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Oroさんのつぶやき日誌  せっかくなので読まれる努力をすることにしました。このblogがご参考になりましたら応援お願いします




昨今、話題の貧困ビジネスに、行政による規制が自治体レベルで行われるらしい。
http://dailynews.yahoo.co.jp/iphone/domestic/welfare_allowance_reduction/?1281217919
上記で紹介した大阪府は、釜ヶ崎がとかく話題になるが、
生活保護の受給は群を抜いており、簡単に手に入る資料では、
東京23区よりも生活困窮者(路上生活者)が多いことになっているから、
資料の信憑性や東京での実態調査を穿うより、
とにかく深刻な状況にあることは間違いない。

さて、私の記憶が正しければ、大阪府における貧困ビジネス問題は、
何度か報道されている。
例えば、病院に貧困ビジネス関係者が待機しているだの、
病院自体も医療扶助に関わる申請を水増ししていたなどがあった。

そうした状況が発生した背景には、はるか昔の思想やら社会環境やらをもって
設計された生活保護という制度が、ここに至ってもなんら変化の兆しをみせない
ことに始まって(ちなみに、路上生活者に生活保護が適用されているのはかなり無理な
倫理解釈に他ならない実態)、あまりに多くの法的抜け穴とがある証拠で、
かつ、そうした理由や、それだけではない理由から行政の手が回っていない(向き合わない)
ことによるのは言うまでもない(論点が多すぎるので割愛する)

従って、行政が規制を設けようとするのは、解らない話どころか、
真剣に悩んでいる学者さんや、当のホームレス自信(大阪府ではない)も
現場レベルでのイザコザから、規制や行政による評価を望んでいたのが私の実感である。

ただ、私個人は安易な規制/制度化には反対で、結局、その制度基準をクリアすれば
何をしてもよくなるというお墨付きを与えかねず、むしろ、規制や制度があることで、
素晴らしいアイデアや住民による問題解決への参加などの余地が
少なくなるのではないかという懸念が理由である。

その証拠に、貧困ビジネスで最も話題となる無料低額宿泊所の開設は許認可が必要で、
彼らは立派に法令順守を謡っている。

ここで、大阪府の規制内容について改めて表面だけでも振り返ると、
僭越かもしれないが、実際は練られており、何かを阻害するという感も無く、
悪いところはないのだが、ピントがずれてる感じがする。

つまり、行政としてホームレスの居場所をどう確保し社会復帰率を上げさせ、
そのプロセスにおいて地域住民の理解や参加をどう得ていくか?
という本質が抜けている点である。

まさか、本気で国や自治体もしくは専門化が努力すれば、
貧困問題が解決すると思っているわけではないと思う。
(本気は取り組むという意味でも、思っているという意味でも)
ただでさえ多様な活き方/価値観が存在する現代日本において、
それがどれだけのコストを要し、また難しさを孕むかは自明である。
言い方は悪いかもしれないが、恐らく全くペイしない(費用対効果が得られない)だろう。

日本の貧困問題における自立と言う言葉の定義が難しいことを認めたとしても、
それをしないままに、なにを言ってもやっても対処療法にすぎない。
また、優先順位はあるにしても、住居や就労などの取り組みを
別個に論じた理想や机上の空論の結果を、現実は全く意に介さない。

かなり穿った見方をすれば、働かなくてなくて良い人が増え、どこかの地域に押し付け、
その人の自由になる金(ギャンブル、酒)が増えたところで、
おかしなNPOの懐に入らないという金の流れ以外は、
一般市民に良いことは何もないという時点で社会的改善に乏しい。

あるNPOの幹部は私に言ったことがあるが、
「我々は良くも悪くも必要悪で、彼らの資金を管理しなければ
社会復帰できない状況ならば管理する」、
と開き直りと言うよりは、真剣に語ったことがあるのも事実だ。
(知的障害者、精神障害者、アルコール/ギャンブル依存症など、
 これまでの福祉がお気ざりにし、その結果としての貧困者も少なからず居る)

そろそろ、まとめとなるが、地域や市民(敢えて日本国民と言わない)は、
貧困問題、もしくは社会的問題とされる事柄に、より関心持つべきだ。
これまでの政府や行政、または官僚の批判をすることは容易いが、
これからを考えていく上で、既に制度/資金/社会的に頼れないそれらに変わり、
自らが問題に関わり参加する以外に解決の方法はない様に思える。
少なくとも、批判し縮小を望んでおきながら、何かある度に政府/行政/官僚の
規制や働きを期待するのは筋違いである。

いづれにしても、遠くの火の粉だと思っていたものが、
目の前の劫火になってから運動するのでは、
大なり小なり、間に合わないか泣き寝入りするしかないことは
夕張市の例で明らかだが、それを許容することを許容したとは到底思われない。

せめて、そこに存在する社会問題(ここでは貧困問題)への対応に関して、
良し悪しを行政や自治体に一任せず自らが関与することで判断し、
文句を言うだけではなく参加して改善を図り、その結果を受容すべきだろう。
(極論すれば、地域毎に同一のNPOや取り組みへ賛否が分かれても問題はない。
 これだけ個人の多様な生き方が存在する社会において、社会問題にのみ、
 官僚組織的もしくはマスメディア的発想な画一的価値観が適用されなければ
 ならない理由はない)

また、これも他のNPOの幹部が私に言ったことがあるが、
NPOの運営でさえも民主主義的手法では合意に時間がかかるだけでなく、
総論賛成各論反対でうまく行かない。
住民参加と言うが理想にすぎないという批判を頂いたことがあるが、
では、永遠に政府/行政/官僚に頼るのか、それとも、過程はさておき言葉は悪いが、
結果としてワンマン、もしくは、独善的なNPOがそれに代わるというなら、
税金と言う他人の金を再配分する正当性をどこに拠るのか、とこの場で反論する。

日本は建前か本音は別にしても民主主義国家で、
多様な議論があり時間やコストが掛かっても民主主義の手法によって
問題が解決されるべきである(そもそもNPOと地域は予定調和ではない)。
その民主主義の解決手法として、今こそ住民参加や受け皿としてNPOという形態が求められていると
私は考えている。
これに付け加えるなら、古典的な言葉になるが、
市民のレベル以上の政治家は持ち得ない、それに尽きるのではないだろうか。


