地球へ ようこそ!

化石ブログ継続中。ハンドルネーム いろいろ。
あやかし(姫)@~。ほにゃらら・・・おばちゃん( 秘かに生息 )。  

Heaven helps those who help themselves.

2010-10-15 08:27:55 |  ちょこっと  教育
あやかし@昨晩 倒れる。
恐らく、慣れない寮母さんのお役を張り切ってやりすぎた。・・・なんていうのは 嘘なんですけど。

まあ想像しますのには、ころころ星人 および、迎え撃つあやかし@あやかし星人が仲間われした為と思われる。

夕べ、げろげろ吐きまくりですがな~。( 実は マンマミーヤに足でふんでマッサージしてもらった。効果テキメン! )そのげろげろの苦しさったらないんだけど、
( 神様 仏様 ご先祖さま 助けてください。) 

まあ終われば、すっきりするちゃあ するんですけどね。今朝はリカバー。
Heaven helps those who help themselves.
やはり ころころ星人だけじゃあ無理だと思われ(ほったくってあったが)、要望もあったので、できるか?わからないけれど 英語のサポートにはいることにした。

たぬきちの意見を参考にして、ワタシも頑張ることとなった。たぬきちありがとう!
上記の文「 お題 」は、関係代名詞 主格 who を入れる問題。
 『 天は自ら助くる者を助ク 』
言いかえれば 天は 自ら助けないヒトは 助けないのよ。ってことですよね。
みなさな、いきましょう、神の国 へ ・・・。( 別にキリスト教者じゃあないんですけどね。)
 じゃあ いそがしいんで。

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 壊れた ものを 取り返す

2009-11-24 12:06:50 |  ちょこっと  教育
おはよ!こちらあやかし@。
本日横浜 晴れ時々曇り。

このところパソさまの調子が悪いと思っていたら、どうやらコード?( 呼び名わからず )が壊れたらしい。只今 ジャパンのコードを借りて打ってます。
2マン円とかするんですって?困ったこまった。ってことで、この先、記事は時々になるかも?
 今週は、気合い入れていく週間。
本日 お仕事
明日 占い 決戦の日
次の日  お仕事  
その次 も お仕事
土曜日 (元)ピアノの先生のコンサート
日曜日 オフ だけど 多分 地区センター行き
11月 最終日 お仕事 
@@@@     @@@@

只今 アダルト・チルドレン { 自信はないけど、生きて行く }(1995年 )の第二弾を読んでいる。今ごろ?って感じだけどね。ACの言葉の意味自体知らなかった。( AVなら 雰囲気くらいはわかるけど )

先日、たぬきちとちょっと言い合いになったんだ。占いっていうのは、人生の先読みをする。死期も大体占える。夫婦・家族の場合は組み合わせが問題、お互いがお互いに影響を及ぼしあう。相手の影響を受けて死ぬことだって有りうる。
占いはいわゆる、『 転ばぬ先の杖 』が可能。 運勢上の予防医学的なものである。

だけど、「 それって どうなんですかね? 」って話になったんだ。ワタシだって、ブログ内 「 人生、転んでなんぼ 」、なんて言っているわけですしね。

人生を前もって知って危ない橋をわたるのを避けるということは、転んでなんぼ じゃあないわけでね。
痛い 痛い、思いをして、やっと自分の実感としての人生の選択ができていくわけだろうしね。

だけど、それと同時に、病院内、あのどちらが親なのかわからないような、老婆と化した娘さんを見舞う、女社長のようなお母さんの姿を見るときにはやっぱり何とかしなくっちゃあいけないんじゃあないか、って思うことも事実なんだ。
 === 「 ACからの手紙 」   西山 明  === 
AC( アダルト・チルドレン )は生きていく過程で、 自らの生きづらさの理由を探し求めるときに、親の支配の影響を認めて、「 私はこの世にいてもいい 」と自分を免責する言葉である。

ACを考える時、昆虫のさなぎを例えに考える。
例えば昆虫。さなぎになると、それまであった蚕糸管や筋肉、脂肪体が溶けてなくなり、分解されて体液になるらしい。(以下らしい 省略)これを 「 細胞の自殺 」と呼ぶ。

アミノ酸レベルまで分解されたその体液は、新たな器官の増殖に再利用される。
その体液の中にわずかに残された固まりが、成虫になるための複眼・羽・生殖器のもとである。
さなぎの中の固まりは、その体液を栄養にしていずれ蝶になって羽ばたいていく準備をするのだ。

人も同じように、一旦しまい込んだ闇の中の断片的な記憶を再構築して、新たな自分を作りだす。 今 ここにいる私を肯定して 生き続けること。
成長するために、遠い、暗い過去の記憶さえも その断片を拾いあつめ自分が生きていくために呼び起さなくてはならない。
 恐らく『 臭いものに蓋 』をしたまま生きているだけでは、人生を切り開いてはいけないのだろう。

