パース日本語キリスト教会

オーストラリア西オーストラリア州パースに有る日本語キリスト教会の活動報告を掲載いたします。

火曜聖書研究会 2017年7月25日

2017-07-26 22:18:53 | 日記
聖書箇所:ヨハネによる福音書1章43節~51節
研究ノート
・イエスはガリラヤ領内に入って後に12弟子に選ばれるピリポに従ってくるように言う。
ピリポはすぐに従ったと考えらえるが、それはアンデレやペテロと同郷であることによ
るのかもしれない。(44節)前日にイエスのことを彼らから聞かされたかもしれない。
・ピリポがすぐにナタナエルに声を掛けるのは、それだけイエスがメシアであるという確
信が有ったからだろう。ナタナエルもガリラヤ地方の出身である。
・ナザレはガリラヤの一部であったが、同じガリラヤ人からも軽んじられる場所だった。
そこにイエスの謙碑を見ることができる。
・ナタナエルは、メシアはベツレヘムから出るということしか頭になかったのだろう。
・イエスによるナタナエルの評価は、心から神をおそれる人物だというものだった。
・いちじくの木:ラビ等が日頃聖書を読み瞑想をする場所であった。ミカ4章4節参照
・ナタナエルも聖書を読み、その意味や他の聖書箇所との関連、自分の生活への適用等を
瞑想し、感謝し、時には悔い改めたりしていたのだろう。
・イエスはその場にいなかったにも関わらず、ナタナエルの様子を知ることができる神の
子としての能力が有った。真の預言者にもその能力が有ると考えらえれた。
・ナタナエルはその奇跡的な能力を示されて、即座にイエスをメシアと認める。(49節)
・イエスは、「それよりもさらに大きなことを見ることになる。」と予告される。それは
彼が弟子となって従って行って、癒し、悪霊の追い出し等を目撃することになるからで
あろう。
・イエスはその場にいた他の人々にも語りかけて、御使いたちがイエスの上を上り下りす
るのを見ると予告する。エサウを逃れるヤコブが見た夢を連想させる。
福音書中に実際にそういう場面の記録が無いので、力強い天来の力や啓示を示されるこ
とを意味するのではないかという考えが有る。
・ナタナエルの名は、神は与える、神の賜物という意味が有る。バルトロマイの別名。
・12弟子の召命はまだ先のことである。

ごく簡単なまとめ
・イエスがメシアであることは、真剣に聖書を通して待ち望んでいた者達には明らかであ
った。
・イエスに認められたナタナエルの霊的歩みに倣うことが勧められる。

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