村の広場からオシトの自宅までは結構な距離が離れているため、全力で走って来たオシトはハァハァと荒い息を繰り返している。
「チャペク、今から出かける準備をするよ!」
自宅の横にあるチャペクがつながれた馬小屋に到着した彼は、丸くうずくまっていた愛馬に声をかけると、
小屋の奥にしまってある鞍など装備一式を手慣れた手つきでチャペクに取り付けていく。
主人の放ついつもとは異なる雰囲気を感じ取ったのか、チャペクはオシトの顔を覗き込むようにして心配そうにクェ~と一声鳴き声を上げる。
「大丈夫、心配しなくてもいいよ。」
オシトは愛馬を心配させまいとして、その嘴を優しく撫でる。
チャペクの準備を終えたオシトは、そのまま手綱を引き、自宅前でチャペクに待つよう伝えると今度は自分の準備に取り掛かる。
食料に毛布、しばらくの野宿に必要な道具を大きめのカバンに次々と詰め込んでいく。
元々父親と二人暮らしであったため、それほど多くの荷物を必要としていなかったことに加え、
冒険者を目指していたオシトは、普段から身の回りの整理を行っており、さほど時間もかからずに準備を終える事ができた。
大きく膨らんだカバンを肩にかけ、玄関を出ようとしたとき、テーブルの横に置いてあるものが目に入る。
「そうだよね。一番大事なものを忘れるところだった。」
そこでクスリと苦笑いを浮かべたオシトは、テーブルにカバンを置くと寝室へと入っていく。
いくばくかの時間ののち、寝室から出てきた彼が持っていたのは父親の形見の剣であった。
彼はそのままテーブル横にその剣を立てかけると、そこに置かれていた自作の竹鎧を着こむ。
なんだか本当の冒険者になった気分だ。
気持ちが引き締められる思いと同時に、こそばゆさを感じた彼はいそいそとカバンを肩にかけ始める。
そのとき、ギィという扉が開く音が聞こえ、慌てて玄関を見やり驚きの声をあげた。
「どうしてこんなところに!」
そこには息を切らせながら、玄関に佇むアーネの姿があった。
「だって、オシトの事が心配だったから・・・・。」
どうやら彼女は自宅に戻った後、そのままオシトの家まで走ってきたらしかった。
「心配してくれるのはうれしいけど、今は逃げる準備をしないと。」
「うっ、うん。」
オシトは、少しうな垂れてしまったアーネの手を取るとそのまま玄関の扉をくぐり外へと出る。
後はチャペクを連れて村まで戻るだけだ。
そう思いチャペクの手綱を握ろうとして、愛馬が街道の方にその顔を向けていることに気が付いた。
「・・オシト・・・アレ・・・・」
つないだアーネの手から震えが伝わり、彼女の空いた右手が街道の先を指す。
見たこともない巨大な魔獣達を先頭に、街道の周囲に散らばるようにしてこちらへ進んでくる多数の人影。
オシトは直感的にあれが騎士の言っていた敵なのだと確信する。
「アーネ! 急いで村の人にこのことを伝えるんだっ!!」
そういうや否や、チャペクの背中に跨る。
「でも、それじゃオシトはどうするの!」
すでに愛馬に跨ったオシトは、そのまま街道へとスピードを上げて走り出していた。
アーネの叫びをその背に受けながら、彼は精一杯の声で叫ぶ。
「僕が時間を稼ぐ!」
「・・!!・・・・!・・・!!」
アーネが何かを叫んでいるが彼女の姿はすでに小さくなっており、オシトの元までその声が届くことは無かった。
時間を稼ぐと言って飛び出したオシトであったが、実際どのようにして敵を足止めするのかなど考えてもいない。
ここで何もしなければ、きっと一生後悔することになる。
頭をよぎるのはポコスやヒソリとの悪ふざけの数々、そして最後にアーネ。
「そっか、僕はアーネの事が・・・・。」
ここにきて、オシトはようやく自分の感情に気が付いた。
だからなのだろう、彼が突き動かされた理由は。
「ごめん、チャペク、付き合ってくれるかい?」
申し訳なさそうにチャペクの鬣を撫でると、まるで気にするな、とでもいうように彼の愛馬は一声いななく。
魔獣はもう目前まで迫っている。
父の形見の剣をすらりと抜き放つと、前方からパパパンと音がする。
はじけ飛ぶ竹鎧、全身に走る鋭い痛み、苦痛に鳴くチャペクの声、暗転する視界・・・・。
「グゥ・・・」
鋭い痛みにと共に、目を開ける。
ぼんやりとする視界の中で、チャペクが倒れているのが見えた・・・・。
そうだ、何かがはじけるような音が聞こえて、僕たちは倒れたんだ。
気絶していたのかな・・・・全身が痛いや。
『%@$#&@*&%$*#&!』
倒れる僕に向かって槍のようなものを向けてくる茶色い服を着た人族。
どうやら囲まれてしまったらしい。
クェ~~~~~!!
