1月15日

なんと、三宅島に雪(あられ?)が降ったということで、今日は東京も雪かなと思っていたら、晴れだった。

三宅島は南の島なので、雪は降らないと、行く前にいわれていた。去年も降らなかったし。
ところが、昨日霰が降ったそうだ。
島で雪が積もったら、どうなるんだろう。あの急坂歩くこともできなければ、スノータイヤをはいている車もないので、通行もできない。
三宅島にいく船は、今日も欠航かと思ったら、午前3:00に引っ返したらしい。(驚)←追記



湿雪


寒波が押し寄せてきている昨日、こうたは誕生日を家で祝ってもらったそうだ。

こうたの写真。1ヶ月前には、こちら(三宅島と調布)にいたが、顔だちがすごく変わったのでビックリ。






今日は、どこに行く予定もないので、残っていた紅玉でアップルケーキを焼いた。(ちょっと不格好)
焼いている最中、姉から、家にくるという電話がかかってきた。ちょうどいいタイミング。




コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )

Tuscitaでランチ

昨日は、ひろみさん家族や、友人のIさんと一緒に、武蔵関のTuscitaでランチ。



こちらのお店におじゃまするのは3回目。友人のDさんの息子さんが開いているイタリアンレストラン。

昨日、初めてTuscitaが、出口という意味だったのを知った。

昨日は、直子ちゃんとお友達が、生まれて1か月と、5か月の赤ちゃんを連れてきていたので、みんなの目は赤ん坊に吸い寄せられてしまう。

そして、昨日は、娘の子、こうたが1歳の誕生日を迎えたが、ちょうど昨年のその日は、朝の6時の電話で生まれそうだというのがわかり、飛行機のチケットをあわててとって、広島に向かったのだった。
両手に入りそうなほど小さかったが、1年後の昨日はもうどっしりと座っていて、赤ん坊の1年の生長に目を見張る思いであった。

久しぶりに、ひろみさん夫妻やIさんとも会えて、おいしいランチをいただき、楽しいひとときを過ごした。




昔の写真を整理していたら、まだ直子ちゃんが保育園に行っていたころ、一緒に上越地方の巻機山に登った写真が出てきた。
我が家は、息子が小学1年、娘も保育園児。
それにしても、みんなよくがんばって、山に上った。
あんなに小さかったのに、みんなもうお母さんやお父さんになっているのだから、月日のたつのは早いものだ。






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

初歌仙

昨年6月に連句集が完成した。




その後、歌仙を巻くスピードがちょっとにぶった感があるが、それは回している私があわただしくしているせいだからでしょう。
今回、6人の連衆が参加した。
発句はつぎの通り集まり、みんなでいいと思う句を選んだ。

里山は漸く日射し今朝の春

母の味胸に留めむ今朝の春

初春やあらたなことを始めたき

年玉を送りしのちの孫の声

若水を汲む大空の青を汲む

目録の墨の匂ひや初社

初鶏に山の輪郭ふくらめり

屠蘇に酔いつい都々逸を口づさみ
発句 目録の墨の匂ひや初社  茶目猫
楽しく巻いていけたらと思う。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

のんびりとした日々

12月16日に調布に帰ってきてから、3週間と少し、ノロにやられたということもあるけど、まったく外出もせずに、過ごしている。
こんなにのんびりしたのは久しぶり。このまま1月末までこちらの家にいるので、ほぼ1ヶ月半同じところで、じっとしていることになる。

こんなに1ヶ所で長く過ごすのは、多分三宅島に家を借りて以来はじめてのことだ。

もうずっと、あわただしく、あっち行ったりこっち行ったりしてきた。

三宅島だけでなく、バックカントリースキーで東北や北海道とか、娘の住む広島とか、これからは息子たちが引っ越す山形にも行くようになる。

遠距離を行ったり来たりすることは、そう疲れないのだけど、いつも、いろんな用事を縫うようにして、この日にいって、この日までに帰らなくちゃならない、と考え続けているのは、案外疲れる。
いつもいつも、頭の中でパズルをしている感じ。

そして、調布の家にじっとしていると、ブログに書くこともあまりないので、野川の写真でも載せてみよう。




今日は、図書館にいって、本を借りてきた。
野川沿いに歩いて行った。川もゆっくりと流れている。

しばらく、本も読みたいし、録画しておいたドラマも見よう。などと考えていた1月9日。





コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )

