない射殺をもって報復しました。あまりの惨さに、一般市民の独立への想いがかつてなく高まった折、20代の青年であったコリンズが、現在IRAと呼ばれている組織の母体となった市民軍のリーダーとなり、ゲリラ戦法でイギリス側の要人を次々と暗殺、1919年には独立戦争がおきます。

 アイルランド側の激しい抵抗に、イギリスは休戦宣言し、コリンズを代表とするアイルランドとの講和条約を結びますが、このとき、『ビューティフル・ゲーム』の舞台となるベルファストの街を含む北アイルランド6州はイギリスに属する形になり、南アイルランド26州と分断されてしまうのです。
 
 北アイルランドは、現在もイギリスへの帰属を望むプロテスタントが多く居住する地域なのだそうです。理想どおりではないにせよ、カトリック教徒が圧倒的多数の南だけでも、とアイルランドの自由・独立への一歩としてコリンズは条約にサインしますが、北アイルランドが独立できないこの条約をコリンズは「私の死刑宣告書だ」と言ったともいわれています。

 さらに、北と南に国が分けられるのでは「独立」とはいえない、と今度はアイルランド人の間で意見が分かれ、同じ国の人間同士で闘う、内戦が起きてしまいます。その結果、コリンズは内戦の収拾に努めながらも、22年、同じアイルランド人に暗殺されるのです。こうした独立を目指す者のなかでの分裂、さらに英国帰属派(プロテスタント)と独立派(カトリック)の対立が引き起こす「内戦」は、『ビューティフル・ゲーム』の時代も今も、断続的に悲劇の歴史を刻んでいる・・・ということのようです。

 『ビューティフル・ゲーム』は69年のベルファストが舞台、ということですが、この年8月、英国帰属派(プロテスタント)の暴徒がアイルランド独立派(カトリック)が居住する区域を侵略し、住宅から発砲によって住民を追い出す事件が起きました。これはイギリス発の情報ではTroublesと呼ばれているようですが、アイルランド発の情報ではPogroms(虐殺)と呼ばれていることをとっても、溝は深いという気がします。

 A.L.ウェバーは、特定の誰かを描いたのではなく、「北アイルランドで起きたこと」にインスパイアされ『ビューティフル・ゲーム』を書いたと語っています。そして少年達の潜在的な力が、Troublesによって、常軌を逸した行動として現れてしまう、その悲劇を、そしてそれが、生きることの肯定とともに、98年4月ベルファストで結ばれた、憲法改正とともに政治犯の釈放・武装解除を宣言する"Good Friday Agreement"によって終わることを描きたかった、と『ビューティフル・ゲーム』初演に際して語っていたそうです。

 でもそれがこの長い悲劇の「終わり」でなかったために、今もこのミュージカル界の巨匠はブロードウェイでこの作品の上演を望んでいるのだという気がしました。その作品に日本で触れられるのだから、もう少し耳を澄ましていようと思います。知らないことばかりで溜息の連続、なんですが・・・。

東京公演ぴあ読者先行予約

2006-02-07 | ビューティフル・ゲーム
これも嵐ファンの方のページからです。明日8日(水)、東京公演については「ぴあ」読者先行予約があるそうです。 

関東版「ぴあ」を置いている書店で確認を、と思いましたが、あいにく売り切れのため、未確認情報です。事前に「ぴあ」誌で予約電話番号をご覧になってください。先行予約=良席確保ではありませんが、桜井翔さんが出演されるので、チケット争奪戦は激しくなりそうです・・・。また、残念ながら大阪公演に関しては、読者先行予約はありません。

取り急ぎお知らせまで。

また、現在gooとso-netで公開しておりますが、合計閲覧数が60000pvを超えました。書いている本人もアクセスできない日がかなりありましたのに、いつもお付き合いいただいて本当に有難うございます。
ゲストの方からお寄せいただくコメントが一番の楽しみです。短くても長くても、お気の向いたとき、ご投稿くださいますと、とても嬉しいです。