王様の絵日記

猫好き漫画家の毎日のあれこれ

ネコ・2

2008-05-03 14:32:51 | 
体験型テーマパーク「むら咲きむら」は、大河ドラマ「琉球の風」オープンセットを使ったテーマパークらしいです。
ガジュマルはじめ緑がこんもりと茂った石畳の町は、とてもセットとは思えない風情でした。
「琉球の風」って面白かったんだよなあ。
確か、大河が実験的に半年で一本の尺に変わった時だったんだけど。
何年前だったかな?もう16〜17年前だったかなあ…。


その「むら咲きむら」の中の、お店の前にいた三毛猫。
とっても人懐こくて、あっちこっちのお店に顔を出してました。
お店の人が呼びかけていた名前は「モモ」ちゃん。




同じくキジトラ子猫とソックス黒猫。
にゃんにゃんと仲良くじゃれてました。



3ヵ月半ぐらい?美人さん。
赤い鈴のついた青い首輪をしてました。



ソックス黒猫の方は、ダンナさま情報によると「リュウ」という名前のようです。
琉球の「リュウ」なのかな?

もう1匹「ちっちゃいグリ」こと、グリそっくりのグレーでちょっとちっちゃい猫がいたんですが、警戒心の強い子のようで、近づいたら逃げちゃいました。

沖縄の観光地には何故かご当地猫?まねき猫?がいっぱいでした。
首里城やアメリカンビレッジでも猫を見たぞ。
至福至福、猫天国。
猫大好き人間にとってはたまらんです。


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ネコ・1

2008-05-03 14:08:35 | 
沖縄は猫天国でした。

ちょっと細身・短毛の南国系にゃんこが、あっちにゴロゴロ、こっちにゴロゴロ。
しかも揃って人懐こい。
毎日にゃんこと触れ合って、至福の日々でした。

そういえば、ハワイではわんこと鳥は沢山見たけど、猫は見なかったんだよなあ。
アジアとアメリカの違いなんだろうかしら。


首里城近くの石畳の坂で、いきなり発見!


ビビちゃんそっくり(の、ガラ)じゃありませんか!



「ビビちゃ〜ん」「ビビちゃ〜ん」と撫でくり回すと、コロンコロン転がってくれました。
うーん、カワイイ
この近くでは他に、白い子3匹と黒い子1匹みかけました。



フルーツ王国入り口横にいた兄弟(?)猫。
持ってたチーチクをあげたら、うぎゃうぎゃ言いながら食べてました。



今帰仁城入場口近くの茶屋の前にいた子猫。
2ヶ月半ぐらい?
カワイイ声で鳴きながら、道行く観光客をゲットゲット。
この子にひっかかった人々に、茶屋のおじさんは素早く「さとうきびジュース」の売り込みをしてました。
わたくしも例に漏れずひっかかり、まんまとさとうきびジュース一杯購入。
子猫はおじさんの声に反応して、にゃーにゃーと可愛く鳴きながら、お店の中に入っていきました。
何て商売上手なまねき猫。

今帰仁城の入場券モギリ小屋にも、トラジマの猫が1匹。
モギリのおじさんは茶色サングラスに髭の強面。
しかし机の上には猫グッズがいっぱい。
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続・人はどこまで傲慢になれるか

2006-08-24 18:21:10 | 
坂東眞砂子氏の「子猫殺し」が、ようやくネット新聞の記事にもなりはじめたようです。日経新聞社屋フランス大使館に抗議が殺到したとか。

私が読んだブログ(有名な人気ブログなのでおそらくご存知の方も多いはず)では、「子猫殺し」に続き「子犬殺し」のコラム、道端に転がる猫の死体を無用のゴミの如くに描写しているコラムなどが転載されていました。1人で抱え切れなかったので残業帰りのダンナ様に話していると「異常者の話は聞きたくない」とシャットアウトされてしまいました。私はこの方の小説は手に取った事がなかったのですが、ダンナ様は話題になった頃に読んだそうです。「そんな事を言いそうな人が書いたと思えばそう思える不快な作品」という話ですが、私はおそらくこの先も読む事はないと思うのでコメントできません。「ちょっと歪んだ部分がある人」なら興味があるのですが、おそらく「根本的に合わない人」のようなので、読む気が起きませんね…。

