日経新聞 海外メディア「個人情報の価値 考え直せ」=英・フィナンシャル・タイムズ ラナ・フォルーハー氏=

2017年09月22日 05時20分05秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年9月21日(木) P.6 オピニオン面
連載『英フィナンシャル・タイムズ』=It is what you know=

『個人情報の価値 考え直せ』=グローバル・ビジネス・コラムニスト ラナ・フォルーハー=
「IT大手に恩恵、巨額利益」


 このところ米IT(情報技術)大手が握る独占的な力を抑えようとする圧力が政治家や規制当局の間で高まっている。

 しかし、米連邦取引委員会(FTC)のオールハウゼン委員長代理は12日、ワシントンでの講演で、この動きに水を差す発言をした。

「技術がもたらすイノベーションは、明らかに消費者にとって恩恵がある。 その点を考えると、他の目的のために消費者の利益をないがしろにする方向を推す動きには懸念を覚える。 消費者の利益と相反する目的さえあるように思う」

 同氏の発言は、米国の過去40年間に上る反トラスト(独占禁止)政策に対する考え方を反映している。

「企業は、消費者のために価格を下げるのであれば、好きなだけ大きくなり、経済的にも政治的にも強い力を持ってよい」という考え方だ。

米グーグル、米フェイスブック(FB)、米アマゾン・ドット・コムなどIT大手は、この政策の恩恵を大いに受けてきた。

彼らは、検索結果から自費出版の仕組みまで、様々なサービスや製品を安価どころか無料で提供してきたからだ。


 だが、オールハウゼン氏は重要な点を見逃している。

我々が、これらのサービスへの対価をお金でなく情報で払っていると考えれば、それは決して無料ではない。

我々は、クレジットカード番号から商品の購入履歴、政治的選択、医療記録に至るまで、あらゆるデータをサービスの対価として提供している。

では、これらの個人情報は、どれほどの価値を持つのだろうか。

 個人情報の価値には今、経済学者から芸術家までが関心を強めている。

例えば2014年には、独ハンブルグで一種の芸術的作品として食料品店を組み合わせたような「ダーテンマルクト(データ市場)」という催しが開かれた。

そこでは果物の缶詰1缶がFBの写真5点で、トースト1パックが「いいね」8つといった形で販売された。

 要するに、個人情報に正確な値段をつけるなど、ほぼ不可能ということだ。

人が自分の情報を他人に渡そうとするかどうかは、情報提供を求める側がどんな提案をしてくるかで異なる。

また、個々人でその提案への受け止め方も異なるからだ。

 最近のある調査によると、ある大手IT関連企業が今後、「役に立つ」広告を表示するから、その引き換えにオンライン上の行動を追跡することに同意するかと利用者に尋ねたところ、8割が「ノー」と回答したという。

ところが、米マサチューセッツ工科大学と米スタンフォード大学の研究者が今年公表した別の調査では、電子メールのアドレス帳を丸ごと提供させることがいかに容易かが判明している。

同調査に参加した学生たちはピザ1枚無料で進呈するとの条件を提示されると、アドレス帳の提供に同意する率がぐっと高まったというのだ。

 これは単に市場のあるべき姿にすぎないとみる向きもあるだろう。

消費者は選択肢を与えられて、自ら選択したわけで、その点は我々が善しあしを判断すべき事柄ではない、と。

 
 しかし、後者の調査からも分かるように、企業は利用者に抵抗感なくデータを渡すよう誘導できる。

「政府も、接続事業者も、誰にもメールの内容を見られないようにする」技術で保護されていると告げ、多くの企業は容易にデータを入手している。

だが、実際には、暗号化技術はそうしたことは保証できないのが現実だ。


 要はビッグデータは、市場の競争をデータを保有するIT大手の側に決定的に有利に働くようにするということだ。

企業は個人の情報を吸い上げ、その情報を使って様々な手段でアプローチしてくるので、利用者の行動はそれらに影響される(編集注、例えば検索結果の上位に出てくるようになっている店を利用するといったことを指す)。

そして、IT各社はそのことでさらに利益を拡大させていく。

 いかなる企業も、これほどの力を持つのはおかしい。

健全な競争を阻害しているし、今までの資本主義の基本ルールを覆し、市場をゆがめている。

今のままでは市場の情報へのアクセスは平等とは言えない。
情報に対する対価という面でも透明性が確保されていない。

 世界で最も富を抱える複数のIT企業(例えばFBの今年4~6月期の営業利益率は47.2%だった)は、我々が簡単に手放している個人情報を使って好きなようにカネに換えている。

原材料(我々の情報)のコストはほぼゼロで、そうしたデータを使う飲食などの店や広告代理店に売ってカネを得る。

店の方は、そのコストを検索で見つけて来てくれた客が払うワイン1杯の値段に1ドル上乗せするなどの形で我々に転嫁している。

 IT各社は、他のあらゆる業界が取り組んでこなければならなかった企業責任といった規制をほぼ受けることなく、紙幣を刷る免許を手にしているようなものだ。

 これらの企業は、米コロンビア大学法科大学のティム・ウー教授の言葉を借りれば、人の注意を引くだけの商売をしている「アテンション・マーチャント」であって、革新的とはいえない。

経済学者も、IT企業による活動が生産性や国内総生産(GDP)に及ぼす影響をまだうまくはじき出せていない。

影響は大きいはずだ。

だが、そうだとしても、これらの企業が競合や新興企業を買収してのみ込むことで競争を阻み、21世紀の経済を自分たちに好ましいように作り替えようとするコストも計算に含めることが大切だ。


 FTCが何と言おうと、IT大手にとって今の基本的なルールを根本的に変え得る訴訟はどんどん増えている。

米国の独禁法が1890年のシャーマン法を字義通り捉えているのに対し、欧州連合(EU)はもっと広い視点からこの問題を捉えている。

彼らは、IT各社が経済全体を構成する消費者や既存企業、中小企業にどんな影響を与えているかを測ろうとしている。

 我々はもっと自分のデータの利用のされ方を管理する権利だけでなく、そのデータから生む出されるあらゆる経済的価値についても明確な権利を持つべきではないかと、筆者は考え始めている。

 知的財産が極めて高い価値を持つ時代に、個人情報に関する権利と価値を明確にする以外、データを活用する経済活動をどう評価するのかという計算はできないはずだ。

我々は、これまでとは異なり、情報というものが新たな”貨幣”となる全く新しい世界に生きている。

それが、勝者が総取りする社会にならないよう、経済の面でも、法律の面でも、政治の面でも、創造的に考えていく必要がある。

(9月18日付)