丁度あのジグソーパズルのように、ああでもない こうでもないって、苦しみながら、だけど、楽しみながら作りあげていく。

そして、出来上がるものって、それはそれは美しい人さまに賞賛される”蝶”であるかもしれないけれど、人さまに忌み嫌われる”蛾”であることだって有りうるんだと思う。

でも両方いるからいいんだと思う。醜いものがあるから美しいものが引き立つ。”しこめ”がいるから美人がひきたつ。

だけど、美人が必ずしも幸せとは限らない。しこめがやさしい母親になれたりする、温かい家庭を作ることが可能であるかも知れない。
しこめが しこめ故にひねくれて、生涯自分の人生を呪いながら生きていくことだって有りうることだ。
みな自分が、自分の判断によって選択していく自分の人生なのだ。しかしながらそこには、自己責任が伴う。
例えば、いい年をした30男が自分の失敗を、親に泣きついて責任をとってもらっているようじゃあ困ると思うし、嫁に出た身が何かあるたんびに実家を頼るのもいかがなものか?と思う。だけど、今はそれが普通になりつつあるようにも見受けられる。それに自分だって、もしも親が近くに住んでいたら、きっと実家に入り浸っていたに違いない。

++++  ++++
犯罪を犯した若者の星を考えることがある。そんな時、その若者ががとてもかわいそうになる。親は何やってたんだ!って自分のことを棚にあげて思ったりする。

第一章に登場してくる女性は オームの元信者。そこに至るまでの過程が可愛そうで仕方がない。あの時、ちゃんと自分の意思を伝えたのに・・・。子どもは親の隷属物ではない。
親の価値観を押し付けることがどれほどの子どもを潰していくかということをもっと考えなくてはいけない。

>もどり、ワタシ & ワタシ達
自分が親から受けた教育を、知らず知らずのうちに、自分達の子ども達にも伝えていたワタシがそこにいた。受験勉強などより、無意識の教育の方が実は大切なのだし、怖いのだと思う。
負の連鎖に陥らないように、この先、とうちゃんともしっかり話合わなければならないだろう。子どもは本来両親で育てるものだ。

今も、父の遺言を思いだすんだ。
「 俺が死んだら 俺の金をみんな寄付しろ。」 
つまりそれは お金にこだわるんじゃあない。ってこと。ワタシは☆の中に、お金を持たない。座下にちょこっとだけある。しかも回転財(奉仕の意あり!)。とりあえず飯は食っていけるらしい。

只今、飯を食って、元気に生きていければ 御の字だ。
姫「 との~~~ッ(=ダンナ様のこと)との~~~ッ。飯代 よろしくで~~す。」
(こういう時だけ、殿になる旦那さま なんだけどさ。)

もっとお金がほしければ、働くことだ。人さまに頭を下げてお金を頂戴することだ。
やっぱりワタシはお金より、健康と自分を受け入れてもらえる 『 場 』がほしいのだと思う。

>写真はららこさん。お題 「 休む とき 」
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お掃除 バンザイ!

2009-10-27 12:14:56 |  ちょこっと  教育
おはよう! あやかし@千行主婦でござる。
朝から 女三人で家事分担。本日はくじびき制。

子供たち二人は、このあたりの人並みに受験勉強をさせた。ジャパンは高校受験、マンマミーヤには、あり得ないジャパンの内申取り高校受験に嫌気がさして、中学受験をさせた。

目をつぶってさせた。まともな神経をしてたんじゃあ中学受験は成り立たないと思う。

ジャパンの大学受験にはとうちゃんがしゃしゃり出た。「よしなよ。」と言ったのに、しゃしゃり出て、只今、大学は出たけれど・・・状態に陥っていると言えなくもない。(尤も、それだけじゃあない、占い的には難しい問題を抱えている。と思う。)

高校生になったら、自分の人生、行く先は自分で決めるべきだろう?と思う。そうは思ったけれど、とうちゃんには 自分の描く 夢 (こんな子供に育てたい) があったのだと思う。
只今、その”つけ”をワタシが払っているような印象も持っているから、ちょっと腹立たしい。(あんさんが撒いた種、自分で刈っておくれやす。)

ずっと、両親の教育に対する考え方の対立はあったけれど、結局のところは、いつもとうちゃんの意見に従わざるを得なかった。っていうか 面倒になって じゃあどうぞ!って気持ちになった。

世の中に迎合するというか、順応して生きる方が楽だしね。ワタシにも、それに対抗するだけのしっかりとした考え方の基盤もなかったし、人生なんてこんなもん、とあきらめていたし、何より日々の生活に疲れはて、立ち止まって考えるゆとりはなかった。

