音楽の素晴らしさ

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今年も紫陽花の挿し木をしました

2017年08月01日 | 花や野菜の魅力

狭い我が家の土地ではありますが、嬉しいことに季節になると毎年、何箇所で、様々な色の紫陽花が 綺麗に咲いて くれます。








毎年、6月~7月には、庭で咲いた紫陽花を仏壇の父にもお供えしています。

一昨年、昨年と連続して、庭の紫陽花を植木鉢に 挿し木 して、更に紫陽花を増やす試みもしています。

傾向として、花が咲くまでには、2年が必要なようです。

植木鉢の中にある紫陽花のうち、一昨年のものは、今年、初めて、綺麗に花が咲きましたが、昨年のものは、まだまだでした。

楽しみ(花が咲く) を2年後まで気長に待つことも、素敵なことだと思います。

また、欲しい方には、お譲りすることで、喜んでいただけるケースもあります。

今年も、紫陽花の挿し木を行いました。

(お譲りすることも想定して)鉢は、ホームセンターに売っていた、軽くて(相手の方に心の負担となららいような)200円程度の安価なものを用意しました。(今年は3つ購入)


鉢に入れるのは、土(黒土)などではなく、赤玉(土)です。写真は小粒タイプの赤玉です。


園芸用ネットを植木鉢の形に切ります。


鉢の下の方には、赤玉(土)の大粒を入れます。


続いて、赤玉(土)の小粒を入れます。


花が咲かなかった紫陽花の先端から5節目辺りから切断します。


写真のように、途中の葉を切り取って、上部の葉だけを残します。


最下部の切り口は、V字型 に尖らせて、バケツなどに浸して、十分の水分を含ませませた後に、鉢に挿します。


このような感じで、挿しました。


十分な水分が必要です。晩秋の頃まで、毎日、十分な水を鉢に与えていく予定です。


手前3つが今年の鉢で、その向こうが昨年の鉢、更にその向こうに(少し大きな)鉢が、今年、花が咲いた一昨年の鉢です。



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収納機能のあるお花台を作りました

2017年05月08日 | DIY(自分で作ったり修理したりする)

我が家の小さなサンルームの手前の空間に置くための収納機能のあるお花台を作りました。


元々は既製品の収納庫の上に花を飾っていたのですが、これを別の場所にもっていき、寸法に見合った新しい木製の収納庫を作ることにしました。

また、この空間は、ドクダミなど、雑草が多く、それらをシャットアウトするために、地面をモルタル処理することも併せておこないました。

横幅 1600mm 奥行 400mm 高さ 800mm のを作り、地面もモルタル処理して、砂利とレンガを敷き詰めました。


まだ、あまり物は入っていませんが、べニアで作った戸を開けると収納スペースがあります。




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驚くことに生きるか死ぬかの戦国時代の武士たちは鉄砲に否定的だった

2017年05月02日 | 歴史あれこれ

隣国から攻められて滅亡する危機と隣り合わせだった戦国時代にヨーロッパから伝わってきた最新兵器の鉄砲(火縄銃)に多くの武士たちが拒否反応を示していました。
 
どうして?

現代人の視点からは、それまでの戦(いくさ)を一変する威力を持つ兵器を受けいれようとしなかったことが不思議ですが、そこには 人間の本質のある一面 が典型的に表れていると言えます。

当時の鉄砲以外の主な武器には、刀、槍、弓などがありました。

それらの武器を使いこなすためには、日々の鍛錬(訓練)を重ねる必要がありました。

全くの素人に武器だけ渡しても、上手に使いこなすことは出来ないからです。

そうした状況では、戦国大名のそれぞれの家には、刀の達人、槍の達人、弓の達人など、それぞれの分野での達人達が存在していた筈です。

そかも、それらの達人達は、その優れた武術(武器の使用法)を親から子供へと伝えていくことで、※※家は、槍の達人の家 というように、戦国大名家の中で、その地位を確立していたと思われます。

戦(戦争)となれば、槍隊は名門の※※家、弓隊は名門の※※家に任せる ‥‥ といった陣容となります。

いざ、戦(いくさ)となれば、上記のような枠組みが作られ、その中で、有力家臣たちの位置づけ(ポジション)が決まっていた中で、全く新しい 鉄砲(火縄銃) という兵器が登場してきたのです。

