Neurology 興味を持った「神経内科」論文

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脾臓を摘出したひとはワクチンを受けよう ―肺炎球菌髄膜炎―

2006年06月11日 | 感染症
 肺炎球菌ワクチンをご存知だろうか?高齢者の市中肺炎で最も多い起炎菌である「肺炎球菌」に対するワクチンである.世界保健機関(WHO)は,このワクチンの接種を推奨していて,実際に,米国では65歳以上の高齢者の半分以上が接種している.これに対し,日本では「脾臓摘出患者の肺炎球菌感染症予防」以外に健康保険が利かないこともあり,平成13年度の接種者は全国で5000人程度といわれている.
 ではなぜ,肺炎球菌ワクチンを行う必要があるのか?肺炎球菌は莢膜を有しており,莢膜の多糖体に対する抗体によるオプソニン化(つまり,抗体が菌に結合することによって好中球の貪食作用が促進されること)がないと,菌は好中球により貪食されにくい.つまり,オプソニン抗体の産生を目的として,細菌表面の多糖体がワクチンとして使用されるのである.
 次になぜ「脾臓摘出患者」のみがワクチン接種の対象になっているのか?医療費抑制のことなど考えなければ,高齢者全例を対象にすべきである.一方,「脾臓摘出患者」がとくに推奨される理由は,脾臓は細菌の濾過のみならず,IgMオプソニン抗体の産生の場として重要であるためである.つまり,脾臓の摘出によって好中球による食菌作用が低下し,肺炎球菌感染発症と重症化のリスクが高まるわけである.
 
 つぎに,髄膜炎に対する脾臓摘出の影響を考えたい.なぜならば肺炎球菌は,正常免疫能のひとの髄膜炎の起炎菌の約6割を占めるためだ.2003年の報告で,成人の肺炎球菌による髄膜炎の予後因子を検討した研究がドイツから報告されている.方法は87例の肺炎球菌髄膜炎患者に対するretrospective studyである.結果としては,髄膜炎のみならず頭蓋内合併症を来たした頻度は74.7%と高く,内訳としてはびまん性脳浮腫(28.7%)や水頭症(16.1%)の頻度が高かった.血管系の合併症も多く,動脈系(血管炎を背景とした脳梗塞やSAH;21.8%),静脈系(静脈血栓症;9.2%)ともに認められた.稀な合併症として脊髄炎,聴力障害も見られた.病院内致死率は24.1%で,Glasgow outcome scale(GOS)=5で区切った予後良好例は48.3%であった.予後因子(GOS 4以下)としては,①慢性疾患の存在,②Glasgow coma scale低値,③入院時局所症状,④髄液白血球数低値,⑤肺炎,⑥敗血症,⑦髄膜炎に伴う頭蓋内合併症,であった.
 問題の脾臓摘出患者は11例(12.6%)で認められ,興味深いことに全例で頭蓋内合併症(脳浮腫,血管炎,脳出血,脊髄炎,難聴)を認めた.脾臓摘出から髄膜炎までの期間はさまざまで4~36年,ワクチンは少なくとも4名が接種していた.脾臓摘出を行っていない患者と比較して,頭蓋内合併症の頻度は有意に高いが,予後に関しては変わらなかった.以上の結果からワクチンが髄膜炎の予防や予後の改善に必ずしも万能でない可能性が示唆されるが,脾臓を摘出された方はワクチンをしておいたほうが無難だろう.
 
 最後に,肺炎球菌の治療について考える.一昔前の教科書ではアンピシリン+第3世代セフェム系抗菌薬が標準的な治療であったが,ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)といった耐性菌の頻度の増加に伴い,この治療では対処できなくなってきている.サンフォード感染症治療ガイド―日本語版 (2005)では,免疫能が正常な1ヶ月~50歳の患者の場合,第1選択として第3世代セフェム系(CTX:クラフォランないしCTRX:ロセフィン)+(デキザメサゾン)+VCM,第二選択としてMEPM+デキザメサゾン+VCMとなっている.カルバペネム系が,パナペネム(カルベニン)でないのは米国では販売されていないためで,当然,MEPMとどちらが優れているのか比較のデータもない.イミペネムでないのは痙攣の副作用を心配するためである.
 しかしこれらの治療法も普及するに連れて,近い将来,効かなくなってくる可能性がある(実際に,アメリカではVCM耐性肺炎球菌や腸球菌による髄膜炎がすでに報告されている).この記事を数年後に読まれた方は,時代遅れのことを書いてある可能性が高いので注意してください.

Brain 126; 1015-1025, 2003

サンフォード感染症治療ガイド―日本語版 (2005)
(感染症の本もいろいろあるが,個人的にはこれが気に入っている)
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