pianon イルギ


イ・ジョンジェを筆頭に、

韓国男優にハマリ過ぎて睡眠不足の毎日…。

んが、楽し過ぎて止めれんドォ〜!

BBSのお知らせ

  コメント欄の代わりに、掲示板を作りました。

  ノルロワ〜!(遊びに来てネ〜!)    →  


遭遇した殿方たち…4

2012-05-04 | お出かけ
今年のGWは何かと出かける予定があり…
会う友達ごとに「旅行記はいつ終わるん?」と聞かれる。。。
だからとて、何よりも優先して取りかかるわけではなく、
やりたいこともたくさんあるので、つい他ごとに目がいってしまい…
またしても 明洞で出会った殿方たちをUPしたくなった。。。 

 画像はクリックすると大〜きくなります

「CHATELAINE」のコ・ス。
どんだけドアップでも男前は耐えれるんだネ〜


SPAOビル(eVERYSING@明洞も入ってます)シウォン&ドンヘ〜。
(下2人はソニョシデ ← グループ名で処理するな


おなじくSPA王 シウォン〜。


さらにSPA王のウニョク&リョウク、その他ソニョシデ


こちらはSPA王ビル内のSJ&ソニョシデ


「shoemarker」のヒョクちゃんはトップアスリート並みの筋肉なんやろナ〜。
ジョンジェにもスポーツ関係のCM出て欲しいナ〜。
「偏平足でも疲れず、デザイン性に優れたこの1足!」なんて。。。


明洞で見つけた超新星の「TALENT COSMETIC」。
この通りはズラ〜〜〜ッと男前の看板が並んでたから、
彼らを見て歩くだけで楽しかったワ


グンちゃんの「NATURE REPUBLIC」ってどんだけお店あるの?
至る所で見たような気がするワ
隣に並んでるのはジソプの「BEAUTE」だけど、
彼もたっくさん専属モデルしてるんだネ〜〜〜。




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ソウル4日目(3月15日) その1

2012-05-01 | お出かけ
3月15日(木)

朝から満腹っす(昨夜タイ焼き食べたから。。。
ちゅうことで、朝食はイチゴ牛乳です(Yさんはバナナ牛乳)


韓国ではバナナ牛乳が定番(?)ですが、我は飲めません。。。
1口、2口くらいならイケルけど、途中でギブアップしてしまいます。
(以前 ジョンジェも元カノとのプライベート?ショットで、
 バナナ牛乳飲んでましたナ…)



以前 どなたかが「バナナ牛乳は苦手だけどイチゴ牛乳なら飲める」と言ってたので、
今回挑戦してみたら… 
うみゃぁ〜〜〜〜〜
これなら残さず全部飲めます!こんなに美味しいんなら毎朝飲めば良かったワ。

さぁ、今日で旅行最終日となりました。
15時近くにはホテルを出なくてはいけないので急いで荷物をまとめ、
一旦フロントに預けることにとします。
んが、このホテル…、1日目の旅行記にも書いたけど、フロア内に階段があるんダス
ちゅ〜ことで、行きの数倍重くなったスーツケースを持ち上げ、階段を上ります
ヒーヒーハーハー言いながら上ってると 掃除のおばちゃんとすれ違い、
“ごめんなさいね”って顔で我らを見ておりました。。。
んが、そのアジュンマはお米の入ったボール?(炊飯器?)を浄水器にセットしてました。
どうやってお米を炊くんでしょ。。。
それともお米研ぎに来たんやろか。。。
でも、ナンでお米を持ち込んでるんでしょ。。。
そんなことより、なんで階段があるんだヨォーーーーー

今日は仁寺洞近辺を回るので、地下鉄で安国駅まで行きます
まだお店は営業してないので、先に『情事』ウイン(JJ)のおウチを 見学します

昌徳宮の東側城壁に沿って北に少し行くと…、あぁぁ、ココ ココ
ウイン達が密かにナニした あのお家は、今はというお店になってます。
 画像はクリックすると大〜きくなります
 
   左 : 『情事』のウイン宅@1998年 
   右 : 現在は
ウインがソヒョン(ミスク)を待ちながら寄りかかって立ってた門も健在ダス
 
                          


もう少し北上して左に曲がると、ソヒョンが最初にこの家を訪ねて来る時、
車を運転しながら「この辺かな〜」とキョロキョロした通りがありました。

昌徳宮の東側城壁まで来て右折し、暫く行った先の左手にウインが。。。
 

こちらが実際の映像をキャプったもの。
 

ソヒョンがウインに会うため上がったあの階段も…


そのまんまあったドォ〜〜〜  
 

そして2人がナニに励んだ あのゲーセン。。。


ウイン宅の斜め向かえ ↓ この一角かとは思うのですが、
ゲーセンはありませんでした(あれはセットとして作ったんかな?)
今は手前の雑貨屋さんになったのか?でも、位置からするとその奥の事務所なのか?ドッチ???


