Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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タウ・タンパク質は脳虚血でも重要な治療標的分子である

2017年12月06日 | 脳血管障害
私は以前から「神経変性疾患の病態に関わる分子の一部は,脳虚血のような別の病態においても,何らかの重要な役割を果たすのではないか」と考えてきた.この仮説に基づき,筋萎縮性側索硬化症や前頭側頭型認知症で重要な役割を果たすTDP43やプログラニュリンにおいて脳虚血後に見られる変化を,動物モデルを用いて検討し,前者は限定分解され,後者は発現が亢進することを見出した(J Neurochem 2011, Brain 2015).

また神経変性疾患である進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核変性症に関心を持って臨床研究を行なってきたが,一番の関心事はタウ・タンパク質を標的とした病態抑止療法実現のための臨床診断の確立である(Mov Disord 2014, 2016).今回,これらの疾患において重要な役割を果たすタウが,脳虚血においても重要な役割をはたすことがオーストラリアの研究者によって報告された.具体的には,タウが興奮性細胞毒性において重要な役割を果たすことを示す報告であった.やはりこういうことがあるのかと思いつつも,論文の内容はかなり驚くものであった.

まず興奮性細胞毒性について説明したい.グルタミン酸は興奮性神経伝達物質として重要な働きをしているが,過剰に存在すると神経細胞毒性を示す.脳虚血後,細胞膜は脱分極するが,このとき細胞外へグルタミン酸が大量に放出され,NMDA受容体のようなグルタミン酸受容体が過剰に活性化されると,カルシウムイオンの細胞内への流入が生じ,カルシウム依存性酵素の活性化,ミトコンドリア機能不全,アポトーシスなどを引き起こし,神経細胞死が誘導される.このため古くから,この興奮性細胞毒性の抑制は,脳虚血の治療戦略のひとつとして考えられてきた.

一方,タウは,中枢および末梢神経系の神経細胞やグリア細胞に発現する微小管結合タンパク質(MAP)のひとつとして発見された.微小管の重合や安定化を調節するが,微小管以外にもさまざまなタンパク質と結合し,脳の成熟,軸策輸送,熱ストレスに対する細胞応答などさまざまな現象に関わっている.さらに近年,シナプス後部で何らかの役割を果たしている可能性が今回の論文の著者らにより指摘されていた.

今回の論文では,タウが脳虚血に何らかの役割を果たしているかを検討する目的で,まずタウ・ノックアウト(KO)マウスに対し一過性脳虚血を行うところから始まっている.このタウKOマウスは,通常では,野生型マウスと比べて表現型に差はない.しかし中大脳動脈の虚血・再灌流を行うと,脳梗塞サイズが極めて小さく(図左),かつ神経障害も軽いことが判明した.その差は,虚血再灌流後6時間からすでに確認された.

論文ではこの機序について徹底的に検討している.結論として「タウはシナプス後部において,興奮性細胞毒性に関わるRas/ERKシグナルカスケードを調整する作用がある」ことを明らかにしている(図右).まず野生型マウスでは,過剰なグルタミン酸が放出されると,シナプス後部に存在するNMDA受容体に結合し,カルシウム流入が起きる.NMDA受容体にはPSD-95が結合し,さらにタウ,SynGAP1(興奮性Ras-ERKシグナルカスケードの抑制性調節因子)が結合し,複合体を形成する.カルシウムの流入はRasへのGTPの結合をもたらし,その後,Ras/Raf/MEK/ERKが順にリン酸化され,最終的に細胞毒性が引き起こされる.これに対し,タウKOマウスでは,タウが存在しないため,NMDA受容体複合体のなかで,PSD-95へのSynGAP1の結合が増加し,その結果として,Ras以下のカスケードが完全に抑制されてしまい,興奮性細胞毒性が生じないことが分かった.

この仮説を検証するために,タウKOマウスにて,SynGAP1発現レベルをRNAiにより抑制すると,マウス脳虚血モデルで脳障害が増悪した.逆にSynGAP1の過剰発現は野生型神経細胞におけるERK活性化を抑制した.以上より,タウはシナプス後部においてSynGAP1結合量をコントロールすることによって,興奮性Ras/ERKシグナルを調節していることが明らかになった.

またこの報告とは別に,Peng Leiらは,同じマウス虚血モデルを検討し,タウが鉄輸送に関わることについて報告している.タウKOマウスでは年齢依存性に脳内に鉄沈着がもたらされることが報告されていた.今回の報告では,タウ欠乏による鉄沈着が,細胞死の1つの機構であるフェロトーシス(Ferroptosis)により脳病変を増悪することを示している.フェロトーシスでは,鉄依存的な脂質過酸化物の蓄積によって,細胞死が生じる.

以上の2つの報告は,タウを標的とした薬剤やフェロトーシス阻害剤が脳梗塞の治療薬になりうることを示すものである.実際に後者の論文では,一過性脳虚血モデルにおいてフェロトーシス阻害剤であるliproxstatin-1が神経障害を抑制している.タウオパチーに対する病態抑止療法が実現すれば,その薬剤をdrug repositioningにて脳梗塞にも使用できる可能性もあるのかもしれない.

Nat Commun. 2017 Sep 7;8(1):473.
Mol Psychiatry. 2017 Nov;22(11):1520-1530.




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皮膚筋炎の皮膚症状の見方@第35回日本神経治療学会

2017年11月17日 | 脳血管障害
さいたま市で行われた標題の学会にて,筑波大学皮膚科藤本学先生による講演を拝聴した.皮膚所見の見方について大変勉強になったのでまとめたい.

【皮膚所見の見方】
① 複数の好発部位をもれなく診察する
ヘリオトロープ疹やゴットロン徴候が有名であるが,皮膚筋炎にてこれら2つの徴候がいずれも認めない症例が約6%存在している.すなわちこれら2つの徴候のみでは診断ができないことになる.
また他の疾患で,ヘリオトロープ疹,ゴットロン徴候に類似した皮膚所見も呈しうる.前者は甲状腺機能低下症で類似の所見が見られ,後者は尋常性乾癬でも似た所見を呈しうる.
→ 以上2つの理由で,複数の好発部位をもれなく診察し,系統的に診断を進める必要がある.

② とくに「顔と耳と手指」を診察する
顔ではヘリオトロープ疹以外の皮疹にも注意する.鼻根部や鼻翼周囲(脂漏性皮膚炎様),前額部を確認する.通常の皮膚炎では所見を認めにくい耳の周囲にも皮疹が生じる.耳介の出っ張ったところに物理的刺激のために皮疹が生じやすい(ケブネル徴候).ちなみにSLEでは,寒冷刺激により耳朶に所見を呈する.

手では,爪の所見も重要である.SLEでは爪囲紅斑,強皮症では爪上皮出血点が見られるが,皮膚筋炎ではいずれも認められる.手背の丘疹状皮疹であるゴットロン丘疹や,丘疹状にならない紅斑であるゴットロン徴候が認められる.しかし,ゴットロン徴候にも様々な所見が認められる.角化が主体であるものは抗ARS抗体,丘疹性変化で炎症が強いものは抗TIF1抗体,滲出性紅斑や紫斑,潰瘍化の傾向があるものは抗MDA5抗体が陽性であることが多い.
「逆ゴットロン徴候」,すなわち関節屈側に,鉄棒を行った時にできるまめ様の所見(鉄棒まめ様所見)を認めることがある.この場合,抗MDA5抗体陽性であることが多い.一方,mechanic’s hand(機械工の手徴候)は,抗ARS抗体陽性例において認められる.

