シュンスケのほら穴

カゼノフクママ

迎える朝と来てしまった朝。

2017-11-27 07:21:57 | 考え方


なんかね。

この世界には絶対に変わらないものがあるけど、
逆に世の中のものは常に流れ、流動的で
混沌とした情報に惑わされながら
見つけた1つのモノは
シンプルだったりする。
それが一番の根っこだと気がついたり。

わかって初めて溶け合ったトキの中に生かされてるのかなとか感じる。


山に入る前はワクワクして、暗くなり臆病になって、個になった時 自分を見つめ直す時間が与えられ、自分の小ささに嘆き、いろんなことに感謝して幸せな気分になる。

色んなものをこの情報社会で耳にしたり見たりしてるけど、どうなんだろう。

知ってるようで本当は知らないのではないか。多分、未知で未知で知らないことだらけで。

「踊らされてない」とおもって生きてきたけど、すごく踊らされていて。
手のひらの上で もがいていて。

「今」の中に「昔のむかーし」が宿っていて。
その情報は情報社会からは外されていて。
でもね、知ってる人は知っていて。

昔の人が本当に伝えたかったことが
DNAが
体を震わす。
心がこれだこれだと喜ぶ。


やっぱり人間は傲慢で大切なものをすぐ忘れ自分勝手で、愛くるしいものなのだなとかおもったり。

そんな素晴らしい朝。

「おはよう。」

「おはよう。」

「おはよう。」
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

刷り込まれたもの。持ち続けていたもの。

2017-08-07 15:55:45 | 考え方


小さい時から「キツネ」が好きでいつも「キツネ」の絵を描いていました。

尻尾はフサフサ、耳は大きくて、顔がシュッとしてて、躍動感があるそんな狐が好きでした。その「キツネ」は灰色でした。
動物園でキツネをみても、これじゃないと言っていました。

子供の頃、祖母から、キツネは灰色ではないよ、黄色なんだよ。とか顔や体はもうちょっと小さいよ。とかいろいろ教えられました。

赤ずきんちゃんに出てくるのを灰色のオオカミの人間らしいいやらしい目を見て「違う」と泣いていました。

小学校に上がり、なぜキツネが好きなのか、全くわかりませんでした。
小さい動物よりも大きい動物の方が好きだったからです。それでも小さい頃の思いもあり、キツネが好きと言い続けていました。

その割にはお狐様の神社が怖くて行けなかったり、すごく自分の想いを不思議に思っていました。

今年の7月。ダンさんの元にオオカミの世話をしに行ってから、全てがつながりました。
幼稚園の頃や当時の記憶がよぎっては消え、よぎって消えフラッシュバックしました。
猛虎のフッサフッサの尻尾を見てわかったのです。

小さい頃に「キツネ」だと思っていたのはオオカミだったのです。全てが合点行きました。なぜキツネが好きになって行ったのかも。
当時、オオカミのグッツはほぼありませんでした。悪者としてイメージを刷り込まれ、売れなかったからかもしれません。
そんなこと知らない子供の頃の自分は、尻尾が大きくて先っぽが黒っぽくて、灰色っぽくて顔がかっこいいやつが好きと言っていたのを祖母がキツネにすり替えたのでした。
こっちの方がいいよ。可愛いよ。と言って。尻尾がフサフサしていたのと耳が大きいのもありオオカミを「キツネ」と思い込んでしまったのです。

そして成人するとインディアンの暮らし方に共感覚えるようになりました。そこにもオオカミが常にいました。

そして宗教戦争に興味を持ち調べてるうちに、無宗教だと思っていた自分の考え方は自然と共に生きる考え方で神道に近く草原に生きるモンゴル人の考え方に似ていると気づきました。そしてそこにもオオカミが必ずいました。

とってつけた文章になってしまいましたが、自分の人生にとってオオカミはおそらくすごく大切な動物でキーワードだと思いました。

指輪に刻んだ文字もオオカミの事が入っていたり、写真もオオカミのを使っていたり。

オオカミに会う前から俺の中でオオカミが生きていたのだと感じました。

そして本物に。。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

麒麟児

2017-07-09 23:08:52 | 考え方



昼間の日差しに隠れるように日陰の中で風に吹かれて眠る。風が吹き抜けて、心を軽くする。

色んなものが見えて情熱が冷めて他人事になって、もう何年だろう。前を見なくなってどれぐらいだったのだろう。

目を開いているとくだらないことだらけ。嫌になって、目を閉じて眠る。

でも眼を閉じて少し経つと知らないうちにその題材のことを考えていた。

眼を閉じるとそこにとても純粋な自分がいることに気付いた。

まだ生きていられる。この純粋な自分がいる限り。

眼を閉じたまま笑っていた。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

闇と光

2017-04-02 10:42:44 | 考え方



ヒトは火を起こすことにより人になった。

ヒトは動物なのに、異次元を作り出す文明 現代社会作り上げた。それはとてもすごいと思う。

ずっと思っていたことがある。
生態系中の捕食者は時間をかけて育っていく。被食者はすぐに立ち上がり食べられないよう走り回れるようになる。

ヒトはおかしくないだろうか。
生態系の中では確実に被食者の部類に入る。なんの武器もない弱い生物なのに、きちっと体が動くまでにかなりの年月が かかる。

自然の生態系の中にいない動物がヒトなのではないか。
と言うことは文明を手に入れて「自然の生態系」から抜け出し、ピラミットの頂点も底辺も人間という人間社会「ヒトだけの生態系」を作り出した。

ならばヒトは「自然の生態系」を管理しなくてはいけない使命があるのではないだろうか。文明を育てる知恵がある素晴らしいヒトと言う臆病で傲慢な動物が出来るとことはきちっとした「自然の生態系」に誘導する役目を持っているのではないだろうか。
そこにはじめて地球のルールにのっとった共存が生まれると思う。
間(あいだ)を取もつヒト。人間。なんじゃないかな。
とまぁ、これは後付けだなw


そんなことが浮かんで言葉に出来るようになった今日この頃。


p.s
霊長類の一番長く生きるオラウータンとかどうなんだろう。人と似ているのだろうか。人の祖先もあれほどの力があったのだろうか。。調べてみよう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

呼吸

2017-03-30 18:34:13 | 


人の領域
動物の領域
神の領域

そのトランジションにいるととても謙虚な気持ちになれる。自分のいつもいる場所とは違うから。


ピンと張った空気。緊張感。怖さと言うより共存していると言う感じ。

ヒトは動物を恐れるが故、闇を恐れ、火を灯し、朝日を待つ。

あたりまえだが動物たちは会話をしている。
野生動物は人間よりも空気が読める。


耳を澄まし、目を開く。

何が聞こえてくるのだろうか。

星を見て何を感じるのだろうか。

わかることは いつも 一つ。

「ちっぽけな存在だということ。」

それは言葉で言うと「生態系を感じる。」と言うこと。

だからこの星に感謝できる。
大事に出来る。
静寂と呼吸しながら。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加