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 英フィナンシャル・タイムズのコラムや記事を翻訳し、月曜、木曜付で掲載します。
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●関連日経記事:2017年9月1日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 海外メディア『「いいとこ取り」の米IT』=ネットの監視役、責任は問われず=』(8月31日付)

●関連日経記事:2013年8月28日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 インターネット「米政府、どう情報収集」=企業から自動吸い上げ=』(2013年8月27日付)

●関連日経記事:2017年9月6日グー・ブログ「同上」投稿記事参照
 日経新聞 国際「IT巨人 膨らむ手元資金、日本の税収超す」=「世界企業」 日本の立ち位置 ②=』(9月5日付)

●関連日経記事
:2017年7月3日グー・ブログ「同上」投稿記事参照
 日経新聞 インターネット「欧州の新規制 施行迫る」=世界の個人データ保護 (上)=』(6月26日付)

●関連日経記事
:2017年2月10日グー・ブログ「同上」投稿記事参照
 日経新聞 開発「物流危機、製・配・販の連携で防げ」=米アマゾン「顧客第一」経営のすごさ=』(2月9日付)

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日経新聞 海外メディア「顔認証の進化、光と影生む」=英エコノミスト誌=

2017年09月14日 17時51分30秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年9月13日(水) オピニオン面
連載コラム『The Economist』=9月9日付=

『顔認証の進化、光と影生む』

 人間の顔というのは見事な作品だ。

驚異的なほど多様な顔立ちが存在するからお互いに見分けがつくのであり、それによる複雑な社会が築き上げられている。

しかも顔は、感情を伝達することもできる。
無意識にほほを赤らめることもあれば、策略として偽の笑顔を見せることもある。

人間は、起きている時間のほとんどを相手の顔を読み取ることに費やしている。

オフィスや法廷、バーや寝室などで、相手の行為や敵意、信頼や偽りを表情から判断している。

一方、自分の本心を偽ることにも多くの時間を費やしている。

 顔の表情を読み取る能力では、今や機械が急速に人間に近づきつつある。

米国の教会では礼拝の出席者を把握するために、英国の小売りは過去の万引き犯を見つけるために顔認証を利用している。

ウェールズでは今年、顔認証を使いサッカーの試合中のスタジアム近くで容疑者を逮捕するのに成功した。


中国では、配車サービスの運転手の身元を確認したり、観光客の娯楽施設への入場を認めたり、笑顔を画面に見せるだけで代金を支払えるようになっている。

 米アップルが12日に発表する新型「iPhone(アイフォーン)」は、顔認証でホーム画面のロックを解除できるという。

 
 人間が顔を認識する能力に比べれば、こうした進歩は微々たるものに思えるかもしれない。

確かに有人飛行やインターネットといった画期的な発明の方が、人間の能力を劇的に変える。

顔認証は、人間が持つ能力をデジタル化しているだけのようにも思える。

 人間の顔は個々人で異なるが、公開されているものなので、顔認証は一見、プライバシーを侵害するものとは感じられない。

だが、あまりコストをかけずに膨大な数の顔の画像を瞬時に記録し、保存し、分析できるようになれば、いずれプライバシーや公平性、信頼性などの概念を根本的に覆(くつがえ)すことになる。

 まずプライバシーの問題を考えよう。
顔認証が、指紋などの生態認証データと大きく違うのは、遠くからでも認識できる点だ。

携帯電話を持つ人なら誰でも、相手の写真を撮って顔認証プログラムに読み込ませられる。

ロシアの「ファインドフェイス」というアプリは、見知らぬ人の写真をSNS(交流サイト)「VKontakte(フ・コンタクテ)」に上がっている写真と比べ、70%の精度で本人を特定できるという。

 米フェイスブック(FB)が持つ膨大な写真データは誰でもアクセスできるわけではないが、例えばFBが自動車のショールームを訪れた客の写真を入手し、顔認証で特定した本人のページに車の広告を流すこともできる。

 民間企業が画像と身元を結び付けることができなくても、多くの場合、国家なら可能だ。

中国政府は、国民の顔写真のデータを保有しているし、米国では成人の半数の写真がデータベース化されており、米連邦捜査局(FBI)はこれらを利用することが許されている。

今や法執行機関は犯罪者を追うのに役立つ強力な武器を手にしているが、そのことは同時に市民のプライバシーに重大な危機が訪れていることを意味する。



 顔は単なる名札ではない。
名前以外にも膨大な情報を示しており、機械はそれらも読み取ることができる。

このことには利点もある。

例えば、アイドゥー・チェイニー症候群などのまれな遺伝的疾患を自動的に診断するために顔を分析している企業もある。

顔認証技術を使えば、通常よりもずっと早く疾患を見つけられるという。

また、人の感情を測定するシステムがあれば、自閉症の人にとって、認識しづらい社会的なシグナルが理解しやすくなるかもしれない。

 だが、この技術は脅威にもなりうる。

米スタンフォード大学が実施した研究によると、同性愛者の男性と異性愛者の男性の写真を見せたところ、アルゴリズムは本人の性的指向を81%の精度で言い当てたが、人間の判断による場合は61%にとどまったという。

同性愛が犯罪とされる国で、ソフトウエアで性的指向を顔から推測できるとなれば重大な問題をはらむ。

 そこまで乱暴な形でなくても、差別が日常化する可能性はある。
現在、すでに雇用主が偏見に基づき採用を却下することはあり得る。

だが顔認証があれば、そういった偏見が当たり前になり、企業はすべての応募者を人種だけでなく、顔に表れている知性や性的指向の兆候によってふるいにかけるようになるかもしれない。

ナイトクラブやスポーツの試合を行う施設では、入場者の顔をスキャンすることで暴力的な人物を見分けるよう要求されるようになるかもしれない(=欧州サッカーでは、試合会場で暴力行為を繰り返す集団「フーリガン」が大きな問題になっている)。

ただ、機械学習の性質上、顔認証システムというのは「その可能性がある」という確率しか示せない。

 しかも、そういった顔認証システムは、白人以外に対してマイナスに働きがちになる可能性がある。

というのも、白人の顔を中心とするデータで学習させられたアルゴリズムは、他の人種についてはうまく機能しないからだ。

こうしたバイアス(=偏向)は、裁判所で保釈や判決について判断を下す際の参考情報として使われているアルゴリズムによる自動評価にも表れている。


 人々の顔の映像が常に記録され、コンピューターによってそれらを活用したデータ分析が進み、実世界の生活に反映されるようになると、人間関係というものが本質的に変わってしまうかもしれない。