まあそれでも、とうちゃんが仕事を退職してからは、少しは話し合う時間もできて、意見交換もできて、子供たちに対する不満や愚痴も少しは聞いてもらえるようになって、家庭全体がやっと、少しは落ち着いてきた。
< やり直せるものならば・・・ >
女三人は、只今何をしているのか?実は家事分担をして、お掃除、お料理等をやっている。( 含む あやかし@おばはん )
子供たちは二人とも時間に余裕ができた。正直言えばジャパンには就職活動をしっかりやってほしいけれど、彼女もやっぱり、自分自身を取り返す時間を必要としているんじゃあないか?と考えをあらためた。
 ”待ち”の教育はとっても大事だ。
幼いころから、子供たちをせきたてて、促成栽培をしても結局のところは、子供が自分自身の足で歩いていないかぎり、にせものなんじゃあないかな?と思う。いずれ馬脚を露す。
・・・ じゃあ 幼いころには何をすればいいだろう?・・
昔は家事手伝いといった。それができて初めて、自分も、家の中もが動きだすんじゃあないだろうか?幼い子供には、きっちりお手伝いをさせる。早くから、ABCなんぞ教えなくていい。お掃除をする。お洗濯をする。お片づけをする。お料理をする。自分の身のまわりのことはしっかりとさせる。
あとは何だろう?お友達と お外でうんと遊ばせる。尤も子供によっては自宅で一人遊びもあるか?とは思うけれど・・・。何より  ”思いっきり”何かに没頭する時間を確保してあげるべきだと思う。
その上に、したければ、お勉強をさせてあげる。お稽古ごとに行かせあげる。っていうのが大事なんだと思う。ワタシ達の教育に失敗があったとすれば”勉強”を優先させたこと。
< ジャパン >
ジャパンの部屋は、カーテンを引きっぱなしの、お掃除もしない真っ暗な部屋だった。
只今は、まだごちゃごちゃしているけれど、ずい分きれいにすっきりしてきた。

ここにきて、彼女は風水なるものをネットでかじり、こちらに机、こちらに、お布団、人形達は南に、などなど、部屋の模様替えをした。
彼女によれば・・・
 ドアの入り口に頭を向けて寝るのは一番いけない。 らしい。これはどの風水のサイトをみても同様のことが書いてあったらしいから、誰にでも応用できそうだ。
要するに、風水でもなんでもいいんだけれど、それを使うことによって、自分自身が 自分の「 気 」を変化させることが大事なんだと思う。ワタシの習っている 占いでも、例えば失恋、ふられた人に想いを寄せ続けているかぎり幸せにはなれない。なぜそうなったのか?を真摯に考え、そうじゃない生き方をしなくては次のいい人は寄ってこない。また同じ失敗をするだけ。と言われている。再婚もしかり。
そして只今一番大事だと思えることは
子供たちとの対話の時間を持つこと。何を考えているのか?どうしたいのか?どんな悩みを抱えているのか?そういった ことを親はまずはしっかりと聞いてあげることが何より重要なんだと思う。
>追伸・・・お部屋を一番汚くしているのは、このあやかし@という説もありなんで・・。えっらそうに書いておりますがのぅ~。小さくなっている、@おばはんの姿もブログの読み手、頭の隅にいれておくと深読みができまする。

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どっちを向いて 歩きだすか?

2009-06-26 06:00:54 |  ちょこっと  教育
生きるってことは、とても大変なことだと思う。
実際に現実の社会の中で生きる為には、まずは社会で一生懸命に働いてお金を頂かなくては生きていけないからね。

これまでの人生、とうちゃんとワタシの間の、社会( 小さな単位では家庭 )の様々なことに対する価値観の相違で、喧嘩ばかりの人生だった。・・・ってうか、ワタシ達夫婦はまともな話し合いもできないくらい忙しい都会生活の最前線にいたと思う。

夫婦二人の価値観が異なっているから、子供がまともに育たない。(と占いでは言われている。)子供の中で、両親のどっちの言うことを聞いていいのか?迷いが生じるのだ。( そうな。)( 今になって・・・ジャパンが言うんですよ、大学受験の時、おとうさんとおかあさんのいうことが違っていてどっちの言うことを聞いていいのか困ったってね。)