この方は三頭の犬を飼われていて、そのうちの二頭はつがいのジャーマンシェパードの純血種。もう一頭はシェパードが産んだ雑種の雌だそうです。純血種のシェパードには犬小屋を与え、雑種は放し飼い。純血種のシェパードが産んだ純血の子犬たちは残して育てさせ、同時期に雑種が産んだ子犬は取り上げて「処分」するのだそうです。その上で、子を失った雑種(タマ)が別の場所で子育てしていた純血種(ミツ)の空き小屋に入って座り込んでいるのを見て、こうコラムに書いてらっしゃいます。

『タマはミツになりたいのだ。ミツならば、子供がいなくなることもない。立派な犬小屋だってある。犬なりにそれを悟ったのだろう。タマは単純に、ミツの小屋にいれば、ミツになれると考えたのだろう』

恐るべき、神の視点。その運命を犬たちに与えておいて、達観したように語る。もしかしたらその結果を導き出したいがために、その状況を与えたのかとさえ思えます。

更にこのコラム、全文を読むと真面目に意味が分りません。雑種犬のタマを「天邪鬼」純血種のミツを「瓜子姫」に例えて、「天邪鬼はいくら化けても瓜子姫になれないのだよ〜」と展開し、最後は日本の女性たちがブランド趣味に走る事を皮肉って終わる。なんか普通にコラムとして読んでみてもさっぱり文脈が通ってないし、例えに持ち出すとしても変。ブランド志向を皮肉るコラムなのに、純血種(ブランド)至上主義を語られてもなあ??と謎だらけなのですが、まあここではそれは置いておくとして。

私の声がこの直木賞作家さんに届くとも思えませんが、もしこの方と同じような考えの方がいらっしゃれば。その方はどうか犬でも猫でも「純血種」だけを飼って下さい。できればつがいで。そして完全に室内飼いで管理して、盛りがついたらセックスさせ、子を産ませて、乳離れする頃に人に譲るなり売るなりして頂きたいです。それなら「動物の生を尊重」しながら、無駄な殺生はしなくていい筈だから。

「雑種」と「純血種」の命の重みにいかほどの差があるのか、とここで声高らかに叫んでもあまり意味がない気がします。この方の認識のように、そう感じる人にとっては明らかに差があるのでしょうし。

それにしても、本当に不気味です。そもそも小屋につがいで飼い、管理しているはずのシェパードが、どうして「雑種の子(タマ)」を産むような事になったのでしょう。確か犬って猫と違って、一頭分の雄の子しか産めなかった筈。発情期にわざわざ小屋から出して放すとかでもしなければ、普通なら一緒にいる雄の子を産むだろうに…。しかも雑種だと分れば「処分する」筈のこの方が、どうしてこの雑種の雌一頭だけは生かす事にしたのでしょう。…考えれば考えるほど嫌な結果に行き着きそうです。

以前読んだ辻仁成さんの『海峡の光』という小説に、外面の良い優等生が、野良の子猫たちに餌をやる印象的なシーンがありました。餌にかけよる子猫たちのうちの一匹だけを、彼はつかんでぽんと放り投げる。痩せた小さなその子猫が必死でかけよるのを、またつかんでぽんと放り投げる。痩せた子猫には死なない程度に餌をやり、他の丸々と肥えた子猫たちと「差別する事」を楽しんでいる…。後に殺人者になる優等生の、静かに歪んだ子供時代の秀逸な描写です。このようにきちんと組まれたフィクションのエピソードとしてならば面白いのですけどね。

本日付の読売オンラインの記事によると

『坂東さんは日経新聞を通じ、「動物にとって生きるとはなにか、という姿勢から、私の考えを表明しました。それは人間の生、豊穣(ほうじょう)性にも通じることであり、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからです」とコメント。』

だそうです。

やはり、この文章も何度読み返してもさっぱり意味が分りません。
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人はどこまで傲慢になれるか

2006-08-23 19:17:09 | 
プロット中で頭がぐるぐるしているし、前日までの日記で書きたかった楽しいネタもあるのですが(後でアップするかも)、時々読んでたブログで拾ってしまった話題について、どうしても書きたかったので…。あまり明るい話題じゃないし、本来創作の人の姿勢について、物申すのもあまり気がすすまないのですけどね。

ネットで大変に話題になっているようなので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。直木賞作家の坂東眞砂子氏が日経新聞に書かれた「子猫殺し」というコラムについてです。内容については「坂東眞砂子 子猫殺し」で検索かければ原文含め山のようにひっかかってきますので、興味があればどうぞ。

