これまで野狐禅を応援して下さった全ての皆さんへ。野狐禅の活動の終了、解散のお知らせ。

2009-05-10 00:51:27 | 日記
野狐禅は、大学卒業後、人生に目標を見出すことができず、それに焦りを感じながらも結局はだらだらと日々を過ごしてしまっていたぼくと、同じように同じような日々を過ごしていた濱埜宏哉が、“このままでは死んでいるのと同じだろう。生きるとは、何か一つの夢に向かって全情熱をぶつけ続けること、全力疾走し続けていくことではないだろうか。そういった意味でしっかりと生きていこう”と、そんな思いから結成したバンドです。そして、そっくりそのまま、その思いをメッセージの核とした歌を歌う、ということをコンセプトに活動を開始したバンドです。


野狐禅の活動を通して、自分自身、様々な経験をしてきました。そして何より、様々な人と出会い、関わり、触れ合ってきました。

そんな時間は、自分の、人生に対する考え方、とらえ方に、少しずつ、ゆとり、幅を持たせていってくれたように思います。

人生に対する考え方、とらえ方にゆとり、幅を持っていくこと。それを“一人の人間”という単位で考えた場合には、豊かなことだ、素晴らしいことだと素直に受け止めることができました。しかし、それを“野狐禅の片割れ”という単位で受け止めようとすると、どうしても強く葛藤してしまいました。


いつからか、“野狐禅とはこういう思いで結成した、こういう思いが込められた歌を歌うバンドなんだ”というコンセプトへの愛着、こだわりと、日々を重ねるにつれて、ゆとり、幅をもちながら変化していく“今現在の自分”との間に板挟みになり、悩み始めました。

あくまで唯一の確かな思いとして、ゆるぎなく、冒頭のような、“生きるとは。。。”というメッセージを発信したいと思う自分。
我々が発信しているメッセージも紛れも無く確かだ。しかし、決して唯一ではない。人それぞれの“生きるとは”があり、どれも確かだ。一概に言えたことではない。とゆらぐ自分。
特に初期のレパートリーに多い、野狐禅が野狐禅として本来伝えたい思いがそっくりそのままフレーズになっているような歌達を躊躇なく乗りこなせなくなってきていることに苛立つ自分。
ならばと余韻、伝わり方に幅のある歌達をメインとして構成したセットリストでライブに臨んだら臨んだで、精神的には随分楽になるけれど、終わった後に、果たしてあれが野狐禅のライブだっただろうか、肝心な部分を伝えようとしていないじゃないかと違和感を覚えてしまう自分。
濱埜と二人でステージに上がっていればそれが野狐禅じゃないか。ただそれだけでいいじゃないかと思う自分。
ただそれだけで野狐禅か?と思う自分。

随分重複した書き方をしてしまいましたが、頭の中がごちゃごゃになり、ときには真っ白になり。。。そんなライブを重ねるようになってしまいました。やがて、しばしば、ステージに上がる直前に憂鬱に襲われるようになってしまいました。


それについて、初めて濱埜に相談したのは一昨年の夏過ぎくらいのことでした。
あれこれ話し合い、活動休止という選択肢もぼんやり挙がりましたが、休んだところで問題が解決となる保障はないし、ましてや独立一年目で、さあこれからだという局面でもあったので、ひとまずは通常通りのスタンスで活動していくことにしたのでした。


それからは、零れがちになってしまっていた歌詞をフォローするため、失っていた目の遣り場をフォローするために譜面台を使用する。物理的にも精神的にも引っ込んで、歌に込められているメッセージとは距離を置く。その分ピッチ等に気を配り、歌唱そのものに集中する。伝えるというよりは結果的に伝わるような、そんな歌い方。と、あれこれ意識し、自分なりに具体的なバランスのとり方を模索しました。一時はこれでよいのかもしれないという新しいボーカルスタイルを見出だしたかのようにも思いました。けれどそれは、野狐禅のボーカルとして自分の中で抱いている精神性の、その根本の部分に巣くってしまっている葛藤を霧散させてくれるほどの効果はありませんでした。
ふとしたときに思考が同道巡りしてしまい、結局はやはり頭の中がごちゃごちゃに、ときには真っ白に。という状態に陥ってしまうのでした。

もし“野狐禅”でなかったのなら、割とすんなりと心境の変化に従順に、その音楽性、方向性も変化させていくことができたのかもしれません。けれど、20代前半、大袈裟な言い方かもしれませんが、人生の再起を賭けて濱埜宏哉という人物と結成した野狐禅は、自分にとって、あまりに特別過ぎる存在です。ろくに乗りこなせなくなってしまっていようとも、野狐禅はこういう思いで結成したこういう歌を歌うバンドなんだ。という思い入れをどうしても引き剥がすことができませんでした。
野狐禅を“初期衝動”と言い換えたならば、俺達が俺達であるためには初期衝動という時間をいつまでも持続させなければならないのだという、どだい不可能な思いが源となっての葛藤ではあります。しかし、不可能だとは分かっていても。。。という部分が棄てきれませんでした。戻ることもできず、かと言って変化して進むことも許せず、どうにもバランスがとれなくなってしまいました。


“今回のツアーを終えた時点で俺は野狐禅を辞めたいです。”そんなメールを濱埜に送り、会い、話し合い、野狐禅の解散を決めたのは去年の12月でした。
ずっと二人三脚でやってきた濱埜にも、活動を支えて下さっている関係者の皆さんにも、何より、応援して下さっている皆さんにも申し訳ない気持ちで一杯でした。けれど、野狐禅の歌について、あるいはそれを核にあらゆる面において、後手後手、および腰になってしまっている今の自分がこのまま野狐禅のボーカルを担当し続けることの方が失礼であり、申し訳ないことだと思っての判断でした。半端はしたくありませんでした。野狐禅という看板を守るために騙し騙し掲げ続けるか。守るために降ろすか。自分勝手、自己完結甚だしくも、後者を選択すべきだと思っての判断でした。