市民社会論
入山 映
明石書店

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【情報とは】
・おくり手とうけ手のあいだのコミュニケーションの内容をなす記号系列の相対
↓(任意のおくり手は必ずしも居ない)
・情報はあまねく存在する。世界そのものが情報である
情報の文明学 (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論新社

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・情報とは生物が世界と関係することで出現するもの
 (そもそもは量りようがない=小包みではない)
 →生物にとって価値や重要性のあるもの(敵、異性、食物・・・)=生命情報

ウェブ社会をどう生きるか (岩波新書)
西垣 通
岩波書店

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【本講義で扱う情報】
・機械情報(IT・・・情報理論[デジタルの世界]、情報通信理論)
↓(注:シャノンの定理)
→情報を量る、圧縮
→インターネット、通信技術(インフラ基盤等)
→ウェブサービス

・情報化と社会:(コミュニケーション手段として)ITの発達が社会にどのような影響をもたらしたか、または、今後もたらしていくのか

・情報(コミュニケーションも多義)という言葉を意識する

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非常に光栄なことに、情報化と社会の関係について、
講義を担当させて頂く事になった。

そこで、まずは言葉の定義をしっかりと考え、
いつも以上に真剣にとりまとめた・・・。

結果は非常に空回り・・・。
(いつもの事な気がする;-;)

聴衆の興味や個々の背景を見極めながら、
それに併せた講義を行う必要がある・・・と、
当然過ぎることを改めて深く反省した。

(言い訳)
半講義・半演習な感じで進めていますが、
40人超は想定していなかったです。

---下記、抜粋資料---
【社会とは】
「4つの定義条件」
1.成員相互のあいだに相互行為ないしコミュニケーション行為による意思疎通が行われていること
2.それらの相互行為ないしコミュニケーションが持続的に行われることによって社会関係が形成されていること
3.それらの人々がなんらかの度合いにおいてオーガナイズされていること
4.成員と非成員とを区別する境界が確定していること

・マクロ社会(ex:家族、学校、企業、官庁、都市、国家)→4条件を満たす
・準社会(ex:群集、市場、社会階層、民族)→部分的に条件を満たさない
・ミクロ社会(ex:伝統的行為、感情的行為、価値合理的行為、目的合理的行為→ウェーバー)→社会との関係における個人の内面的な行為・振る舞い
・広義の社会(社会科学・・・自然に対して人間が意思的な活動を通じて作り出したもの)
 →社会学では扱えない

「注:余談」社会学とは(筆者意訳)・・・
人間が現実社会の中で起こす様々な行為や現象を理解し、その経過や結果とを因果的に説明することを目的とした1つの手法であり、時間軸・空間軸によって様変わりする人間社会を紐解くには、手法(視点)の選択が必要で、手法によっては、得られる結論が異なることを理解する必要がある

社会学講義―人と社会の学 (中公新書)
富永 健一
中央公論社

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【本講義で扱う社会】
・かなり広い意味での社会(グローバル[人類?]社会)

・個々の影響と言う意味では特定社会の場合もある
 →軍隊、産業(市場)、国家
 →利便性を享受する(身の周りの)社会
 →個人の社会的行為・価値感

・その反面、情報化されていない社会(広義・狭義)も存在する
 (注)本講義で扱う「情報」を聞いた上で理解する

・社会と言う言葉を意識して用いていく(対象は何なのか?)

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情報機器やシステムを利用する中で、
意思決定の判断材料としてセキュリティを要素とする必要がある。

それは、拡張、現状維持、削減、いずれの場面であっても、
また、利便性を追求する際でも言える。

個人情報保護法をはじめ情報流出等の事件が新聞紙上を賑やかし、
ICT業界では殆ど当然、もしくは過敏な反応と言えるような情報セキュリティ対応が、
世間では対極の位置にあると言えるほど、あまり浸透していない。
(ICT業界ではNDAという単語が飛び交うのは当然として、
 PCを紛失すると首が飛ぶこともある)

その理由は個々の事業体における環境において、
自らに迫る危機(リスク)が何なのか認識できていないことに他ならない。
極論すれば、固有の危機から普遍的な危機まで曖昧・漠然としか認識されない、
もしくは、全く認識されない、最悪の場合はコスト面などから意図的に認識されないケースさえある。

「そこで教育ですよ!」とは反論の余地のない言葉だが、
危機を認識しないゆえに教育のニーズが存在しないため、
情報セキュリティに関する提案どころか、教育の提案さえ、
検討されないことが多々ある。

こうした状況においても、情報機器やネットワークを利用しない事業体は皆無に等しく、
結果として起こりうるPCの紛失や情報流出によって「三面記事になりました」、
という事柄について、当該事業体のTOPが責任をとり事業体の信頼を損ねる事になるが、
「なぜその対応をとっていないのか?」と問われるICT業者・システム部門関係者も不幸になり、
業務関係者や、信頼して情報を預けた側などからすれば大きな損害となる。

上記を鑑みれば、ICT業者・システム部門関係者は、
事業体のTOPなりマネージャー、もしくは責任ある立場の者が、
情報機器・情報システムに関する意思決定を行う都度、
情報セキュリティ上の危機を明示し、受容させる、
もしくは、回避・軽減・転嫁のために対応させていく必要がある。

そこで、堂々巡りの議論となるが、
そもそも危機を認識していない者、というよりは、
危機を危機として認識できない者に対して、
危機を明示しても理解されないことが危機となる。
(早口言葉ではない)

この負の循環を断ち切るために何ができるか?

