日経新聞 経営「渋沢からサムスンへの助言」=高失業率とグローバル化への反発=

2017年05月06日 07時31分49秒 | 経営
日経新聞 2017年5月5日(金) P.5 オピニオン面
連載コラム『Opinion』=Deep Insight=

『渋沢からサムスンへの助言』=本社コメンテーター 梶原 誠=

 「サムスンは韓国あってこその企業だ」。

20年以上前、つまり韓国・サムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長がまだ慶応の大学院生だったころ、こう語っていたという。

 すでに半導体で世界のトップグループに入り、韓国を代表するグローバル企業になっていた。

それにもかかわらず、母国である韓国が傾けばサムスンも危うくなるというのは、経営修業中だった同氏なりの自戒だったのだろう。

 ところが10年ほど前には考えが変わっていた。
「韓国あってのサムスンとはもう言えない」。

こう漏らしていたという。
父の右腕であり、サムスングループの三代目が視野に入り始めた時期だ。

    ◆    ◆

 収益源をみると彼の認識は正しい。

2000年に50%強だった海外売上高比率は80%まで上昇し、今の90%に向かう道を突っ走っていた。

同時に株の時価総額も高まりグローバル化で企業価値を高める経営戦略を確立していた。
存在感が大きいのは、韓国ではなく顧客の大半がいる海外だった。

 私は、こんな構図が続くうちに、韓国の国民感情がぶち切れる余地が生じたと思っている。

10年後の今年、李氏は逮捕された。

容疑は朴槿恵(パク・クネ)前大統領への贈賄(ぞうわい)だが、「反財閥」の世論に押されての投獄でもある。

 サムスンは、韓国経済を支えている財閥の筆頭だ。
サムスン電子1社だけで、売り上げが韓国の国内総生産(GDP)の12%に達する。

グループでみると、国の年間の法人税収入の1割弱を負担しているといわれている。

 それでも反感を買うのは、貢献を実感できない人々の不満が強いからだ。

韓国は年約3%の成長を続けているが、若年層の失業率は10%を超え、就職できない大学生が大勢いる。

「地獄朝鮮」「(銀ではなく)土のスプーン」といった自虐的な言葉も生まれた。
成長しても国内の雇用が頭打ちになっているサムスン電子は、韓国の矛盾を映し出す。

    ◆    ◆

 財閥と政権との癒着は昔からの問題だ。
人々は成長を実感している間、そんな暗部には目をつぶっていた。

だが経済的に厳しい状況に置かれたうえ、大韓航空オーナーの長女による「ナッツリターン」事件に代表される財閥の常識外れの行動が続き、蓄積した不満が「自分等だけ何だ」と噴出した。

 人々の怒りが企業を翻弄(ほんろう)する「国民感情資本主義」はサムスンに極端な形で表れた。

だが世界的な傾向でもある。
やはりグローバル化への反発が根っこにある。

 まず米国。

トランプ大統領は、米企業の海外進出で雇用停滞が続く「ラストべルト(さびついた工業地帯)」の人々の不満を背景に当選した。

同氏はフォード・モーターが計画したメキシコ工場の新設を撤回させた。

 そして英国。

人々がグローバル化に背を向けた結果であるブレグジットは、世界の金融機関を振り回している。

米ゴールドマン・サックスは、欧州連合(EU)から離れる英国に経営資源が集中することを恐れ、欧州大陸の拠点を増強し始めた。

 同社は、本社をニューヨークからロンドンに移そうと考えたことがある。

ニューヨークは成長するアジアと昼夜が逆で不便だが、ロンドンは午前がアジアの午後、午後が米国の午前と重なり、日中に世界中とやり取りができる。

そんな戦略はもう描けまい。

 国民感情資本主義の原点は、2008年のリーマン危機だ。
ウォール街の暴走は社会を傷つけた。

人々の怒りは11年の大規模デモ「ウォール街を占拠せよ」で爆発、共感は世界に広がった。

 だが危機からもう9年目になる。

人々が企業の暴走をけん制する仕組みは欠かせないが、このまま人々が怒り続け、グローバル化を前提とする企業の成長が阻まれると、それもまた危うい。

両者はそろそろ長期的な視点を持ち、和解の道を探してはどうか。

    
    ◆    ◆

 ボールは企業にある。

私は明治期に株式会社制度を導入、500以上の会社設立に携わり、「日本の資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一(1840~1931年)に学ぶべきだと考えている。

 渋沢はグローバル主義者だった。

米国で日本からの移民に対する排斥機運が強まっていた1920年、米紙との会見で日米の企業の合併やトップの交流を訴えた。

企業こそが、ともに成長を目指すことで反グローバル化と戦うべきだという主張だった。

 だが、成長に取り残される人々への配慮も忘れなかった。

東京を頭脳、地方を全身に例え、全身に血が通わなければ、日本は「文明の出来損ない」になると警告し、地方の振興を訴えた。

 新潟・長岡では、渋沢の影響を受けて岸宇吉(1839~1910年)が呼応した。

銀行、電力、鉄道など、社会基盤化を担う企業を続々と興して戊辰(ぼしん)戦争で荒廃した長岡を復興し、「長岡の渋沢」と尊敬を集めた。

 サムスンが助言を求めたら、渋沢はグローバル化を遠慮なく進めるよう説くだろう。
同時に韓国に生まれ育った企業として、苦しんでいる国民を救う事業を提案したはずだ。

「経営者が大富豪になっても、社会の多数が貧困に陥るようでは正常な事業とは言えない」とは、格差の危うさを知る渋沢が残した名文句である。

 渋沢の没後、韓国の財界人が渋沢を追慕する碑をソウルに立てている。
サムスングループである新羅ホテルに当たる場所に、その碑はあったという。


●関連日経記事:2014年4月9日グー・ブログ「息子たちに読んでほしい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 書籍紹介「論語と算盤」=渋沢栄一著=努力を重ね、チャンスを待つ=』(2014年4月8日付)

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