体幹では前胸部のV徴候や,肩から上背部のショール徴候,背中の掻爬による綿状の紅斑(むち打ち様紅斑)を認める.むち打ち様紅斑は掻爬によるケブネル徴候であり,診断的価値が高い.

【合併症による分類】
皮膚筋炎は「間接性肺炎と悪性腫瘍という2つの合併症」によって区別することができる.両者を合併することは稀である.

【抗体による分類】
皮膚筋炎では70%以上の症例で陽性になる.1症例において1抗体のみ陽性となることから,分類に有用で,かつ抗体の種類と臨床像は強く相関する.頻度は成人と小児で異なり,成人の場合,抗ARS抗体>抗MDA5抗体>抗TIF1抗体>抗Mi2抗体>抗NXP2抗体>抗SAE抗体の順に多い.

① 抗ARS抗体(間接性肺炎は必発)
有名な抗Jo-1抗体を含む4つの抗体の総称であり,アミノアシルtRNA合成酵素(ARS)に対する抗体である(最初にJo-1抗体を測定するのではなく,まず抗ARS抗体を測定する).特徴として間接性肺炎はほぼ必発で,慢性の経過をとり,再燃を繰り返す.筋炎も再燃を繰り返す.皮膚はカサカサで,その他,レイノー現象や機械工の手徴候を認める.炎症症状を呈し,発熱,関節炎,CRP上昇を認める.CK上昇の程度はさまざま.

② 抗MDA5抗体(重症間質性肺炎タイプ)
ウィルスのRNA受容体でCADM(clinically amyopathic dermatomyositis)に多くみられる抗体.予後不良の急性進行性間質性肺炎を合併する.半数が重症で死亡例が多い.皮膚所見として逆ゴットロン徴候(鉄棒まめ様皮疹)を認める.これを認めた場合には,抗体の検査結果が出ていなくても治療を開始する,もしくは少なくとも準備を開始する.最初からステロイドに免疫抑制剤(タクロリムス,シクロフォスファミド)を併用する.IVIgは有効な印象がある.活動性のバイオマーカーとして,フェリチンや抗MDA5抗体価が有用である.CK値は2,000以下であることがほとんどである.

③抗TIF1抗体(悪性腫瘍タイプ)
悪性腫瘍を合併する.40歳以上の症例で70%に認める.皮疹が重症で,嚥下障害を合併することが多い.CK値はあまり高くなく,1000以下が多い.しかしCK値が高いほど,悪性腫瘍を合併することが多い.ステロイド抵抗性の嚥下障害に対してIVIgが有効である.

④抗Mi2抗体
筋症状の強い古典的皮膚筋炎の臨床像をとる.間質性肺炎はまれ.生命予後は悪くない.CK値は高めである.

⑤その他
抗NXP2抗体は,悪性腫瘍を合併する皮膚筋炎である.皮膚所見では石灰沈着が強い.
抗SAE抗体はTIF1抗体陽性例に症状が類似する.抗TIF1抗体陰性であればSAE抗体を疑う.

最後に皮膚筋炎を疑ったときの自己抗体の測定の手順について図に示す.



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小児交互性片麻痺とDYT12 ―家族性片麻痺性片頭痛との共通点―

2017年11月02日 | パーキンソン病
日本パーキンソン病・運動障害疾患学会(MDSJ)にて初めて「小児交互性片麻痺」という遺伝性疾患を知った.しかし歴史は古く,進行性核上性麻痺(PSP)を報告したJhon Steele先生らにより,1971年,8症例のケースシリーズとして初めて報告されている.私がこの疾患に関心を持ったのは,同じ原因遺伝子により,急性発症し完成する14~55歳発症のジストニア・パーキンソン症候群(DYT12)が生じることと,日本人でもDYT12症例が存在すること,そして家族性片麻痺性片頭痛(HFM)と臨床的に共通点をもつことが理由である.

① 小児交互性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood:AHC)
現在,生後18か月以前までに発症し,一過性の片麻痺発作を繰り返す常染色体優性遺伝疾患として理解されている.100万出生に1人が発症し,日本では100名程度の罹患者がいる.頭痛を合併するため,早期の報告では比較的予後の良いFHM症例も含まれていた.

片麻痺は左右どちらでも生じるため「交互性」の名称がついた.「交代性」と書かれた文献もあるが,橋病変による顔面と対側上肢の麻痺を示す「交代性麻痺」と紛らわしいため,「交互性」が一般的に用いられる.麻痺の程度は様々で,発作は5分間くらいから1週間以上続く場合もある.片麻痺のほか,不随意運動(ジストニア,コレオアテトーシス),眼球運動異常(眼振, 非対称性眼転位, 斜視),筋トーヌス低下,精神運動発達遅滞,強直けいれん発作を呈する(ビデオ).けいれん重積,発作中の横隔膜麻痺による呼吸停止のため,死亡することがある.睡眠により症状は消失するが,覚醒して10~20分たつと症状は再出現する.画像所見では正常が多いが,小脳・大脳萎縮や海馬の高信号を呈する症例もある.

Ca拮抗薬の塩酸フルナリジンが片麻痺発作予防に有効である.しかし1999年に国内では市販が中止されたため,個人輸入で使用せざるを得ない.予防内服を中止した患者の後方視的検討で,神経学的退行が進行することが報告されていることから,退行を防止していた可能性がある.ベンゾジアゼピンや抱水クロラールによる睡眠でも症状が改善する.

Alternating Hemiplegia of Childhood - Sunna Valdís


② AHCの原因遺伝子
FHMと症状が類似するため,FHMの原因遺伝子(CACNA1A・ATP1A2・SCN1A)について検索が行われたが,一部でATP1A2遺伝子変異が見られたものの大半の症例では変異は見出されなかった.2012年,エクソーム解析にて,ほとんどの症例でNa+/K+ transporting ATPase alpha-3chainをコードするATP1A3遺伝子の変異が見出された.好発変異であるE815Kは新生児発症で重症化し,D801Nは予後が良い.この遺伝子の変異による疾患として,すでに急激発症ジストニア・パーキンソン病 (rapid-onset dystonia-parkinsonism: RDP, DYT12)が報告されていた.

③ 急激発症ジストニア-パーキンソン病 (RDP, DYT12)
RDPは発症年齢は14~55歳(10~20代に多い)で,急激にパーキンソン症状とジストニアを発症する.発熱やストレス,アルコールが発症の誘因となる.わずか2~3分から1か月で症状は完成し,以後,症状はほとんど改善せず安定することが多い.ジストニアは顔面口部に強く,パーキンソン症状は無動, 歩行障害,姿勢保持障害を示す.抗パーキンソン病薬は無効である.球麻痺,不安, うつ, てんかん発作を伴う.画像所見を含め特徴的な検査所見は知られていない.頻度は不明ながら米国, 欧州, 韓国, アフリカ系カリブ人から報告があり,日本には存在しないと考えられていたが,昨年,第1例が報告された(13歳で書字障害を呈した片側ジストニアを主徴とした).
3.23. Rapid-Onset Dystonia-Parkinsonism - Dystonias [Spring Video Atlas]


④ 小脳失調-無反射-凹足-視神経萎縮-感音難聴 (CAPOS) 症候群(cerebellar ataxia, areflexia, pes cavus, optic atrophy, and sensorineural hearing loss)
ATP1A3変異はさらにCAPOS 症候群も呈しうる(allelic disease).6か月〜5歳に発症するが,若年発症例ほど重症で,退行しやすい.発熱とともに発作が生じる.数日持続し,軽快・消失する.歩行障害, 四肢失調, 視力障害, 難聴,嚥下障害がみられ,緩徐進行性に増悪する.脳症エピソードの反復に階段状の退行を伴う.