問題が発生した際に発生する損害や
修正に関わるコスト(費用・時間・労力など)は莫大で、
かつ、必ず問題発生以前の状態に回復できるとも確約できないことから、
(流出した情報の回収・不正使用防止、
 損なわれた信頼、改ざんされたデータや情報機器・システム)
「予防原則」という言葉は環境のためだけにあるわけではなく、
程良い塩梅にバランスをとる必要はあっても、
ネット社会を生きていく上で、無視することのできない、
必ず取捨選択されるべき問題であり、かつ要素であることを、
今更ではあっても改めて提起する。


P.S:
問題が発生した際の対応規定や指針を策定することも重要である。

---
【関連リンク】
情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS) - Wikipedia
セキュリティ用語事典[ISMS]
ISMS - @IT
情報マネジメントシステム推進センター
ISMS | ISO27001|ICMS(国際マネジメントシステム認証機構)
個人情報の保護に関する法律 - Wikipedia
個人情報の保護に関する法律(首相官邸)
【内閣府】個人情報保護トップページ
プライバシーマーク - Wikipedia
プライバシーマーク制度
【日本情報処理開発協会(JIPDEC)ホームページ】TOP

秘密保持契約(NDA) - Wikipedia

予防原則 - Wikipedia
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MS Accessで顧客管理を行っている組織がある。

個人情報、入会、退会、顧客種別、入金記録の他に、
その組織固有の情報が管理されている。

これまで、何らかテーマを設けて統計・分析を行い、
結果に従った対応の実施を提案したが、実現していなかった。

私の関与が薄くなったある日、何かのキッカケで思い至ったのか、
経営のために詳細、かつ、定期的に情報を把握したいとの依頼を受けた。
(個人情報保護法に触れない数量、傾向情報として。為念)

Accessは私以外に使用出来ず、用意できる資金も少ないとのことで、
(1)欲しい情報を、PC初心者でもすぐに取り出せるようにしたい
(2)可能であれば、定期的に統計・解析したい
(3)上記の実現、もしくは手法・安価な市販ソフトを紹介して欲しい

これに対し、私の回答は次の通りであった。
(1)欲しい情報とは具体的に何で、どのように取り出したいのか?
(2)その情報を活用する為どの様な形で明示される必要があるのか?
(3)上記が解らない以上、私は期待に応えられない
   →市販ソフトも基準が解らず選定することができない

その後、先方様と、先方様は何が出来て何が出来ないか?
コンピュータで処理するとは何か?
現在のデータ(特に組織固有情報)をどう処理すべきか?
といった細かい話になり、そのまま平行線を辿った末に、
結局、同業他組織がどのように対応しているか調査するとの回答で、
それを薦めた(同業他社の対応方法が解っても、活用方法がないとも思ったが)

むしろ、喧嘩別れに近く、
先方様は、「労を惜しまない」とのことで、
手計算処理を実施しても良いと主張していたため、
(何をどう計算するか具体的には解らなかったが)
仮に1件1分で1,000件=1,000分を例示したが、
それでも実施を主張し、もはや実施することが目的に感じられた。

つまり、私は必要とする情報とは何で、
●個々が何を目的として、どのような加工を行い、どういった形で欲しいのか?
優先順位と費用対効果を考慮し、相談して欲しい旨を説得していたのだが、
理解は得られたのだろうか?

逆説的に言えば、先方様は、
コンピュータに情報蓄積すれば、簡単に様々な情報加工できる方法があり、
加工情報を用いれば、その中から必要な情報が見つかり、問題解決が図れる、
と信じている様だった。

実は、今回の物別れが気に掛かるのではなく、
この様な相談が直感として増えてきているように感じられることが主題である。

市販ソフト(パッケージ)であれ、開発することであれ、目的やニーズに従って、
「情報を収集・加工し利用すること」が最も重要な観点で、
その観点から、入力項目・機能・インターフェースなどが存在し、
そうした存在で問題解決が図れるからこそ、購入・システム構築され、
使用方法の全部または一部を勉強することになると思うのだが、
目的やニーズも不明なまま、考えられるもの(良いと思えるもの)を
用意し利用する、などということは非現実的に思えてならない。

しかし、こうした相談が増えていると感じるならば、
これまで以上に(当然これまでも努力はしているが)、
何らかの接点をお互いに見つけ無い限り、
私自身は近い将来、限界に直面するように思う。

コンピュータは魔法の道具ではない。
依頼者が期待する想いと、提供できるものとの距離をどう埋め理解を得ていくか?
それが問題である。

【注】
1.MS Accessによる顧客管理システムは、既に退職した当該組織の方が構築したもので、
  私が担当したのは、保守、改修、運用、業務要件に従った機能拡張である
2.マーケティングや、想定される課題解決の為にどのような情報を用意すれば何に役立つか、
  といったコンサル的な話は、今回の主テーマではなく、複雑化する恐れがあるため、行っていない
3.ICT業界では必然的な用語である、要件・設計・実装・運用・人月・教育、
  という概念は踏まえつつも、折衝の際には、顧客の言葉に直して直接は用いていない  
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IE8がWindowsUpdateで正式配布になり、
FireFoxよりも早いとか、Googleアプリとの
親和性が高まったと言われれば、
ビジネスの現場は導入を検討、
もしくは提案するのが、当然と言えば当然である。

これまで、とある顧客のPC群は
・IE8をWindowsUpdateでは「表示しない設定」
・ウイルスバスターは2008
にしていた。

IE8はいつもの不具合の様子をみるため、
ウイルスバスターはWebプロテクションが何かと面倒、
というよくある理由である。

ただ、これまでのところ個々にも、組み合わせてでも
目立った不具合がなさそうなので(2ch情報含む)、
テストがてら幾つかのPCに導入してみた。

【対象】
全PC機種違い

・HP デスクトップ 1台(有線)
・HP A4ノート   1台(無線)
・Panasonic Let'sNote CF-W5 1台(無線)

【手順】
(1)IE8をインストール
(2)設定と動作確認
(3)ウイルスバスター2009にアップグレード
(4)設定と確認

【結果】
手順2までは特に問題なし。
手順4の後、Let'sNoteの無線接続が停止

【症状】
★無線接続が今回の対象外PCも含め、
Let'sNoteで接続後、全切断される。
(想定できない不具合なんですが・・・)
★しばらくすると、無線接続が復帰するが、
直後に全切断される。
★有線が重くなる。

【調査】
(1)無線ルータの設定を見直す(問題なし)
(2)対象PCのNW設定を見直す(問題なし)
導入手順を逆にたどって、
(3)対象PCのWebプロテクションを全停止(改善せず)
(4)ウイルスバスター2009の機能を一個づつ止めていく(改善せず)
(5)ウイルスバスター2009を止めてみる
→Let'sNote止めたら改善する
(6)無線ルータのログを見る
→Let'sNoteがAttackかましてルータが止まってるがな!
(7)Let'sNoteのウイルスバスターを起動
→症状の再現を確認
(8)Let'sNoteを無線ルータの(無線を切って)有線に接続する
→症状は発生せず