人間は、お互い相手の本当に考えていることを知ることができないからこそ、円滑に日常生活を送れているともいえる。

相手の話に関心がなく、こっそりあくびをした瞬間をパートナーに見つけられたり、イライラして顔をしかめた瞬間を上司にすべて把握されたりするようになったらどうなるかーー。

結婚生活や職場の人間関係は、裏表が一切ないものになるかもしれないが、円満ではなくなるだろう。

 しかも、人間関係は信頼に基づく約束の上に築かれたものではなくなってしまう。

そして、コンピューターが顔写真に結びつけた情報からはじき出したリスクと報酬の見積もりに基づいたものに変わるかもしれない

その場合、人間関係は合理的判断に基づくものになる一方で、何事もビジネスのようにプラスとマイナスで判断するようになってしまうだろう。

 少なくとも民主主義国家では、法律によって顔認証システムの利点と欠点のバランスを修正することはできる。

欧州連合(EU)では、規制当局が2018年5月に施行する一般データ保護規則(GDPR)の中で、顔認証も含む生態認証情報は、本人に帰属するものであり、使用には許諾が必要だとの原則を打ち出している。

つまり、FBが車のショールームの訪問客向けに広告を売ることは、米国では可能でも欧州では不可能ということだ。


 また、企業に採用の際に候補者の画像を精査することは、人種差別になるとして法律によって制限することもできるだろう。

ビジネス向けの顔認証システムを提供する企業に、意図せずして偏見を助長するようなことをしていないと証明するよう監査を受けることを求めてもいい。

とにかくこうした顔認証技術を利用する企業は、相応の責任を負うべきだ。
 
 ただ、こうした規則を導入しても、顔認証技術が進んでいる方向を変えることはできない。

ウエアラブル機器の普及でカメラは身近な存在になる一方だ。

顔写真を撮られても、画像データが明確にならないようにする特殊なサングラスをかける、あるいは特殊な化粧で顔認証システムを混乱させるなどの手当ては、すでに対策が講じられている。

英ケンブリッジ大学の研究で、偽装しても人工知能(AI)を使えば本来の顔を再現できることが証明されている。

 米グーグルは、非民主的な国家に悪用される恐れがあるとして、顔認証技術の利用には慎重な姿勢を示している。

だが、他の技術系企業は、顔認証技術が悪用されるかもしれない可能性をそれほど気にしていないようだ。

米アマゾン・ドット・コムや米マイクロソフトは自社のクラウドサービスを使い、顔認証システムを提供しているし、FBにとって顔認証は事業計画の中核をなしている。

 各国政府も顔認証のメリットを手放したくはないだろう。
したがって早晩、変化が訪れるのは必至だ。

この問題には正面から立ち向かうしかない。

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●関連日経記事:2016年5月10日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 インターネット『ネットで「忘れられる権利」』=個人情報削除 EUで確立=』(2016年5月9日付)

●関連日経記事:2012年9月30日グー・ブログ「同上」投稿記事参照
 日経新聞 インターネット「グーグルサイトの”消去してくれない”リスク」』(2012年9月28日付

●関連日経記事:2017年1月18日グー・ブログ「同上」投稿記事参照 
 日経新聞 開発『「プロファイリング」規制の動き』=EU来年導入/米も対策促す=』(1月16日付)

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日経新聞 海外メディア「読み間違いが招く 破局的危機」=英フィナンシャル・タイムズ チーフ・コメンテーター G・ラックマン氏=

2017年09月10日 09時17分42秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年9月7日(木) P.6 オピニオン面
連載コラム『It is what you know』

『誤算が招く 破局的危機』=チーフ・フォーリン・アフェアーズ・コメンテーター ギデオン・ラックマン=

 20世紀に起きた大きな戦争は、何らかの破滅的な誤算が誘因となって発生するとことが多かった。

 1914年、中立国ベルギーに侵攻したドイツは、英国が同国を守るために参戦してくるとは予想していなかった。

日本と米国も、互いに意図と対応を何度も読み違えた末、日本による真珠湾攻撃で開戦するに至った。

50年に始まった朝鮮戦争では、米国は中国が参戦してくるとは考えていなかった。

 このように誤算が戦争を招くことはあるわけで、まさに今日、似た脅威が朝鮮半島にも迫っている。

事態のカギを握る北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長と米国のトランプ大統領は、ともに何をしでかすか予測がつかない(=ボスの暴走に側近たちは止める術を持っていないことも共通している!)。

両者が互いの行動を読み違えた末に、破局的な結果に至るという危険性が今や現実味を帯びている。



 北朝鮮はあまりに閉鎖的な社会を築いているため、専門家でさえ同国が取る行動をどう解釈したらいいか苦労しているくらいだ。

金氏が高度な核兵器の開発を進めているのは、現体制の維持が狙いだとの見方がもっぱらだ。

金氏は、イラクのフセイン大統領やリビアのカダフィ大佐といった独裁者が自らの政権崩壊に至ったのは、核兵器を保有していなかったからだとみている。

したがって、核兵器を保有する以外に自分が生き残る道はないというのが彼の結論だろう。


 金氏がこう考えていることには、ある意味、安堵を覚える。
そう考えているのであれば、核による先制攻撃をする可能性は低いからだ。

しかし、金氏の行動を見ていると、核兵器を保有すれば先制攻撃はしないだろうという漠然とした安心感は裏切られる可能性がある、と考えざるを得ない側面もある。

というのも、もし核による抑止力が唯一の目的だとすれば、なぜ米国や日本、さらには中国までをも挑発する必要があるのかという疑問が生じるからだ。

 北朝鮮は9月3日、過去最大規模の核実験を実施した。
8月29日には日本の上空を横切る弾道ミサイルを発射した。

これらの行動は、抑止力を完成させるために、つまり米国に届く核ミサイルを保有するために必要なステップなのかもしれない。

しかし、金氏が挑発行為を重ねれば、米国は同氏を全く合理性を欠く人物、まさにトランプ氏が形容したように「核を持つ狂った人」だと結論づける可能性が高まる。

そうなれば、米政権内部で先制攻撃を正当化する意見が通りやすくなる。


 金氏にとって誤算となりかねないのは、米国の先制攻撃を招きかねない今のような挑発行為を重ねることで、トランプ氏が何をしでかすかわからないリスクを高めていることだ。

トランプ氏は、北朝鮮が米国の安全保障を危険にさらす核兵器を開発することは絶対に許さないという立場だ。

また、先制攻撃をも辞さないという趣旨の発言を何度も重ねており、8月8日には「北朝鮮は炎と怒りに直面するだろう」と記者団に語り、金氏を脅した。

 だが、北朝鮮をぎりぎりの駆け引きで抑え込もうとするこうしたトランプ氏の努力は、米国がそんなことをするはずがないとの見方からあまり効果を上げていない。

例えばトランプ氏の首席戦略官・上級顧問を8月に辞任したバノン氏は辞める前、北朝鮮を攻撃すれば、韓国が大規模な報復攻撃を受け数百万人もの犠牲者(=在韓米軍とその家族も含む)を出す恐れがあるため、米国が北朝鮮を攻撃することは不可能だと指摘している。