しかしながら、これはいた仕方のないことだと思う。現実の星だらけのとうちゃんと、精神性の星を多く持つワタシとでは、価値観は違って当たり前なんだ。

ここにきて、マンマミーヤのことがあったから、ワタシ達夫婦も、考えなおし、生きなおしをせざるをえなくなったのだと思う。

ワタシは一度は、放り投げていた教育の問題も、 やっぱり そうですよね。 そっちですよね。 と思えるようになった。

ワタシが昔所属していた、 児童の言語生態研究会  のたぬき先生に再会してから、その想いは確信に近いものになった。世の中も少しづつそっちへ動きだしていると思う。

いつだったか、ちょっと前、とうちゃんが、時の人である?脳科学者の?名前だれだっけ?の 「 育ての極意 」 なるものを印刷して持ってきてくれた。

”あえて教えない 「 自発性 」が最大の「 育て 」
脳は強制できない、自発性の回路

ひたすら待つ 見守る
観察しながら 微妙な変化を捉える
自発性の芽を育てる

親のできること 
ヒントを与える
環境を変えてあげる
本物を見せる、会わせる、そこまで

挑戦する心を育むため「 安全地帯 」=保護者が必要
やりたいことをやらせる
行く方に応援する、応援団に徹する
欠点・短所を受け入れる、まるごと受け入れる
困った時こそ手助けをする

などなど・・・・”

これって、 「 児童の言語生態研究会 」で、すでに 40年前に 言っていたことなんだよね。
子供に教えてはならない。
子供の目を見なさい。
声を聞きなさい。  まずは、子供の生きている姿そのものを、その生態を観察しなさい。
 ってね。

子供の生(なま) の生きている姿を慈しむ親でなくてはいけないのだし、いとおしむ親でなくてはならない。
 「 じっと待つ ひたすら 待つ 」
ということはそんなに簡単なことじゃあないけれど、それでも、子供が自ら 芽をだすまで、そっと じっと 見守りながら生きることのできる 親になることが大切なんだと思う。 ( なかなか 難しいけれどね。)
 地球交響曲 ガイやシンフォニー 第二番 上映会 & 佐藤初女さん講演会 「 生命のおむすび 」
2009年 6月27日 行徳文化 ホール
チケット 1000円 ( 未就学児童無料 )

児童の言語生態研究会の やすこ先生(あだな)お薦めの映画。及び講演会。多分もうチケットはないかもしれないけれど・・・。次 次 探せば機会はたくさんあると思う。

下手な詰め込みだけの塾に何(十)マンもかけるより、この上映会、講演会にでかかる方が余程教育的だと思う。

大体 むちゃくちゃなお金をかけているところ( 政治、経済、宗教、教育、などなど・・)むちゃくちゃなお金を追いかけている所には、生きる道はないと思った方がいいんじゃあないかな?と思う。

http://www.gaiasymphony.com/co_guide2.html




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土浦連続殺人事件記録

2009-06-14 15:19:57 |  ちょこっと  教育
1、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090603-00000549-san-soci

2、初公判ライブ1~15
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/249112/
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ささやかな  幸せ

2008-11-28 07:35:07 |  ちょこっと  教育
うちを脱出して、仮の宿( いちょう町界隈)に住んでまで通った、超多忙な学校を辞めたマンマミーヤは精神的、肉体的健康を取り戻しつつある。同じくワタシも健康をとりもどしつつある。

田舎の姉さんに言わせれば、「 あんたら~なんでそんなに・・・。」無理をさせるのか?と言うことだったけれど、都会の自分たちが置かれた状況の中で、それなりに本人と両親で考えた進路であったから、(他人に言われたくないわよ。)みたいなところはあった。
 注)他人・・・現在の家族ではない。という意味。

自分が父親に期待され、育てられたように、ワタシも親(父)と同じようにを子供には教育はつけてあげるものだと思っていた。

特にとうちゃんもワタシも貧しい中から教育をつけてもらったから、世の中的にはそれなりお金持ちと想像されているワタクシ達夫婦が、同じように子供に教育をつけてあげようとすることは何ら不思議なことではない。

ジャパンの時代には、それでもまだ自由はあった。特に彼女は公立高校で、しかも自由な校風の学校に通っていたから、時間的には少し余裕もあって、とうちゃんのセッティングした塾コースに乗っかって大学進学もした。( ちょっとワタシには信じがたい教育パパゴンだったけれど・・。)

マンマミーヤの一連の出来事で、ワタシ達は目が醒めた。( あえて達 )只今の教育界では、どこの学校に身を置こうとも、少なからず”ビョウキ”になるんじゃあなかろうか?