【推測】
はっきりいって同設定を行った比較対照となるHPノートが
なんら問題ないため、Let'sNotが原因と断定。

しかし、要因は切り分けが難しい・・・。
A:ウイルスかなんかに感染してて、無線接続時に障害
B:ウイルスバスター2009とLet'sNoteの相性問題で意図せぬ無線動作
C:IE8とウイルスバスター2009とLet'sNoteの相性問題で意図せぬ無線動作
D:(B)(C)に絡んで無線ルータのファームウェアが古くて対応せず

【今後の対応】
ウイルスバスター2008に戻せば回復する見込みが高いので、そうするんですが、
●ウイルス等が存在しないこと
●ウイルスバスター2008でも、IE8のプロテクトが有効であること
●要因をはっきりさせないと、Let'sNoteで2度とウイルスバスター2009が使えない
●メーカー(トレンドマイクロ、Panasonic、Microsoft)に確認しないと、
 他のPCで同様の症例が出る可能性がある

というわけで、問題解決は当然として、
先は長そうです。

【結論】
わかっちゃいるけど、最新・初期ロットは、リスクあり。
身にしみているけど、機能や性能は、ソリューション選択肢の、ごく一部でしかない
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【危機感を持った議論に値する『文明崩壊』という本】
今年の夏は多くの記録を残す厳しい猛暑だったが、しかし、それだけで異常気象を証明することにはならない。気候は毎年なにかしらの変化を伴いつつ数年、あるいは数十年単位を経て、その傾向がはっきりする。
地球温暖化も同様で、今年の猛暑だけでそれを証明することにはならないが、来年が冷夏であっても否定されることはない。
現在、確実に言えることは、過去50年、100年単位での比較において、地球が温暖化したという事実である。

また、現状をもたらす要因は自然的なものと人為的なものがあり、特に人為的な要因は過去の積み重ねであって、少なくとも今年や去年の行為が結果の全てをもたらしているわけではない。
逆を言えば、今年の対策(の各々)が来年、どのように、どの程度、効果を表すのか断言することもできない。

科学は重要な判断材料であるが、万能でも、絶対的な未来予知能力を持たないことは当然である。
従って、現実との対比において、原因の正確性や不正確性を議論したり、無限に存在する環境の変数を追いかけることは、重要であっても現象の進行が待つことは無く、時には非生産的だと言える。
それよりも、一部の環境分野において取り上げられる『文明崩壊』をもとにした議論は注目するに値する。


【『文明崩壊』を基にして行われる3つの議論】
第一に、地球は有限のゼロサム社会であり、新しいフロンティアとして、革新技術や宇宙を期待することが、現時点ではできないのではないか、という議論。

第二に、かつて鎖国政策によって閉鎖社会であった、江戸時代の日本における自然との共生とい文化や持続の智恵が、昔に戻れという軽挙な話ではなく、なぜ軽んじられるようになったかを踏まえ、いかに現代に活かせるような新しい価値観や手法を生み出し、社会に広めていけるかと言う議論。

第三に、足るを知るといった概念が、抑制的で画一的な生活を強いるというよりも(極論される悪いイメージとしては社会・共産主義)、むしろ、多様な生き方や価値観をもたらすのではないかという議論である。


【あらゆる点でグローバル化した地球はもはやゼロサム社会なのか】
ゼロサム社会であるかどうかは大いに議論が必要であるが、少なくとも宇宙船地球号が物理的に有限であることは言うまでもない。

適切な例か否かは別にして、ゼロサムを解かり易く身近な例で言えば、冷房は室内の人間に快適な空間をもたらすが、外気温の上昇に繋がり、室外の人間が不快な思いをするだけでなく、場合によっては問題の先送り、もしくは悪循環に陥る。
また、一部の環境や社会的な側面を超え、大きな視点で言えば、現在の富裕層が一部の国や人種に偏って成り立っていることや、そうではなくても、地球人類の全てが現在の日本に近い水準の生活を送ろうと努力することは、環境や社会、あるいは誰かの我慢・提供・減退・犠牲によってしか成り立ちようが無いという現実である。

従って、環境破壊や資源の枯渇、もしくは様々な問題を解決する新しいフロンティアとして、技術・制度革新や宇宙開発をどの程度に信じた経済活動を続けていくかは、環境・社会とのバランスの取り方だけでなく、持続可能性の冗長性予防原則に直結した、リスクマネジメントにおけるトレードオフの議論と言える。

---
文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)
ジャレド・ダイアモンド,楡井 浩一
ISBN-10: 4794214642
ISBN-13: 978-4794214645
草思社

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 夕張市が破綻した騒動は今もって余韻を残しているが、その理由の一つとして我がまちの自治体も同様の結果に陥るのではないかという不安が頭をよぎっているのかもしれない。
 それを、かつての、そして現在の国や県、市町村の議員のせいにするのは自由ではあっても、選挙で選んだのは有権者である。
 また、その議員は各利権団体と繋がっていていることも公然の秘密であり、過度な陳情を行ったり、その恩恵に預かったことが全く無いというのも、苦しい言い訳である。
 なお、その当時(現在)、選挙権が無いのだから、公共サービスの劣化に文句を言う権利があると主張しても、そこで生活してきたのは、有権者である親のおかげである。
 さらに、役人のやっていること(裏金問題や無駄な支出)など解からなかったと言っても、箱物行政や談合という単語が著明な様に、大都会でもないのに、いくらなんでも綺麗な行政施設が立ち並び、工事が頻繁にあって、夜の街で羽振りの良い役人を見ていれば、これまた公然の秘密ではあっても、感づかなかったということは無いだろう。
(ちなみに行政の立案を実行に移すには議会の承認が必要で、さらに監督、管理責任も議員である)

 長々と自治体と市民の関係を記述したが、それを批判したり命題としたい訳ではなく、地方分権化が進む昨今において(その良し悪しもここでは省く)、窮状が明白となり、これまで通りとはいかない地方行政のあり方の中で、我がまちは如何にあるべきか、というのが本題である。
 もちろん、大金持ちなら裕福な自治体への引っ越しは可能で、もしくは、公共サービスの劣化は役人の気合と根性で挽回を期待するとか、そのままサービスの劣化と地方税の値上がりを我慢するということも選択肢にあるが、おおよそ現実的な話ではない。

