くろねこ写真館

退屈な毎日。
幸せな毎日。
大切な毎日。
写真を撮る。

みっちゃんの世界

2012-04-05 23:41:02 | Weblog
長女と一緒に歩く。

桜が咲いてるのを見て

『写真撮ろうか』
『とろう、とろう』

『つぎは、影とって』
『かげ?影撮っても…』

おや?確かに影も面白いかも

『ほら、みっちゃんとママの影もいっしょだよ』

キレイに咲いてる花にばかり目がいって
影なんて見てなかった。

スゴイなぁ、みっちゃん。
この世の中には、あなたの知らないことが
まだまだ、たくさんあるのに
それでも、色んなこと知ってるんだね。


世界を広げるって、こういうことかも。
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夕飯の準備

2011-11-22 16:16:44 | Weblog
”私の苦労も知らないで…”


なんて思って、次の瞬間、自分で吹き出してしまった。

そりゃ、そうだ。
私だって、他の誰かの苦労なんて知らない。
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もう一つの話…

2011-10-06 13:53:32 | Weblog
それまで、”フレデリック・バック”という人の人生なんて、知る由もなかった。

彼の人生がこの展示だけで語り尽くす事ができないことなんて百も承知だ。

それでも、この展示で知る限りの彼の人生は、
とても一途で、苦しい事も辛い事もすべてが前向きな創造力に変換されていくような、
不思議な魅力があった。

そして、もちろん彼の絵も、その作品が創り出す世界も。
しっかりとした意志を持ちながら、
それでいて主張し過ぎない、
見る人に寄り添うような、
そんな優しさのようなものを私は感じた。

久々に観た展示がフレデリック・バックで良かったと思う。

鑑賞中、私自身の色んな過去も思い出して、色んなことを思った。



中学生の時の絵の先生。
『ピカソは基礎がきちんとできていて、写実がものすごく優れているのよ。
だから、ああいう抽象的な絵が描けるの』
東京の人だった。油絵のプロで、縁あって福岡の人と再婚して、住んでいるというのに
全く博多弁は話さず、ドライでクールな女性で、当時、私は少し苦手だったけど、
振り返ればすごく素敵な人だった。


クラシック音楽と鈍行列車で一人旅をする事は、類似するものがあると思っていた自分。
こうして、一人で絵を鑑賞する事も、少し似ているかもしれない。


『紅の豚』が好きだった彼氏。
おそらく、フレデリック・バックの世界は好きだと思う。



私が知らないずっと昔を生きた人たちの情熱。


多くを考える必要がなく、好きに描いていた頃の自分。


などなどなど…。


鑑賞終了後、私は過去、自分がそうしていたのと同じように、ポストカードを買う事にした。
自分が気に入った絵が、ポストカードになっているとは限らない。
それが、本当に残念でならない。


一緒に展示を見る予定だった幼なじみに、せめてポストカードだけでも…、
と一瞬考えたけど、その思いはすぐに消え去った。

ポストカードとなって、今私の前にあるフレデリック・バックの絵を見て、別の人を思い出したからだ。
私は、数ある、でも少ない彼の作品の中から、私が感じた事が少しでも伝えられるような、
かつ私の好みで、おそらく相手も嫌いではないであろうと予測されるものを選んだ。


メールが3通も入っていた。すでに到着している様子だった。

『美術館に行く予定があるんだけど。』
『フレデリック・バックなら一緒に観たい。』
『じゃあ、一緒に』

結局、仕事の都合で観れず、美術館の前で待たされるはめになった。
今目の前にいる、フレデリック・バック展を観たがっていた彼より、
突然のインスピレーションで浮かんできた別の友達にポストカードを送る事に決めた私。

『ごめんね。』
と、久々に彼の顔を見て

”私って薄情だなあ”

と思いつつも

”まあ、これが私か”