私立の学校(ちょっと進学校)は相当に親たちの期待(有名大学進学希望)があるから、そのことも手伝ってどんどん「知育」偏重に陥る。だから子供たちは知識の詰め込みに追われるようなところがあると思う。それは昭和のワタシ達の時代の比ではない。

そのような能力を必要とする仕事があろうことは否定はしないけれど、すべての子供にそれが通用すると思うのは大きな間違いだと思う。

子供はゆっくり育たなくてはならない。自分を見つめることもなく、友達と喧嘩することもなく、自然の中で息をすることもなく育ったのでは、”ひと”でなくなる。
 『 音・美・体 』(やらせではない、音楽・美術・体育) 詰め込み塾より 今の子供に与えてあげたいこと。 
これは何も、子供に限ったことではない。昭和の忙しく過ごした、おじさま、おばさまにだって大切だと思う。
 歌を奏でる体( 体が鳴らなくなったら おしまい。)
 美しいものに感動するこころ
 いそいそと、わくわくと、どんどんと動くことのできる体

学校をやめた当初 、「 夢なんてないもん。 」 とマンマミーヤに言わしめた、ワタシ達の教育はどこか間違っていたし、学校の教育にも改革すべき点は多々ある。
@@@@@     @@@@@
とうちゃんと、ワタシと、ジャパンと、マンマミーヤが揃っていただくささやかな夕食。「おいしいね~。」 結婚2●年目にして初めてのことだ。

何か おかしい都会生活。朝食だって、本当ならば一緒にとったっておかしくはない。
マンマミーヤは、とうちゃんに自ら挨拶もするようになった。「ありがとう!」
昨日は、とうちゃんのパジャマのほつれを縫った。丁寧に縫った。

女の子に大切な教育は、意外とワタシが、若かりし頃に考えていた、「 男になんか 絶対に負けない!」というような生き方になる教育ではなく、
男が気持ちよく、「行ってきま~~ちゅ。」と言って仕事にでかける家庭環境を整えることなのかも知れない???

>写真は最近に作った、姫作、マンマミーやのお弁当。このところ、学校には出かけないので、お弁当はたまにしか作っていない。ジャパンが退職したら、しっかり朝食を取らせたい。

ステロイドホルモンを自らの体内に作るには7:30分までにしっかり朝食をとることだとお習いした。
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中学受験に思うことは・・・

2008-09-18 23:36:57 |  ちょこっと  教育
久々ちずママに出会う。中学受験を控えている。いろいろと聞く受験の情報。ワタシはとっくに中学受験生の母を終えているから、他人ごと。( 大変だわね~。)

偏差値教育って一体いつ頃から言われるようになったのだろう?少なくともワタシ達のころ( 何十年前よ?)にはすでにあって、自分だってこれに左右された記憶あり!だよな。

中学受験で崩壊している子供は確実に増えていると思う。

高校時代は十代後半の人格を形成する一番重要な時だから、ここを失敗したら取りもどすのに相当な苦労を要すると思う。下手したら取り返しのつかないことになる危険性もあると思う。

>このあたりでちょっと有名な進学校のお話だけど、下からあがっていく学校だから、どんどん入れ替わりがある。そこに居残ろうとするならば、余程頭のよい(=主として詰め込みに耐えうる)子供でなければ、学校 + 塾( もしくは家庭教師 )は当たり前のように続けていかなくてはならないだろう。

この学校の生徒の入れ替わりはすごいらしい。ちずママはとても頭がきれる人だから、学年を追っての数の移動( つまり学校を去っている子供がいて、入ってくるこどもがいる、その移動 )に着目、指摘したらしい。(→担当者泣かせ)。まあそこそこ人気だから生徒の補充はいつでも可能。

その数の多さに仰天だった。( へ~~っびっくり。)
入学者が何名で、卒業生が何名ってところはしっかり押さえた方がいい。その過程でのからくりもしっかり見たほうがいい。( とワタシは思う。)

だいたい頭の星もないのに無理をしない方がいい。頭の星があれば、ほっといても勉強はできるはずだし、いずれそのうち目的意識をもてばそれぞれの方向で伸びていくはずだ。

注)一概にいえない。伝達の星を沢山持つものは、頭の星を沢山持つものよりIQが高い。しかしながら、異常な形ででれば、人肉を食む。なんていう例もかつてあった。凶悪犯になる危険性だってある。

女の子の教育も難しいと思うけれど、男の子に入れ込む教育ママ(→今時 こういう言い方します?)はもっとやっかいだと思う。

>ある男・・・有名大学に進学、ご卒業、まあ 何とかそこそこ一流企業にはいりましたけれど、人様とうまくやっていけない。退職。家庭内 真夜中 音楽大音響。ご近所迷惑。(→こういう人はロックなんかやってるガンガンライブハウスにでかけてみてはいかがでしょう?蘇るやもしれません。)

@@@@@

おのこ、家庭内ず~~~っといい子には注意をした方がいい。高校生になったら、
おのこ「 うるせ~ばばあ。」(→すみません、ガラ悪くて。)の一言でも母親に言えるくらいでないと後々困ると思う。

> だが そのおのこへ・・・
姫「 ばばあだと?いやしくも君を生んでくれた親だろが、文句があるんなら、出ていけ!おうち。自分で働いて、他人様の飯食ってからいいやがれ!ばかもの!」とか言ってみたくなるけれど・・・。(→すみません、ガラ悪くて)