④ これらATP1A3関連疾患の特徴
ATP1A3(Na+/K+ transporting ATPase alpha-3chain)は神経細胞に発現し(ATP1A2はアストロサイトに発現),ATPを使用し,イオン濃度勾配に逆らって細胞内のNa+を細胞外へ,細胞外のK+を細胞内へ輸送するポンプで,これにより神経細胞は膜電位を維持する.ATP1A2は上述の通り,家族性片麻痺性片頭痛2型(FHM2)の原因遺伝子である.両疾患の共通点として,急性発症,てんかん,球麻痺を呈することがあげられ興味深い.
またATP1A3は小脳に強く発現しており,中核症状の出現に小脳の回路が関係している可能性が指摘されている.ただし,ATP1A3蛋白内の異なるアミノ酸変異により,異なる表現型が生じるメカニズムはよく分かってないが,AHCで認める変異のほうが,RDPで認める変異と比べてNa/Kポンプの機能異常が強いと推測されている.以上より,Na/Kポンプの発現する細胞や変異の種類が表現型に影響することが分かる.神経内科医としては,日本人でも若年性のジストニア・パーキンソン症候群で,急性発症するタイプとして,DYT12が存在することを認識する必要がある.


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第11回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2017)@東京

2017年10月29日 | パーキンソン病
標題の学会が10月26日から28日にかけて行われました.教育的な講演から最新のトピックスまで大変充実した学会ですが,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションは人気の企画です.ワインを飲みながらの楽しい会で,MDS(Movement Disorder Society)は,Must Drink Societyなのではと韓国のJeon教授が仰っていました(笑).
では今年の14症例の一覧を記載します.独断ですが,神経内科医がとくに覚えておくべき症例には★を付けました.

【問題編】
症例1.羞明を伴う両睫毛のつり上がりと,両眼の見開く感じが出現した82歳男性
71歳より上記症状が出現,暗所では改善した.瞬目が多く,両眼瞼は挙上し,前額部にしわ寄せあり.表面筋電図では,前頭筋と眼輪筋の共収縮を認めた.診断は?

症例2.周期的に右手を握るような不随意運動を認めた64歳女性
突然,右手指が動かしにくくなり,その2週間後に右手の不随意運動が出現した.右手は中手指節関節で屈曲位で,右手指が2-3秒毎に握るように(myoclonicに)屈曲する.右手掌の触覚低下,関節位置覚消失.MRIで右中心後回(感覚野)にFLAIR高信号病変,生検で星状細胞腫.この不随意運動は何か?

症例3.両下肢のしびれとふらつきを呈した66歳男性★
1年前から両下肢のしびれとふらつきが出現.半年前から構音障害.筋の被伸展性亢進,Romberg試験陽性,腱反射は,上肢は減弱,下肢は消失.診断は?

症例4.左半身痙攣様不随意運動と左半身麻痺を呈した21歳男性★
1ヶ月前から間欠的な左半身の痙攣様不随意運動(ヘミコレア+ヘミバリスム?)が出現.その後,進行性の左片麻痺が出現.神経学的に項部硬直,左側で腱反射亢進・バビンスキー徴候陽性.造影頭部MRIで,頭頂葉の一部に脳溝に沿ったエンハンスあり.診断は?

症例5.全身をくねらすような不随意運動を呈した57歳男性
首をくねらすような不随意運動(コレア)で発症し,両側手足や頭部に広がった.嚥下障害,構音障害,四肢腱反射亢進をみとめる.針筋電図では神経原性変化.診断は?

症例6.突然の転倒を繰り返した60歳男性★
午前中までは何ともなかったが,午後になり突然,転倒を繰り返した.上半身が突然,力が抜けるようになり,下肢にまで及び,崩れるように転倒する.見当識障害,近似記憶障害あり.低Na血症(129),AVP 3.2 pg/ml1.頭部MRI FLAIRでは両側辺縁系に高信号病変,かつSPECTで過灌流.診断は?

症例7.重度の知的障害及び運動発達遅滞を伴う難治性てんかんの16歳女性と14歳男性
1例目は生後56日で難治性てんかんを発症,1歳4ヶ月で全身性不随意運動(激しいバリスム様).14歳右淡蒼球凝固術.重症の精神運動発達遅延を呈する.2例目(1例とは無関係)は,乳児期より精神運動発達遅延と筋トーヌス低下(坐位を保てず,立位はできても体幹が前屈する).7歳上肢の肢位異常,9歳で嚥下障害.てんかんなし.いずれの症例も頭部MRIでは異常なし.両者は表現型は異なるが,同じ疾患であることがエクソーム解析の結果判明している.診断は?

症例8.動き出しにくさと喋りにくさを呈した27歳女性
4歳頃から歩きはじめの足の出にくさ,話はじめの言葉の出にくさ,閉眼後の目の開きにくさが出現したが,その後,症状の増悪はなく現在に至るまで安定.針筋電図でミオトニー放電.有効な検査および診断は?

症例9.発熱を契機とする一過性運動退行を反復し,失調を認めた4歳幼児
発熱を契機とした一過性退行(注)を認めた.1才児から失調(体幹と頭のふらつき)を含む複雑な運動症候を呈した.神経学的には小脳症状(発語不明瞭,筋トーヌス低下),下肢腱反射消失を呈した.頭部MRIでは異常なし.診断は?

注:退行(regression)神経内科ではあまり使わない用語であるため辞書の記載を以下にコピー.
正常な精神機能や自我機能が低下し,幼児返りした状態。自然発生的と操作的の2つの退行に分けられる。前者には健康的退行と病的退行が含まれる。治療上問題となるのは病的退行であり,精神発達レベルを反映する。精神分析療法では退行現象を治療機序として利用する。

症例10.眼瞼下垂と四肢の不随意運動を呈した3歳女性例
生後直後から両側の眼瞼下垂と,覚醒時の持続する四肢の不随意運動が出現した.流涎過多と易刺激性あり.髄液HVA↓,5HIAA→,HVA/5HIAA↓.診断は?

症例11.動作の遅さ,手の震えを呈した62歳男性例
20歳代から慢性円盤状エリテマトーデス.発熱後,動作の遅さが出現した.とくに動き始めに目立った.その後手の震えが出現.さらに四肢,体幹に皮疹が出現した.四肢に左右差のある筋強剛,歩行時左arm swing低下.白血球減少,肝腎障害,髄液IL6上昇.dsDNA抗体陽性.MIBG心筋シンチ,DATスキャン正常.診断は?

症例12.乳児期より頸部を中心とした全身性ジストニア
在胎25週,824g.20日間人工呼吸器を装着したが,合併症なし.以後,定頸を認めず,胃食道逆流を発症.体幹の後弓反張位.5歳,体幹筋トーヌス低下,定頸なし,頸部と両側上肢のジストニア著明.診断は?

