日経新聞 雑学『「巾員」がなぜフクイン?』=中国の「詩経」に照らせば・・・=

2017年08月08日 08時11分55秒 | 雑学
日経新聞 2017年8月6日(日) P.32 文化面
連載『遊遊漢字学』=漢字学者 阿辻 哲次=

『「巾員」がなぜフクイン』

 漢字熟語の読み方に「重箱読み」と「湯桶(ゆとう)読み」がある。

最初の漢字を音読みで、次を訓読みで読むのが「重箱読み」で、その逆が「湯桶読み」である。

 ここに出てくる「湯桶」を、私はずっと入浴に使う風呂桶(おけ)だと思っていたが、それは間違いで、「湯桶」とは湯や酒を入れる漆(うるし)塗りの容器のこと、つまりそば屋で「そば湯」を入れて出てくるあの木製容器が「湯桶」なのである。

 重箱・湯桶読みは慣用的な読み方で、事故などで交通網が混乱した時に走る「代替バス」がしばしば重箱読みで「だいがえばす」と発音されるが「だいたいバス」であるべきだ。

 重箱読みで「しゃはば」と読む「車幅」にも違和感がある。

「幅」の音読みはフクだから「シャフク」が正しいと私は思うが、自動車メーカーでも交通警察でも、これはどうやら「しゃはば」と読むことに統一されているらしい。

わが愛用のパソコンに搭載されている日本語変換辞書でも「しゃふく」では「車幅」に変換されず「しゃはば」と入力しなければならない。

 しかし同じ漢字でも、「幅員」は「フクイン」と音読みで読まれる。
「幅員」は中国最古の詩集『詩経』(長発)に見える古いことばで(原文は「幅隕」)。

注釈によれば「幅」は左右の長さ、「員」は周囲の長さのことだが、日本語ではもっぱら道路や橋などの「はば」の意味に使われる。

 近所の国道で工事が行われていて、そこに「巾員狭小につきご注意ください」という看板が出ていた。

 「幅員」はだれでも「フクイン」と読むが、しかし「車幅」では「幅」を「はば」と読むものだから、「幅」と「巾」の違いが分からなくなったのだろう。

かくして「巾員狭小」という掲示が道に出ることになる。

だが「巾」の音読みは「キン」だから、この看板は「キンインキョウショウ」とよまねばならない。

 「車幅」が重箱読みで読まれるようになったのがいったいいつからなのかはわからないが、その読みが社会に定着した結果、「巾員」という珍妙な表記が生まれた。

こうして日本語は乱れていく。
嘆かわしいことである。


●関連日経記事
:2017年3月13日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 雑学『なぜ「漢字」とよぶのか』=「漢民族」が話す言語が「漢語」=』(3月12日付)

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日経新聞 雑学『インテリジェンスの世界にある「鏡像」』=自ずと自分を出してしまう思考過程=

2017年07月31日 14時26分44秒 | 雑学
日経新聞 2017年7月27日(木) P.1 
連載コラム『春秋』

 国どうしが情報戦を繰り広げるインテリジェンスの世界には、「鏡像」と呼ばれる落とし穴があるのだという。

電話を盗聴し、スパイを送り、情報を集める。

そのうえで相手の動きを予測するわけだが、この際、どうしても自らの行動原理をもとに判断してしまうのだ。

▼相手の姿を見極めるつもりが、浮かび上がってくるのは鏡に映った自分の姿でしかない。

結局私たちは自分の常識の範囲内で物事をとらえがちで、その結果、相手の行動に驚くことになる。

治安関係者のための月刊誌「治安フォーラム」で知った知識だが、まさにいまの国際社会のありようを示しているようで、興味深い。

▼「予想できない」という点では米国の大統領が筆頭格であろうか。

騒動は環太平洋経済連携協定(TPP)や温暖化対策であるパリ協定からの離脱にとどまらない。

就任から半年が過ぎたいまもなお混乱は続いており、つい先日もトランプ氏を擁護していたはずの報道官をホワイトハウスから追い出してしまったばかりだ。

▼北朝鮮のトップも負けていない。

足元で深刻な干ばつの被害が広がるなか、国際世論に背を向け、さらなるミサイル実験の構えを見せる。

そんな国々の振る舞いを予測するのは、土台無理な話なのであろうか。

この先も相手方が繰り出すあの手この手に驚き慌てることなく、様々な選択肢を用意して備えるしかすべはない。

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日経新聞 雑学「民話では石臼が富の源泉として扱われた」=日経・春秋=