全国ツアー『野狐禅』は、ピリオドを見据えてのツアーでした。足を運んで下さる皆さんにはフラットな目線で純粋に野狐禅のライブを楽しんでいただこう、またこちらとしても純粋にライブに没頭しようという思いから、解散を発表せず、それには触れずの姿勢で臨みました。
そのため、解散の発表がこのようにあまりに唐突、急になってしまったことを、まずは深くお詫びさせていただきます。本当に申し訳ありません。


やはり、変わらず、ごちゃごちゃと考えながらのツアーだったように思います。しかし、唯一クリアに抱いていた、濱埜とステージに上がることの楽しさを拠りどころに、二人で考えながら、悩みながら、見失いながら、見出だしながら、ライブ一本一本を、行程の一日一日を大切にしながら、精一杯駆け回ることができた日々だったと思います。
二人で、胸の内に、“最後に野狐禅を野狐禅らしく”という目標を持ってのツアーでもありました。そこに到達することができたのか否か。それは正直、自分でもよく分かりません。けれど、そこに向かって全力で試行錯誤し、全力でぶつかっていったその時間こそが。とも思うのです。


4月26日。全国ツアー『野狐禅』の全行程が終了しました。このツアーを支えて下さった、ライブハウスの皆さん、関係者の皆さん、共演して下さった皆さん、足を運んで下さった全ての皆さん、本当にありがとうございました。

そして、ここであらためて、ぼく個人からも、野狐禅の活動の終了、解散を報告させていただきます。

これまで、応援していただき、本当にありがとうございました。そして、それ以上にお詫びの気持ちで一杯です。ずっと続けていくという約束も破ってしまいました。がっかりさせてしまい、本当に申し訳ありません。いくら重ねても足りない思いです。

幾度も誠に勝手な物言いながら、野狐禅を通して発信してきたこと、吸収してきたことをいつまでも大切にし、土台とし、今後も様々な経験をしながら、様々な人と出会いながら、様々な“生きるとは”に触れながら、自分自身を蓄えながら、自分なりに精一杯表現活動を続けていくこと、すなわち、精一杯生き続けていくことこそを、皆さんに対してのせめてもの恩返しの気持ち、謝罪の気持ちとかえさせていただけたらと思っています。
今現在のところ、それ以外の道が見えません。



最後に。
濱野と野狐禅をやれて、ぼくは幸せでした。彼は紛れも無く人生の恩人です。
これからも仲良しでいたいです。
いつか二人でライブハウスを経営したいです。
いつかまた二人でステージに上がりたいです。


どうもありがとうございました。



竹原ピストルこと、竹原和生



(このような重要な報告をする際に、濱埜が発した言葉や思いを引用、代弁することは避けるべきだと考え、あくまでぼく個人の気持ちを綴った、ぼく個人からの文としてあります。ご理解下さい。)
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217 コメント

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 (中)
2009-05-10 01:10:51
辛いっす…
Unknown (梨絵)
2009-05-10 01:12:24
これ本当なんですね
きついです

こんなことしか書けなくてごめんなさい
でも今は何も考えられません
仮眠前に。。。 (あかね)
2009-05-10 01:17:50
のぞいたら、、、
正直、頭が真っ白です。。。

また、朝改めて読み返そう。

今、想ったこと。
私は何度も何度も野狐禅の歌に助けられました。
ありがとうございます。
そしてこれからも歌に助けられます。
ホントにありがとうございました。
Unknown (酒乱)
2009-05-10 01:24:28
色々葛藤があったんだろね
お疲れ様でした
えっ…。 (スーザン)
2009-05-10 01:31:28
びっくりしてまだ上手く頭が整理できません。
野狐禅は私にとっても、すごく大きな存在です。
ピストルさんのその真っ直ぐな所が大好きだけど、その真っ直ぐさ故に解散という選択をしたのかと思うと…。分かるけど分かりたく無いって矛盾した気持ちでグチャグチャで…。


でも凄く凄く悩んで出した答えなんですもんね…。受け入れるしかないんですもんね。


私は野狐禅大好きです。いつかまた野狐禅のライブが見たいです。

いつも元気とか優しさとか色んなものもらってました。本当にありがとう。
二人の事はずっと応援してます!
ありがとうございました。 (ミー君)
2009-05-10 01:33:40
今まで、本当にお疲れ様でした。
野狐禅は僕のヒーローです。
僕は竹原さんと濱野さんをこれからも応援し続けます。
無責任にも、新たなヒーローの登場を切望しています。
頑張ってください。
お疲れさまです (滝沢)
2009-05-10 01:35:49
嘘だと思ったんですが、本気(マジ)だったんですね。ショックです。でも、お疲れさまです。ありがとう。
Unknown (ゲン)
2009-05-10 01:50:37
お疲れ様でした。
凄く残念だけど…
でも考えて考えての結論なのだから、って思います。

これからも、応援していきます。

ありがとうございました。
ありがとうございました! (そのふ~ど)
2009-05-10 01:50:58
野狐禅は解散だけどずっと好きです。
またそれぞれのソロライブに行きたいと思います!
これからも応援しております。
ありがとうございました!
ありがとう (ぐるぐるの猫)
2009-05-10 02:01:04
半年間でしたが野狐禅と出会って一緒に過ごせて幸せでした。
ありがとう。
野狐禅大好きです。
これしか言えないけど、
本当にありがとう。

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