ウィトゲンシュタイン的日々

日常生活での出来事、登山・本などについての雑感。

加藤初さんの思い出

2016-12-20 20:45:04 | 日常

私は小・中学生の時、当時読売ジャイアンツの投手だった加藤初(以下、敬称略)の大ファンだった。
小・中学生の女の子(私も当時はそうだった) が加藤初のファンというのは物珍しかったとみえ
同級生の冷やかしの的にもなったりしていた。
私は当時、加藤の記事や写真を目当てに、『月間ジャイアンツ』なる雑誌まで定期購読しており
サインプレゼントに応募して見事に当選し、サイン入り色紙をもらったこともある。
うれしくて、加藤にファンレターを書いたのも良い思い出だ。
その色紙は、ながらく実家の私の部屋に、額に入れて飾ってあった。


その後、加藤は病魔と闘う日々が続き、登板することは激減。
一抹の寂しさを感じていた時に、たまプラーザ駅のホームで加藤とばったり会った。
当時私は大学生。
たまプラーザにある新石川校舎に通っていた時だから、1986年か1987年だと思う。
大学生になって小・中学生の時のような熱狂的な応援はしなくなったものの
私にとって加藤は大好きな投手に変わりはなかった。
ホームに佇むその姿を見た時、膝はガクガク震えるし、顔は真っ赤…だったと思う。
でも、この機会を逃したら、一生後悔するぞと思った私は
思い切って加藤に声を掛けた。
「ジャイアンツの、加藤初投手ですか?」
「はい」
「サインを頂戴できますか」
「いいですよ」
加藤は気軽にサインに応じてくれて、それどころかその場で私と立ち話を始めたのだ。
そして嫌な顔一つせず、私と一緒に田園都市線に乗り、私が降りる渋谷駅まで
隣に座ってずっとおしゃべりをしていたのだった。
今日は神宮球場で先発することや、電車通勤のこと、お子さんのこと
私が小・中学生の時、ファンレターを書いていたこと、など。
別れる時に
「今日の先発勝利、テレビの前で応援しています。頑張ってください
と言うと
「いつも応援ありがとう。頑張ります。」
と鉄仮面と言われていたのがうそのようににこやかに笑って
電車の中から手を振ってくれたことは忘れられない思い出だ。
そして、その夜、彼は見事に勝利したのであった。
私が小・中学生の時のように、テレビの前で狂喜乱舞したのは言うまでもない。


その加藤初が今月11日に亡くなったというニュースを今日知った。
66歳。
今の時代では、早すぎると言っても過言ではないだろう。
私の暗黒の小・中学校時代に、学校のことを忘れられる楽しい時間をくれた加藤投手に感謝しています。
心から御冥福をお祈りします。

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10 コメント

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そんな素敵な自分だけの想い出が。 (らいく)
2016-12-28 17:35:41
大好きな人と思いがけず会えて、そればかりか普通に会話できて(まあ内面的にはバクバクして普通どころじゃなかったでしょうが)。
そんなひとときが記憶の中にあるなんて、素晴らしいことですね。
私は自分がとても好きな人とそんなものすごいことになったことはないし、たぶん今後もないけれど、でもね、見果てぬ夢のひとつとしては、そんな風に、普通の暮らしの中で、思いがけずほんのすこしでもコンタクトできたなら、それは一生忘れないだろうなあ。
例えその方万一にも先に去っても、あるいは自分が先に去るとしても、生きてる限り、覚えていられる限り、記憶の中のその人は自分の中に生きているのだと思います。
泣いちゃいました (ぴすけ)
2016-12-29 22:31:07
らいくさん、私はいわゆる有名人と言われる人の死に、衝撃を覚えることがあっても、これまで一度も泣いたことはありませんでした。
でも、加藤さんの訃報を聞いた時、泣きました。
私にとって小・中学生の時は人生の暗黒時代で、学校が燃えてなくなることだけを念じて生きていたような毎日でした。
そんなつらい日々を加藤さんが登板する時だけは忘れることができる、学校のことを忘れて夢中で応援できる時間を加藤さんからもらっていたのでした。