同じ飛び道具の弓よりも殺傷力が大きく、弓のように立ち上がって放つ必要がなく、腰を落として撃つことが出来ます。

離れた距離から鉄砲で攻撃されれば、刀や槍を持った兵士たちは、相手(敵)に攻撃を加えようとする前に殺されてしまいます。


部隊の主力を 鉄砲隊 に変更することで、兵士の数が同じでも、軍事力を各段に増大させることが可能になります。

殿様(戦国大名)からみれば、このような画期的に素晴らしいことでも、殆どの家(戦国大名家)では、軍事改革は行われませんでした。

軍隊の主力が鉄砲隊となれば、自分たちの代々、引き継がれていた、槍や弓の名門というポジション(立ち位置)を失うことを恐れたのです。

出来るだけ遠くへ矢を飛ばす必要性がある弓は、威力を発揮させるための構えや狙う方向など、長い期間、相当な鍛錬を積んで、技術を身につけたと思われますが、新兵器の鉄砲を実践で使えるようになるのに、弓ほどに長い期間の鍛錬が必要ではなかったことは、想像に難くありません。

つまり、弓や刀、槍などの(伝統的な)武器を、大して使いこなせない下級兵士(足軽)たちに、鉄砲の使い方を教えて、鉄砲隊に編入させて戦(戦争)で戦わせれば、これまで、戦で、大きな成果を出していた、弓や槍、刀の達人たちの活躍の場が失われることを意味します。

鉄砲は ‥‥
・雨が降れば(火縄の火が消えてしまうので)使えない
・暴発(火薬が破裂)する危険がある
・威力はあっても一丁が高価で財政を圧迫する

など ‥‥ 、鉄砲のマイナスばかりを挙げて、反対するのです。

隣国が大規模な鉄砲隊を組織して攻めてくれば、自分の国は滅んでしまう危険性よりも、自分の所属する家(戦国大名家)の中での、自分のポジション(保身)を大切 にして、鉄砲に反対したのです。

トップである戦国大名は、現代で言うビジネスでのトップと同じで、マネージメントを重要視せざるを得なかったのでしょう。

主だった部下たちが反対しているのだから、我が軍の主力を一気に鉄砲隊に切り替えることは出来ない ‥‥ と考え、結果として、全軍比率からすれば、10%程度規模の少数の鉄砲隊を組織させた戦国大名が殆どだったようです。

近視眼的な自分の現在のポジションを優先して、自分が所属する組織の存亡に関わる将来の見通しが出来ない場合がある ‥‥ という 人間の弱点が表れた典型的な事例 だと言えます。

弓隊を率いていたトップの家臣ですが、その豊富な経験を活かして、鉄砲隊の隊長になれば、まだ誰も効果的な戦術を模索中だった鉄砲を効果的に用いて、大きな戦果を挙げることが出来た筈ですが、多くの武士たちは、そのような発想の転換を行って新境地へ踏み込みませんでした。

生きるか死ぬかの戦国時代の話をしましたが、この話、現代のビジネスの話と多くの部分で重なります。

ライバル企業と食うか食われるかの戦いが日々、繰り広げられています。

現代の転職やヘッドハンティングのように所属する企業を変える人がいるように、戦国時代の武士たちの中にも、仕える主君を必要に応じて変えていった者もいました。

しかし、全員ではありません。大多数は、運命共同体的に、自分の家(戦国大名家)や自分の企業(会社)の中で、必死に働いています。

しかし、自分の所属する企業が倒産に追い込まれてしまえば、昨日まで、その企業の中で、それなりのポジションにいたとしても、何の意味もありません。

だからこそ、近視眼的な保身の呪縛から解放された柔軟な発想力を磨いておく必要性があります。

多くの戦国大名たちが、部下(家臣)たちの反対もあり、大々的な鉄砲隊の編成を行わなかった中、唯一、軍隊の主流を鉄砲隊に変えた戦国大名がいませい。


あの有名な織田信長です。信長は、現在の愛知県の約 1/6 しか領土を持っていなかった弱小な戦国大名でした。


現在の愛知県は、昔の尾張国と三河国の2国からなりますが、尾張と三河の面積比は、約 1対2 で、領有していたのは、尾張(地図上の赤色)の半分しかなかった織田信長は、現在の愛知県の約 1/6 しか支配していなかった弱小戦国大名でした。