 そもそも政府の失敗は、時代の変遷によって多様化した、市民のライフスタイルや社会環境を背景とする公共サービスのニーズに対応できないことも、その一つである。つまり、様々な公共ニーズの中間的、画一的サービスでは、市民の多くを満足させることは難しいということである(裕福な行政であれば、もちろんその幅も大きくなるが)。
 また、市場競争にさらされる企業が公共サービスを担いきれないのは、サービス受益者の資金力こそがサービスの優劣に直結することに他ならない上、市場の失敗と言われるように、さらに情報の非対称性がつきまとい、公平・公正の維持が難しいからである。
 
 そこで、市民の自助・互助努力によって、自らが必要とするサービスを提供しあう、新たな形の公共サービスの担い手としてNPOが期待された、いわゆる第三セクター論(市民社会論)が言われて久しい。
 また、米国などとは、国の成り立ちや公的セクターと市民の関係が違うと言われながらも、小さな政府論や、地方分権化と共に地方自治体の窮状が明らかになるにつれ、社会変革や公共の担い手として第三セクターへの期待が大きくなった。
しかし、日本のNPOは活動基盤が脆弱なままで、公的セクターに並びうるセクターとはお世辞にも言えない現状がある。
 その様な中で、我孫子市の実例を聞き、その先進的事例に驚いたのは事実である。

 第一に、早くから市役所が公共サービスの全てを担い続けることが難しいことを認知し、代わりにNPOに目をつけ、自立できるように支援したことである。
 きっかけは手賀沼と言う地縁であったかもしれない。しかし、NPOを支援することは、“NPOの活動がしやすくするための支援策”、“自治体の特定政策と関わりがない”として、それまでの全てを見直し(既得権益を廃し)、3年の期限を設定し、公募補助金制度を設け様々なミッションを持つNPOの自立を促したことに特徴がある。
 事業を行う上で、まずNPOとの協働ありき、もしくは、不確かな協働事業の定義のままに、受託金や助成金を拠出することは良く聞く話ではあっても、NPOを自立させることを、そもそもの目的とした話はあまり聞かない。
 
 第二に、安孫子市の協働の概念を確立させていることである。
 NPOと協働することを、“共通の目標を達成するために、自治体とNPOとが共に事業に取り組むこと”としている。
 つまり、NPOを安価な業者や、NPO支援のために事業を共に行うということではなく、事業を行うにあたっての専門家として、各々の自立性を背景に取り組むことを目的としている。これは第一に取り上げた議論の過程を経てこそ行える定義であると思われる。(行政は税金、NPOは民間資金)
 ここで最も特筆すべきは、“NPOと行政が、それぞれの事業を自分の責任で行いながら、共通の目標にむけて連携する”としていることにある。
 これまで、いくつかの自治体における行政とNPOの連携について知見を得る機会があったが、それは、補完しあう形の協働、市民の意見を中間支援NPO(市民)やまちづくり委員会を通して取りまとめたものを反映させる形、何れにしても事業の責任は行政にあった。
(何れの方式が良い、というわけではなく、恐らく地域に見合った形があると思われる。また、何れの場合も、自己利益誘導の要望型市民ではなく、税金の支払いとは別に、まち全体の利益を考えた提案と、実行に参加する参加型市民への転換が行われる必要がある)
 良くない事例としてあまりにも認知されている、とりあえず行政ができないならば慈善団体的NPO(自立している、実行できるかどうか別にして)、有識者と言う名を借りた特定の市民の認証を経た行政執行理由の担保化、声が大きい市民(一部の人権、宗教、政治団体や弾劾NPOなど)のごね得などとは、全く無縁ということである。
 また、議会は条例や議案の承認と審議を行い、行政は執行・措置・許認可と選別・立案・調査の機関、NPOは自治・自助・互助・提案の組織として、役割分担も明確である。
 なお、面白い点は、“NPOとの協働を実りあるものにするための7つの原則”であるが、その中にある、“「金」をだしたら「口」も出すこと”である。NPOが下請け、御用業者にならないよう自立性(ガバナンス)をいかに保っていくかは普遍的課題であるが、一方で特定政策事業における協働において、税金を渡し切りにする理由は、行政にも市民にも全く無く、安孫子市ではそもそも自立と責任を持った運営がNPOに求められている。

 第三に、公的セクターが持つ公共サービスの多くを、第二、第三セクターを問わず民間に競争入札を行ったことである。
 そのためには、公共サービスの公平・公正性を保ちつつ、民間が行った方が良いとする事業の選定や、要件定義、審査基準を策定、評価、産出物(Output)や成果(Outcome)の公表など多大な労力と難しさがある。
 しかし、税収減のまま、満足いく多様なサービスを提供・消費するだけのまちでは、立ち行かなくなることは想像に難くなく、新しい地方自治のあり方だと言える。
 また、NPOであっても特別扱いはしておらず、競合する組織や提案が増え倍率が高くなることによって、質も期待できる(安孫子市の市民満足度調査や、行政評価など、まだ手にできていませんが非常に興味があります)。
 なお、公的セクター人事の公募や、NPOへの派遣研修(専門家養成のため)も特筆すべきである。

 改めて、地方分権や地方自治体の窮状の問題を考察したとき、冒頭に書き連ねた様に、これまでの批判を論じることは幾らでも可能で、また、理想論を唱えることも容易い。
 そんな状況の中で、あらゆる事柄が右肩上がらない、日本史上初めての事態も重なり(それも一つの要因だと思われるが)、問題の把握や、責任の追及は大切なことかもしれない。
 しかし、安孫子市や、その他の成功事例の様に、様々な形で持続可能なまちづくりを既に実行し、どうして実行できたかその過程を学ぶことは、自らが住むまちについて、何ができて、何ができないかを考える上で重要である。
 一つのモデルが普遍性を持つとは思わない。そのまちがもつ、歴史、地理、人、行政、産業、規模、有形資産、価値観など社会資本・地域力(Social Capital)を持ち寄り、多くの新しい自治が誕生することを期待し、そうあるべきだと考える。(公共サービス普遍性の議論も、最低基準はあっても、全てが画一ではないと考える。)