 北朝鮮による今回の過去最大の核実験に対するトランプ氏の対応も、米国の政策が危険なまでに混乱の度を深めつつある事態を悪化させている。

同氏は米韓の方針の一体性を強調するどころか3日、韓国政府の北朝鮮に対する姿勢を「融和的だ」と批判した。

加えて、同氏が米韓の自由貿易協定の破棄を積極的に検討しているとの報道もある。

これらの状況を前に、北朝鮮は自国の挑発行為が功を奏して、米韓同盟にくさびを打ち込むことに成功したと考える危険がある。



 また、トランプ氏がツイッターで4日、「米国は北朝鮮と経済関係がある国との貿易をすべて停止することを検討中だ」と表明したことも、きわめて重要な時期に米国の信頼性を傷つけた。

 額面通り解釈すれば、米国と中国という世界第1、第2の経済大国の貿易が停止することを意味し、それは世界経済を大混乱させることになる。

 トランプ氏のこうした脅し文句は、彼が貿易や国際関係についてあまりにも何も理解していないことを浮き彫りにしている。

また、同氏の頭の中で2つの考え方が入り乱れていることもうかがえる。

同氏の場合、本能的に保護主義的な政策を実施する方が、北朝鮮の核の脅威と戦うより大事だと考える可能性もある。

 米政権が相矛盾する様々なサインを発していることは、北朝鮮だけでなく韓国、中国、日本の政府までもが何かで誤算をする危険度を高めている。

北朝鮮の脅威が高まるなか、韓国としては通常なら自国の最大の保護者である米国と緊密に連携して動くはずだ。

しかし、文在寅(ムン・ジェイン)政権がもし最大のリスクは北朝鮮からの攻撃ではなく、トランプ氏が先制攻撃をしかける可能性だとう判断したら、韓国の行動は変わるだろう。

その場合、米政権と公的に決別することが合理的な選択肢となる可能性もある。

 中国政府も似たような複雑な判断を迫られている。

トランプ氏は繰り返し中国政府に対し、対北朝鮮政策について米国と歩調を合わせなければ単独でも軍事行動を取る用意があるとして、北朝鮮への経済的圧力を強めるよう働きかけてきた。

そのため中国も北朝鮮への制裁を強化し、トランプ氏をなだめようとしてきた。

 しかし中国としては、金氏が追い詰められた場合、どう出てくるかも考えざるを得ない。

金氏が、現体制が崩壊し、自らからの命も危ういとの見通しに直面したら、核による先制攻撃をする危険性は間違いなく高まる。

 こうした危険性に対処するのは、権力の座にあるのが経験を豊富に積んだ理性的な指導者であっても難しいだろう。

ところが今、判断を下すべきキーターソンは、しかるべき経験もなく切れやすい71歳のビジネスマン(=正確には「国際問題に全く疎い不動産業者」)と、粛清におびえ、こびへつらう取り巻きしかいない33歳の独裁者だ。


(9月5日付)

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●関連日経記事:2017年6月23日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 海外メディア「カタール断交 世界に損害」=英FTチーフ・コメンテーター ラックマン氏(6月22日付)

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日経新聞 海外メディア『「いいとこ取り」の米IT』=ネットの監視役、責任は問われず=

2017年09月01日 09時04分03秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年8月31日(木) P.6 オピニオン面
連載コラム『FINANCIAL TIMES』=It is what you know=

『「いいとこ取り」の米IT』=グローバル・ビジネス・コラムニスト ラナ・フォルーハー=
「ネットの監視役、責任は問われず」


 インターネットとは、「街の広場」のようなものだーー。

この考え方は、インターネットが一般的に広まり始めた1990年代半ば、様々なプラットフォームを提供するIT(情報技術)企業が積極的なロビー活動を展開して、広めた概念の一つだった。

 つまり、自分たちは他者の行動を「受動的に仲介する」だけであり、いろんな活動や思想を広めるが、その責任は一切負わないというものだ。

 自宅のガレージで掲示板やチャットルーム、初期の検索エンジンなどを発明した起業家たちには、それらを利用する人の行動を監視したり、その責任を負ったりする法的能力も経済力も以前はなかった。

彼らにそうしたことを要求することは、ネットの発展を妨害することを意味した。

 だが、あれから時代は一変した。

フェイスブック(FB)やグーグルなど米巨大IT企業は今や、私たちの行動をほぼすべて監視できるようになったばかりか、ネット空間の世界を取り締まる役目を精力的に努めるようになっている。

 
 8月12日に米バージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義者と反対派との衝突を受けて、FBやグーグル、ドメイン登録業者の米ゴーダディ、決済大手の米ペイパルは、右翼的な憎悪団体(ヘイトグループ)を自社サービスから排除するために様々な対策を取った。

 こうした対応については「ヘイトスピーチ」と「表現の自由」の対立をどうとらえるかで、称賛する人もいれば、逆に見る人もいるだろう。

だが、一連の騒ぎの中で見落とされているビジネス上の重要な問題がある。
 
それは、ウェブインフラを手がける米クラウドフレアのマシュー・プリンス最高経営責任者(CEO)の言葉によく表れている。

同社は自ら掲げる企業方針に反することになったが、世論の強い圧力を受け、右翼系サイト「デーリ-・ストーマー」へのサービス提供を停止した。

プリンス氏はその決断について、「朝目覚めたときの気分が悪かった。 考えた末、ネット上に存在を許されてはならないものがあると判断した。 だが本来は、誰もこうした権力を持つべきではないと思う」と語った。

