日経新聞 経済「米、緩和の出口に残る難所」=編集委員 滝田 洋一=

2017年08月29日 08時49分25秒 | 経済
日経新聞 2017年8月28日(月) P.6 オピニオン面
連載コラム『核心』

『米、緩和の出口に残る難所』=編集委員 滝田 洋一=
「政権、議会に波乱の芽」


 米西部ワイオミング州の保養地ジャクソンホールの朝晩は、もう秋のようで肌寒い。
今年も先週末、この地に世界の中央銀行トップが集まり、シンポジウムが開かれた。

 仲間内の集まりだからだろう。

8月24日夕、ゆっくりした足取りで会場入りしたイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の表情は、通常の記者会見の時に比べてずっとくつろいでいた。

黒田東彦日銀総裁も待ち受ける記者に余裕の笑顔を浮かべた。

 そんな中央銀行トップに世界中の市場関係者の目がくぎ付けになるのはほかでもない。
金融の量的緩和からの出口が各国の焦点だからだ。

イエレン議長、黒田総裁、そしてドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁の位相は異なる。

 すでに国債の買い入れをやめているFRBはいつ保有残高を減らすか。
ECBは買い入れをいつから減らすか。

日銀にとって出口がまだまだ先なのに対し、米欧は具体的な日程に注目が集まっている。

 先頭を走るFRBは、中央銀行というつっかい棒をなくした債券市場がどう反応するか、という難題に直面する。

イエレン議長は、あらかじめ保有債券の減額のスケジュールを示し、市場がそれを日常の出来事として織り込めるようにしようと狙っている。

    ◆    ◆

 FRBだけの問題ではない。

国債の発行者である米財務省や、国債を扱う民間金融機関、保有する機関投資家にとっても、量的緩和からの出口はど真ん中の課題である。

財務当局や民間金融界は、どんな姿勢を取っているのか。

 8月1日午前11時15分、ワシントンのホワイトハウスの真向かいにあるヘイ・アダムズ・ホテルの一室。

金融界の有力者15人が顔をそろえた。

 米財務省に国債管理政策を助言する、資金調達諮問会議の面々だ。

ブラックロック、JPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックスなどの市場担当責任者で構成する。 

この日の議題は、ずばりFRBのバランスシート(貸借対照表)正常化である。

 諮問会議の内容は翌2日、ムニューシン財務長官に報告書として提出された。

 ▼FRBは9月にもバランシートの縮小を決定するはずだ。
2%の物価目標の達成に手間取っているので、利上げの再開は12月になろう。

 ▼バランスシートを縮小し始めるのは10月。

FRBの準備預金の適正水準は6500億ドル程度なので、バランスシートの適正化が完了するのは2021年の1~3月期だ。

 ▼その時点でFRBの国債保有額は1.7兆ドルと、現時点の2.5兆ドルから大幅に減少する。

正常化の過程で、期間が長い10年物国債を保有することに対して投資家が要求する上乗せ金利は、控えめに見て0.4%高まる(=債券価格は今より大きく下がる)。 

 ある程度の金利上昇は避けられない。

目先の財政資金の調達コストを抑えるだけなら、FRBの出口政策をけん制してもおかしくないが、諮問会議の参加者の念頭にはない様子だ。

 国債発行額を主に左右するのは財政赤字の動向だと割り切っているからだ。

金融政策のかじ取りは経済実態に沿うべきで、リーマン・ショック後の非常手段として膨らませたFRBの保有資産はは波風を立てずに縮小させたい。

この辺りが「ワシントン・ウォール街共同体」の共通認識だ。

    ◆    ◆

 もちろん、FRBを「身代わり地蔵」とすることで、金融機関はバブル処理の荷を下ろし、民間企業も低利で潤沢な社会発行や借り入れを楽しんできた(=ちょうどいい湯加減の経済情勢)。

今年のジャクソンホールのシンポのテーマは「金融の安定」。

量的緩和であふれ出したマネーが資産価格のバブルを作り出したのでは、との心配が背景にある。

 8月に入ってからの米国株の波乱は、量的緩和の出口を巡るぎくしゃくの予兆といえる。
ただし、水鳥の羽音に驚く平家のように市場に動揺が広がっているとまではいえない。

先の諮問会議ではこんな議論もあった。

金利の上昇は株式などリスク資産に対し投資家が求める超過収益(リスクプレミアム、=金利差を拡大しないとリスク資産からマネーが逃げていく状態)の大幅な拡大を招きかねない。

大規模な債券と株式のダブル安が起きる可能性もあるが、金融システムに危険を及ぼすほどではあるまいーー。


    ◆    ◆

 リーマン・ショックの導火線となった07年8月のパリバ・ショック。
信用力の低い個人向けの米住宅ローンの焦げ付きが引き金となった。

住宅ローンという金融機関や投資家にとっての「資産」側の不良債権化が問題とされた。

 だが当時、言いしれぬ不安を醸成したのは「負債」側の問題だった。

米金融機関が住宅ローンなどを担保に、コマーシャルペーパーといった形で、市場から短期の資金調達をしていた。

この分が回らなくなったのだ(=どの金融商品がどのくらいサブプライムローンを包含しているか、どの金融機関がどのくらいの額をサブプライムローンに投資しているのか、外からうかがい知ることができない状態。 どこに、どれだけの危険が存在しているのか、誰も分からなくなり、疑心暗鬼が急速に金融界全体に広がった)。