田部井淳子さん、最後の山

今朝のNHKでやっていた「最後の山」という番組を見た。
登山家田部井淳子さんが、もう余命があまりない状態で、東北の高校生と一緒に富士山に登ったときの、ドキュメンタリーだ。

田部井さんは2012年から被災地の高校生との富士山登山を始めて、今年で415人の高校生が体験したという。




けれど、癌を患っていた昨年の夏は、ダンナさまや、他にも付き添いの人も何人かついて上られた。どんなに辛くても、山は自分の足でしか登れない。
高校生を励ましつつ上って、7合目のところで、下山を余儀なくされる。

そこまでも、ダンナさまのストックにつかまって、登りきるところもあり、見ていて辛くなった。
でも、ぎりぎりのところまで上っていった。

上に行く高校生たちを見送る田部井さん。




上から高校生が「田部井さーーん。」と呼びかけるシーンは、何度見ても、涙が出た。







その日から、3ヶ月後の10月20日に田部井さんは他界された。(享年77歳)

今年上った高校生たちは、田部井さんと一緒に山頂には立てなかったけど、多くのものを心に受け取ったことだろう。

田部井さんといえば、日本人女性で、世界ではじめてエベレストの山頂に立ったことで知られる。

その昔見たテレビで、富士山頂に立って、血中酸素濃度を測っているのをみたが、山頂でも、95とか、そのくらいの値だった。
ふつうの人の平地と同じくらいだ。
高度に強い人なのだと思った覚えがある。
けれども、それ以上に努力の人なのだろう。

そして、いくつになっても、かわいらしい、すてきな人でしたね。






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

こうたが保育園デビュー

年明けて、1月12日は、孫のこうたが一歳の誕生日を迎える。
それまで育児休暇中だった娘も、その日から、仕事に復帰する。

昨日より、慣らし保育が始まったが、泣き泣きのこうただそうである。

以前、しんじが保育園デビューした時にも、inocoさんにお願いして、ハンコを作ってもらった。




今回も、こうたのデビュー前にお願いして、同じようなハンコを作ってもらった。
まあ、こうたにそっくりのハンコ。




いろんなものに捺して、いよいよこうたは保育園に通い始めた。
楽しく通って、友だちをたくさん作ってね。







◆ ずんこの日記




コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )

初詣

昨日三宅島から帰ってきて、千葉に泊まった夫が帰ってきたので、一緒に近所の布田天神に初詣にいった。
3日目と、ちょっと出おくれた感じだけど、そのおかげでずいぶんすいていた。




夫は、これから6日まで調布にいることになっている。
私も、6日には一緒に三宅島に渡ろうかと思っていたが、行き来に時間をとられるのも厳しい状況なので、調布に残ることにした。

こちらにいると、いろいろ保存食が作れる。

大根を干したり、サツマイモを干したり。




今日は、たかちゃんから夏みかんなどを頂いたので、ジャムとピールを作るのが楽しみである。







コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

今年もよろしくお願いいたします

みなさまにとって、今年がすてきな年になりますように。

2017年、カレンダーをかけかえ、手帳を新しいのに表紙をつけかえ、新年の準備ができた。

手帳の初めには、その年したいこと(おもに仕事に関して)のリストを書く。
1年が過ぎ去り、そのうちの1つでも消すことができれば、じょうでき。




ここ数年、仕事でもなんでも、新しいことを一つやってみよう、という心つもりでいる。
二つなんて欲張ると、今までしていたことができなくなるので、一つというのがポイント。

去年は、出身中学校で、中学生の前で話をした。
一昨年は、新聞連載小説を書いた。
今年は、すでに一つ始まっている。ので、あらたに付け加えなくてもいいかな。

ところで昨日の話。
ほとんど正月の支度をしなかったが、黒豆は今までで一番おいしく煮えた。
私が好きなのは、甘みをおさえた、少し歯ごたえのある黒豆。

そして、買うほど食べたいわけじゃないので、伊達巻きを自分で作ることにした。
はんぺんと卵を、ミキサーにいれ、かきまぜて、あとはオーブンで焼くばかり、というときになって、巻きすがないのに気がついた。
なぜないかといえば、三宅島に持って行ってしまったからだ。
でも、もう材料を入れてしまったので、となりのスーパーに買いに行った。
ところが、そこにもない。
それから、百均にいってみたら、なんと、あった。百均はすごいわ。
おかげで、伊達巻きを作ることができた。

