ウィトゲンシュタイン的日々

日常生活での出来事、登山・本などについての雑感。

菖蒲城趾あやめ園

2017-06-15 23:46:01 | 日常

ダーリンと、夕方ぶらりと市内菖蒲町(しょうぶまち)方面へ。
目的地に行く途中、一面のお花畑が目に飛び込んできた。
「寄って行こう」
ということで、初めて訪れたのは菖蒲城趾あやめ園。
まさかハナショウブを見ながら散歩することになると思っていなかったので
デジカメを家に置いて来てしまったのが、返す返すも残念。
仕方なく、スマートフォンのカメラで撮影したので、やはりイマイチ。



名称は菖蒲城趾あやめ園なれど、咲いているのはハナショウブ。
園内は広大ではないが、小ぢんまりとした場所に迷路のように畔がめぐらされており
くねくねとあちらこちらに行っては、花を楽しめる。

もしかして、ちょうど見ごろか。
早く咲いた品種は、既に花がしぼんでいる。

どちらかというと、花弁の色が白を基調としている花はまだ蕾が多く
これからまだまだ咲きそうな印象。

花弁の色が紫を基調としている花は、あまり蕾はなく、今がピークのように見える。

古河公方足利成氏は、1456(康正)2年に金田式部則綱に命じてこの地に城を築き
竣工が5月5日の菖蒲の節句だったために「菖蒲城」と命名されたという。
1590(天正18)年、豊臣秀吉の関東侵攻による小田原征伐の後、廃城。
この時、6代金田秀綱は忍城主成田氏長に属していた。

菖蒲城趾の周りは一面の田んぼで、この景色を見て忍城水攻めを思い出さずにはいられなかった。
もともとは、荒川と利根川に挟まれた低湿地のなかの微高地だったようだが
現在は周辺一帯と同じ高さに均されてしまっている。
おそらく、城の場所はわずかに高くなっていたものの
水を曳かれたら田んぼは沼同様になり、ひとたまりもなかっただろう。

木立のある場所で、ひときわたおやかに揺れている木がある。

ネムノキだった。
既に日が落ちようとしている時間帯だったので、葉が閉じられていた。

菖蒲城廃城後は、徳川譜代の内藤氏が栢間陣屋(現久喜市菖蒲町栢山)を構えて
5700石を知行した。
あやめ園の入り口には、旗本内藤家栢間陣屋裏門が移築されている。


まだしばらくはハナショウブの花を楽しめそうだ。
開花情報は平成29年菖蒲城趾あやめ園の花しょうぶ開花情報で。



【アクセス】
◇電車: JR高崎線桶川駅東口から朝日バス菖蒲車庫行き「新堀」バス停下車徒歩10分
    /JR宇都宮線久喜駅西口から朝日バス菖蒲仲橋行き終点下車徒歩15分
    *季節によっては臨時停留所「城址あやめ園」開設(バスでお尋ねください)

◇車: 国道17号線さいたま方面から坂田交差点(桶川市)を右折し
    県道12号線を栗橋・久喜へ約7Km
   /東北自動車道久喜ICから8Km

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