2017年05月09日 03時05分22秒 | 雑学
日経新聞 2017年5月7日(日) P.1
連載コラム『春秋』

 一見、アートのようである。
東京は中野の宝仙寺や、さらに西の小金井神社に立つ石臼を供養する塚だ。

何十台もが小山のように積み上げてある。
明治時代までどの農家にもあった家財らしい。

しかし、小麦粉や米粉が容易に店で買えるようになり、使われなくなった。

▼民俗学者の小川直之さんによると、江戸期の文献は石臼を「所帯道具のうち、第一重宝(ちょうほう)なるもの」と評す。

ひかれた粉は下部と上部の(=石臼の)すき間から自然に出てくる仕組みだった。
加えて、摩擦熱が高まらない利点もあった。

家族の食生活を下支えした必需品である。
用済みとなった後も寺社で祈りの対象とされたゆえんだろう。

▼民話では石臼が富の源泉としても扱われた。
「海の水はなぜからい?」などの題で北欧や日本に伝わる。

貧しい弟が小人からまんじゅうと引き換えに何でも出てくる不思議な臼をもらった。
弟は米や家を出して一夜で長者になる。

金持ちでケチな兄が知って恨むまいことか。
兄は臼を盗み、船に甘い物も積んで海に逃げた。

▼途中、塩を欲し「出ろ」と臼を回すが、止め方を知らない。
重さで船は沈み、臼は今も海底で塩を出し続けている…。

保護主義的言動で利を独り占めしようとしたり、「核心」や「1強」の名の下に権力を集中させたりしては、思わぬ結末が待つ恐れもある。

語呂合わせでコナモンの日。
「強欲」への自戒、お忘れなく。

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日経新聞 雑学『なぜ「漢字」とよぶのか』=「漢民族」が話す言語が「漢語」=

2017年03月13日 04時38分42秒 | 雑学
日経新聞 2017年3月12日(日) P.32 文化面
連載『遊遊漢字学』=漢字学者 阿辻󠄀 哲次=

『なぜ「漢字」とよぶのか』

 漢字はいうまでもなく中国で生まれた文字である。

そして日本では非常に早い時期に中国から漢字を受容し、さらに漢字からひらがなとカタカナを作って、それらをまじえて日本語を書く表記形態を開発したのだが、それでは中国で生まれた「日」「経」「新」「聞」などの文字を、いったいなぜ「漢字」とよぶのだろうか?

 「漢」という字は古代中国の王朝名に使われており、その漢の時代に作られた文字だから漢字というのだ、と考えている人が世間には時々おられるが、それは大きな誤解である。

 いま私たちが見ることができる最も古い漢字は、紀元前千三00年あたりから使われていた「甲骨文字」や、それと同じくらい古い「金文」(青銅器の銘文に鋳〈い〉こまれた文字)である。

いっぽう、劉邦(りゅうほう)が宿敵項羽(こうう)を倒して中国を統一したのは紀元前二0二年のことだから、漢王朝ができる一千年以上も前から漢字は使われていた。

 だから「漢字」の「漢」が王朝の名前に由来するものではないのだが、それでは「漢」とはいったいなにかというと、それは実は民族の名前なのである。

 漢字の故郷である中国は、合計五十六の民族から構成される多民族国家であり、国内で使われている言語は決して一種類ではない。

例えば北朝鮮と中国との国境付近で中国側にいる人々は、中華人民共和国の国民だが、民族としては朝鮮族が多く、朝鮮族であれば日常的に朝鮮語を話している。

同じように内モンゴル自治区に暮らすモンゴル族の人々も、国籍としては中国人だが、日常的にはモンゴル語を使う。

いわゆるシルクロード地域や、西南の雲南省などでは多種多様の民族が入り混じって暮らしていて、そこでの言語事情はまことに複雑だが、各民族の人は基本的に自分たちの民族語を話している。