まあね、なにも姫が言わなくても、そういうことを言ってくれる父親なり、教師は必要よね。

@@@@@
>人づてに聞いたお話・・・あるところに、おのこの兄弟がおりました。

幼き頃より 兄弟ともに優秀、とんとん拍子でお二人とも一流企業にお入り、母鼻高々ご近所闊歩。バブル崩壊時、一流にも関わらず、会社倒産。一人自殺、追ってもう一人も何故か自殺。残されし母、気狂い。

ん~、何ともね~。言葉がないわね。他人事だから「そうなんだ~。」って聞けるけど・・・。
「 挫折 」って早いうちに経験する方が望ましいと思う。まあ なきゃあないにこしたことはないけど・・・。普通に暮らせるって本当に幸せなんだろうな~って思う。まあ普通の設定が難しいけれどね。

やっぱりね、自分の思いで子育てをしちゃあだめね。母は子供が小さい頃に、天塩にかけて、慈しみ育てる。大切なことはご近所様の中で、子供ともども家族が生かしていただいているんだという感謝の念を忘れないことだと思う。

高校生にもなって、教育に親がしゃしゃり出るのってやっぱりおかしいよね。親は子供に自分の夢を託すのではなく、夢をおいかけることのできる子供を育てることの方が大事なんだと思う。
子育てで 一番大事なことは・・・何よりですね~
夫婦の和 夫婦の和、夫婦の和、ここ最大重要ポイントなんだと思う。

「 夫唱婦随 」 って昔は言ったんだ。ワタシにできるかどうかは甚だ疑問だけど、やっぱりこの方向で行く方が、家庭内、よりスムーズにことが運んでいくように只今のワタシは感じるようになった。

ただ問題があるとするならば、夫婦の価値観が一致するかどうかだと思う。長い人生を歩いていると様々な人や出来事に遭遇するからね。自分の置いていた価値がどんどん変化していったことには間違いないな。

>写真は姫のかいた絵手紙。絵手紙らしくない絵手紙。気にいらないから色づけする気になれなかったのだけれど、先生に励ましていただいて思いなおして仕上げた作品。

先生は「 あら いいじゃない?」っていつもいつも励ましてくださる。教育なんて、このいつもいつも励ますことが一番大事なんじゃあなかろうか?

自分に力がないことなんて自分が一番よくわかっているからね。というか、えを描くことって自分を表現することによって自分を解放することだと思うわけで、上手下手じゃあないしね。

そえにしても、絵は正直だよね。自分の嫌な性格がしっかりでていると思う。(→きっちりしないと嫌だ!みたいなところとかちんまりまとまっているところ。・・・ごみ箱ハウスはたぶん反作用。)それでも思いなおして色づけした。

これは サザエ。( わからないと思うけれど・・・)色は宇宙をイメージした。
中は太陽が昇るさま。こういう色のつけ方はしないのだけれど、ま いっか。














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子育て って  大変!

2007-11-04 04:11:12 |  ちょこっと  教育
金さんちに飛んでみたら・・・子育てのお話・・・

で思いだした。 ジャパンのこと・・・。

>阿波の国にとうちゃんの転勤で、家族全員で移動した時のこと・・・。

ジャパンは小学校の5年生だった。ある日女の子全員から総スカンをくらった。
ジャパンは泣いて帰ってきた。

理由はちょっと忘れてしまったけれど(とるに足らないことだったような?)
都会で馬車馬みたいに動いていたジャパンの(当時、中学受験をするべく塾通いをしていた)その生活の歯車の回転数と まったりの地方生活をしている方々との回転数の違いなんじゃあないだろうか?と思った記憶がある。

都合2回くらい泣いて帰ってきたけれど 「学校へ行きたくない」とは言わなかったな~。

都会で塾に通っていたくらいだから勉強はできた。400人くらいの生徒数の少なくとも 1割には入っていたような・・・?

ところが 地元にもどってからが仰天の成績だった。あちらじゃあ 殆どが5だったものが,2と3と4(ちらほら) のみ。

そんなに学力差があるのだろうか?と疑問に思ったけれど、ほどなく疑問は解決した。当時の公立の学校の場合 内申点というのが大きくかかわっていたんだ。

手を挙げて 答えて1点。先生の質問に正解した人に1点。ノートを提出して1点。小テストの数々。提出物。・・・・。定期試験等の総合計点。これは成績に関してのみのお話。

ジャパンは、途中参加(転勤もどる)の学校だったから内申点がまったくなかったわけだ。

当時 ジャパンは

「おかあさん 手を挙げているのに当ててもらえない。」とか 
「家庭科の時 私のミシンが動かなかった。」・・・とか もう いちいちうるさかった。

担任の先生が悪いわけじゃあないけれどね。だって何かしら差をつけなくちゃあいけないわけじゃないですか。 

先「おかあさん方 子供達は0、005 ポイント差で並びます。」なんていうことを言われた。

「エ~~~っ???」何 それ?。

5段階評価の5~1 までの人数っていうのはきっちり決まっていて 
つまり ある人には4がついたら、ぎりぎりのところの次の人には0,005ポイント差でもって3がつく。ということになるんですよ~。

