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松尾修著『高遠旅石工たちの幕末』2016年講談社エディトリアル刊

2017年05月19日 | 本と雑誌
 今年に入ってから、ひどいドライアイと眼精疲労で読書を控えていたが、このところやっと少し症状がやわらいできた。というわけで、最近、図書館から借りて読んだ本の中から印象に残ったものを一冊。

 

 松尾修著、小説『高遠旅石工たちの幕末』。著者は公務員の方で、仕事の傍ら信州を題材にした小説を執筆しているという。「高遠」は、現在の長野県伊那市北東部あたりの旧名。江戸の昔は、山地が多い信州辺りでは農業に代わる産業として石の加工などが奨励されており、多くの名工を出したという。そんな、優れた技術を持つ石工たちも農閑期などには旅をして各地で石仏などを彫っていたという。この本は、「高遠旅石工」の幕末期における旅とロマンのストーリーになっていて、読みやすく史実に題材をとった内容は興味深かった。ただ、主人公嘉助の人格が完成され過ぎているようにも感じたが、そこは、まあ、あくまで小説という事で楽しみたい。

 実は、わたしの母方の祖父に当たる人が千葉の外房の田舎町の石工だった。そのこともあり、昔の石工の生き様には興味があったのだ。この祖父は明治13年の生まれで、私が生まれるかなり前、昭和18年に亡くなっている。なので、実際にその働きぶりを見たこともないが、亡き母から聞いた話によると、毎朝炉に火を入れ、鞴(ふいご)で風を送っていたという。長年、石工がなぜそんなことをしなければならないのか疑問だったが、この本を読んで納得した。今でこそ、電動機器で石を彫るが、昔は石を鑿(のみ)で彫るため道具類が欠損する。それを修復するために石工には鍛冶の技術が必要だったのだ。逆にいえば、自分の道具を作れなければ一人前の石工職人とは言えない時代があったのだ。
 また、祖父も千葉の外房から東京方面に出て仕事をすることも多く、家にはあまり居なかったとも母は言っていた。それが、地元に仕事が少なかったためか、あるいは人手が足らないために乞われて行ったのかは分からない。おそらく、その両方の場合があったのだろう。なにしろ、明治・大正の頃と言えば、鉄道は蒸気機関車で、総武本線は両国が終点だったのだ。一度稼ぎに出れば、簡単には帰ってこられない。

 以前、学生時代の友人たちと群馬県の温泉によく行っていた。山道を歩いていると、道祖神などに出会うことも多かった。特に、沢渡温泉では、旅の石工が漂泊してきて掘ったという石仏群が川沿いに並べられていた。当時、すでにかなり傷んでいたので、今はどうなっているかわからない。あの、石仏達も、ひょっとしたら高遠旅石工の手によるものなのかもしれない。下の写真は、川原湯温泉の近くで道端にたたずむ道祖神を2000年11月に撮ったもの。千葉市にも旧街道などに道祖神はあるが「道祖神」と漢字で彫られているだけのものが多い。仲睦まじい男女の姿を硬い石に彫るのは、技術だけでなく精神性が必要だろう。名も無き職人達に感謝。


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