解脱を目指す人のブログ

自分なりに、解脱を目指すのです

Aさんとの記憶

2017-04-19 23:21:03 | 日記
解脱を目指すなんて他人には理解されないだろうなと自分でも思います。

そしておそらく無理だろう。

でも、目指さないのも心に反している。こういう苦しみを今後も延々と続けたくないという思いがあります。
輪廻転生を繰り返したくないんですね。

でもたぶん、繰り返すんですよね。

おそらく、自分の人生が順調に幸せに進んでいたら、自分ではどうにも出来ないことに見舞われたりしなければ、謎が生じなければ、神にも目を向けず解脱したいなんて思わなかったと思います。

だから解脱したいってのは苦しみや虚しさの裏返しなんですよね。

こんな事を願わずに済むのならそれは幸せな証拠で、一番よかったのではと思います。


だから時々無性に悲しく悔しくなることがあって泣いてしまうのです。

昨日も大泣きして、鼻かんで、鼻かんで丸めたティッシュを壁に投げつけたりして怒りをぶつけていました。

なんで自分だけこうなんだ。
なんでいつも自分だけ我慢したり許したりする側なんだ。
なんで欲深いわがままな奴の方が健康に幸せに生きてるんだよ!って。


普段こんなこと思ってないが、出てきたということは潜在的に、根っこの部分では確実に思っていた不平不満なんだろうな。


そうやって悔しくて泣いていたら、なんでか知らないけど、9年前に最後に会ってからもう会ってない、9年前の職場のAさんと食事していたときのヴィジョンが急に出てきた。


Aさんは私が21歳の頃の職場の人で、当時55歳とかそのくらいだったと思うけど、私を可愛がってくれた人だった。

そのAさんが職場を辞めるときに、(正確には、解雇だった)Aさんと二人だけでファミレスで食事をした。
その光景がなぜかパッと出てきた。

なんで忘れていたAさんが、一瞬その光景が出てきたのかわからず、その日は感情的になったまま頭痛と吐き気に見舞われて眠ってしまった。

朝、頭痛も治った頭で、Aさんとファミレスで食事したときのことを思い出していた。

そのときどういう会話をしたか思い出した。

Aさんはそのときどういう話の流れか、自分の過去の話をしてくれた。
Aさんは若い頃に離婚して、2人の子供を女手一つで育てたのだけど、息子さんが思春期の頃に病気になって車椅子生活になってしまった。
息子さんはしばらく、病気で車椅子生活になってしまったことで学校も楽しめず心が荒んでしまい、本当に大変だったらしい。

それでも今は、息子も病気も治って結婚して、私も新しいパートナーがいる、あのころの辛さに比べたら今はどうってことない、


そんな話をしてくれたことを思い出した。


それをハッと思い出したときに、

みんな見えないだけで、苦労してそれを乗り越えて生きてるんだよ
お前だけじゃない

っていう、神様のメッセージかと思った。


だって、Aさんとはその食事以来一度も会ってなくて、9年たった今、ほぼ思い出すこともなかったから。


ああ、不思議。

Aさんからそういう話を聞けたことも、私の財産だったんだと思った。

突然ぽけっとから出てきたドラえもんの道具みたい。


他人のことは見えないだけで、皆苦労して生きて、意識してなくても皆解脱に向かってることに違いはないんだろうな。



ありがとう、Aさん。



ひねくれず強く生きるべし!















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