だから~ 当然みたいに子供達は内申とりに明け暮れたわけです。(やれやれ、疲れる~。)

そんなある日 3人の仲間うちで成績の話になったらしい。で 4が3になった友達と3が4になったうちの子との間に軋轢みたいなものが生じた?んだか何だか?
判らないけれど、間に入ったお友達が二人の間を取り持つのに疲れたからと言って「別々に行きたい!」と言われた、らしい。

ジャパン 一人残される・・・。ま 別の友達できたけれどね。

そのお友達とは志望校までかぶって結局のところ内申点でうちの子が2点だか届かなかったんで「逃げよ 逃げよ」 てんで違う高校に変えた。むちゃくちゃ汚い学校だった。大正時代にワープしたみたいでかわいそうだった。

卒業式の日だっけかな?無事二人とも別々の高校をゲットして・・・よかったね。

そのお友達から おあやまりのお手紙が届いた。

そんな幕切れ・・・親がしゃしゃり出るなんちゅうことはなかったよな~。お友達の娘さんだったから 「どう?」「でも自分達のことだもんね。」って感じ。

7年後のマンマミーヤの時くらいからかな?へんてこりんな感じになってきたのは・・・中学受験って一種独特の雰囲気、親参加状態ですしね。

こんなこと書けば えんえん 喋っていなくちゃあいけないんで・・・そろそろお開きにしますわ。

言っちゃあなんだけど・・・学力と生きる力って そんなにもリンクしないって!

偏差値なんぞ 2400年前の占いの知恵の前には ぶっとびますって!

その占いを越えるものが 仏教 道教 仙人 世捨て人など そして キリスト教なんじゃあないでしょうかね?

いずれにせよ 今日一日 自分を生きることこそが大切なんじゃあないかな?って思うな! 









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いかに~如何に~したに~下に~

2007-01-19 08:31:49 |  ちょこっと  教育
おはよ!こちら横浜。お天気晴れ。

本日 マンマミーヤの学校へ行く。3年生へ進級するのための説明会。マンマミーヤが例え3年にあがったとしてもその先のことを考えると微妙だな。お勉強ガンガンいくらしい???それでも先生方に頭下げて歩くしかない。本人が行くと言い張っているんだ。

学校と私の教育理念は思いっきり異なる。(ような気がする)しかし私が理想を掲げているような学校なんて只今の日本には存在しないと思う。

都会生活の中でマンマミーヤを守るには本当にありがたい学校なんだ。ちょっと坊さんチック(どんなんや?)
今の世の中、教師に文句いう親が沢山いるようなことを聞くけれど、自分に関していうならば、親が悪い!家庭が悪いんだ。「先生ありがとう!!!」と言いたい。

マンマミーヤの星をみる。穏やかな平和な家庭にまったりと育たなければいけなかった。正直言うと、うちにはお金はあったけれど平和な家庭なんてなかった。誰が悪いわけじゃあないと思うけれど・・・。

とうちゃんは一生懸命働いたし、私はそれなり主婦やりながら受験のサポートをした。鬼軍曹していたけれど・・・。親に対する態度だけはきっちりさせるんだ。(興味のある方は9/2日の記事に飛んでね。5部+1=よりなる。マンマミーヤの記事は その3.あたいのこと 家族のことわかるよ。)

その間につぶしたものは大きい。今 その反作用みたいなものが家庭に返ってきているのはいたしかたない。

これはとうちゃんと私、そしてジャパンの力を借りて立て直していくしかない。それにしても マンマミーヤ、まあよくここまで悪態をつけるものだと感心する。確かに頭はいい。これは間違いない。変な方向に走ったらとんでもない悪党になるだろう。

親はやはり 子供の声を聞かなくてはならない、目を見て話さなくてはならない。相手を感じなくてははならないのだろう。

下手な約束はしないことだ。守れないような約束はしてはいけない。でもな~先生方に相当迷惑かけているからな~。どのようにサポートをするかが問題。

やれやれ~~。

さっ もうこんな時間 お食事作ってでかけなくちゃ。 ん、じゃあね。行ってまいりま~~す。



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こころつなぐ  架け橋

2007-01-11 12:19:09 |  ちょこっと  教育
こちら横浜 お昼前。

最近「オーラの泉」という番組をみることが時々ある。江原さんと美輪さんの会話で出てくるお話は たぬき先生によれば上原先生が何十年も前におっしゃっていたことのようだ。被爆者だった恩師の人生は子供の いのち を守ろうとして駆け抜けた人生だったと思う。

