日経新聞 趣味「美術品問う眼のありか」=エッセイスト 平松洋子=

2017年07月18日 05時26分37秒 | 趣味
日経新聞 2017年7月15日(土) P.28 読書面
連載『半歩遅れの読書術』=エッセイスト 平松洋子=

『厳しい道理の背後の人間味』=美術品問う眼のありか=

 大阪に行くと、時間を見つけて中之島の大阪市立東洋陶磁美術館に寄るのが習慣になっている。

繰り返し見た同じ古陶磁でも、また見たい。
なぜこんなに惹(ひ)かれるのかと考えるとき、思う。

あたりを払うほどの名作揃(そろ)いの魅力のみならず、ここには人間の眼のありかを感じるからなのだ、と。

 古いもの、美しいものについて、背筋を正され、時に冷や水を浴びせられるような思いを抱く一冊がある。

伊藤郁太郎著『美の猟犬』(日本経済新聞出版社)。
著者は、1982年、東洋陶磁美術館設立と同時に館長に就任、現在は名誉館長を務める。

同館の出発点は中国や韓国陶磁、速水御舟(はやみず・ぎょしゅう)の日本画のコレクター、安宅英一(あたか・えいいち、専門商社・安宅産業の元会長)氏による約1千点の美術品であり、著者は安宅氏の側近として収集に尽力してきた。

壮大な安宅コレクションの全容を知るものとしての記憶と時代の証言が、本書には綿密に張り巡らされている。

 さて、ある頃から私は、古いものに接するとき、これは戦慄と隣り合わせだと思うようになった。

ものの価値を問うならば、最終的には自分の眼しか頼りにできない。

ものは沈黙したままだが、じつは美意識を問い質(ただ)しているのだと気づかされてきた。

小さな皿一枚、どんなに本や図録で勉強しても、美にまつわることがらは、自分自身を恃(たの)みにするほかない。

理屈や説明を越えて、好きか嫌いか。
詰まるところ、ものは人間を語るといわれる所以(ゆえん)である。

 本書は、その厳しい道理に踏み込む一冊として、破格の強度がある。

とかく個的な視線によって綴(つづ)られがちな古美術、あるいは古美術と人間が繰り広げるなまなましい関係を、かくも怜悧(れいり)に腑分(ふわ)けする文章をほかに知らない。

それでいて、愛情深く、艶(つや)があり、人間味にあふれている。
律することを課された言葉が、ぎゃくに生き生きと飛び跳ねる不思議。

 稀(まれ)な文章があったものだ、と思ったのは浅はかなことだった。

なぜなら、一言一句(いちごんいっく)に通底しているのは、安宅氏に対する思慕と畏敬(いけい)の念なのだ。

べつの言い方をすれば、はるかな存在として拝(おが)む芸術的天分の、その襞(ひだ)の奥また奥まで見極めようとする執念。

安宅氏を、著者はこう評している。

「シャイで上品で戯(おど)けが好き、無口ではあるが時には饒舌(じょうぜつ)、重厚慎重でいて進取果断、とてつもないオーラをもつ人」

 膝を打った。

東洋陶磁美術館で感じてきたのは、かくも魅力的な人物と猟犬の4つの眼のありかだったのだ。


●関連日経記事:2017年1月20日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 趣味「根津嘉一郎がつくった根津美術館」=東洋中心の美術品7000点を所蔵=』(1月19日付)

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