このように、生活の場が二つあると、ややこしいことが多々起こる。
ということを実感した年越しだった。




コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )

2016年も今日でおしまい

正月を迎える準備など何一つしないまま、年越ししそうな今日、大晦日である。
西野園芸さんがユリの花が送ってくださって、そこだけ正月の雰囲気。




振り返ると、今年は、正月元旦に、義母の病院に駆けつけるところから始まった。
一番、病院が手薄だろうと思われる、大晦日の夜10:30過ぎに倒れたにもかかわらず、船橋医療センターでは、手厚い治療と看護をしてくださった。
それはとても幸運だった。けれど、義母は意識が戻ることなく、1月3日に亡くなった。
しばらくの間、亡くなったということが信じられなかった。
そのくらい直前まで元気で暮らしていた。

1年近くたって思うのは、義母はほんとうにお手本にしたいように暮らしていた。最後の最後まで。すごいと思う。




お通夜、葬儀を終えて、数日後には、こうたが生まれそうというので、あわてて飛行機のチケットをとって、広島に駆けつけた。
それから、1か月間くらい、広島で過ごした。
去る人があり、生まれる人があり。こうして世代交代をしていくのだということを実感した。

その後は、バックカントリースキーをするために、東北、北海道に何度も通い、合い間に三宅島に渡り、1年間にどれだけあちこち移動したかわからない。
目が回るほど忙しかったけど、やりたいことができた1年だったと思う。

夏の三宅島。孫たちも一緒に海で過ごしたたのしい時間だった。







年末の最後にノロウィルスにやられた。そのおかげで、しばらくゆっくりしようと決めた。
今も完全に体調が回復した感じがしない。身体がのんびりせよといっている。
なので、正月明けには三宅島に行く予定だったが、中旬には息子たちの引っ越しもひかえているし(手伝いはしないが、何日間か泊まりにくる)、自分自身もやることが山積みでもあるので、1月いっぱい調布で過ごすことにした。

大晦日の今日も、のんびり過ごしている。
仕事をしたり、ガラス窓をきれいにしたり、冷蔵庫を片付けたり、おもちをパン焼き器でついたり、黒豆を煮たり、伊達巻きを作ったり(これから)、なますを作ったり。
あとは、いっさい全部パスすることにした。

最後になりましたが、今年もブログを見に来てくださったみなさまには、ほんとうにありがとうございました。
みなさまも、すてきな新年をお迎えください。









コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )

ノロ(?)にやられたっぽい

一昨日、無事に、娘たちは広島に帰った。
夫は前夜に三宅島に渡った。
私は羽田空港まで娘たちを見送りにいったあと、一人で調布の家に戻った。

クリスマスは、しんじと娘作の、シュークリームのケーキ。




羽田空港には早く着いたので、そこで時間を過ごす。一台前のバスは満席だった。




空港で、サンタさんにもらったダイオオイカを持つしんじ。




ここからはいつだって、航空機の発着を見ていたけど、今回はその向こうの海にも関心が。
三宅島にいく船も帰ってくる船もこの海を通るんだよといったので。

そして、ここでお別れ。




しかし、それからが大変だった。
娘は、帰る前からなんとなく胃腸の調子が悪いといってたけど、広島に着いたとたん吐き気。
私は調布の家を片付けながらも調子が悪く、夕方6時ころから猛烈な吐き気。
夫は、今朝から三宅島で下痢。

なんとはなしに、みなノロの気配。水分とって昨日は、じっとしているしかなかった。
でも、娘は子どもがいるので、そうもいっていられない。
けれど、やはり若いだけあって、回復も早く、昨日はもう食欲もあったという。

私は昨日一日中、寝たり起きたり。吐くことはなくなったけど、気持ちは悪い。
何年か前にもかかったけど、ノロはあなどれない。
実際にはノロかどうかわからないけど、その最中は病院に行くこともできないほどである。

そして、今日なんとかだいじょうぶそうで、起きてみると、ニュースでは「仕事おさめの人は・・」なんていっている。
そういう日なのね、と思ってビックリ。
私は仕事納めどころか、これから年末、正月、その後もずっと仕事です。

2月のスキー解禁まで、机に向かいます。







コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