 このような多民族国家多言語国家に暮らす人々の中で人口が最も多いのが漢民族で、実に人口の九十五%を占めるという。

この漢民族が話す言語を「漢語」といい、その「漢語」を書くための文字を「漢字」というわけだ。


◆父さんコメント:
 テレビなどの放送で使われている言語は中国語ではなく、「マンダリン(北京語)」と呼ばれ標準語として中国政府が普及に努めている。

一方、広東省など南部地域で使われているのが「広東語」。
マンダリンと広東語は似て非なるもののようで、両者は話が通じない。

同じ漢族といっても話している言語は違うのである。
中国はひろい!

世界はもっとひろい!

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日経新聞 雑学「68年ぶり 大きな満月」=「スーパームーン」あす接近、次は18年後=

2016年11月14日 04時39分11秒 | 雑学
日経新聞 2016年11月13日(日) P.31 社会面
『68年ぶり 大きな満月』=あす接近、次は18年後=

 14日夜、満月が通常より大きく明るく見える「スーパームーン」になる。
国立天文台によると、1948年以来68年ぶりの大きさ。

今年最も小さく見えた満月(4月22日)に比べて直径は1.14倍、面積は3割ほど大きく、(明るさも3割ほど明るく=)なる。

 月は地球の周りを楕円軌道で回っており、スーパームーンは、月が地球に近づく日と満月のタイミングが重なるために起きる。

同天文台によると、地球と月の距離は平均約38万4400キロだが、14日夜には約35万6500キロまで近づく。

 接近時の距離は、太陽の重力の影響で毎年変わるが、ここまで近づくのは48年1月26日以来で、次は2034年になるという。

 気象庁の天気予報では、14年は全国的に曇りや雨の所が多い見込み。

 ただ、14日の前後でも月との距離は縮まっており、見た目の大きな月が楽しめる。

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日経新聞 雑学「朝鮮半島からの渡来人が文化、技術を持参した」=続日本紀=

2016年05月23日 09時17分18秒 | 雑学
日経新聞 2016年5月22日(日) P.1
連載コラム『春秋』

 色鮮やかな古代装束(しょうぞく)を身にまとった住民が練り歩く「にじのパレード」というイベントが、埼玉県日高市できょうある。

1300年前に朝鮮半島から渡来人(とらいじん)が移り住み、朝廷が高麗(こうらい)郡を設けたのにちなんだ催しだ。

きのうは小中学生が雅楽を演奏する記念式典があった。

▲7世紀後半に朝鮮半島で百済(くだら)と高句麗(こうくり)が相次いで滅び、多くの難民が日本を目指した。

朝廷は混乱を小さくしようと、これらの人が固まって住まないように腐心したそうだ。
続日本紀によれば、高麗郡に来たのは1799人。

分散させてこの数なのだから、総数はとてつもなく大きかったに違いない。
大難民時代である。

▲日本の名家の系譜をたどると、先祖は渡来人であることが少なくない。
鹿児島の島津氏はもとは惟宗(これむね)氏だったが、島津荘の代官を命じられて下向した。

後に地頭を任じられ、地名を名乗るようになったといわれる。

惟宗氏は応神天皇の時に渡来した秦氏の子孫であり、さかのぼれば秦(しん)の始皇帝にまで至るとの説もある。

▲欧州に押し寄せる難民の波は少しおさまった感があるが、夏場にまた増えるかもしれない。

26日からの伊勢志摩サミットでは難民対策も議論する見込みだが、世間の関心はいまいちだ。

自分だって渡来人かも、と思えば知らん顔もできまい。
日本の初の国宝の一つである宝冠弥勒(みろく)がある京都の広隆寺は秦氏の氏寺である。

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日経新聞 雑学「シャープ、台湾・鴻海精密傘下で再建へ」=ワンマン経営者・郭氏の思惑は?=

2016年04月02日 01時17分26秒 | 雑学
日経新聞 2016年4月1日(金) P.1
連載コラム『春秋』

 台湾では在来線鉄道の特急を「自強号」と呼ぶ。

1971年に国連を脱退したとき、蒋介石(しょうかいせき)総統が唱えたスローガン「荘敬自強 処変不驚」(状況の変化に驚かず、自らを強くせよ)に由来する言葉だという。