なんて、思ったりして…。
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非日常と安堵

2011-10-06 00:18:01 | Weblog


日曜日、旧友との再会。


八年ぶりの再会に緊張しているのか
久々に子どもたちから離れることに新鮮味を感じているのか

なんだか、落ち着かない気持ちで電車に乗った。

こういうのを”いそいそ”っていうのかなぁ。


待ち合わせピッタリに美術館に到着した。
読みかけの本を開くとすぐに携帯電話がなって、仕事で遅れるというメッセージが。

予定が変わって、一人でフレデリック・バック展を鑑賞することになったけど、それは、返って私には好都合だった。

かなりの量の作品があるというのに、誰かと鑑賞のペースを合わせるのは正直キツイ。出口で落ち合おう、っと言うつもりだった。定刻に顔を合わせることがなくなって、拍子抜けはしたけど、言う手間は省けた。

『どの位で終わる?待ってようか⁇』なんて、気の効いた返信などせず
『了解』とだけ打って、私は彼に遠慮することなく、すぐに会場へ入った。

作品を観ながら、色んなことを思った。

気付けば、仕事を終えた彼が既に美術館に到着しており、結局、私が30分近く待たせた。

場所を移動してランチを食べた。

時には憧れ、時には腹が立った彼の人を諭すような喋り方が、今は懐かしく感じた。
彼は、いつも結果前向きな話を、早口で喋る。
私は変に説得されるのが嫌なので、少しでも自信がない話題についてはただ聞いてやり過ごす。

お互いの八年間のブランクについては殆ど話さず、今考えてることと、思い出話で時間が過ぎた。

幼い頃から知っているけど、詰めてしまえば僅かな時間だ。
長いようで、短い彼と私の歴史の中で、それなりの出来事があって、色々な議論を交わしてきた。

全てを通過してきて、今、これまでとは少し違う、穏やかな雰囲気は、私たちがそれぞれに時間を過ごしてきたから得られたものなのか。

だとすれば、私たち間には八年は必要な長さだったのかもしれない。

そして、私は30代になって初めて、年齢を重ねるのも悪くないなぁ、と思った。

彼がビールを4杯飲み、私は2杯飲んだ時点でランチは終了した。
店の前で、別れた。

友達は皆、私にエネルギーを与えてくれる。
帰りの電車で、一日を振り返りながら、他の友達のそれと同じように、彼から与えられたエネルギーに感謝をしていた。

家から最寄りの駅に着いて、いつもの見慣れた光景が飛び込んでくると、ものすごい勢いで安堵の感が押し寄せて、一気に疲れが出てきた。『外』へは極たまにしか足を運ばないせいだ。当初住むのを躊躇していたこの場所は、今や我が家のある場所なのだ。

この安堵もまた、私の癒しでありエネルギーになる。

対局にあるような、紙一重であるような、2つの力を感じた充実した一日だった。

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はじける

2011-08-29 00:55:03 | Weblog
朝、実が割れてるなぁ、って思ったのに
昼過ぎには、もう破裂していた。

夏、終わりかなぁ。

まだ、冷やし中華食べてないのに…。

適度な刺激やストレスは、脳に良いんだって。

日々、娘たちにイライラのツボを刺激されてるけど、それは意味ないか。

通勤経路を変えるとか、結構、良いみたいだけど、
私には通勤はないから、いつも朝一で回す洗濯機を回さないでみた。

家事から少しでも離れるのが、一番の変化かと思って。

でも、多分、通勤経路を変えるほどの効果はなかった。


あ、でも、みっちゃん、補助輪外せて、感激したよ。考えてみれば、子どもほど刺激的な生き物はいないよね。刺激されるのは、イライラだけじゃないしね。

夏が終わって秋が来るのも、また良いよね。
秋は美味しい。

おっ、結局、『わたしの生活』に帰するわけだ。

毎日、刺激的な日々を送りすぎて、麻痺したのか?


まあ、いいや。


洗濯は…ちゃんとやった方がいいね。

今週中に冷やし中華食べに行こう。
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