たまプラーザ駅で加藤さんの姿を見た時、こんな偶然って本当にあるんだな、と思いました。
その時は膝が震えるどころか、大地が揺れて真っ直ぐ歩けないような感じもしましたし、体全体が心臓になったかのような、このままいくとからだが破裂しちゃうんじゃなかろうかというくらいのバクバク感でしたね。
本当に、いい思い出です。
私も大ファンでした (メロン)
2017-02-20 21:48:36
 初めまして。加藤さんの記事を検索していたらたどりつきました。私も女性ですが、小学生から大ファンで、それも加藤さんが30歳半ばになっていたころでしたから周りには変わった子どもと思われてました。すてきな思い出話を拝見できてありがとうございます。
背番号21といえば加藤さん (ぴすけ)
2017-02-20 22:42:17
メロンさん、ようこそ当ブログへ!
コメント、ありがとうございます。
メロンさんも加藤投手のことが大好きだったのですね。
加藤投手のピッチングは、粘り強く、味のあるピッチングでした。
牽制も上手かったし、あ、歌もお上手でしたよね
私は『決定版!歌うジャイアンツ』というレコードも持っていました。
加藤投手の収録曲は、たしか、五木ひろしの『倖せさがして』だったと思います。
背番号21といえば、私にとっては加藤投手しか考えられません。
コメントありがとうございます (メロン)
2017-02-21 19:37:08
 また来ちゃいました。加藤さんの歌は私もラジオ番組で聞いたことがあって、まわり道という曲を歌ってました。上手でした。あの頃月刊ジャイアンツや週刊ベースボールを探しては加藤さんの記事を探してました。背番号21はやっぱり加藤さんです。ちなみに私の車のナンバーは21ですよ笑。
お話できてうれしいです (ぴすけ)
2017-02-21 21:33:01
メロンさん、加藤投手のことを話せる方って、なかなかいらっしゃらないので、メロンさんとお話しできてうれしいです。
車のナンバーまでもが21!
すごいです。
メロンさんの加藤投手への愛を感じます。
メロンさんの心の中に、背番号21・加藤初投手は生き続けているのですね。

私が小・中学生だったころは、ポスターなどが挟める下敷きがあって、月間ジャイアンツから切り抜いた加藤投手の写真を入れて持ち歩いていました。
心無いクラスの子たちは、加藤投手が伊東四朗さんに似ていると言って、私はずいぶんからかわれたものです。
内心「ふん、いぶし銀ってものを知らない奴らめ」と思って、ますます加藤投手の応援に気合が入りました。
私と一緒ですね (メロン)
2017-02-22 20:02:41
ぴすけさんと同じく私も下敷きに加藤さんの切り抜きを入れていましたよ。私は平幹二朗さんに似てると思ってました。私も小中学校ともいろいろあり加藤さんが登板する日が楽しみになっていましたね。支えというか。周りはアイドル好きばかりだから変わった子どもと思われてましたね。勝ったときの鉄仮面から笑顔に変わるところも好きでしたね。
 あの亡くなったと公表された日、ふと仕事中に12月20日加藤さんの誕生日と浮かんで。
 その後ニュースで知って悲しかったなあ。
本はお持ちですか (ぴすけ)
2017-02-22 22:02:25
メロンさん、こうしてお話しできるのがうれしくて、なんだか図々しくお尋ねしますが、加藤投手の著書『巨人軍仲よくするより強くなれ』は、お持ちですか。
あるいは、お読みになったことはおありですか。
私はこの本を読んだことがなく、読みたいと思っても今は入手できず、図書館で探してもありません。
あー、読んでみたい!
国会図書館に行けばあるのかも。

私も加藤投手の誕生日のこと、思いましたよ。
「あー、誕生日を前にして、旅立って行かれたのだな」と。
大好きな人の誕生日って、忘れられないものですね。
私もメロンさんと同じく、加藤投手は小・中学校の時の支えでした。
その当時のつらかった思い出も相まって、訃報を聞いた時は一人で大泣きしてしまいました。
加藤さんの本持ってます (メロン)
2017-02-23 19:13:11
 嬉しくてまた来ちゃいました。加藤さんの本持ってますよ。手元にあります。20年前くらいに買ったような。生い立ちからプロに入り引退するまでの出来事が書いてありますよ。
 加藤さんファンにはたまらない一冊ですね
(*^o^*)
 確かにあれから古本屋さんでも見たことないし、オークションでも見たことないですね。
 ぴすけさんにはぜひおすすめしたいです。
 しかしながら、ぴすけさんがうらやましいです。実際に加藤さんと話しをされて。庶民的な感じの方だったのかな。
 
メロンさんこそ、うらやましい~! (ぴすけ)
2017-02-24 19:52:57
メロンさん、加藤さんの御著書、お持ちなんですか!
ぐああああああ~!うらやましい!
私がうっかりしていたといえばそれまでなのですが、加藤さんが本を出されたことを知ったのがかなり後で、もうその時には入手できなくなっていました。
先ほど、ネットで調べたら、古本屋で3000円していました。

私がたまプラーザ駅で加藤さんとお目に掛かって、とても意外だったのは、よくしゃべる方だということ。
ヒーローインタビューでもあまりしゃべる方ではなかったので、無口な方だというイメージがありました。
電車で隣に座ってみたものの、無言で渋谷まで行くことになったらどうしようと思いましたが、それは取り越し苦労だったようで、加藤さんからいろいろな話をしてくださいましたよ。
ほかに話すことがなかったからかもしれませんが、私のこともけっこういろいろと聞いてきて、「意外な積極性」に驚きました。

でも、メロンさんはお持ちの御本のなかで、いつでも加藤さんと会えるじゃないですか。
本当にうらやましいです

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