症例13.全身性ジストニアと著明な首下がりを呈した40歳男性
生後数カ月から発達遅滞,10ヶ月から強直間代発作.徐々に体幹・四肢の強直肢位,捻転運動が出現.14歳から頸部保持困難.側弯.頭部CTにて両側基底核,歯状核に石灰化.診断は?

症例14.断続的に起こる発作的な四肢の強直と呼吸困難が問題になった17歳女性★
5歳で易転倒性,12歳伝え歩き,構音不能,嚥下障害,14歳車椅子,15歳,夜間を中心に四肢を強直させ,大きく開口して,気道閉塞ないし息こらえして低酸素血漿が出現,「わー」と叫んでのたうち回る発作が数分間感覚で出現(dystonic attackと考えた).NPPVを嫌がり導入困難.徐々に体重減少.優性遺伝家系,表現促進現象あり.筋トーヌス低下,内反尖足,四肢腱反射亢進,バビンスキー徴候陽性,びっくり眼.診断は?


【解答編】
症例1.前頭筋主体の孤発性上部顔面ジストニア
前頭筋へのボツリヌス毒素注射にて症状は改善し,表情も穏やかになった.

症例2.持続性部分てんかん(Eplepsia Partialis Continua; EPC)
同速の顔面にも動悸して不随意運動あり.抗てんかん薬(クロナゼパム)で徐々に改善した.

症例3.神経梅毒
駆梅療法で下肢のしびれは消失.筋トーヌスも正常化した.梅毒は近年,増加しているため,この疾患を認識する必要がある.

症例4.MOG抗体陽性の髄膜脳炎
ステロイド投与により症状は著明に改善した.血清および髄液のMyelin Olygodendrocyte Glycoprotein1(MOG)抗体陽性が判明.良性,片側,てんかんを伴う大脳皮質性脳炎が4例(すべて男性,20-30歳代)が東北大学から報告されている.異常行動,意識障害を合併しうる.髄液単核球優位の細胞数増加,蛋白増加.ステロイドで完全回復,再発なし.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2017 Jan 16;4(2):e322.

症例5.ALS with PNLA(pallido-nigro-luysian atrophy)

既報では筋力低下のような下位運動ニューロン徴候にて発症しているが,本例では舞踏運動から発症した.珍しいケースだが,コレア発現の機序が不明.

症例6.VGKC複合体関連辺縁系脳症
Facio-brachio-dystonic seizure (FBDS)が短時間(3秒以内),1日で数十回から数百回出現する.片側上肢と同側の顔面に出現するが,下肢にも波及し,Facio-brachio-crural dystonic seizure (FBCDS)も生じ,歩行障害が生じうる.Cruralは脚の意味.

症例7.GNAO1遺伝子変異
本邦から特定された難治性てんかんの原因遺伝子.両親に異常のないde novo突然変異を来す.GNAO1は3量体Gタンパク質のαサブユニット(Gαo)をコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.変異タンパク質は,細胞内局在やタンパク質の安定性などに影響をおよぼし,その結果としてカルシウム電流の異常が引き起こされる.

症例8.Short Exercise TestとNaチャネルミオトニア
SCN4A遺伝子変異.常染色体優性遺伝.発症年齢0-10歳.運動やカリウム摂取後の筋のこわばり.痛みを伴うミオトニーの頻度が高い.生命予後良好だが,全身麻酔ではリスクあり.治療はメキシレチンで症状は改善した.演者はこの症例にめぐりあい,神経内科入局を決めた(拍手喝采).

症例9.RECA(Relapsing encephalopathy with cerebellar ataxia)
ATP1A3関連疾患のうちで,非常にまれな表現型.発熱に伴い小脳性運動失調と意識障害のエピソードを繰り返す.ちなみに今年のMDS(バンクーバー)でも,ATP1A3関連疾患はビデオオリンピックで提示された.

症例10. チロシン水酸化酵素(TH)欠損症.
運動寡少,筋トーヌス低下で発症し,腱反射亢進,錐体路徴候,眼瞼下垂(交感神経作動点眼薬で改善),縮瞳を伴う.THはチロシンをドパミンに水酸化する酵素で,カテコールアミンの合成に必須の酵素.ドパミン生成障害を主体とし,ドパ反応性ジストニアの病像を呈する症例もあるが,ノルアドレナリン生成障害を併発,進行性の脳症を呈する例が主体.

症例11.パーキンソニズムを伴った中枢神経ループス
中枢神経ループスに伴う不随意運動としてはコレアが多いが,パーキンぞニズムを呈することもある.

症例12.診断未確定
何らかの遺伝子変異を持つ(セピアプテリンリダクターゼ欠損症,GCH1,THAP1,GNAO1遺伝子など)?脳性麻痺との鑑別も必要.

症例13.アイカルディ-ゴーシェ症候群(Aicardi-Goutieres Syndrome;AGS)
Fahr病やCocaine症候群が疑われたが,遺伝子診断で否定.エクソーム解析の結果,大脳基底核および白質の石灰化を特徴とする常染色体劣性の変性脳疾患であるAGSの診断.慢性の脳脊髄液リンパ球増加症および脳脊髄液中の IFNα レベルの上昇を伴い,進行性の神経機能障害を来す.乳児期に発症し,40%程度が死に至る.10-20歳代で失調にて発症する.認知症,痙性対麻痺を認める.性腺機能障害あり.高度の小脳萎縮を認める.

症例14.MJD/SCA3(ataxin-3 89リピート)
MJDに詳しい西澤正豊新潟大学名誉教授の話では,同様の発作を呈した重症例の経験あるとのこと.

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橋田さんの“安楽死宣言”から「死の医学」を考える

2017年10月07日 | 医学と医療
NHKクローズアップ現代+の「橋田壽賀子 92歳の“安楽死宣言”」を見た.「渡る世間は鬼ばかり」などで知られる日本を代表する脚本家に対するインタビューである.「安楽死・自殺幇助」と「死の医学」について改めて考えさせられた.

1)自殺幇助により息を引き取ったALS患者
番組で一番,衝撃的であったのは,ALSと思われる米国人男性が,自殺幇助(他人が自殺しようとするのを手助けすること)により亡くなる場面であった.死の直前のインタビューに「人生に疲れたわけではない,病気に疲れたんだ.これからも人生を楽しみたい,しかしそれができないんだ」と答えた男性は,タイマーで人工呼吸器のスイッチが切れるようセットしたあと,医師が処方した大量の鎮静催眠薬を自ら飲み,その後5分ほどして息を引き取った(写真上).ALS患者さんにおける自殺の問題については,当ブログにおいて二度ほど取り上げたが(下記),実際の場面を見たのは初めてであり,強いショックを受けた.
 自殺幇助を支援する民間団体で外国人も受け入れているのは,スイスにある「ディグニタスDignitas(尊厳)」のみであり,上記の自殺幇助もこの団体により行われた.世界各国から毎年数百人の入会があるという.医療記録を分析し,生き続けるのが困難だと判断され,かつ本人の判断能力が保たれていた場合のみ,致死薬が処方される.ただしスイスでも安楽死は違法で,自殺幇助のみ可能である.よって最後の瞬間は,医師が注射や点滴をするのではなく,上記のように処方された致死量の薬を自分で飲む必要がある.
 ただし入会した人で,実際に自殺幇助を受けるのは全会員の3%ということである.これは積極的に自殺幇助を望んでいるわけではなく,「人生の質の問題を改善できる選択肢を求めて入会するため」と解釈されている.ちなみに日本では積極的安楽死はもちろん,医師による自殺幇助も認められていない(写真下).