 しかし実際には、大手IT各社はそれだけの権力を握っているのが実態だ。
それだけではない。

少なくとも米国では、そうした企業は法的にも特別な扱いを受け、他業界の企業が対処しなくてはならないあらゆる法的問題を回避している。

これは、世界で最も強力な業界に対し数十億ドルに上る補助金を与えているのに等しい。


 これを可能にしているのが、一般的にあまり知られていない米通信品位法(CDA)の230条だ。

 96年に成立したこの法律は、ユーザーが違法なコンテンツを載せたり違法行為を犯したりしても、IT各社はほぼ責任を問われることはないという免責条項だ(著作権侵害や連邦犯罪に該当するまれなケースについては一部例外がある)。

IT業界は近年、この230条を「免罪符」として維持するため、莫大な資金と労力を投じている。

 だが影響力を持つ政治家たちが、この法律に対し異議を唱えている。

米民主党のクレア・マカスキル氏と共和党のロブ・ポートマン氏が率いる上院議員の超党派グループは8月1日、230条の例外条項として、故意に性的人身売買を手助けするIT企業の責任を問う法案を提出した。

きっかけは、バック・ページ・ドット・コムという企業が金儲けの目的で、未成年の性的人身売買を可能にするプラットフォームを運営していたことが発覚したことだった。

  
 この法案は誰もが支持する内容に思えるが、IT各社とその関連業界のロビー団体は違う。

この法律が成立すればパンドラの箱が開き、これまで免責されてきたあらゆる法的責任を問われ始めるのではないかと恐れているのだ。

こられのロビー団体は法案が提出される何カ月も前から草稿のコピーを渡されていたが、修正を申し入れなかったという。

ポートマン議員の広報担当ケビン・スミス氏はこう話す。

「我々は法案作成に向け十分なっプロセスを踏み、党を超えてIT業界と何カ月も議論を重ねたが、建設的なフィードバックは一切得られなかった」

 IT業界は、230条の改正などあり得ないと主張し、代わりに刑法の厳罰化などを提案している。

グーグルやFBなどを代表する業界団体「インターネット・アソシエーション」の広報担当者ノア・セラン氏はこう述べている。

「ネット業界の誰もが、人身売買を阻止したいと考えている。 ただ、合法的なネットサービスの基礎となる法律を改正しなくても、それを実現する方法は多くあるはずだ」

 どうはいってもIT大手は、自分たちは「街の広場」だと主張する一方で、利用者たちのネット上での活動を検閲していることの矛盾に気付いている。


例えば、米非営利団体「電子フロンティア財団(EFF)」は最近、IT各社による検閲の危険性を懸念する声明を出している。

ネット業界は、もはや業界内の秩序を保つだけの能力も権利も持ち合わせていないということだ。

 今やIT大手はヘイトスピーチや偽ニュースをあおるだけの影響力をもつだけでなく、そうしたコンテンツがどこに掲載されていようと、いつでも自由に削除できる。

つまり、今のネットの世界は96年当時とは根本的に異なるわけで、従来とは根本的に異なるルールが必要になっているということだ。

 実際、いったいどんなルールが必要かという点を巡る議論はますます白熱している。

米フォーダム大学で法律を専門とするオリビエ・シルベイン准教授は、IT業界のビジネスモデルと影響力が変化し増大するとともに、法律も変わるべきだと指摘する。

 「IT大手が、自社の利益のために利用者に関してあらゆる情報を吸収できるよう力を入れているのに、230条の成立時に想定されていた免責という概念は、もはや今の状況に合致しない」。

同准教授はCDAについて「ウェブサービス業者が、自社のサービスを利用する第三者ユーザーのネット上における行動につてい免責されるのは、真に『受動的に仲介』の場合に限る」といった修正を加えるべきだとも提案している。

 規制当局や政治家は、この事態にもっと目を向けなければならない。
IT大手だけがいいとこ取りをするのは終わりにすべきだ。

(8月28日付)

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●関連日経記事:2017年8月25日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 海外メディア「バノン主義は衰えず」=英FT・チーフ・コメンテーター ギデオン・ラックマン氏=』(8月24日付)

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日経新聞 海外メディア「トランプ氏、人種差別主義者の元保安官に恩赦」=三権分立への攻撃=

2017年08月30日 07時06分52秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年8月29日(火) P.8 国際1面
連載『英フィナンシャル・タイムズ特約』=8月28日付、社説=

『トランプ氏、元保安官に恩赦』=三権分立への攻撃=

 ジョー・アルパイオ氏は、自分を国の法律よりも上に位置づけて名をはせた。

米アリゾナ州マリコパ郡の保安官としての24年間、同氏は被疑者への権利侵害と飽くなき自己宣伝で際立っていた。

「米国で最もタフな保安官」を自負し、屋外の拘置所を設置して多くの人を砂漠の熱暑の中に閉じ込めた。

2008年には裁判所の判事が、マリコパ郡の他の拘置所の環境は過酷で憲法違反にあたるとの判断を示した。

アルパイオ氏は不法滞在の疑いがあるとみなせばだれであろうと仰々しい「警護隊」ともに追いかけて身柄を拘束した。

 これが連邦当局と頻繁なもめ事につながり、しばしばマリコパ郡の納税者が多額の和解金や罰金を負担する結果になった。

11年には連邦判事がアルバイオ氏に対し、不法滞在している疑いがあるというだけで人々を拘束するのをやめるよう命令した。

この判事は13年、同郡の保安官事務所に中南米系住民を標的にすることを禁じる命令を下した。

 先月、アルパイオ氏は命令に従わなかったことで法廷侮辱罪の有罪判決を受けた。

トランプ大統領は先週、アルパイオ氏は「自分の仕事をして有罪判決を受けた」として恩赦を与えた。

米大統領は事実上、恩赦に無制限の権限を持つ。

トランプ氏の行動が際立っているのは、法執行官が公然と司法に逆らったことに報いている点だ。

これは、米国の制度の根本的原則である三権分立に対する攻撃だ。

トランプ氏の側近が米連邦捜査局(FRB)の捜査を受ける中、このことはより差し迫った問題になっている。

 トランプ氏の狭い視野で捉えると、この恩赦は依然として素晴らしい政策だ。
トランンプ氏が集会で恩赦をほのめかしたときには大歓声が沸き起こった。

バージニア州で白人至上主義者らと反対派が衝突した後のトランプ氏のコメントは、もはや疑いようのない同氏の基本戦略を物語る。

白人の怒りをかきたてることだ。

熱心な支持者を活気づける一方、大統領選で同氏に票を投じた、より広い層の支持を幾らか損なうだけで済む。

 トランプ主義を拒否している共和党員と保守派も多い。

共和党主流派は中南米系市民を取り込もうとしていたが、右寄りの社会観を持つ中南米系市民が多いことを考えると(=この判断は)理にかなっている。

共和党とこの重要な集団との関係に、トランプ氏がどれほど長期的な打撃を与えたのかはわからない。

中南米系市民はトランプ氏と共和党、保守主義と(トランプ支持者の=)ナショナリズムを区別するかもしれない。

他の共和党員は向こう見ずな大統領と距離を置き、違いをはっきりさせることで党に貢献できるだろう


●関連日経記事:2017年8月29日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 人物紹介「猜疑心の強い独善家、トランプ大統領」=パリ協定離脱と米国 (上)=』(7月24日付)