 座して待つか、働きかけるか。
 日本国民は選挙が義務な様に、地域に住む市民も他人事ではなく、我がまちのあり方に参加(不参加と言う参加と結果の容認も含めて)していく必要がある。
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 NPO活動を行う際に、法人格の有無に関わらず、活動資源が乏しいことや、活動費用の負担の全てを受益者に求めることができないことは、直ぐに解かる。また、人的ネットワークを持つ、もしくは活かすと言っても、万人がいきなり用意、もしくは準備期間を持てるわけではない。
 しかし、社会変革を志す者は、裕福で時間に余裕があり、それなりのコネや運の持ち主であるとか、または、それらが無くても、成功に導くことができる特殊なスキルの持ち主が参加資格、ということにはならないだろう。
 併せて難しい問題は、そうではあっても、良いアイデアがあるだけでは、ミッションの達成どころか、そのために行われる事業の、ただの一つも実現しないということである。
 よって、ここからは自らの体験も踏まえ、NPOマネジメントに絶対必要な要件3点について考察する。

 第一に、頭の中にあるアイデアを文章化することである。まさしく、営業マンがPowerPoitを用いて顧客へ、説明や説得をするように。しかし、それでも不十分であると考える。
 いきなり、説明責任などと硬いことを言うわけではないが、むしろ、口頭やホワイトボードで突然に説明されても5W1Hが解からないだけでなく、期間や詳細費用、そして企画の中の優劣を導き出せず、一貫性も疑わしい。
 従って、その様な状態で多くの参加者を期待することが難しいだけでなく、役所や企業、もしくは助成団体と同じ交渉のテーブルにはつけない。
 また、見切り発車の結果(考えながら走ることが必ずしも悪いことではないが)、頭の中にどのような素晴しい到達点があっても、実行途中で周囲から誤った認識を受け、仲間内でも違った行動を取る者がでるかもしれない。また、自己改善の指標も策定できない。
 事業計画書やロジックモデル、またはSWOT分析など手法にこだわらず、文章と口頭、できれば絵も添えて、様々な手段でアイデアを明確に示すべきである。
(ネットワークもそうして積み重ねた説明と、事業の結果によって繋がるのではないだろうか?)

 第二に、参加者への役割を明確にすべきである。そして、第一の論点の作業を終えていなければ十分な意思表示は難しいだろう。
 NPOの活動・人的資源が乏しく、受益者に全てを求めることができないことは先述の通りである。従って、そうした資源を外部に、場合によっては無給(低給)で頼ることは想像に難くない。そこで重要となるのは、賃金の変わりに何を提供できるか、ということである。
 つまり、ここで言う役割とは大きく別けて2つあり、一つ目は、具体的な活動内容であり、二つ目は、活動内容に付随する社会的な意義(役割)や、社会へコミットすることで得られる充足感やスキル、もしくはそれを可能とする活動の中の視点などである。特に二つ目は、どのような立場の人間であれ、社会の中で生きている以上、全く無視できるものではなく、多少なりとも心揺さぶられるだろう
(CSRなど社会的潮流もあって)。
 ボランティアや、場合によってはインターンであっても無給であるが、その背景となるボランタリー精神は、(賃金ではないというだけで)全く見返りを求めないわけでない。
 昨今、一般求人と同様な形で無給スタッフを募集するNPOをよく見かけるが、悪い冗談にしか見えず、仮に参加した者が、NPO業界のリピーターとなるか極めて不安である。

 第三に、NPOを起ち上げる者は、NPO以外で生活する術を持つべきである。これは何も裕福なことが参加条件であるというよりも、NPOの事業を行いながら生活していく術や、NPOの事業が立ち行かない場合でも、生活できる術を持つということである。
 NPOが、公的機関(税金)や民間企業(私的資金)の業務を受託することが悪いと言っている訳ではない。NPOには中間的・一律的な公的サービスではできないこと、市場競争ではできないことを担う役割や可能性がある。
 しかし、この場合、安価な下請け業者や官製NPO化することを避けるため、それ相応に自立性(ガバナンス)を維持していくことや、特定の利害に捉われず理念や信念に従った運営を行っていくために、準備や用意、説明責任が義務となるが、果たしてそれを実行できていると胸を張れるNPOが幾つあるのだろうか?
 例えは悪いかもしれないが、①社会的に自立していない子供が、②自らが勝手に考えた人助けをするため、③親により多くの小遣いをねだり、④自らが必要と勝手に考える分だけ自らの懐に入れ、⑤余りの幾ばくかを自己満足の様に人助けへ使い、⑥親に内訳や評判・効果を説明しない、などということが許されて良いとは思わない。
 NPO法で分配上限は決まっていても、会計処理によって費用等への充当など、幾らかの加減は可能で、そもそも説明や、なんらかの手段によって評価されなければ使途不明で疑念が生まれても致し方が無い。
 NPOの取り扱う対象や範囲が概ね公共財や準公共財、もしくは社会的弱者であることは既知である。従って、疑念を払拭できなければ、社会問題や弱者をくいものにしていると言われるだろう。
 NPOに、清く正しく美しく、を求めるつもりは一切ない。しかし、やるべきこと、やれることについて分析し、理念の策定と具体的活動を決め、言動を一致させ、準備や用意、説明をするには、社会経験やNPO以外に社会で生きていく術、もしくは事業を起こす際に一般的である様に数年分の蓄え、といった余裕のあることが望ましい。

 上記3点は、できる人にしかできないこと、では決してないと私は考える。
 むしろ、社会変革や新たな公共の担い手として期待されるNPOではあっても、自己推薦でしかないことを認識する必要がある。そして、その存在を担保する手段は、第一セクターや第二セクターは勿論のこと、社会や市民、ステークホルダーのより多くの共感を得ることしかない。
 NPOの運営を志す者にとって、誰にでもできる参加条件として為されなければならない、NPOマネジメント上の必須要件であると考える。
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問い合わせが、あまりにも多いため掲載。
何かのご参考にして頂ければ幸いです。

【解凍・圧縮ソフト】
・「Lhaplus
ダブルクリックで、Zip、Lha形式のファイルが
デスクトップに自動解凍されるだけでなく、
ファイルやフォルダ上で右クリックすると表示されるメニューに、
「解凍」・「圧縮」が追加され、特に圧縮する時が便利です。

【Windows XP カスタマイズソフト】
・「窓の手
定番のWindowsレジストリ変更ツール。
(1)Windowsのバージョン表示
(2)アクティブデスクトップの無効化
(3)ログオン時にTempフォルダ内を削除
これだけでもかなり便利です。

・「Win高速化 XP+
操作が簡単で、かなりの改善が見込めるWindowsレジストリ変更ツール。
解説ページが簡単には見つからないぐらいに、日本語を読めば設定できます。
(*なんでもチェックすれば良いわけではないことに注意)

