ブラジルって??

ブラジルに赴任することになったサラリーマンによるお気楽ブログ

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気がつけば

 | 日常生活

こんにちは。サンパウロは晴天です。

気がついたらサンパウロ駐在もあと10日ほどです。
カーニバル休暇も旅行で過ごし、引越し準備に追われています。
会社の引継ぎもばたばたと済ませ、なんとなく気ぜわしく過ごしています。

とはいえ、あまり実感もなく本当に帰るのかなぁという思いもありますが(笑)。

ばたばたしている中での雑感ですね。
日本に帰るのも楽しみではあるのですが・・・。
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再びペルーへ⑬(リマ)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは定時の雷雨です。

翌日、12/31です。
朝のうちはトルヒーヨ市内を散歩しました。

市場の近くは年末ということもあり人と車でごった返していました。

写真を撮り損ねましたが、あちこちの露天で黄色いグッズを売っていました。
笛や帽子、プラスチックめがねなどのお祭りイベント系の物や、花やテープなどの飾り系、中でも目に付くのは黄色のパンツです。
そういえばアレキパの市場付近でも売っていたなぁと思い出しました。
恐らくペルーでは黄色がラッキーカラーで、黄色のものを身に着けて新年を迎えるといいことが起こるということなのかなぁと想像し、帰ってから調べてみるとその通りでした。


昼からリマに移動。
夕方にラルコマールという海沿いのショッピングセンターを訪れました。


人出はそれほどでもなく、大晦日とは思えませんでした。

深夜12時近くなると町のあちこちで花火が上がり始め、0時を過ぎてからも1時近くまで花火が上がっていました。
南米に来て4度目の年越しは花火に彩られたものになりました。
ちなみに1年目はサンパウロのアパートから遠めに花火をチラッと見て。
2年目はマチュピチュ。山の麓で年越しイベント無し。
3年目は南米最南端の町ウシュアイア。ここも海沿いの町でイベントらしいものは無し。
4年目がリマでちょっとは年越しっぽかったかなと。
1度くらいリオあたりで年越ししてもよかったかなと思いつつ。
そして翌朝早くにリマを発ち、サンパウロに戻りました。

今回のペルー旅行ではアレキパ、トルヒーヨというペルー第2、第3の都市を訪れました。
これだけ見所がある場所にも関らず日本人はほとんど見かけませんでした。
ペルーには今回も行ったクスコやマチュピチュなどのインカ文明、そしてナスカの地上絵など日本人好みの観光地が多数あるため、それ以外の場所はあまりツアーでは行かないのでしょう。
しかしそういう町を訪れたことでプレインカ時代に各地で栄えた国をインカ帝国が滅ぼして統一し、またそのインカ帝国もスペインの侵攻によって滅ぼされるという歴史にあらためて触れることができました。
中でも一番印象に残ったのは、インカ時代に火山噴火の生贄となるため数百キロを歩いて旅をしたミイラの少女フアニータでした。
自分が選ばれ、身を捧げる事で噴火は治まり多くの民が助かると信じていたのでしょう。
クスコからの道中、彼女は何を想っていたのか。逃げ出そうとは思わなかったのでしょうか。
現代に生きる我々には想像を絶する世界と価値観、そしてその文明の足跡を各地に残すペルーは南米の中でも最も訪問に値する国であり、また来てみたいと思わせる国です。
果たして、3度目の訪問はいつになることでしょう。
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再びペルーへ⑫(トルヒーヨ②)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは曇りです。

次に訪れたのはチャンチャン遺跡です。
チャンチャン遺跡はチムー王国の首都でした。

遺跡の模型です。




発掘は続いています。
壁の模様もきれいですね。

モチェの遺跡である太陽のワカ・月のワカでは壁画が彩色されていましたが、チムー王国の遺跡であるドラゴンのワカやチャンチャンではあまり色のついたものはを見かけません。




遺跡は広大で見るところは沢山ありますが、やはりインカのものと比べると技術力は劣るような気がします。


当時の様子を想像した図です。
チムー王国は西暦1470年頃にインカ帝国によって滅ぼされました。

次にマリネーラという踊りを見ることの出来る場所に行きました。

マリネーラとはペルーの民族音楽と踊りです。
男女の恋のかけひきをあらわすようで、女性は裸足で、ハンカチを持って踊ります。



そして馬が登場します。
この馬は小刻みなステップを踏むように調教されており、騎手の体はほとんど上下しません。


観客を巻き込んでのショーはなかなか見ごたえがありました。




最後に立ち寄ったのがワンチャコ海岸です。
トルヒーヨは海に近い町で、ワンチャコ海岸までも30分程度でした。


海岸には葦で作ったトトラ船が並んでいました。
実際に漁で使われています。


1艘のトトラ船が出港していきました。


遅めの昼ごはん。そして地元のビールで乾杯です。

トルヒーヨはペルー第3の都市にもかかわらず、日本人観光客があまり訪れない所。
しかし見所は満載でした。
また一つ新たなペルーを発見でき、よい滞在ができました。

続きます。
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再びペルーへ⑪(トルヒーヨ①)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは晴天です。