金融規制の強化で、10年後の今はそうしたリスクは相当に軽減した。

 足元で火種がくすぶるのは、経済や金融の「内部」ではなく、(米国のトランプ=)政権と議会という「外部」の波乱だろう。

 米国では9月29日に連邦政府の債務上限の引き上げ期限が迫っている。

上限を引き上げられず、国債を発行できなくなると、米政府のデフォルト(債務不履行)という事態に陥りかねない。

 まさか。

でもメキシコとの壁を作る予算が認められないなら「政府閉鎖もいとわない」と大統領自身が脅しをかけるなど、トランプ政権ではそのまさかが頻発する。

イエレン議長も胸の内では「何もこの微妙な時期に」と気が気ではあるまい。

(ジャクソンホールにて)


●関連日経記事:2017年8月27日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 国際「ドルむしばむトランプ氏」=米CA大サンタバーバラ校 B・コーヘン教授=』(7月25日付)

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日経新聞 人物紹介「猜疑心の強い独善家、トランプ大統領」=パリ協定離脱と米国 (上)=

2017年08月29日 05時30分30秒 | 人物紹介
日経新聞 2017年7月24日(月) P.17 18歳プラス面
連載コラム『池上彰の大岡山通信 若者たちへ (141)』

『パリ協定離脱と米国 (上)』=透ける大統領再選の思惑=

 トランプ米大統領が6月初め、地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」からの離脱を表明しました。

そこで今回と次回は、この決断から透けて見える大統領の思惑や米国が直面している課題について考えます・

    ◆   ◆

 この決断を巡っては政権内部の確執が取りざたされました。
この方針は側近の一人であるバノン首席戦略官・上級顧問が唱えていたのものでした。

これに対し娘婿のクシュナー上級顧問はパリ協定にとどまることを主張していたからです。

 トランプ大統領の就任以来、2人の対立がたびたび報じられました。

4月のシリア攻撃に際しては、「シリア問題は米国には関係ない」などの理由でバノン氏は反対。

クシュナー氏は妻のイバンカさんとともに「子どもたちを救いたい」と賛成したといわれています。

また、バノン氏が突如、国家安全保障会議(NSC)の常任委員を外れたのも、背景には政権内部の意見対立や勢力争いがあったとみられています。

 バノン氏は大統領選挙期間中、右派メディアのトップから選挙参謀として加わった異色の側近です。

米国の利益を最優先する「米国第一主義」が持論です。
そして、トランプ氏の大統領再選のキーマンといえるでしょう。

    ◆    ◆

 そもそも共和党は石油や石炭などエネルギー産業と深い関わりがあります。

温暖化ガスの削減目標を課す「パリ協定」は、エネルギー産業が被(こうむ)るダメージが大きくなります。

石炭産業を守る政策として、協定離脱は労働者に直接響くメッセージなのです。

 実際、トランプ氏らは2期目に向けて遊説を始めています。
たとえば有力な石炭産地には、オハイオ州のように大統領選の激戦州が含まれます。

選挙期間中のスローガン「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(米国を再び偉大にする)」に続き「KEEP AMERICA GREAT(米国を偉大なままにする)」を次のスローガンに選び、すでに商標登録を申請したと報じられました。

 2018年には米連邦議会の上院・下院の中間選挙があります。
共和党は前回の選挙で民主党よりも多くの議席数を確保しました。

この勢力を維持し続けるには、有権者に受けのいい雇用を最優先する内向き政策を取らざるを得ないのです。

 というのも、トランプ氏周辺とロシアとの不透明な関係を巡る疑惑「ロシアゲート」の捜査次第では、政権への逆風が強まる可能性があるからです。

また、移民の入国に関する大統領令や、医療保険制度改革など前政権の政策を否定する判断を巡って州政府や国民との摩擦がさらに深刻になるかもしれません。

政権の足元を固めておきたいという思惑があるのです。

 トランンプ氏は、自分の周囲にいる人々を大きく3つに分類して見定めているように思えます。

それは「家族」「使用人」「敵」だといわれています。


この視点に立てば、米連邦捜査局(FRB)のコミー前長官は「使用人」から「敵」になってしまったということなのでしょうか。

 随分とシンプルで分かりやすい人間関係の軸といえます。
本来大統領は有能な複数のブレーンを使いこなさなくてはならないはずなのですが。

 次回は、米国内で懸念されている科学軽視とも受け取れる動きについて考えます。


●関連日経記事:2017年1月28日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照 
 日経新聞 人物紹介「トランプ氏は不動産業者でありビジネスマンではない」=アーミテージ元米国務副長官=』(1月26日付)

◆父さんコメント:
 トランプ氏は家業である不動産業を営んでいる。

事業規模は大きくても、中身は個人商店であり、組織で動く会社ではない。
つまりトランプ氏は組織を動かした経験はない。

不動産取引は、「ディールが得意」というトランプ氏の言葉通り、取引は長期に継続的なものではなく、短期で1回1回で完了する特徴がある。

つまり、ディールをする当事者は「ゼロサムゲーム」方式で、相手に勝つことだけに注力する。

双方の当事者は、長期に取引関係を維持する考えは念頭にない。
該当する物件だけの取引で終わる性格をもつ。

これらのビジネス成功体験がトランプ氏の行動の基本になっている。
池上氏の指摘もむべなるかな、である。

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