歴史が物語る事実として、名だたる有力な戦国大名たちは、次々と織田信長に滅ぼされていき、信長は天下統一目前にまで辿りつきました。

現在の日本の企業の中でも、多かれ少なかれ、汗を流して一生懸命に働いている社員が頑張っている人間だという高い評価を得る傾向があります。

日々、相当な鍛錬(訓練)を行い、敵の矢が降り注ぐ危険の中で、矢を放つ弓の使い手の方が、腰を屈めて鉄砲を撃つ足軽(下級部下)よりも、立派に映る(見える)のと似ています。

経験上、私の得意なExcel(エクセル)の複合関数や簡易マクロ(VBA)を使ったプログラミングによる効率化に対して、斜に構える人がいない訳ではありません。

全員ではありませんが、それぞれの年齢層や地位で、自他ともに、それなりの高い評価を得てる人ほど、Excelプログラミングによる効率化計画に距離を置きたがる傾向があるのは、戦国時代の鉄砲の話と共通する部分を感じます。




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消えてしまったの?

2017年03月10日 | BLOG総合

鍵付きの所へ引っ越している最中かもしれませんよ。


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【拡散希望】 「お待たせしました!」という一言で世の中を良い方向に変えていける筈です

2017年02月26日 | 日本を思う

車同士で譲ってもらった時にハザードランプを点滅させて挨拶する日本人の気配りの文化に外国の方たちは感心・感激するようです。

教習所では教えない正式なルールではないので、一部には、これに反対している人もいるようですが、ちょっとした気配りでお互いの心が温かくなる素敵な習慣が(年数には諸説あるようですが)たった数年の短い期間で一気に日本全国に拡がり、すっかり文化と呼べるまでに根付いたと言われます。

何気ない思い遣りの心を拡散させて 日本特有の素晴らしい文化 にまで押し上げる凄い能力が日本人にはあると思います。

ハザードランプを使った気遣いのように、やり始める人が増えることで、一つの文化が形成できる可能性を思い、ネット上でも拡散してくれる方がいるかもしれないという期待を込めて、微力ながらBLOG化して掲載させて頂きます。

取り上げた題材が綺麗なものでないのが、恐縮ですが、「お待たせしました!」 と声に出して言える文化を拡げたいです。


我慢の限界を感じて飛び込んだ駅などの公共トイレには 既に長い列が出来ていた ‥‥ という辛い経験をされたことのある方も多いかと思います。

かく言う、生まれてから一度も便秘をしたことのない緩い体質の私も、このような経験を何度もしています。

他の人も同じ辛さで並んでいるのでしょうだから、自分の順番が来るまで、じっと我慢するしかありませんが 1秒でも早く自分の順番が回ってくること を願わずにはいられません。

トイレの個室に入っている人の中には、酷い下痢により排便が断続的に繰り返され、なかなか落ち着かずに悪戦苦闘が長時間に及んでしまっている場合もあると思います。

しかし、最近、多くの人が指摘していますが、不必要に長い時間、公共のトイレに居座る人間が増えてきた のではないかと思うケースが、しばしば見受けられます。

排便ではなく、トイレに座ってスマホやゲームに興じているのでしょうか? 扉は閉まっていても、何となく中の気配は伝わってくるもので、酷い下痢で苦しんでいる人の気配とは明らかに異なります。

日本人の国民性は、とても温厚なのでしょうか?

「グズグズしないで早く出てこい!」 などといった罵声が、トイレの順番待ちしている人たちから飛んでくるケースは殆どありません。

辛くても、じっと我慢して順番を待っています。

一部の心無い人たちのトイレの長時間滞在が、これ以上、拡がらないために出来ることは何かないだろうか?

反発を招く逆効果とならない良い方法は ‥‥ と、少ない知恵を絞って思いついたことでした。

(自分に出来ることは、なるべく早く用を済ませてトイレから出ることなので)トイレを出た時に、「お待たせしました!」 と待っている人たちに聞こえるように声を発するようにしました。

「お待たせしました」 という一言が、皆が辛い状況下で公共のトイレを使わせてもらっている同じ立場なのだということを自覚するキッカケになれば ‥‥ と。

この一言を言うひとが、1人ずてでも増えていき、次第に畝り(うねり)となって拡がり、日本人の文化の一つになるように拡散 してもらえれば、とても素晴らしいことだと思います。





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