2)橋田さんが考える安楽死

橋田さんが安楽死を望む理由は「世の中の役に立たず,迷惑だけかけるようになったら生きていたくない」「ただベッドに横たわって死を待つのは嫌だ.まして,意識のない状態で延命措置をされてしまうなど,まっぴらごめんだ」という言葉につきる.また「生や死のあり方は人それぞれさまざまであって,人生の閉じ方は自身で選ぶべきもの」という考えだ.安楽死はその選択肢の一つであって,それが担保されていれば,不安を抱えず生きていけると考えている.上記の「人生の質の問題を改善できる選択肢を求めている」ことと同じように思える.
 さらに橋田さんは「安楽死はあくまで本人が希望して,家族が納得して,医師や弁護士など第三者の専門家が認めれば叶えられるという制度の上で行うべき」と提案している.いろいろな意見があると思うが,個人的には橋田さんの考えは十分に納得できるものであった.

3)「死の医学」の必要性
橋田さんの著書の「安楽死で死なせて下さい (文春新書)」も併せて読んだが,そのなかには医師に向けた印象的な言葉が出てくる.
①大学の医学部は,患者を少しでも助ける方向にエネルギーを注いで,死のことを学生に教えてこなかった.だから,死のことは苦手だと思っている医者が多い(対談をした鎌田實先生のことば).
②治療しなければ罪という文化の見直しが必要である.病気を治して患者の命を救うことはもちろん大切だが,患者をいかに幸せに死なせるかという医療分野だって,もっと発達していいはず.その人のプライドを守って,平穏に死なせてあげることも,お医者様の大きな使命であってほしい.

医学部で「死の医学」を十分に教えていないという指摘は事実であると思う.自身の経験を振り返ると,人間の死について初めて真剣に考えたのは,大学院生の時に日当直のアルバイトをした老人病院で,栄養を胃ろうから摂り,コミュニケーションも不可能なお年寄りの死亡診断書をたくさん書いたときであったように思う.当直しながらキューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」,柳田邦男の『「死の医学」への序章』から,立花隆の「脳死」や「臨死体験」に至るまで死に関する本を何冊も読んだ.担当する疾患の特徴のため,患者さんの死にはほとんど立ち会わない診療科もあるが,このような経験がなければ,「死の医学」は苦手であると思って当然だろう.

4)「死の医学」における神経内科の役割
逆に「死の医学」に近い位置にあり,「その人のプライドを守り,平穏に死なせることも医師の使命である」という問題に,真摯に取り組んできた診療科のひとつが神経内科ではないだろうかと思う.それにはALSという疾患の存在が大きい.「人工呼吸器を装着すべきか?」という究極の難問を提示するところから関わり,装着しないことを選んだ患者さんやご家族が,近い将来迎える死を少しでも納得できるものにするために,何ができるのかみんなが悩んできた歴史がある.
 番組の中でも,安楽死について悩む人々は,神経疾患の人が多かった.安楽死制度を認めてほしいと求める寝たきりの妻を介護する夫,安楽死を認めてほしいと願う反面,どんな状態でも生きていくべきではないかと悩むパーキンソン病類縁疾患の患者さん,「安楽死はあなたのことはもう面倒見れないと言われているに等しい」と考え,強く反対するALS患者夫婦と,神経疾患と安楽死は密接なつながっていると改めて認識させられる.すなわち,難病や認知症といった進行性で,長く付き合う必要のある病気を担当する神経内科医はこの問題を避けて通れないということだ.生かすだけの医療に専念するのではなく,患者さんのもつ個々の死生観に目を受けて,さまざまな選択肢を提供する医療を目指す必要があるのではないだろうか.

92歳の“安楽死宣言”橋田壽賀子 生と死を語る(NHK)
安楽死で死なせて下さい (文春新書)
過去のブログ記事
“私の人工呼吸器を外してください”~「生と死」をめぐる議論~
ALSにおける自殺の検討




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補体C1qに対する抗体は,視神経脊髄炎関連疾患のバイオマーカーである

2017年10月04日 | 脱髄疾患
当科のYoshikura N 先生らが,最近,J Neuroimmunol誌に報告した論文を紹介したい.補体C1qに対する抗体価が,視神経脊髄炎関連疾患(neuromyelitis spectrum disorders spectrum disorders, NMOSD)では上昇するという報告である.この抗体は,脳内において抗原抗体複合体に結合した補体C1qに結合し,補体反応の活性化を促し,免疫・炎症に関わるだけではなく,血管側ではWnt/β-cateninシグナルを活性化することが知られている.血管内皮細胞においてWntシグナルは,タイトジャンクションを形成する主要蛋白claudinの発現量を増加させる.もし抗C1q抗体がこのシグナルを阻害するとすれば,claudinの発現量が減少して,血液脳関門が脆弱になる.つまりこの抗体は,脳内でも血管でもNMOSDの病態に関与する可能性がある.

さて研究の方法であるが,急性期NMOSD患者15名(全例,抗AQP4抗体陽性),急性期MS患者13名,健常者15名にて血清抗C1q抗体を測定した.また同じNMOSD,MS患者と身体表現性障害患者(疾患コントロール)10名において髄液抗C1q抗体価を測定した.急性期NMOSD患者において,血清および髄液抗C1q抗体価と,臨床所見,画像所見との関連性も調べた.

結果であるが,血清および髄液抗C1q抗体価は,NMOSD患者では他群に比較して有意に高値であった.髄液抗C1q抗体価は急性期の重症度を示す所見,具体的にはEDSSの悪化度(急性期とベースライン時の差),脊髄病変の長さ,髄液蛋白量,髄液IL-6値,Q-alb値(髄液Alb÷血中Alb)との間にも正の相関を認めた.

以上より,髄液抗C1q抗体価は,疾患の重症度を反映するNMOSDの新たなバイオマーカーとして利用できる可能性が示唆された.また病態に関して,上記の機序のほか,アストロサイトの膜表面上に発現するAQP4,抗AQP4抗体,補体C1qからなる複合体に,さらに抗C1q抗体が結合し,より強力な補体介在性の細胞障害が生じる可能性もある.

吉倉延亮先生は本研究の要旨を第23 回世界神経学会議(WCN2017)においてポスター発表した.最初に質問をしてくれた先生はとても関心を持ってくださり,10分にも渡って次々と質問してくださったそうだ.最後にお名前を伺ったところ,その先生は神経免疫学の大家であるVanda Lennon先生(Mayo Clinic)だと分かり,吉倉先生は驚くとともに大変感動したようだ.そして動物実験等を行い,この抗体の役割をさらに明らかにするようアドバイスをいただいたそうだ.海外学会はこのように,最先端の研究者と身近に触れ合えるチャンスがある.若い先生方にはどんどん海外学会で発表し,留学もして,どんどん世界に向けて羽ばたいてほしいと思う.

Yoshikura N et al. Anti-C1q autoantibodies in patients with neuromyelitis optica spectrum disorders. J Neuroimmunol 310, 150-7, 2017


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続 ナチスと神経内科.Anton症候群 -Gabriel Antonの業績が抹消された理由-

2017年09月24日 | 医学と医療
回診でAnton症候群について議論をした.名称の由来になったGabriel Anton(図左:1858-1933)に関心をもち,文献を渉猟していくうちに,予想外のことを学ぶことになった.

