パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

火曜聖書研究会 2017年5月2日

2017-05-03 15:31:48 | 日記
聖書箇所:マルコによる福音書14章26節~52節
研究ノート
26節 賛美の歌 過ぎ越しの賛美歌は詩篇113篇~118篇を用いたようである。流れを辿ると良い。
27節 ゼカリヤ13章7節の引用。最終的には神の救いの到来の預言。
28節 キリストによるよみがえりの再確認。25節の誓いの様式と併せて、力強い宣言。
30節 鶏は夜中と明け方に鳴くという理解が有った。
---------→ 一日も経たないうちにペテロはキリストを否むという予告。
―――→ ユダヤ人議会の裁判は夜の内にこっそり為される。
33節 ペテロ、ヤコブ、ヨハネは常に大事な出来事の目撃証人として選ばれた。3名の証言は有効。
―――→ 模範となるキリストの祈りの姿勢を後世に伝えることになる。詩篇62篇8節参照
37節 ペテロがここではシモンと呼ばれたのは、それが情熱を含意するからかもしれない。
―――→ 一緒に死ぬという情熱を見せたが、実際は祈っている力も無いのかという問い。
38節 誘惑 1)キリストに従わない、キリストを否む誘惑 2)祈らないという誘惑 等
39節 キリストは「同じことばで祈られた」
―――→ その祈りの姿勢が大事である。また、真摯な祈りは言葉のくり返しでもかまわない。
42節 さあ行くのです 裏切られに行こうと言える祈りの力。時として我々にも必要な祈りと覚悟。
43節 剣や棒 武力でキリストを守ろうとする者達に備えたのであろう。神殿警備員もいたであろう。
44節 弟子から師への口づけは尊敬の印であった。怪しまれないサインを考えたことになる。
―――しっかり引いていく ユダも武力を用いた妨害を予測したと思われる。
46節 手をかけて捕らえた 41節の「時が来ました。」に合う。逃げおおせるのは簡単であった。
47節 マルコは詳細を控えたが、弟子ペテロが剣で大祭司のしもべマルコスの右耳を切り落とした。
―――キリストにその耳を癒されたマルコスの名前が残っているのは、その後キリスト者になったからかも
---------しれない。
49節 キリストが宮で教えていた時に捕らえなかったのは、群衆を恐れたからであり、人間の弱さである。
―――一番の要因はキリストの時がまだ来ていなかったからであり、41節の通り、今がその時であった。
50節 みなが逃げてしまった 群衆もいたのだから、逃げるのは難しかったであろう。キリストの守りと考え
--------られる。
51節 ある青年 著者マルコとする考えも有る。12弟子以外にも何人かついて行ったのであろう。
--------大胆にも彼はキリストについて行こうとするが、捕らえられそうになって逃げた。亜麻布一枚というこ
--------とは、キリストの一行が出かけると聞いて、身支度もそこそこに急いで出かけたのかもしれない。
--------彼が逃げられたのも、キリストの守りと考えて良いであろう。

ごく簡単なまとめ
1)人間は自らの弱さを認め、自覚するべきである。
2)キリストの祈りの姿勢に倣うこと。
-思いを注ぎ出す祈り。くり返すことに問題はない。
-感情や思いによらず、神の御心を求める祈り。
3)キリストの愛、守りを信じること。
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