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日経新聞 海外メディア「バノン主義は衰えず」=英FT・チーフ・コメンテーター ギデオン・ラックマン氏=

2017年08月25日 16時36分00秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年8月24日(木) P.6 オピニオン面
連載コラム『FINANCIAL TIMES』=It is what you know=

『バノン主義は衰えず』=チーフ・フォーリン・アフェアーズ・コメンテーター ギデオン・ラックマン=
「格差・中国台頭……構造問題根深く」


 米リベラル派は、あれだけ対立してきただけに、スティーブ・バノン氏が米大統領首席戦略官・上級顧問を解任されたことで今後、寂しい思いをするだろう。

トランプ大統領はあまりに無知で、敵として満足に戦える相手ではない。


そうした中で、バノン氏は、「邪悪な天才」「偏見に満ちたイデオロギー信奉者」「策略の達人」「バノン大統領」などと呼ばれ、重要な役割を担ってきただけにリベラル派は彼の離脱で心にぽっかり穴が開いてしまった感じだろう。

 ただ、今回の辞任はどういう主張の人が勝利したのかはっきりとしない。
バノン氏の解任は、白人ナショナリストの敗北を意味するのだろうか。

だとすれば、トランプ氏を恐れ、嫌悪してきた人々は戦う目的を失ったということなのか。

 この点について、リベラル派はそんな風に思う必要はない。
バノン氏が象徴してきた脅威は、彼の離脱で消滅はしないからだ。

少し大げさな言い方をすると、その脅威は3つの戦争の危機に集約できる。
貿易戦争、内戦、そして世界戦争だ。

 バノン氏が政権を去ったからといって、これらの脅威が突然消えたわけではない。

というのも、バノン氏はその背景にある経済的、社会的、国際的な緊張関係をうまく利用こそしてきたが、それらを作り出した本人ではないからだ。

  
 ”バノン主義”が今後も存続し、恐らくさらに力を増すであろうことを理解するには、先の3つの戦争の脅威について1つずつ考える必要がある。

 バノン氏が解任されたのと時を同じくして、パトリック・ブキャナン氏など米保守派の論客は、「新たな内戦」の可能性について公然と警鐘を鳴らすようになった。

バノン氏は、ホワイトハウス内の白人ナショナリストを代表する存在と広く認識されていたため、彼が首になったことで、大統領が極右から距離を置くようになるのではないかとの期待が高まっている。

だが、その可能性は低い。

 この1年間、トランプ氏は自分の言動がどの程度まで許されるのか、主な論客より的確に見極めることに成功してきた。

バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義団体らと反対派が衝突した事件に対するトランプ氏の発言は、確かに多くの人を憤慨させた。

だが、彼はまたしても国民感情を正しく読み取っていたようだ。

米CBSテレビが最近実施した世論調査では、共和党支持の有権者の68%が、この騒動には「双方に責任がある」というトランプ氏の見方に賛同を示した。

 これは、過激なナチス支持者らが街頭で主張していたよりも白人の怒りがずっと幅広く、深いものであることを示している。

トランプ氏は今後もそうした怒りを自分に都合のいいようにうまく利用するだろう。
そして、そのことは米社会が今抱える亀裂をさらに深刻にするだろう。

内戦になる可能性は極めて低いが、政治的な二極化と、それに伴う暴動や国内テロの発生は避けられないだろう。


 バノン氏は「白人ナショナリスト」とみられることは恐らく拒絶するが、経済ナショナリストであることは否定しないだろう。

彼が首席戦略官として受ける最後のインタビューとなった米左派系メディア「アメリカン・プロスペクト」による取材で、米国はすでに中国と「経済戦争」を繰り広げていると発言した。

バノン氏の解任は、国家経済会議(NEC)委員長のゲーリー・コーン氏率いる「グローバリスト」の勝利を意味するといわれているが、様々な経済の長期的トレンドは、バノン氏が必要だと主張する経済ナショナリズムに勢いを与える根拠となっていくだろう。

 バノン氏が解任された19日、米政府は中国による米国の知的財産権の侵害について正式に調査を始めた。

調査には時間がかかるが、これが原因で米中対立が深刻になる危険は十分ある。

トランプ政権では、今なおバノン的な経済ナショナリストたちが貿易政策を主導しているからだ。

米通商代表部(USTR)のロバート・ライトハイザー代表は、中国の対米貿易黒字を「是正」する必要があるというトランプ氏の見解に同調している。

また、米国家通商会議を率いるピーター・ナバロ氏は、「中国がもたらす死」(未邦訳)の著者でもある。

 米国の保護主義者たちも勢力を増すだろう。
中国の産業政策により米主要産業が実際に脅かされているからだ。

中国政府が2015年に打ち出した「中国製造2025」は、特定企業に補助金を出すだけでなく、合弁設立の際に外国企業の出資比率を規制したり、中国で生産する場合の部品の現地調達率に数値目標を導入したりして、ハイテク産業の主要な分野で中国が優位に立つことを目指したものだ。