【Anton症候群とは】
Anton症候群は稀ではあるが有名な症候群である.視力障害があるのに,本人は見えていないという自覚がない.つまり,全部または一部の視覚を失っていながら,本人は見えていると証言をするのだ.視覚障害の証拠を示しても,作話により視覚障害を否定する.このため家族や医療スタッフは,目が見えないことに気がつくのに数日かかることもある.

これは病態失認(anosognosia)のひとつである.皮質盲に伴う病態失認をAnton症候群,片麻痺に伴う病態失認をAnton-Babinski症候群と呼ぶ.Antonが初めてこの症候を記載したわけではなく,初めてその病態生理に関する仮説を示したため,その名前がついた.Antonは視覚野と身体自己像を認識する中枢(これがどこかまでは記述していないが,頭頂葉と考えられる)のあいだの線維連絡が遮断されたため,病態失認が生じると考えた.現在使われる神経ネットワークや離断症候群の概念に通じる考えである.

原因としては脳卒中が多く,その他,PRES(posterior reversible encephalopathy syndrome),副腎白質ジストロフィー,ミトコンドリア脳筋症,子癇前症などが報告されている.また後頭葉てんかんの発作後に生じ,徐々に改善するという報告もあるが(Clin Neurol Neurosurg. 2012),個人的にも同様の経験をした.

【Antonの輝かしい業績】
Antonは1858年,当時オーストリア領であったボヘミアに生まれた.プラハ大学(ドイツ語大学)で医学を学んだ.彼が神経学の指導を仰いだのはキアリ奇形で知られるHans Chiari,ピック病で知られるArnold Pick,そしてPickの師であり,マイネルト基底核で知られるTheodor Meynertという錚々たる教授陣だった.彼は大脳発達障害に関する研究を行い,1889年に精神・神経科教授となり,現代医学に貢献する輝かしい多岐にわたる業績をあげた.

まず舞踏運動(コレア)の病態機序を解明した.シデナム舞踏病を研究し,その責任病巣を線状体とした上で,線条体は下位にある淡蒼球などを抑制的に制御するため,線条体が障害されると下位中枢の作用が亢進し,運動過剰になると説明した(田村はこの功績をもってAntonを「錐体外路系研究の祖」と呼んでいる).それまで舞踏運動に関して,Pickは錐体路の機能亢進が原因と主張し,Charcotは舞踏運動固有の線維束が存在すると主張していたことを考えると,Antonの先見性には驚かされる.

またAntonは神経損傷患者のリハビリテーションを行い,現在の神経可塑性の概念の基礎を作った.加えて,水頭症と頭蓋内圧亢進の関係を見出し,治療にも取り組み,脳梁穿刺術(内シャント)を発明した(図右).Antonは神経学の中心的存在になったが,ナチ政権成立した1933年に75歳で亡くなった.

【Antonの業績が抹消された理由】
 しかし私は,Antonのこれほどまでに輝かしい業績を今回,初めて知った.おそらく多くの神経内科医もそうではないだろうか.文献を読み進めていくと,田村とKondziellaによる2つの論文にたどり着き,彼の業績が抹消された理由が分かった.Antonは「民族衛生学(racial hygiene),優生学(eugenics)」を強く支持していたため,英語圏の研究者からその存在や業績を抹消されたのだ.

「民族衛生学」は,民族の存亡に関わる疾病や現象への対策を考える学問である.具体的には遺伝性疾患の予防や撲滅,精神障害,犯罪などの根絶,さらに人口調節など民族の保全・充実を目的とする.ナチスドイツは,ゲルマン民族の優位性を維持する手段として,この「民族衛生学」の考え方を採用し,そしてその強化を試みた.つまりユダヤ人,ジプシー.同性愛者,回復の見込みのない精神病患者などを「生きる価値のない生命(Lebensunwertes Leben)」と法律で定め,ホロコースト(大量虐殺)のプログラムを行なった.その理論的根拠となったのが「民族衛生学」であり,Antonはこの学説を強く支持した学者の1人であった.Antonはナチ政権成立前に亡くなったためホロコーストには関わっていないが,HallorvordenやSpatzなど多くの医師・医学者はこれに関与した.このなかには優れた学問的業績を残した人も少なくなかった.

【私たちは何を学ぶべきか?】
まず私たちが知っておくべきことは,ナチスによるホロコーストは,単に人間の狂気や残虐性の結果起きたのではなく,未熟であったとはいえ科学的な学問に基づき,導き出された政策であったという点である.ナチ政権成立前夜の時期において,ドイツ全土の大学病院に多数の弟子を擁していたというAntonの主張が,ナチの指導者のみならず医師,医学者に大きな影響与えたことは疑念の余地がないと言われている.「医学は政治と同調しやすい(ナチスと神経内科参照)」ことを改めて認識し,医学における倫理教育を確実に行なう必要がある.

もうひとつ知っておくべきは,HallorvordenやSpatzと同様,医学研究の業績は政治的な理由で抹消されうるという点である.これはその非人道性から当然だという意見もあるだろう.一方で,田村は「学問が政治から独立して発展するためには,異なった時代や社会の体制からの視点で,過去の研究の研究者の言動を批判することは当然良いとしても,業績まで抹消してはならない」と述べている.私もAntonが「民族衛生学」を支持し,それを政権に委ねる結果になった点は非難されてしかるべきと考えるが,あれほどの第一級の業績を残したことまで無にするのは学問が政治から独立しているのか,健全な状態と言えるのかと考えてしまう.

「ナチスと神経内科」と題した2つのブログ記事を記載したが,いずれも医学は政治と相互に強く影響を及ぼし合うことを感じさせるものであった.新しい生命科学技術が急速に発展する現代においても,この点は意識しておく必要があるように思われた.

田村直俊.Gabriel Anton (1858-1933)と消された業績.神経内科68;403-8, 2008
Kondziella D, et al. Anton's syndrome and eugenics. J Clin Neurol. 2011 Jun;7(2):96-8.
Cheng J, et al. Occipital seizures manifesting as visual loss with post-ictal Anton's syndrome. Clin Neurol Neurosurg. 2012 May;114(4):408-10.






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利根川進先生の講義@世界神経学会議(京都)

2017年09月21日 | 認知症
【利根川博士は憧れの人】
世界神経学会議にて,1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞された利根川進先生の講演を,感激しながら拝聴した.いまの若者が山中伸弥先生のお話を聴いて目を輝かせるのと同様に,当時20歳であった私は,利根川先生がご自身の研究について語った「精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)」を貪るように読んだ.この本は,大学院を卒業して,自分の進むべき方向が分からなくなった時,偶然読み直し「一人の科学者の,一生の研究時間なんてごく限られている. 研究テーマなんてごまんとある.ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでいたら,本当に大切なことをやるひまがないうちに一生が終わってしまうんですよ」という言葉を見つけて,自分が脳梗塞の創薬研究を一から始めるきっかけになった本である.

【研究に一貫性は必要か?】
実は山中伸弥先生も利根川先生の影響を受けたそうだ.山中先生はiPS研究に辿り着く前,数年で2,3回も研究テーマを変えている.山中先生は「日本では研究テーマの一貫性が評価の対象になっていますが,それについて先生はどうお考えですか?」と質問をされたと述べておられる.「別に持続性なんかなくたっていいと思います.面白いことを科学者はやるべき.僕は割と飽きるたちですから,同じテーマを一生やるなんて考えられない」という利根川先生の言葉に,山中先生は救われたそうである.実際,利根川先生自身もノーベル賞受賞の対象となった「抗体の多様性生成の遺伝学的原理の解明」から,研究テーマを大きく変え,記憶の研究に取り組まれた.スケールは違うかもしれないが,私もいろいろなテーマに取り組んできた.これは利根川先生のことばの影響が少なからずあると思う.