【Windows XP チューンナップ情報サイト】
・「あ!早い!と感じるWindows XP 高速化
より詳細に解説したWebサイト(ホームページ)。
ただし、よく解らない方はツールのみに頼ったほうが
安全かつ適度な設定ができます。

【セキュリティ対策ソフト】
・「Spybot1.4
定番のアンチスパイウェアソフト。
スパイウェア対策は下手な有料版よりこちらの方がより効果的で無料です。
うるさいアラームもありません。

・「Spybot1.4のインストール及び使用方法
上記ソフトのダウンロード、インストール、使用解説サイト

・「AVG Anti-Virus Free Edition 7.5
無料アンチウイルスソフト(個人版が無料)
ちなみに、メールもSSL対応(パケット設定)や、
チェックタイミングまで設定できるのでかなり便利。
もちろん、定義ファイルの自動アップデート(無料)や
全検索のスケジュールも可能です。
私はこれでのおかげで、ウイルスに感染したことがありません。
(とうとう日本語版がでましたね・・・)

・「ウイルス対策AVG
上記ソフトのダウンロード、インストール、使用解説サイト

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是非。

・「ホームレスの手記

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本日は終日雨。
天気に負けず劣らず日が悪い。

1.HDD破損
電源を切ることが殆ど無いデスクトップPCの調子が悪かった。
HDDのエラーチェック(修復)を行い、再起動後のログオン時に
いきなりシャットダウン。

その後、MPR.DLLとlsass.exeがおかしいと言い張り、
ログオン画面さえ出てこない。
もちろんセーフモードも全滅である。

2.バックアップ
こんなこともあろうかと、バックアップ用外付けHDDを購入したのは、
一昨日のことである。
しかし元々、スーパーマルチDVDが壊れていたため、
バックアップソフトが使用できず、箱から出すことさえしていなかった。
懐かしい、マーフィーの法則にハマる。

3.ショッピング
もてる手段で全くなす術が無いため、
最寄のPCショップに急ぐ。

3.1.スーパーマルチドライブ
単品バルクにするか動画編集ソフト付にするか悩むが、
動画編集や画像編集は頻度も低く、作業が発生してもなんとかなっていたので、
バルクにする。
しかし、ドライブ自身がインク無しのメディア印刷機能やら高速書き込みやら、
盛りだくさんの機能をもっているのにソフトが無いと活用できないことを、
取り付けてから気づく。

3.2.SATA内臓3.5インチHDD用の外付けUSB変換ケース
2.5インチ用の外付けケースは種類も多く安価なのに対し、
3.5インチ用はIDEでもSATAでも高価である。
また、IDEとSATA共用にいたっては選択肢が無い(OnleOne)。
なぜか、最も安価なこともあり、なんとなく購入。
しかし、ファンがついていないこともあり、アルミケースが非常に熱い。
キワモノ感が否めない。

3.3.交換用HDD
OSが壊れただけだ!HDDは壊れていないんだ!
などと、見たいモノしか見ずに、延期。
しかし、外付けケースでアクセスするも、chkdskはエラー満載で、
なによりもハングアップして正常終了しないから、
BADクラスタがあるのかどうかも解らない・・・。

3.4.WindowsXPというOS
OSのシステムファイルを書き換えるには、当然OSそのものが必要である。
しかし、最近のPCにはリカバリCDしか存在しない。
普通は迷わず購入するべきだが、たとえOEM版であっても数万円という金額は
これだけのために、いかがなものかと悩む。
データバックアップは必須で、
所持しているWin2000を代用して以前に成功したこともあり、
最悪でもリカバリすれば良いかと思い直し、購入をみおくる。
ただ、もしシステムファイルの書き換えだけで解決したのであれば、
バックアップや復旧のあまりに長い時間は無駄である。

4.ノートPCのUSB
ビジネス用PCで高性能である。
しかし、外付け化したHDDから、バックアップHDDへのデータ移行が
狂ったように遅い。
辟易してハードウェアデバイスをチェックすると、
ドライバがUSB1.0になっている・・・。
削除し更新しても認識は変わらず、もしやと思いBIOSを確認する。
当然の様に1.0設定になっていて2.0に戻す。

かつて2回ほど保障期間中に基板を燃やしたが(訳有りヘビーユース)、
修理に対抗したメーカーの嫌がらせに違いない・・・。

5.作業
一気に行うとHDDが不調のせいか、ハングアップするため
フォルダ毎にちまちま行う。

・お気に入り C:\Documents and Settings\%username%\Favorites
・デスクトップ C:\Documents and Settings\%username%\デスクトップ
・マイドキュメント C:\Documents and Settings\%username%\My Documents
・OutlookExpressのアドレス帳(ファイル名を書き換える必要有り)
 C:\Documents and Settings\%username%\Application Data\Microsoft\Address Book
上記は自らのプロファイルにあるフォルダをソックリ移行。
(初期設定であれば、コピーアンドペーストして自らのブラウザのアドレスに
 貼り付けるとそこへいきます。ブログでURL化すると空白が文字化けします)

・Outlook
そのまんまpstファイルを移行で問題なし。
C:\Documents and Settings\%username%\Local Settings\Application Data\Microsoft\Outlook

・OutlookExpress
正常起動している最中のバックアップは、メールソフト内のメールを
移行すれば良いという簡単ぶりだが、
起動しない場合は非常に厄介である。
プロファイル内の該当データはテキストしか残っておらず、
添付ファイルはInternetTempフォルダに謎の形式で存在する。

また、恐らく移行するだけで問題ないかとは思うが、
リカバリやOS再インストールをした場合の、
「SID」や「所有権」が微妙に気になる。

・Cookie
上記「SID」の関係でまともに動作するか不明。
Amazonとかの再設定が面倒くさい。
(動作したらしたで、セキュリティがヤヴァイと思う)

各プロファイルの中身や存在場所は後日また。

「SID」や「所有権」については気が向いたら書くでしょう。
ちなみにこれらはSEと呼ばれる職にはおそらく必須知識で、
管理者は「SID」や「所有権」を知らないままにWindowsサーバー上で、
ホームドライブ設定や移動プロファイルシステムを行うと致命的な結果になる。