翌日はトルヒーヨ近郊の遺跡めぐりでした。
まずはモチェ時代(紀元前6世紀~紀元9世紀)の遺跡である太陽のワカと月のワカです。
月のワカは見学可能で、壁画などを見ることが出来ます。



この付近はほとんど雨が降らなかったようですが、近年エルニーニョの影響で雨が降るようになり、遺跡が傷むようになったとか。それで屋根をかけたようです。


内部は広く、壁画も立派です。
とても2000年以上経過してるとは思えません。


こちらは太陽のワカ。スペインが侵略してきた際にかなり破壊されたようです。


次に向かったのがドラゴンのワカです。
この遺跡はチムー王国時代のものです。


チムー王国はインカ帝国に滅ぼされた国です。
きれいな模様ですね。

続きます。
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再びペルーへ⑩(クスコ)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは曇りです。

翌日は午前中だけクスコ市内を観光しました。

サントドミンゴ教会ですが、この教会はもともとインカ時代の太陽の神殿があった場所に建てられています。
手前の石組みがインカ時代のもの、その奥にある教会は侵略者のスペイン人が建てたものです。


内部もインカの石組みとスペインの建築が混在しています。


インカ時代の太陽の神殿の模型です。
左上の丸くなっている部分が祈りの場所。ここでも曲線を使った建築になっています。


アルマス広場付近、宗教博物館の土台の中になる12画の石です。


実はこの付近にもう一つ12画?の石があることはあまり知られていないようです。


この付近にいたガイドが持っていた写真です。
マチュピチュを横にした写真で、光の当たり方によって顔のように見えるとか。
計算されたものでしょうか???


サンクリストバル寺院付近から見たクスコの様子です。
きれいですね。

午後からはリマを経由してトルヒーヨに向かいました。
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再びペルーへ⑨(マチュピチュ)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは晴天です。
後任が到着しましたので、いよいよ帰国モードです。

翌日は朝一番からマチュピチュに向かいました。
朝一番というのは始バスです。
始バスは5時30分発です。しかし、5時半にバス乗り場に到着すると既に長蛇の列。
我々が乗ったのが12台目、1台30人乗りなので350番前後でしょう。
目的とするワイナピチュ登頂が危ぶまれましたが、マチュピチュ入り口で朝7時の券をゲットできました。


ワイナピチュへはマチュピチュの一番奥の入山口からアクセスします。
入り口で名前と身分証明番号を書いてサインします。


朝もやの登山道。下が見えないほうが怖くありませんね。
40分ほどで山頂に到着。
ハードな山道なので登山者はへとへと


1時間近く休憩してから下り始めます。
ワイナピチュ山頂は朝方は雲が多くマチュピチュの様子はよく見えません。
降りの方がこんな道を降りていくので怖いのです。


実はワイナピチュの手前の小さな山からのほうがマチュピチュの風景はきれいに見えます。
でもワイナピチュ入り口ゲートから10分ほどで着いてしまうため、登山を楽しむ(苦しむ?)ほどではありません。


段々畑です。


水汲み場です。水源がどこにあるのか不明なようです。


これがマチュピチュの太陽の神殿です。
カーブの付いた建物ですね。


マチュピチュにもインカの十字架がありました。


この岩は後ろに見える山を形どっているようです。


まぁマチュピチュといえばこのアングルですね。
後ろに見えるのがワイナピチュです。
同行者曰く、「ほんとにあんな山登ったんだ・・・(絶句)」


下山してアグアスカリエンテスの町のフレンチレストランへ。
料理は絶品です。
ビール最高。

2度目のマチュピチュなので、余裕で攻略ですね。
夕方の列車でクスコに向かいました。
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再びペルーへ⑧(聖なる谷)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは曇りです。

ピサックの遺跡を見た後にピサックの市場にちょっとだけ立ち寄り、次の観光ポイントに向かいました。


次に立ち寄ったのはマラスの塩田です。
ここはインカ時代以前に開かれた塩田です。


このあたりに流れ込んでいる小川はなぜか塩分を多く含んでおり、天日で乾燥させると塩が採れます。


小さな川を流れる塩水を段々畑の下のほうまで効率よく流し込んでいきます。
採取は乾季に行われるようです。
アンデス山中において、塩はとても貴重だったようです。
インカ時代はインカ帝国が塩田を一括管理し、塩を分配していたようです。