【記憶研究の現状 ―記憶の書き換えはすでにできる―】
記憶研究は光遺伝学(オプトジェネティクス)の開発により大きく発展した.驚くべきことに,映画「トータル・リコール」や「インセプション」のように,動物実験レベルでは,記憶の書き換えがある程度可能になっている.光遺伝学は,神経細胞にチャネルロドプシンという蛋白を発現させると,ブルーライトを当てることで(写真左),マウスを生かしたまま,特定の神経細胞の活動を恣意的にコントロールしたり,複数の神経細胞の活動を同時に記録したりする技術である.利根川先生らは以下のことを明らかにした.

1)記憶は特定の神経細胞群の回路に蓄えられている.つまり記憶は,海馬の歯状回にある記憶痕跡細胞群(エングラム細胞群という)のなかに,核酸やタンパク質に暗号化されて保存されている.例えば,ある部屋に入ると電気ショックを受けるような「嫌な記憶」をマウスに覚えさせたあと,同じ部屋に入れると「すくみ現象」が生じるが,これは「嫌な記憶」が特定のエングラム細胞群に保存されたため生じる.光遺伝学でこれらの細胞群を刺激すると,異なる部屋で,電気ショックを与えなくても「すくみ現象」を再現できる.
2)「嫌な記憶」ではなく,オスのマウスがメスのマウスと一緒に過ごすような「楽しい記憶」に変えると,それぞれの記憶を保存するエングラム細胞群は,異なる場所(扁桃体基底外側核の後方と前方)に存在し,かつお互いを抑制しあう.
3)アルツハイマー病(AD)の記憶障害は,記憶を新しく作れないのか,記憶を正しく思い出せないのかいまだ不明であるが,ADのモデルマウスで,海馬の歯状回のエングラム細胞群を直接,光遺伝学で活性化すると「失われた記憶」を回復できた.写真右はADマウスの海馬の歯状回のエングラム細胞(緑色)で,この細胞への内側嗅内皮質(赤色)からの入力を光刺激によって増強すると,記憶が回復することができる.もしかしたらAD患者の記憶も失われておらず,思い出せないだけかもしれない.
4)記憶には「誰が,いつ,どこで,どうした」という情報があるが,この中で「誰」という情報は,海馬の中の腹側CA1領域という場所に貯蔵されていた.マウスでこの領域を刺激することで,ほかのマウスの記憶に,恐怖や快感の記憶を人為的に植え付ける(書き換える)ことができるようになった(いわゆるメモリー・インセプションで,まるでSFの世界).
5)記憶は海馬から大脳皮質へ転送され,固定化されると考えられてきたが,このとき大脳皮質(前頭前皮質)のエングラム細胞群は成熟し,逆に海馬のエングラム細胞群は脱成熟する.つまり記憶想起に必要なエングラム細胞群の活動の場が,海馬から大脳皮質に切り替わるのだ.
6)記憶の書き込みと想起は,海馬のなかの別の回路が担当していた.背側CA1領域から直接,内側嗅内皮質に情報を伝える直接経路は記憶の書き込みに,背側CA1領域から背側海馬支脚を経由して内側嗅内皮質に情報を伝える間接経路は記憶の想起に重要である.

このように利根川先生らのマウスの「エングラム細胞」の研究は,ヒトの記憶研究に,近い将来,大きな発展をもたらすものと思われる.記憶にはさまざまな不思議な現象がある.覚えておくべき試験勉強の要点を簡単に忘れる反面,まったく大切でないことをよく覚えていたり,何かやろうと思って部屋に入ったとたんなぜか忘れてしまうことがある反面,関係のない場面でふと別の記憶が蘇ったりする・・・おそらくこれらの現象は,エングラム細胞の研究で説明されてしまうのではないだろうか(エングラム細胞の誤作動?).さらに認知症の治療も,将来はエングラム細胞に残された記憶を取り戻すことが目標になる可能性もある.ただただ圧倒され,基礎研究と臨床では乖離があることを実感するとともに,あらためて「面白いことを科学者はやるべき」と思った講義であった.





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注目の孤発性脊髄小脳変性症の新分類SAOAの特徴

2017年08月14日 | 脊髄小脳変性症
成人発症の孤発性脊髄小脳変性症の代表はMSA-Cであるが,もう一つは近年,SAOA(Sporadic adult-onset ataxia of unknown etiology)と呼ばれるようになった分類で,この概念の背景については,過去に当ブログにおいてご紹介した.
孤発性脊髄小脳変性症の分類はどうあるべきか ーSAOAという考え方ー

自律神経障害を認めない点でMSA-Cと鑑別
されるが,一部のSAOA症例は,その経過中にMSA-Cに表現型が変化しうる(phenoconversion).しかしSAOAの臨床像や重症度,遺伝子変異の関与についてはほとんど不明であった.これを解明するために,ヨーロッパにて成人発症の孤発性脊髄小脳変性症の患者レジストリーであるSPORTAXが結成され,その結果が報告されたのでご紹介したい.

対象は進行性失調症,40歳以降の発症,家族内類症や血族結婚なし,後天的な失調の原因なし,という4項目を満たす症例とした.重症度はSARAで検討し,遺伝子診断は脊髄小脳変性症特異的遺伝子スクリーニングパネルと次世代シークエンサーを用いた.上述の通り,SAOAの一部はMSA-Cにphenoconversionすることから10年間以上,表現型に変化がなかった症例をSAOAと定義した.

さて結果であるが,249名が対象となった.83名がMSA-C probableのGilman分類の診断基準を登録時に満たし,さらに経過観察中に12名が診断基準を満たした(計95名).小脳失調の重症度(SARA高値)を決定する因子は,多変量解析にて,MSA-Cの診断基準を満たすこと,および罹病期間が長いことであった.一方,SAOAと診断されたのは48名であった.MSA-Cと比較してこれらの症例は,小脳失調の重症度が低く(SARA:13.6±6.0 vs 16.0±5.8,P=0.0200),年間の進行速度も遅かった(SARA:1.1±2.3 vs 3.3±3.2,P=0.0013).臨床像に関しては,MSA-CはSAOAと比較して,筋強剛,排尿障害,腱反射亢進が有意に多かった.

遺伝子診断を行った194名中11名(6%)に病因と考えられる遺伝子変異を認めた.具体的には確定的な遺伝子変異は劣性がATM 1名,SPG7 2名,優性がCACNA1A 2名,TRPC3/SCA41 1名,ほぼ確実な遺伝子変異は劣性がADCK3 1名,POLG 1名,SNX14 1名,優性がCACNA1A 1名,OPA1 1名であった.またATM,POLG,CACNA1A遺伝子変異を持つ症例はMSA-C probableの診断基準を満たした.

以上の結果より,SAOAに関して以下の点がわかった.
1)SAOAはMSA-Cと比較して,小脳性運動失調は軽度で,かつその進行も遅い.
2)劣性遺伝および優性遺伝を呈する複数の脊髄小脳変性症の遺伝子が,SAOAの原因になりうる.