こうした中国の重商主義的政策に対しては、米国も大統領が誰であろうと同じく重商主義的な政策で対抗するだろう。

貿易に関しては、米民主党のバーニー・サンダース派でさえ、バノン氏と多くの点で考え方が共通している。


 最後に、武力戦争が起きる可能性も否めない。

これについては、バノン氏はこれまでの好戦的な言動とは裏腹に、じつは穏健派といえるかもしれない。

前出のインタビューで彼は、北朝鮮の核開発計画に対し、米国は先制攻撃も辞さないと公言するトランプ政権内のライバルたちを痛烈に批判している。

バノン氏はアフガニスタンへの米軍の増派にも反対していた。

トランプ氏とバノン氏が2人で推進したスローガン「米国第一主義」は、孤立主義に根差している。

そのためバノン氏は、自分の政敵であるグローバリストたちが望む広範囲な安全保障戦略をあまり支持する気がない。

 バノン氏が抜けたホワイトハウスでは、米国がイスラム過激派と激しい戦いを繰り広げている印象が弱まるかもしれない。

だが、一方で、かってのように中国、ロシアといった競合する大国への対決姿勢を復活させる可能性もある。

その場合、南シナ海や北朝鮮、ウクライナ、中東で衝突が発生する可能性は高まる。

 バノン氏のような賛否両論を招く人物に注目するのは確かに面白いが、格差の拡大や、白人の人口構成率の減少、中国の台頭など米国を不安定にする深い構造的問題が国内外に存在する。

だからこそバノン主義は、本人が表舞台を去っても今後も長く一定の勢いを確保するだろうと予想される。

(8月22日付)

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 英フィナンシャル・タイムズのコラムや記事を翻訳し、月曜、木曜付で掲載します。
電子版 ▼Web刊→FT

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日経新聞 海外メディア『中国「トランプ封じ」戦略』=バノン氏解任で成功=

2017年08月24日 10時38分56秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年8月23日(水) P.8 国際1面
連載『英フィナンシャル・タイムズ特約』=8月22日付=

『中国「トランプ封じ」戦略』=バノン氏解任で成功=

 スティーブン・バノン氏はトランプ米大統領の首席戦略官・上級顧問を解任される直前のインタビューで、米国は中国との間で、勝者がすべてを得る(=ゼロサムゲームのような)「経済戦争」を戦っているのだと表明した。

コーン国家経済会議委員長をはじめ、米国にとって地政学上の第1のライバルである中国を扱うのにより穏健な方法を求める他の当局者と毎日戦っているとも語った。

 バノン氏の突然の退場は中国政府の「トランプ封じ込め」戦略がこれまでのところ成功していることを暗示する。

それは幸運から大きな恩恵を受けている戦略でもある。

 中国の当局者は目下、トランプ氏が就任直後に環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を決定したことをはじめ、自らの幸運を信じることができないでいる。

中国政府が後になってTPP加盟を申請すれば、米政府は中国が1990年代後半に世界貿易機関(WTO)への加盟を認めて以来、中国市場を開放させる絶好の機会を得たことだろう。

 トランプ氏がTPP離脱を決定してから数カ月の間に脅威が次々に消え、中国の当局者は一層安心できるようになった。

大統領は、昨年12月の台湾の蔡英文総統との電話会談で示唆したのとは違い、「一つの中国」という(米国の)長年の立場を捨てなかった。

大統領は選挙遊説で約束したのとは違い、中国を「為替操作国」とは言明しなかった。

大統領は中国が知的財産を盗んでいるとの申立てについて調査を開始したかもしれないが、調査は1年くらい続く可能性がある。

 その結果、中国はトランプ氏に対する第1目標を達成した。

習近平政権2期目の始まりとなる今秋の中国共産党大会を前に、最重要貿易相手国とのいかなる経済的混乱も避けるということだ。

 中国政府は依然、ロス商務長官及びライトハイザー通商代表部代表と難しい対米貿易・投資交渉を続けなければならないが、少なくとも1年は続く対決に習氏は耐えることができる。

とりわけ、その能力と権威が週を追って衰えている米大統領に対しては。


●関連日経記事:2017年2月9日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 国際「バノン氏を米安保会議常任委員に抜てき」=過激 バノン氏 「右翼」「人種差別」「女性蔑視」=』(2月7日付)

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日経新聞 海外メディア「デジタル時代の小売業」=アマゾン一強の可能性=

2017年08月24日 03時15分50秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年8月22日(火) P.8 国際1面
連載『英フィナンシャル・タイムズ特約』=8月21日付、社説=

『デジタル時代の小売業』=アマゾン一強の可能性=

 アマゾンは従来の小売業のすべてを駆逐するだろう。

これは技術的、経済的な必然だ。

オンラインショッピングが実店舗での買い物に勝るものとなる中、アマゾンはオンラインでは規模がすべてであることを真っ先に認識したーーデジタル世界では従来の「規模の経済」が強力なネットワーク効果に補完されるということを。

そして、きわめて低い資本コストという強みが加わる。

 少なくとも、デジタル経済に熱を上げる人たちが書いたものを読めばこんな印象を受けそうだ。

一方、アマゾンの競合企業は、まだこの点を認めようとはしない。

独食料品ディスカウント販売チェーンのアルディは先週、米国でインスタカートと提携すると発表した。

同社は、ウーバーとエアビーアンドビーのビジネスモデルを食品宅配に応用した米シリコンバレーの企業で、店舗から家庭への食品配達に個人の車を手配している。

 アルディの抵抗は無駄なのか。

小売業の歴史は、時代の波を先導する会社が支配的な地位を確立する中で、新しい業態が従来の業態から成長と利益を吸い取る物語だ。

百貨店という業態が米シアーズを世界最大の小売業者にした。
大規模小売店という業態は米ウォルマートを小売業の世界最大手にした。

ネット通販はアマゾンを王者にしようとしているようだ。

 重要なのは、支配的地位にある会社の市場シェアを誇張しないことだ。

アマゾンは米国の電子商取引(EC)による小売市場の約2割を握っているが、ECはまだ米国の小売りの約1割を占めるにすぎない。

 小資本のウーバー型ビジネスモデルが低コストの配達につながり、アルディはアマゾンより優位に立てるのか。

そうなる理由は見いだしにくい。

第一にアマゾンは、その気になればいつでも同じビジネスモデルを取り入れることができる。

第二に、そのモデルがどの分野でも意味を成すかは全く定かでない。
当のウーバーでさえ巨額の赤字を出している。

 歴史は小売業での支配は限定的で、それも10年か20年しか続かないことを示唆している。

アマゾンのビジネスモデルは、その常識を変えるかもしれない。


●関連日経記事
:2017年7月31日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 インターネット「アマゾン、競争力強まる」=時価総額5000億ドル=』(7月28日付)

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日経新聞 海外メディア「トランプ氏切れぬ共和党」=英FT・コメンテーター E・ルース氏=

2017年08月22日 05時26分07秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年8月21日(月) P.7 オピニオン面
連載コラム『核心』

『トランプ氏切れぬ共和党』=英FT USコメンテーター エドワード・ルース=


 米国にとって最も現実的な脅威は北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長か、それとも自国のトランプ大統領か。

