ウィトゲンシュタイン的日々

日常生活での出来事、登山・本などについての雑感。

佐保川のサクラ ~川路聖謨の思いを継いで~

2017-04-18 20:06:11 | 旅・おでかけ

4月12日(水)、17時5分にJR奈良駅に戻ってきたが、思ったより元気だったので
川沿いにサクラ並木が続くと聞いていた佐保川に行ってみようと思いついた。
当てずっぽうで歩いていたら迷ってしまい、通りかかった方に道を尋ねると
船橋通り商店街を北上するよう教えられた。
船橋通り商店街は、現在ほとんどの店のシャッターが下りてかなり寂しいが
1969(昭和44)年に近鉄奈良線の線路が地下化して油阪駅が廃止されるまでは
油阪駅北側の駅前商店街として大変な賑わいを見せていたそうだ。
商店街を北上すること約5分、佐保川に架かる橋から西を見ると、サクラ並木が続いている。
ん?
でも、ちょっと待てよ。

目の前に、とてもきれいなシダレザクラが咲いている一画があるではないか。
大佛鐡道記念公園?
大佛鐡道って、なに?

機関車の車輪を戴いた記念碑の解説板によると、関西鉄道の奈良駅乗り入れに当たり
加茂駅と奈良駅の間であるこの地の北側に、大仏駅を設置したのが1898(明治31)年。
しかし、関西鉄道が奈良駅に乗り入れたわずか9年後の1907(明治40)年に
運行路線の変更によって大仏駅は廃止されたそうだ。
ふ~ん
そんなことがあったのか。
少々戻り、佐保川に沿って歩く。

サクラの木には、「川路の思い」の札が。
「川路」とは、1846(天保17)年から1851(嘉永4)年まで奈良奉行だった川路聖謨のことである。
川路聖謨は大変有能な幕府の官吏で、奈良奉行在職中は緑化事業や貧民救済に尽力し
その人柄も相まって、奈良の人々に大いに慕われた。
奈良奉行の任を解かれて江戸に戻る際、大勢の人が見送りに駆けつけたといい
多くの人が持参した餞別を受け取らず、掛けてあった熨斗だけをもらって旅立ったという。
ちょっと検索すると、川路聖謨の人となりを表すいろいろな逸話が出てくるだろう。
面白いのはとらやのホームページで紹介されている「川路聖謨と菓子」
家来思いの川路聖謨は、母思いでもあり、再々再婚した妻のさと思いでもあった。
奈良奉行だった時に書き残した『寧府紀事』には
江戸に残した母を楽しませようとモーツァルトも真っ青の下ネタ満載
性生活の現状を詳細に報告した手紙を送ったことや
一家団欒の食事中に猥談をして
「みな飯をふきたり(みんなが口の中のご飯を噴き出した)」ことや
情痴事件で白洲に引き出された女性があまりにも醜女だったことに感慨を禁じえず
帰宅して妻の前で土下座して「ありがたやもつたいなや」と言ったことなどが記されている。
そんな川路の尽力で、サクラやカエデに彩られる奈良の美しい風景の原型ができたのである。

過去の歴史上の人物に会えるなら
重源と松尾芭蕉と川路聖謨に会ってみたい~




川路聖謨の思いを継いで、佐保川沿いの住民は桜を守り、育て続けているそうだ。
川路桜がある地区では、有志が「佐保川・川路桜保存会」を組織して
川の清掃や桜並木の手入れ、植樹などに取り組んでいる。


猿沢池の側に建つ石碑「植桜楓之碑」は、人々に求められて川路聖謨自らが揮毫したという。

「歳月の久しき、桜や楓や枯槁の憂い無きあたわず。後人の若し能く之れを補えば
 則ち今日の遊観の楽しき、以て百世を閲みして替えざるべし。
 此れ又余の後人に望むところなり」

 年月を経れば、サクラやカエデは枯れる心配がないとは言えないが
 後世の人々がこれを(植樹して)補ってくれれば、今日の景色の素晴らしさは
 百代経っても楽しめる。それが私の後世の人に望むことである(ぴすけ意訳)


この景色を見られるのも

この美しさに出合えたのも、川路聖謨と、彼の思いを継ぐ人々のお蔭である。
ありがとうございます

振り返ると、夕日に照らされたサクラが、それはそれは見事であった。

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びっくり
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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
これはきれい!! (芝刈り爺さん)
2017-04-19 08:52:38
いや~~いいですね。良い桜、人も少なそう。綺麗だ綺麗だ、、と感動。ありがとうでした。ほんといいですね。こんなところもあるんですね。だから旅はいいですね。

川路聖謨に見てもらいたい (ぴすけ)
2017-04-19 20:58:14
芝刈り爺さん、佐保川のサクラが美しいとは聞いていたのですが、これほどまでとは思いませんでした。
行って良かったです。
佐保川のサクラを守っていらっしゃる皆さんの存在を知り、川路聖謨の思いは確実に引き継がれているのだと感慨ひとしおでした。
誠実に、実直に、民のために職務を果たした川路聖謨に、今の奈良の景色を見てもらいたいです。
恥ずかしながら (芝刈り爺さん)
2017-04-20 15:38:28
川路という方の名前、いい人、くらいは聞いていましたが、改めて見てみるとなかなか味のある方だったようですね。江戸幕府には、こうした方がキラリといる気がします。この頃私、薩長の明治政府の戦争好き好き路線、、、(安倍首相もその路線!)にいやけがさしているせいかもしれませんが。改めて、行ってみたいところになりました。奈良はいいなあ、、、。
吉野もいいね!改めて読んでの遅れてのコメントでした。
幕臣玉石混交 (ぴすけ)
2017-04-21 00:00:48
芝刈り爺さん、薩長はテロリスト集団で尊王の志士などと呼ばれた人たちも詐欺や公金の横領をしたり、ひどいものです。
「御維新」なんて呼ばれていますが、美化して作り上げられた虚像です。
司馬遼太郎の罪は重い。
都合の良いでっちあげの歴史に対して、手段を尽くして反証しない歴史学者の罪も重い(司馬遼太郎なんか相手にするのもバカバカしいと思っているのかもしれませんが、それがいけない)。

幕末の幕臣には、まあどうしようもない人もいましたが、小栗忠順のような人もいましたね。
長岡藩の河井継之助なども、キラリと光る人の一人でしょうね。

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