3)MSA-Cの原因遺伝子として報告されているCOQ2の変異は認めなかったが,これと異なる3つの遺伝子変異が認められた.しかし,MSAの診断を病理的に確認していないため,これらの遺伝子がMSAを引き起こすとは言えない.むしろphenocopy(表現型模写:通常と異なる表現型が出現)の可能性がある.

さらに本論文は以下の意味でも重要であろう.
1)SAOAの一部がMSAである,もしくは遺伝子変異を持つことがわかったが,残りの症例の病態がまだ不明である(図).変性疾患だけではなく,おそらく治療可能な免疫性,炎症性,代謝性失調等さまざまな疾患が含まれているものと予想される.
2)MSA-Cの病態修飾療法を行う際に,MSA mimicsを除外する必要があるが,SAOAはPSP-Cなどとともに鑑別に挙がる.最後に個人的に使用しているMSAの鑑別診断のリストを提示する(表).厳密にmimicsを否定することはなかなか難しいことが分かるだろう.

Giordano I, et al. Clinical and genetic characteristics of sporadic adult-onset degenerative ataxia. Neurology. 2017 Aug 9. pii: 10.1212/WNL.0000000000004311.


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中枢性低体温症では,鳥肌や悪寒に着目する!

2017年08月12日 | その他
岐阜大学神経内科・老年学の林祐一講師が,中枢性低体温症を呈した症例を2報,症例報告している.

1)患者さんの様子がおかしいときには体温の測定も忘れずに行う!
2)低体温時には鳥肌(立毛筋反射)や悪寒を確認し,ない場合には中枢性低体温症を疑う!


この2点において非常に重要であるため,林先生に論文の解説文を記載していただいた. ちなみに2症例は,抗LGI1抗体陽性脳炎と成人アレキサンダー病である.後者における中枢性低体温症は私も経験したことがあり,まれな現象ではない.以下,林先生の寄稿である.

【抗LGI1抗体陽性の再発性脳炎:初発・再発時に注意したい中枢性低体温症】

1)抗LGI1抗体陽性脳炎とは
抗LGI1抗体陽性脳炎(旧称 抗VGKC関連抗体陽性脳炎)は,免疫介在性脳炎の1種で,中高年男性,亜急性~慢性の経過で発症することが知られている.精神症状,痙攣,認知症などが初発症状となる.症状に比して,画像所見や髄液所見が乏しいのが特徴で,診断には,抗LGI1抗体の検出が有効である.精神科疾患と間違えられることもある.ちなみにLeucine-rich glioma-inactivated 1(LGI1)は,中枢神経系に広く発現しているタンパク質で,視床下部にも存在が確認されている

2)症例
本例は,初発症状が幻視,幻聴,家族への暴力を主とし,数か月にわたる経過の末,当科に入院した.当初は精神科疾患と間違うほどの強い精神症状が目立ち,病室の室内装備をことごとく破壊し,精神科病棟での管理を要した.MRIでは,軽微な辺縁系の高信号を認めたが,ステロイド療法では精神症状がさらに増悪,抗精神病薬で改善した.抗VGKC抗体が陽性(のちに抗LGI1抗体とわかる)であったため,抗VGKC関連抗体陽性脳炎と診断した.精神科病院に転院して療養していたが,転院約1年後に,中等度の低体温症を呈して再入院した.当日朝の検温では36度台であったが,4時間後には,通常の体温計では測定不能の低体温となった.スタッフによれば,患者がぼーとしていたので体温を測ってみたら低体温だったという.当院で診察時には,腋窩温は測定不能,中枢温で33.3度を示し,軽度の意識障害を認めた.低体温時には鳥肌が立つ(立毛筋反射),寒さに震えることがよくあるが,本例ではそのような反応は全くみられなかった.スタッフへの問診によれば,極度に冷たいものを大食いしたり,寒い部屋で長時間過ごしていたわけでもなかった.

立毛筋反射やシバリングの欠如から中枢性低体温症と診断した.
中等度低体温症であったので,加温ブランケット,加温輸液を行い復温に成功した(写真).中枢性低体温症の原因を検索したが,本症以外に考えられる原因はなかった.当時,免疫介在性脳炎で中枢性低体温症が生じるという論文が報告されていたので,脳炎の再発症状と考えた.

ステロイドパルス療法を試みたが,復温後も平均15.8日の周期でこのような低体温発作を5回繰り返した.γグロブリン大量療法を行ったところ,次の低体温発作まで79日,ふたたびγグロブリン大量療法を行ったところ,以降5年間の再発性低体温はみられなかった.この中枢性低体温症の治療には適切な復温法と復温後の再発予防には,γグロブリン大量療法が有効ということがわかった.低体温発作時の検体からも抗LGI1抗体が検出され,抗LGI1抗体脳炎の再発と診断した.

3)中枢性低体温症に関する考察
診察所見からは,低体温に対する体温中枢からの生理的なフィードバッグ機構(恒温動物ゆえの機能)としての立毛筋反射(鳥肌)やシバリング(ふるえ)が生じていなかったことから,体温中枢のある視床下部の障害と推定した.MRIでは異常がなかったので,診断には,診察時の皮膚所見やふるえの有無を確認するとともに,詳細な問診(寒さへの暴露の有無)が重要である.また,患者の応答が迅速でない場合には,体温を測定することが気づきのポイントである.

4)その他の疾患における中枢性低体温症
検索してみると,抗NMDAR抗体陽性脳炎や抗VGKC関連抗体陽性脳炎,多発性硬化症,視神経脊髄炎など免疫性神経疾患でも低体温が出現し,初発ないし再発時の症状の1つになっていることがわかった.通常の低体温症は冬季に生じることが多いが,中枢性低体温症では夏でも低体温発作がみられることがあり,季節や室内温との関連はない.

後日談ではあるが,この患者の診療から3年後,成人型アレキサンダー病の患者さんで中枢性低体温症を来した患者に遭遇した.このときも鳥肌の有無や家族への問診が有効であった.ぼーとしていたので家族が体温を測定してみたら測定不能!毛布をかけながら病院へ搬送された.プレ・ホスピタルの救急対応が有効であった.この例でも立毛筋反射は欠如してふるえもみられなかった.視床下部に両側性の高信号を認め,やはり病変の主座は視床下部であった(Hayashi Y, et al. Clin Neurol Neurosurg 2017; 157: 31-33).検索してみると,パーキンソン病でも同様の低体温発作を生じた例もみられた.

5)終わりに
低体温症は,突然死の原因の一つである.中枢性低体温は,神経変性疾患,免疫性神経疾患のいずれでも生じうる.神経内科疾患を抱える家族にもどうか知ってほしい病態である.いつもと様子が違うときには体温の測定を.すべての医師は,復温法を身につけたい.この2つの論文は双子のような論文で,神経内科医がよく診療する神経変性疾患,免疫性神経疾患に共通しておこる症状の1つとして記憶にとどめてほしいと考え報告した.

Hayashi Y, Yamada M, Kimura A, Inuzuka T. IVIG treatment for repeated hypothermic attacks associated with LGI1 antibody encephalitis. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2017 Apr 24;4(4):e348.

Hayashi Y, Nagasawa M, Asano T, Yoshida T, Kimura A, Inuzuka T. Central hypothermia associated with Alexander disease. A case report. Clin Neurol Neurosurg. 2017 Jun;157:31-33.




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