日経新聞 海外メディア「責任欠く メルケル氏発言」=英FT・チーフ・コメンテーター ギデオン・ラックマン=

2017年06月02日 08時58分52秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年6月1日(木) P.6 オピニオン面
連載『FINANCIAL TIMES』=It is what you know=

『責任欠く メルケル氏発言』=チーフ・フォーリン・アフェアーズ・コメンテーター ギデオン・ラックマン=
「米欧の亀裂、恒久化の恐れ」


 トランプ米大統領の初めての訪欧は、なかなかきまずいものだった。
その後遺症はかなりやっかいだ。

 イタリア南部で開かれた主要国首脳会議(タオルミナ・サミット)を終えてトランプ氏が帰国した直後の5月28日、ドイツのメルケル首相はミュンヘンで行った選挙演説で、西側同盟は終わったともとれる発言をした。

 「ほかの国々を全面的に当てにできる時代は過ぎ去りつつある。 
そのことをこの数日間、痛感した。 

我々欧州人は、自分たちの運命を自分たちで切り開いていかなければならないということだ。

もちろん米国とも、英国とも、そしてロシアを含む近隣諸国とも友好的な関係を保つ必要はある。

しかし、われわれは自分の将来のために自ら戦う必要がある」と同氏は訴えた。



 メルケル氏の発言は、即座に様々なところで大きく報じられた。

米外交問題評議会のトップを務め、米外交政策の第一人者の一人とされるリチャード・ハース氏は、ツイッターで「メルケル氏の欧州はもはや他国を頼りにはできない、したがって事態を自ら掌握する必要があるという発言は(欧州外交の)転換点といえる。 それは、米国が第2次世界大戦以降、まさに避けようとしてきたことだ」と発信した。

 この事態を招いたトランプ氏を非難することは容易だし、当然とも言える。
しかしメルケル氏の発言も、慎重な言葉遣いだったとはいえ、責任に欠ける。

それは、米国と欧州の関係に既に広がる危険な亀裂をさらに拡大し、恒久的な断絶に向かわせかねないものだからだ。

 トランプ氏を非難するのは簡単だ。
確かに彼の欧州訪問中の振る舞いは、ひどいものだった。

5月25日の北大西洋条約機構(NATO)での演説では、加盟国の集団的自衛権を保障した条約第5条の順守を確約しなかった。

たまたま言い忘れたのではない。

欧州に何かあれば米国が防衛するのは当然ともはや考えてはならない、という明確なメッセージだった。

こうなると、ロシアにNATOの防衛体制を試そうとする機会を与える危険性が浮上する。


 今回の首脳会議で、トランプ氏だけが温暖化対策のパリ協定を支持しなかった。

またドイツが米国で車を売り過ぎているとして、「悪い、非常に悪い」と評したことも広く報じられた。


 欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国に加えて、米国のこうした姿勢を目の当たりにして、メルケル氏としては、同盟国である米国と英国はもはや当てにできないという明白なことを述べただけかもしれない。

それでも、彼女の発言は、少なくとも5つの理由から大間違いだと言わざるを得ない。

 第1に、大統領に就任して4カ月のトランプ氏の言動から、欧州の平和を70年間維持してきた欧米の同盟関係に疑いの目を向けるのは間違っている。

 実際に欧米関係を疑う時は来るかもしれない。

だが、むしろトランプ氏が大統領に就任したのは例外的なことで、遠からずその職を失う可能性もある。

 第2に、欧州加盟国の大半がNATOが定める軍事費負担の目標(編集注、国内総生産の2%)を達成していないのは問題だとするトランプ氏の指摘はもっともだ。

確かに同氏の欧州での行動は、彼が物事をあまりに知らないことを浮き彫りにした。

しかし、米国がNATOの防衛費の75%近くを拠出し続けることはできないという主張は正しい。

これはオバマ前政権のゲーツ国防長官も指摘していた。

 ドイツが米国の防衛支出にタダ乗りしてきたことを考えると、ドイツが米国を同盟国として頼りにできないと非難するのは、少々おこがましい。

 第3に、メルケル氏が西側諸国の同盟に亀裂が入りつつあると示唆したことで、トランプ氏がNATO条約第5条への支持を表明しなかったという事態を一層深刻にしてしまった。

両氏のいずれの行為にも、ロシア政府に西側同盟の分裂を狙う機会を与えることになる。
そのことは、欧州の安全保障が一層危険な状況に陥ることを意味する。

 第4に、メルケル氏が英国とトランプ氏の米国とをひとくくりにした点は、賢明でも公正でもなかった。

気候変動問題では、英国は、米国側ではなくEU側に立っている。

同様に、英国のメイ政権はNATOが定める軍資支出の達成が重要だと懸命に強調している。

 しかし、メルケル政権が英国の離脱交渉で、現在のような対決的な姿勢を続けるならーー貿易協定の交渉入りすらしていない段間で、英国に巨額の離脱清算金の前払いを約束するよう求めているーーそれは、欧州の同盟関係に亀裂が入りつつあると自ら指摘したことで、実際に亀裂の拡大を加速させるようなものだ。

そして英国とEUの対立を永続させる危険さえある。

 離脱交渉では敵対する国々が、NATOとの関係では同盟国となるという条項を英国がどう判断するのか。

それを見通すことは難しい。

英国が本当に「ハードな(強硬な)」離脱を選んだ場合、NATOに対する英国の関与の仕方にも当然、疑問が生じることになる。

ましてや米国も西側諸国の同盟から距離を置こうとしているとなれば、なおさらだ。


 メルケル氏の発言の最後の問題点は、いつになく彼女が歴史の声に耳を傾けていないように見える点だ。

現代のドイツから深く感銘を受けるのは、どんな国と比べても、この国は歴史が残してきた教訓について真剣に考え徹底的かつ謙虚にその教訓から学んできたという点だ。

 それだけにドイツの指導者がミュンヘンのビアホールで英国や米国との決別を語り、しかもその2カ国とロシアを同列に論じる姿は、歴史が繰り返される(編集注、第2次世界大戦では米英ロが共に戦った)ようで、背筋が寒くなる。

 だからといって、メルケル氏は道徳的、政治的にトランプ氏と同じレベルだ、というつもりは全くない。

トランプ氏は西洋社会の核となる価値観をないがしろにする態度を何度も繰り返し見せてきた。

報道の自由から拷問の禁止、世界中の民主主義体制を支援することなどだ。

 トランプ氏がこうした姿勢を見せてきたために、今ではドイツのメルケル氏こそが西側世界の真の指導者だと主張する者さえいる。

だが、その称号をメルケル氏に与えるのは早すぎたようだ。
悲しいことに、同氏には西側諸国の同盟を救うために戦う気はなさそうだ。

(5月30日付)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 英フィナンシャル・タイムズのコラムや記事を翻訳し、月曜、木曜付で掲載します。
電子版▼Web刊→FT

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 日経新聞 経済「稼ぐ力はマ... | トップ | 日経新聞 社会「すさまじい... »

コメントを投稿

海外メディア」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事