次に訪れたのはモライ遺跡です。

ここはインカの農業試験場だったといわれています。


円形の畑を作ることで日当りや気温差によってどの部分が作物がより育つのか観察していたと言われています。


最後に訪問したのがオリャンタイタンボです。
ここは前回も訪問しました。


今回は前回以上に色々なことを聞きたかったのですが、ガイドの知識レベルが今一つだったため、前回以上にわかったことはありませんでした。
前回が英語ガイドで詳細部分がわからなかったため、今回は日本語ガイドを手配したのですが・・・。
日本語が喋れるということとガイドが出来るということは違う能力なのだなぁと気付かせてくれました。


もちろんマチュピチュも素晴らしいのですが個人的にはオリャンタイタンボに惹かれますね。

夕方、オリャンタイタンボからマチュピチュ行きの列車でアグアスカリエンテス(マチュピチュの下の町)に移動しました。

続きます。
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再びペルーへ⑦(聖なる谷ーピサック)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは晴天です。

翌日は早朝の飛行機でクスコに向かいました。

空から見たアンデスです。

クスコに着くとすぐに車で聖なる谷に向かいました。
最初に訪問したのはピサックの遺跡です。
前回ピサックの市場には行きましたが、遺跡は時間が無くて行けなかったので今回は遺跡メインにしました。

遺跡まではピサックの町から30分近く車で山道を登ります。

段々畑が広がっています。


マチュピチュのようですが、ピサックの遺跡です。



まさにマチュピチュを小さくしたような遺跡です。
太陽の神殿もあります。

曲線で作られた建物が太陽の神殿です。
同様のものはクスコにもマチュピチュにもあります。


これはインカの十字架です。
太陽があたると、その影が十字架(というかギザギザの円)を映し出します。

2時間近くかけて遺跡を回りました。
聖なり谷にはいくつも遺跡がありますが、間違いなく見ておくべき遺跡の1つですね。


眼下には素朴な農村風景が広がっています。


続きます。
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再びペルーへ⑥(コルカ渓谷)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは晴天です。

翌日はコルカ渓谷の奥のほうに車で入っていきました。

見渡す限りの段々畑です。




山肌に穴が開いており、周りに石が積んであります。
これはこのあたりの古代の墓です。
有力者がなくなると、岩に穴を開け埋葬したようです。
ここまで運び上げるのは大変だったと思いますが。


渓谷の一番奥、コンドルの谷付近です。


谷底まで1,000m以上。
足がすくみます。


野生のコンドルを見ようと1時間ほど粘りましたが、残念ながらコンドルは現れず。


そこからアレキパに戻る途中、再度アンデス越えです。
やはり雪になりました。


標高4,900m付近。
今度はしっかり起きていました。


4,000m付近まで来ると、青空に戻りました。
山の天気は変わりやすい。

しかし、4,900mはさすがに辛い。
車だからいいものの、歩き回るのはたぶん無理ですね(笑)。
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再びペルーへ⑤(アンデス越え)

 | 旅行などなど

こんにちは。サンパウロは晴天です。

この日はアレキパからコルカ渓谷に向かいました。
コルカ渓谷までは、車で4~5時間ほどです。
実はこのルート、アレキパに着いてから聞かされたのですがアンデス越えになるため、最高地点は標高4,900mになるとか。
前回のペルー、そして昨年のウユニ塩湖で4,000mまでは経験がありますが、そこから先は未体験ゾーンです。


高山病対策には水分をこまめに多めに取ることが重要です。
というわけで、まずはインカコーラを買って出発。


火山灰で出来た山を切り開いて道路が作られています。


谷の底だけ水が流れているため、畑を開いています。


ビクーニャが多く住む地帯に差し掛かりました。
ビクーニャの毛から出来たセーターやマフラー類は最高級品です。
固体数も少なく、1頭から採れる量も少ないので貴重品です。


4,000mを越えると景色が変わります。
植物は苔のようなものだけになります。
このあたりから天候が悪くなり始めます。


4,500m付近から雨→みぞれ雪になりました。
真夏でも4,500mまで来ると時々雪になるようです。
そんな中ピンクフラミンゴを発見。


峠越えの4,900m付近は・・・寝てました。
酸素が薄くなると、余計眠くなるのかもしれません。
峠を越えて下っていくと、チバイの町に到着です。
この町は標高3,000m程度に位置します。


今日の宿は川沿いにありました。


宿には露天風呂がありました。天然温泉です。


ブラジルでも行ったことの無い温泉にペルーで行くことが出来ました。
もちろん水着着用。
温泉の脇にはバーもあり、飲みながら入ることも出来ます。
源泉は80℃ほどでしたが、湯加減も眺めも最高でした。

続きます。
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