やわらかいイメージを好む日本の列車名とはずいぶん違う。

▲ちなみに急行は「莒光号(きょこうごう)」で、これは追い詰められた国がわずかな領土から巻き返した故事(こじ)による。

孤立を深めていた時代に、こうした標語は人々を大いに鼓舞したに違いない。

したたかな交渉で、ついにシャープ買収を決めた鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘氏が起業したのは74年。

その足跡は台湾の現代史に重なる。

▲テレビの部品生産で基礎を作り、電子機器の受託製造サービスに参入し、会社をあっという間に世界最大手に育てた。

何よりもスピード重視、トップダウンで即断即決、1日16時間働いて自家用ジェット機で地球を飛び回る……。

絵にかいたようなワンマン経営者と、日本的な老舗(しにせ)企業の組み合わせはどんな未来を開くか。

▲自強や莒光といった名は、近年できた新幹線には付いていない。
在来線にもソフトな愛称の列車が登場している。

民主化が進み、社会が成熟し、モーレツ型が変わりつつある台湾を物語っているのだろう。
郭氏に対しては、独裁ぶりや労務管理への批判も少なくないようだ。

熱きカリスマの挙措をしばし見定めるとしよう。


◆ことばのメモ:
 『挙措(きょそ)』
~立ち居ふるまい。 挙措を失う〔=取り乱す〕


●関連日経記事:2016年2月12日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 経営「シャープに見る企業再生の要諦」=経営共創基盤CEO 冨山 和彦氏=』(2月11日付)

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日経新聞 雑学『「塩」は戦略商品だった』=「『塩』の世界史」より=

2016年04月01日 06時04分00秒 | 雑学
日経新聞 2016年3月31日(木) P.1
連載コラム『春秋』

 「この魔法の万能薬を見つけさえすれば、魚があふれる北アメリカの海を無尽蔵の宝物庫に変えることができるのだ」。

大航海時代の探検家たちは競って求めた。
塩である。

フランス人は先住民から塩湖のありかを聞き出し、オランダ人は海辺に自力で製塩所を建てた。

▲米国の南北戦争でも塩が重要な役割を果たした。
潮の流入を差し止められた南軍は糧食の腐敗で空腹に苦しめられた。

いずれもマーク・カーランスキー著「『塩』の世界史」から引用した。

日本だと信玄と謙信の友情物語が思い出されるし、松の廊下の刃傷(にんじょう)の背景には浅野と吉良(きら)の製塩の技術の争奪戦があったとの指摘もある。

▲その塩が明日24年ぶりに値上げされる。
上げ幅はいっぺんに35%である。

かってならば米騒動ならぬ、塩騒動が起きかねない出来事だが、世の中の反応はそれなりに冷静のようだ。

デフレ脱却を目指す安倍政権にしてみれば、いつまでも値上がりしない商品は「物価の劣等生」である。

今回の値上げをさぞや喜んでいよう。

▲医学の祖ヒポクラテスは「日光は水の一番薄く軽い部分を引きつけ、かくして潮ができる」と書き残している。

我が家の食卓にある沖縄産の塩の製法もそれと大差ない。

いまはもっと簡単に作れるのだろうが、自然の力でうみ出された塩の方がなぜかおいしく感じる。

人と塩との長いつきあいが生んだ絆のせいだろうか。

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日経新聞 雑学「ウエポンパンツ」=オンワード樫山の広告 「モノ語り」 vol.7=

2016年03月20日 02時57分21秒 | 雑学
日経新聞 2016年3月19日(土) P.44 文化面
『オンワード樫山の広告から』=J.PRESS ORIGINALSの「モノ語り」 vol.7  「WEST POINT NEW AUTHENTIC PANTS」=