また、通常のセキュリティ運用でもバックアップと復旧のためには欠かせない。
データとアクティブディレクトリ、できればシステムも一緒にバックアップしよう!
(というか、データだけのバックアップでは、
サーバーOSを復旧しユーザーを作り直してデータを戻した時、
悲しい結末を迎える)

解らない場合は、ワークグループかNASで代用。
もしくはLinuxサーバーにしようw
(そんな複数人環境の話は今回の役には全くたたないw)

6.リカバリとソフトウェアのインストール
夜は長い・・・。
むしろWindowsVistaと新Officeになる可能性が高い。
もちろん、HDDが生きていれば(涙

7.嫁さんが体調不良
帰って直ぐに寝込み、ここ最近にはない重症。
しかし、怪獣(我が子)は全く関係なく本領発揮。

8.明日、重要なプレゼンがあるのですが!
書き終えても、まだHDDは止まらない・・・・・・・・。

【追伸】
不良セクタ大量を確認。
思考停止。

CHKDSKのエラー修復が上手く行っていることを念じて、
フルバックアップして、明日、新HDDにデータを移行予定。

起動するのか!?

(23:49)
隅に寄せてあった灰皿につまづく。
物でごったがえす付近一帯の被害甚大@@;
泣きっ面に蜂。

先日、お土産に高級ケーキを買って、
帰ったら原形を留めない中身だったことを思い出したりと、
ここ最近の出来事に一人で怒ってみる・・・。

意味が無いことに気づくw

(24:10ごろ)
知人に要件が合って電話。
要件がスッキリ解決した上に、気晴らしとなる。

しかも、良い出来事があったことを思い出し、
気を取り直す。

(25:53)
仕事のメールに返信しながら、閃く。
フルバックアップして新HDDに全移行して、
もし起動時にエラーが出ても、そのエラーに対応すれば、
本件は完了するのではと。
明るい兆しが見えた!?

(26日05:00)
フルバックアップデーターを新HDDに移行。
起動時のエラーは解消されるが、ログオン時の強制再起動は解消せず。

FD版XPブートディスクをダウンロードの上、CDに加工して起動
回復コンソールでfixbootとfixmbrを実行しても解消せず。
memtestを組み込んで確認するもエラーなし。

XP起動時のデバックモードも機能せず。

XP起動時のシステム障害時強制再起動を停止。
ブルーバックにてC000021a Unknown Hard Errorエラーを確認。
(かなり致命的)

XP起動のログを取る。
XPブートCDで起動後にtypeコマンドでログの中身を確認すると、
OS標準を含めその他諸々のドライバロードに失敗していることが原因と判明。
C:\WINDOWS\ntbtlog.txt(普通は存在しない)

間違いなくシステムファイルが破損の上、
レジストリ情報も破損している。

一応の確認でリカバリを実行すると問題なくWindowsは動作。
全ては旧HDD上のデータに問題がある。

再度、フルバックアップデータを新HDDに戻した上で、
WinXpHomeを借りての上書きインストールも検討したが、
仮想デバイスなどのドライバ復旧が不明で、
起動してくれるか極めて怪しい。
また、レジストリ構成は不安定になるだろう。
(NTUser.datが正常ならば何とかなるかもしれないが・・・)

残念ながら近々には復旧ポイントを作成していないため、
コマンド打ちでtmp呼び出しのレジストリ書き換えも不可能。

むしろ、通常のデータファイルでさえ、
正常なままかどうかが疑わしい。

さて、次はどうするべきか・・・。
とりあえず寝ようw

(11:36)
見切る。

XpHomeの上書きを断念。
併せてWindowsVistaを見送る。

データの移行を開始。

とにかくソフトウェアのインストールがだるすぎる・・・。
むしろ何をインストールしたか、確認しないと思い出せない。
しかも、複雑怪奇な業務環境の再設定を考えるとさすがにめげる。

しかしここは、ポジティブシンキング@@;
HDDも新品で高性能。レジストリもスッキリするから高速化!

昨今はメーカーが販売する外付けHDDや、内臓HDDには、
便利なバックアップソフトや移行ソフトが付属する。

早期かつマメに対応するのが吉だろう。

end...
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CSR(企業の社会的責任)報告書を取りまとめ実行する人は、
万能かつ包括的な視点と知識を持ち、
それを具現化して、株主への背任と言われるどころか、
価値創造、顧客創出、ひいては技術革新、社内変革を促し、
新たなコーポレートブランドをも模索し、
社会にも環境にも貢献して自らの組織の持続可能性を助けることが出来るとしたら、
極めて高度な特殊スキルの持ち主と言えないだろうか・・・

それは冗談として、実際のところ、そんなことは無理なので、
恐らく自らの業務におけるステークホルダーを導き出し、
その方々に対する幾つかのテーマ設定と優先順位つけを行い、
説明と責任を果たすべく作成・実行しているだろう(と信じたい)。

しかし、CSR報告書と言えども、情報の非対称性がつきまとうため、
単なる免罪符か、企業・商品紹介書(真面目に作成したつもりでも
そのような物はある・・・)になる恐れからは逃れなれない。

第三者機関による評価も考えられるが、そもそも、その業界・企業の
専門家ではない人間がどこまでそれを可能とするかという疑問も拭えない。

また、日本という風土に見合った活動がなかったのか?
もしそうならば、その時々に存在する悪徳をしりぞけ、
なぜ多くの老舗企業が生き残れたのかという命題もでてくる。

堂々巡りな議論となってきたが、
ここは雑記の場所なので、これ以上は触れない。

[追伸]
昨年、とあるCSR報告書の評価を試みる集まりで、
Jリーグ(一部を除き1でも2でも)にスポンサーとして拠出することは、
文化振興への寄付として社会貢献の指標とみなすかいなかという議論がなされた。
(私が発議者ではない・・・念のため)
それは、(1)TVやラジオまたはインターネットのCMや、
同じスポーツでも野球と比べ、あまりにも露出度が低く、
広告効果が、それほどには見込めないことと、
(2)Jリーグのクラブ経営が地域密着型ということからであった。

結論は、4:6の割合で指標として扱わないことに決定したが、
それほどまでに僅差であったことは、
同じ物事でも、組織の中での位置づけや(理念)、
多角的な視点によって(アピールの仕方によって)、
いかようにも扱える(捉えられる)可能性と、
それ故に、企業の社会的責任に対する行為と理解の難しさが示された
一つの出来事の様に思う。

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