『*$%&#!!』
チャペクの叫び声が聞こえたと思ったら、目の前を黒いものが横切り、槍を向けていた人族が僕の視界から突然消えた。
そうか、チャペクも戦ってくれているんだ。
こんなところで寝てなんていられない。
早く立ち上がらなくちゃ・・・・剣は・・・大丈夫だ、しっかりと握っている。
視界の隅にあの魔獣がいる。
剣を振り上げた拍子に、足元がふらついてしまう。
もう痛みも感じない。
もう駄目なのかな、そう思ったとき、誰かが僕の肩を捕まえたんだ。
「ほれ、しっかりせんか! 足元がふらついておるぞ!?」
僕は驚きと共に目を見開く。
漆黒の鎧に身を包み、巨大な剣を背負ったその姿はまさに・・・・。
「・・・騎士・・・カルバス・・・・」
彼は、ただただ驚くばかりの僕を前に、なんだ見えておるではないかと豪快な笑い声を上げる。
「そんなことより、オシト、さっさと地竜をかたずけんか!」
そうだった! 僕は渾身の力を込めて父の剣を振り下ろすと、剣から眩いばかりの光があるれ、目の前の地竜が消し飛んでしまった。
「えっ? 一体何が???」
「それがお主の力だ。」
呆然とする僕の背後からカルバス様の声が聞こえる。
とてもじゃないけど、信じられない。
僕にこんな力があったなんて・・・・。
「オシトよ、信じられぬかもしれぬが、今、この世界は闇に包まれようとしている。」
続くカルバス様の話しに、僕は驚いて振り返った。
世界が闇に? 一体どういうことなんだ!?
「遙か東の地で、邪悪竜ジャルバーンが復活したのだ・・・こ奴らはその先兵にすぎぬ。
儂は復活したジャルバーンを倒すため、精霊に選ばれし騎士を探す旅をしていたのだ。」
あっけにとられた僕の顔を見て、やれやれ、まだ気が付かんのか? とカルバス様が苦笑いすると、突然僕の周りを光が包み込む。
『オシト、騎士オシトよ。
今、あなたに精霊の加護を与えました。
その力をもって、剣の騎士カルバスと共に邪悪竜ジャルバーンより世界を救って下さい。』
僕の周りを飛びかう精霊達にみとれていると、突然黒い影が僕の視界を遮った。
「うわっ、なんだ? って、チャペク! チャペクじゃないかっ!!」
うれしそうに頭をこすりつけてくるチャペクを見て、僕もうれしさがこみあげてくる。
「良き馬よ、主人を守るために単身で邪兵共に立ち向かったのだからな。」
チャペクの無事と、チャペクを褒めてくださるカルバス様の言葉につい涙が出てくる。
「精霊の騎士、オシト卿よ。
邪悪竜ジャルバーンを討つため、その力を貸してほしい。」
もう、言葉になんてする必要はなかった。
僕はカルバス様、いや、剣の騎士カスバスの言葉に力ずよく頷いた。
待っていて、アーネ。
僕は必ず邪悪竜ジャルバーンを倒して、必ず君のもとに戻ってくるから。
「いざ行かん! 東の地へっ!!」
◇◇◇◇◇
マガルタのはずれ、元々はこの街の基礎となった農村が位置していた場所には、今でも昔ながらの農業を営む農民達が暮らしている。
今では農村に住む者しか通らなくなった畑へと続く道、その真ん中に、錆が浮き、朽ち果てた一両の戦車が鎮座していた。
散歩の途中だろうか? 老齢の女性と小さな孫が、朽ちた戦車に向かって祈りをささげている。
戦車の前には小さな花が供えられ、竹細工で出来た鎧が飾られていた。
「こんにちは、おばあさん。
毎朝新聞の記者ですけれど、この近くに妖精が出る森があると聞いてきたんですが・・・・。」
「えぇ、それなら、ほら、すぐそこに見える森の事ですよ。」
新聞記者は老婆に礼を言うと、森に向かって歩き始めようとして、ふと気になったことを訪ねてみることにした。
「そういえば、おばあさん、なんで戦車にお祈りしていたんですか?」
そこには開発に取り残されたように一つの森が広がっている。
妖精が出ると言い伝えられている森だ。
今では訪れる者もいなくなったこの森で、時折、風にのって歌が聞こえてくるという。
騎士を夢見る一人の子
いつかなれると夢を見る
ある時村にやってくる
鉄の獣がやってくる
夢見る子供は剣を取り
群がる獣に立ち向かう
優しい子供は倒れ伏し
妖精たちは涙する
最後に子供は夢を見る
妖精たちはかなえよう
子供の夢をかなえよう
夢物語の剣の騎士
立派な鎧と立派なお馬
東の果てへと旅行くは
優しき子供が最後に見た夢
騎士が見た夢