『第七回 ウエポンパンツ』=語り手 松浦弥太郎=


いつかの夏、タイムズスクエアを歩いていると、
肋骨(ろっこつ)飾りのついたグレーのジャケットに

眩(まぶ)しいくらいに真っ白なパンツをはいた、
若き男たちのセレモニーに出くわした。

一緒にいた友人によると、
彼らは、かのウエストポイント陸軍士官学校の

エリート士官候補生だという。

アメリカで最も歴史の古い士官学校として 
知られた同校は、ニューヨーク州北部にある。

OBには、アイゼンハワー大統領や
マッカーサー元帥、パットン将軍といった、

名士がずらりと並ぶ。

アメリカの歴史ともいえる質実剛健な校風が、
アイビーリーグに負けず劣らずの羨望(せんぼう)を集めている。

ウエストポイント陸軍士官学校。

僕は、威風堂々とした彼らの出(い)で立ちに、
アメリカン・トラディショナルの真髄を感じた。

J.PRESSの「ウエポンパンツ」は、
そんな彼らに支給される制服をベースにして、

製品化されたコットンパンツだ。

タフなツイル生地(きじ)とシルエットの美しさは、
まさに軍服の証(あか)しといえよう。

ここはあえて、カジュアルに着こなしてみてはどうだろう。
洗いざらしのボタンダウンシャツに、真っ白なスニーカー。

クタクタになったベースボールキャップなんか被(かぶ)ると、
東海岸のウイークエンドスタイルが出来上がる。

▲まつうら・やたろう
1965年東京生まれ。

『暮らしの手帖』編集長を経て、2015年4月にクックパッド株式会社入社。
『くらしのきほん』(kurashi-no-kihon.com)をスタート。

エッセイストとして新聞、雑誌の連載のほか、著書多数。


●父さんコメント:
『アイビーリーグ』


 アイビー・リーグ(英: Ivy League)とは、アメリカ合衆国北東部に所在する、世界屈指の名門私立大学8校からなる連盟である。

 ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、イェール大学の8校からなる。

 スポーツ・カンファレンスとしての歴史も持つが、現在では「東海岸のエリート私立大学群」の名称として使われることが多い。

各校は独自の特徴を持ち、学部合格率は6%〜14%といずれの大学への入学も最難関である。

=『Wikipedia』より抜粋=

『ニューヨーク州(英:New York)』
 五大湖を構成するエリー湖、オンタリオ湖の東に接する州でカナダ国境沿いに位置する。

州都はオールバニー(英:Albany)。
都市名のニューヨークとは場所が異なる。

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日経新聞 雑学「英・バルマカーンコート」==アンリ・カルティエ=ブレッソンが愛用==

2016年01月24日 04時04分05秒 | 雑学
日経新聞 2016年1月23日(土) P.44 文化面
『第五回 バルマカーンコート』=オンワード広告より=

『「モノ語り」 vol.5』=語り手 松浦弥太郎=


 スナップショットの名手で知られた、
 世界的な写真家アンリ・カルティエ=ブレッソン。

 三十年前の在りし日、京都旅行に同行した知人から、
 その素顔を知る貴重な話を聞いた。

 彼は、どこにいても立ち居振る舞いが、優雅で美しかった。
 目立つことを嫌い、いつも質素な装いであったが、
 工芸品のごとく上質なものを選ぶ、
 厳しい審美眼を持っていたという。

 「冬の京都では、バルマカーンコートを着て、
 ライカを肩にぶら下げていました」と知人は言った。

 バルマカーンコートとは、スコットランドの都市、
 インバーネス近郊の地名から名付けられた。

 英国の伝統的なコートである。
 小型カメラのライカと、バルマカーンコートの組み合わせ。

 ともに備え持つのは、質実剛健な優雅さだ。
 実に、アンリ・カルティエ=ブレッソンらしいと思った。

 「被写体を見つけると、いつの間にか、
 その間近に立っていて、
 小さな音でカチッとシャッターを切るから、
 誰も気づかないんです」と知人は言った。

 英国では、レインコートとしても着用されてきた
 バルマカーンコート。

 彼は、バルマカーンコートを着て、小雨の降る京都を歩き、
 たくさんのシャッターを切ったという。

 京都でどんな決定的瞬間と出会ったのだろうか。

▲まつうら・やたろう
1965年東京生まれ。

「暮らしの手帖」編集長を経て、2015年4月にクックパッド株式会社入社。
「くらしのきほん」(kurashi-no-kihon.com)をスタート。

エッセイストとして新聞、雑誌の連載のほか、著書多数。

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