日本古来の考え方に通じる上原先生の思想に関しては申し訳ないが私には説明ができない。知らないのだ。
 但し上原先生が追いかけていた「まず 子供を知りなさい。教えるのではなく 子供を発見しなさい。」
という考え方はこのところ子育てをしながらつくづく感じ入るところである。

自然の中から生まれたわたしが学んでいる中国の知恵である「占い」は、実は子供たちを理解するのに有効な手段だと思っている。子供のみならず大人もそうであるけれども・・・。

その知恵はおそらくこの世における現世での富であるとか、名誉であるとかを得るのに大層有意義に働くものであろう。いつだったか中国の華僑は誕生日を絶対に教えないということを聞いたような記憶がある。

相手に勝つためには自分を知られてはまずいのだと思う。手のうちがわかるからだ。

しかしながらこの知恵はそのために使われてはいけないのだ。苦しんで苦しんでいる子供 もしくは大人がどうすればその苦しみから脱出できるのか?そのことのために使われるべきだ。

その人のこだわりが一体どこにあり、どうすればその苦しみを取り除くことができるのか?そのためにこそ使われるべきものなのだ。

だが 誰もが現実の世の中で生きているのであるから ものやお金にこだわるな。というほうが無理だ。実際問題 私には 銭を稼いできてくれる父ちゃんがいる。(=主人)銭こかせいできてくれている父ちゃんあっての私なんだ。

だがしかし、人生において自分が底の底にいると、何が本当の幸せなのかということが違ってくるんだ。
自分というものから引き算をしていくと分かる。

お金をもっていなかったらどうだろうか?名誉がなかったらどうだろうか?きちんとした身なりをしていなかったらどうだろうか?病気を抱えていたらどうだろうか?

ないないづくしになった時に 一体何人の人が私の声に耳を傾けてくれるだろう?一体何人の人が手をさしのべ 食べ物を与え 寝床を用意してくれるだろう?

戦争によってなくしてしまったものは人のいのちだけではないのだと思う。日本人が大切に守ってきた 和 のこころ  というものがあったのだろうと思う。
自然の命をいただきながら ありがとう!と動物や植物にまで感謝できるこころを育まなくては この先 限界がくるだろう。と私は思っている。

現実の世界 物質の世界のみに翻弄されることをもういい加減によさないと子供たちがかわいそうだ。

今 家庭内 子育て建て直しをしている。(つもり)
マンマミーヤは 将来お金もちと結婚すると言っている。お金は大切だ、だけれども これだけ恵まれていてこれ以上何が不足なのかがわからない。おそらく友人たちの生活や持ち物をかいま見てのことだろう。

ちょっと情けなくなる。だけど仕方がない。人は自分の範疇でしかものが考えられないからだ。子育ての失敗した部分も大きい。序々に取り返していくしかない。

家庭内 各々が別々の価値観を持っているんだ。
生れ落ちた時も死ぬ時も一人だ。倒れたときに手を差し伸べてくれる友人 先生 近所のおばさん おじさん・・・そんな人々の中で
生かされているんだということ が分かる子供に育ってほしいと切に願う。

本日 たぬき先生のHPを読んで 思いつくまましたためました。 どうぞ 児童の言語生態研究会で 子ども達の幸せを願って 一人頑張っていらっしゃる、たぬき先生の記事をご覧ください。

注)例によって 勝手にご紹介。
  BM 一番上。週刊『 学習会 だより 』
  平成 19年 1月 2日 の記事。
  
  現世は修行というイメージ  ―  能 「 蝉 丸 」  より

 年がいもなく ちずママに喧嘩を売った。星は 全くの真逆だ。一時間の 口論(こっちサイドだけ)の末 得るものは大きかったと思う。私はどうでもいい人には喧嘩は売らない。本音で語り合える人にしか語りたくない。時間がもったいないからだ。

ちずママも 姉も 主人も 何となく似ているところがある。全く同じではないけれど・・・。
感情だけで走ってはいけないんだ。冷静なる判断 これもまた生きて行く上での大切な知恵なんだ。それを今日は一つ学んだ。

さあ 今から掃除をしてぜんざいの用意をしよう!
とうちゃん~ 今日もご苦労さんだね~~。
  ありがとよ!

1,13日のお出かけの予定は取りやめにした。良い機会には違いなかったが、如何せんリスクが大きすぎる。風邪をひかせてもいけないし、春にも夏にもチャンスはくることを信じよう。
2、ナイト ラン・・・帰り道 24分。
3、子ども達 延々ゲーム。これってどうなんですかね?ゲームやったことないんで なんともいえないんですけれど・・・。
今日は疲れたのでさっさと寝よう! なさ~~い!
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