パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

火曜聖書研究会 2017年5月16日

2017-05-17 16:34:46 | 日記
聖書箇所:マルコによる福音書15章
研究ノート
ピラトへの引き渡し(1節~5節)
1節 総督官邸業務が開始するやいなや。事前準備としてあらゆる手立てを協議した。
3節 協議しておいた内容で、あらゆる罪状を述べ立てたのだろう。
5節 ピラトにはイエスの無罪が見て取れたので弁明を促したのであろう。お答えにならないのは
メシア預言の成就の一部

裁判の成り行き(6節~15節)
6節 植民地の人々を懐柔するためのローマ的政策であったろう。
7節 バラバも人殺しであったとペテロは認識している。(使徒行伝3章14節参照)
9節 ピラトは指導者がイエスを訴えられる動機がねたみであるとわかっていたので、少しでもイエスに有
利な転回を目論んだのであろう。
11節 イエスが捕まってしまったことで、政治的な救世主を期待していた群衆は裏切られたと感じて、指導
者たちの先導に乗ったと思われる。
13節 十字架刑はローマ帝国に反逆した者に課せられた。マルコは詳細を記録しなかったが、イエスが王
であるという告白から確定的であった。
15節 暴動になることは、総督として不名誉であり、左遷の可能性が高かった。正義よりも政治的優位を優
先した判断であった。

官邸でのローマ兵士による暴行(16節~20節)
16節 当番の部隊の全員が招集されたということで、全部隊とは考え難い。
17節 考古学的資料からも、ローマ兵たちが死刑囚を「王様ごっこ」でなぶり者にしたことが判っている。紫
は王や貴族の色であった。
18節 実際の言葉は古くから各地で用いられた「王よ永遠に生きられますように。」という挨拶であったかも
しれない。死刑囚には大変な皮肉である。
19節 葦の棒は、一説によると棘の生えたもので、王が持つ笏として死刑囚に握らせた。それで叩けば皮
膚が傷ついたであろう。

刑場への途上のこと(21節)
21節 シモン等の氏名が記録されているので、記者マルコや監督であったペテロによく知られたキリスト者
であったかもしれない。クレネは現在のリビア領内。過ぎ越しの祭りを祝うために遠くから訪れた巡礼者であったと思われる。
死刑囚は自ら十字架を背負わなければならなかったが、イエスは徹夜明けで鞭打たれて体力が残っていなかったかもしれない。
ローマ兵は植民地の一般人に物を運ばせる権限が有った。

処刑の様子(21節~32節)
22節 ゴルゴダという呼称については、丘の形状がどくろの様だったとする説や、死刑囚が放置されて、ど
くろが転がっていたからとする説が有る。
23節 没薬を混ぜた葡萄酒は麻酔効果が有った。箴言31章6節に基づいた習慣であったかもしれない。イ
エスはその使命のためにお飲みにならなかった。
24節 詩篇22篇18節の預言の成就。
27節 イザヤ53章12節の預言の成就。
29節~イエスを愚かなことを言った人物、神以外の力で奇跡を行った人物、メシアを詐称した人物として
罵っている。

キリストの最期(33節~41節)
33節 この時日蝕が有ったであろうとする天文学者もいる。
34節 詩篇22篇1節の言葉。24節における預言の成就の後にこの言葉を暗唱することに意味が有る。ユダ
ヤ人は詩篇を暗唱していた。
35節 詩篇22篇を知っているにも関わらず、イエスを馬鹿にするためにわざと「エリヤを呼んでいる。」と
言ったのかもしれない。
36節 詩篇69篇21節の預言の成就。
38節 聖所と至聖所を仕切る垂れ幕のこと。厚い生地で、人の手で裂くことは不可能であった。神の手に
よってなされたことがわかる。
イエスの働きにより、神の前に隔てなく出ることができるようになった。
39節 ローマ人が「神の子」と言う時は、偉大な哲学者や統治者を意味した。百人隊長にはイエスが犯罪
者ではなく、むしろ正しい敬虔な人物と見えたのだろう。しかし、大事な告白になっている。
40節 十字架の見える所にイエスに着き従った女性たちがいた。イエスの十字架上の言葉が記録された
のは、これらの証人の存在のおかげだろう。

キリストの埋葬(42節~47節)
42節 日没で次の日になってしまうので、その前のうちである。
44節 十字架刑は何日も苦しんで死ぬように考案されたものであったため、イエスの死の知らせはピラトに
とって驚きであった。
45節 ローマへの反逆の罪で処刑された者を、簡単に引き渡すことは通常有り得なかった。ピラトがイエス
の無罪を確信していたことによるだろう。
46節 死体の取り降ろしは使用人等にさせたであろう。アリマタヤのヨセフは立場上祭儀的に穢れることを
避けなければならなかったと思われる。
47節 マグダラのマリヤ達が墓の場所を確かめたのは、香油を塗りに戻ってこようと考えたからであろう。(マタイ28章1節参照)

ごく簡単なまとめ
1)キリストの十字架は預言の成就であり、確実に救いをもたらす。
2)キリストは確実に死んだのである。
3)祭司長たち、群衆、ピラト、ローマ兵たちに人間の弱さ、罪の汚れを見る。
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