理屈上は明らかに金委員長だ。
ところが、米国の民主主義は常にトランプ氏の攻撃の射程圏内に置かれている。

 米国の最高司令官はネオナチをかばい、歴史上最も恐ろしいイデオロギーを擁護している。

本人がそれを理解していないとか、わかっていても気にしていないことは我々にはそれほど重要ではない。

問題は共和党がどうするかだ。

 発言をそのまま受け止めれば、党の重鎮(じゅうちん)は内心ではトランプ氏を解任したいと考えているようだ。

ライアン下院議長は「白人至上主義はぞっとする」とツイートした。

同氏はオバマ前大統領が提案した政策にはほぼすべて反対したが、オバマ氏が憎悪をあおる勢力を支持しているとまで言って批判することはなかった。

それならば当然、ライアン氏はトランプ氏が大統領にふさわしくないと考えているはずだ。
非公式の場では多くの共和党議員もそう答える。

だが、彼らはそれを行動に移すだろうか。

 まだその時ではないというのが答えだ。

マケイン上院議員のような例外もいるが、共和党は大統領に立ち向かう用意ができていない。

白人至上主義を明確に非難したライアン氏でさえ、トランプ氏を直接は批判しなかったし、党全国委員会の広報担当マッキーナニー氏に至っては「大統領は今日、再び憎悪を非難した。 我々は愛と一体感を訴える大統領を支持する!」とツイッターに投稿した。

 共和党は2つの点からトランプ氏を切れずにいる。
まず自己否定が必要なことだ。

大統領選でのトランプ氏の勝利は、いわば1960年代後半の「南部戦略」と呼ばれる党の選挙対策の帰結だ。

これは民主党を支持していた南部の保守的な白人を取り込むのが目的で、彼らへの呼びかけには特定の人だけに伝わる「犬笛」のような表現が使われた。


 共和党が長年、優位な州の大半は、何らかの形で有権者登録制度も変更している。

一部の市民の投票を妨害しようと一見、それとわからないような差別的な登録手続きが取られ、非白人有権者が極端に減少した。

トランプ氏は公然と差別的な手法を使っているだけだ。
同氏は共和党の選挙戦略が生み出した”怪物”といえる。

 もう一つの問題は恐怖心だ。

戦局の恣意的(しいてき)な線引きの結果、大半の候補者は相手政党より自身の党の候補に脅威を感じるようになった。

候補者同士で党の支持基盤の中でも最も忠実な層を奪い合うからだ。

世論調査ではトランプ氏の支持率は歴代大統領で最低だが、共和党の大半の有権者は依然、支持している。

同氏に異を唱えれば、(いまだにトランプ氏を支持している大半の民主党員の反発に遭い=)選挙で必ず報いを受けることを同党議員なら知っている。


 現実的な見方をすれば、共和党は来年の中間選挙て手痛い敗北を喫するまで、トランプ氏に厳しい態度をとらずにいるはずだ。

もっとも、同党が中間選挙で敗北すると決まったわけではない。
敗北したとしても、社会の根深い二極化が解消されるには、大敗でなければならない。

トランプ氏は恐らく(2期8年の=)任期を全うするだろう。

 それよりもっと懸念すべきは、米国の民主主義が市民社会の分断という形で崩壊へ向かっていることだ。

トランプ氏については、その恥ずべき行為が歴史に記憶されるのが確実となった。

(8月17日付)

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日経新聞 海外メディア「英BBC電子版、記事に課金検討」=CEO「広告収入の伸び見込めず」=

2017年08月14日 00時29分06秒 | 海外メディア
日経新聞 2017年8月11日(金) P.8  国際1面
『英BBC電子版、記事に課金検討』

『CEO「広告収入の伸び見込めず」』

 英BBCの電子版を運営するBBCグローバルニュース社のジム・イーガン最高経営責任者(CEO)は日本経済新聞の取材で、現在無料で公開している記事について「課金を検討している」と明らかにした。

広告収入の大幅な伸びが見込めないためという。

 BBC電子版は世界で月間約1億人が利用する。

課金の手段としては、記事ごとに数セント(数円)を徴収する「マイクロ課金」や、原則無料だが支援者が少額を支払う「メンバーシップ制」などが考えられるという。

有料会員しかアクセスできない「ペイウオール」式は「うまくいかない」と否定的だ。

 イーガン氏は従来、有料化の予定はないと話していた。

「より真剣に検討している」と方針が変わったのは、年間約1.1億ポンド(約160億円)の売上高の3分の2を占める広告収入が「これまでほど成長を見込めないことが分かったため」という。

 BBCグローバルニュースは英国外で電子版「BBC.Com」や国際ニュース放送を運営するBBCの商業部門。

受信料で支えられる英国内の公共放送と異なり、広告や放送料で稼ぐ独立採算の企業のため、独自の判断で課金も可能だ。

 コンテンツはBBC本体から提供を受け、自前の記者はわずかなど経営モデルは他の民間メディアより恵まれている。

だがイーガン氏は「質の高い報道にはコストがかかり、将来も収入のバランスをとるのは簡単ではない」と指摘した。

 ウェブやソーシャルメディア(SNS)で無料のニュース閲覧が広がるなか、報道事業の収益化は世界的な課題だ。

米ニューヨーク・タイムズなどが有料化で一定の成功を収めているとされるが、放送局系の電子版で課金モデルを導入すれば珍しい事例となる。

 英米などではニュースの配信を巡り、入り口となるフェイスブック、グーグルなどが広告収益の大半を得ていることへの報道機関の反発が強い。

イーガン氏はフェイスブックなどについて「非常に良い関係を築いており、我々の利用者増に貢献している」とする一方、「より公平性の高い分配は求めたい」と述べた。

▼英米の主な報道機関の電子版課金状況
【ニューヨーク・タイムズ】
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【ウォール・ストリート・ジャーナル】
 原則すべての記事が有料会員向け。 今年からグーグル検索経由の記事も有料化

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【タイムズ】
 原則すべての記事が有料会員向け

【ガーディアン】
 無料。 読者に対して年49ドル(約7000円)からの支援を呼びかけ

【BBC】
 無料


●関連日経記事
:2017年7月21日グー・ブログ「息子たちに読んで欲しい日経記事」投稿記事参照
 日経新聞 インターネット「米新聞、ネット2強に異議」=2000社、広告「寡占」巡り集団交渉訴え=』(7月20日付)

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