簡単に言えば、『自分は飼っている猫(メスばかり各三匹)の産む子を、産まれた途端家の隣の崖から放り投げて墜死させる。避妊はしない。動物の生とはセックスして子を産む事だから。自分は飼い猫の「生」を尊重しつつ、飼い主の社会的責任として、産まれた子を崖から投げて殺すのだ』というような内容でしょうか。

避妊は『飼い主の痛みを伴わない方法』だそうですが、果たして子猫を投げ殺す事に、この方は本当に『痛み』を感じているのでしょうか。真に痛みを感じるなら、他に選択肢があるにも関わらず日常的に繰り返し、さらにコラムなんか書けるものでしょうか。もし天変地異か戦争か、とにかくどうしようもない不測の事態が起こって、私が我が家の三匹の猫たちを崖から投げねばならないような事になったら。それは本当に想像するだけでも死にたいほどの「痛み」を伴う選択なのですが、それを二度と繰り返そうとも、人に話そうとも思わないような気がするのです。

崖から生きたままの子猫を投げて後は知らん振りというのは、ゴミ捨て場に生ゴミと一緒に袋詰めした生きた子猫を出して、知らん振りするのと同じ行為だと思うんですが。想像力の欠如。欠如でなければ、意図した思考停止。もしくは脳死。どうしても殺したいなら、その手で殺せと思います。その手で生を奪って、その重みと痛みと罪を感じて、その上で死体をきちんと埋葬しろと。全てをきちんと受け止めて目と手と心に刻み付けたら、何度も繰り返したいとは思わない筈です。殺しが快楽っていう人ならともかく。

「人は神ではない」と言いながら、生まれた子猫に生の選択もさせない。死にゆく子猫にとって、この人は「神」以外の何者でもないんじゃないでしょうか。限りなく傲慢な「神」。作家が神になるのは著作の中だけでいいんじゃないかと思います。書くという行為においてなら、何人殺そうが何匹殺そうが勝手ですから。

子を産むと、生物の体は母になります。生殖が生というなら、子育てを全うさせ子離れするまでがセットの筈。母になるためのホルモンに支配されたまま、子を育てる快感を許されないという苦痛は想像できないんでしょうか。本当に想像力の欠如、もしくは思考停止、もしくは脳死。

どうしても感情的になってしまうので、まとまりがなくてすみません。「愛玩動物として飼う事自体が人のわがまま」という言葉には賛同しますが、わがままなら少し謙虚になれと。謙虚になって見つめれば、「獣のメスの生は盛りがついた時にセックスして子を産む事」なんてケモノの生を見下した思い込みから解放されると思うのですがね。
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グリとクリーム

2006-05-10 23:35:09 | 
おやつに抹茶のロールケーキを作ったのですが、碧也的にちょっとクリームが多すぎました(ダンナ様的にはちょうどよかったらしい)。
で、お皿のはじっこにクリームを残していたのですが、クリーム好きのグリが感づいておねだり。

「おいしい〜」

「おいしいけど…」

「…し、舌が」

「ぬををををを…!舌が!」

「舌がぬとぬといたしますぅぅぅ!!」

…と、このあともせっせせっせと舌のお掃除、お掃除が終わったらまた「ちょうだい」×5回ぐらい繰り返してました。猫舌の表面のざらざらをクリームの油分が埋めちゃったりするのかしら、と思いつつ眺めてました。でも本当に好きだよね、生クリーム。

それにしても碧也、ダンナ様のブランデー「OLD PARR」をこっそりちょっぴり頂いてケーキを作っていたのですが、気付いたダンナ様がひとこと。

「オールド・パーはブランデーじゃなくてウイスキーだよ」




「オールドパーでコークハイ」なんてものをお店で飲んでいた記憶がありますよそういえば。コークハイなんて、最近じゃめっきり見かけなくなりましたが。そうかウイスキーだったか、おーるどぱーー…。

まあでも問題なく美味しかったですよロールケーキ(結果オーライ)。









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お仕事です

2006-02-13 23:13:33 | 


明日からアシさんです。今夜はまだまだネームぐつぐつ。
果たして寝られるのは何時でしょう
本日の癒し系グラビアアイドルセクシービビちゃん。



猫というよりあざらしですな。

明日からしばらくブログもお休みですー。
またお仕事明けに
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