ゲーセンを探し、ウインの家の前に戻ると…、昌徳宮を観光するツアーバスで一杯デス  
アッと言う間に通りの両側はバスがビッシリ並びました。
もう10分ココに着くのが遅かったら、門どころか家の写真も撮れなったワ。
ギリギリセ〜フでした  

せっかく昌徳宮まで来たので…入口前で記念写真だけ撮った

 
左 : 先に道の片側が観光バスで埋まり…この後、両側ともバスが数珠つなぎとなった。
右 : 旅行中、Yさんと最初で最後の2ショット撮った昌徳宮前

まだ9:30を過ぎたところデス
朝食抜きで動いたせいか、ちょっとだけお腹が空いてきた。
仁寺洞のお店が開くまで お茶でも 飲んで休憩することにし、
Yさんが持参した「ミセス」で、この近くで伝統茶が飲めるトコを探すと、
1軒ありました。んが、10時開店です。
それまで北村韓屋村を散策するとします

坂道を上ってると、アチコチの路地からカメラ片手の観光客がたくさんやって来ます。
皆さんツアーで来てるのか?ってくらい人が集まって来ます(ほとんど日本人?)
A3サイズの日本語案内図も用意されてるくらいなので、ココは観光地なんですネ〜。
(観光地と縁のない旅行ばかりしてるからなぁ

 

我らはあまり奥まで進まず、そろそろ10時なので伝統茶のお店に戻ると…
開いてないジャン
お店にはミセス掲載時の案内や営業時間も書いてあるのにぃーーー
すると、ドコかから女性がやって来て「12時開店です」と。。。
あのサ、だったらミセスに訂正文 載せてよ〜。
…もぅイイ  
ドーしてもココでお茶飲みたいわけじゃないし(いや飲みたい…)
また12時にココまで来る気力も体力もないので、仁寺洞に行ってお茶することにします。

あのお茶屋さんをアテにしてたのに、さぁドコでお茶しよ。。。
調べてる時間もないので、以前何度か行ったことのある「伝統茶院」に行くことにした。

 



多分2人とも五味子茶を注文したと思う
(最終日ゆえ、体力と共に知力も限界に近付き…ナニ頼んだのか覚えてない
Yさんはお茶と一緒に頂いたユグァ(油菓)がお気に召したのか、
このあと仁寺洞で買ってたワ。
外はサックサク、中はお餅みたいに弾力あって美味しいもんネ〜



このお店は耕仁美術館の一角にあって、敷地内のギャラリーにはお祝いの花があった。

 

韓国ではよく見かける 米花輪 もあった( 右画像
袋の中は実際にはダミーのお米が入っていると以前聞いたことあるけど、
贈られた人はお米の代わりにお米券みたいなものを渡され、
それを食料品や医療品にして(多分)寄付するシステムみたいですネ。
(自分で召し上がる方もいるのかもしれませんが…)
お米の台には 寄付王のキム・ジャンフンがいました




4日目 その2に続く

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JJ&ウソン cine21 No.850 その2

2012-04-28 | イ・ジョンジェ


:『太陽はない』は当時2人とも20代半ばだった。
  すでに『ビート』と「砂時計」でお互いの名前を世に知らせた頃でもあった。
  当時、俳優としてどんな悩みがありましたか?
WS :その時は悩みというより、全てが新鮮で、全てを学ぶ時間だった。
  全体的に学んだので、演技に対する悩みが部分的でしかなかったかも、という後悔もある。
  さっきトチョルに申し訳なかったという話をしたのもそういうことが関係している。
  当時は演技自体が本当に楽しい時で、エネルギーにあふれ、前後関係なく楽しかった。
JJ :素直に言えば、20代では演技に対する悩みがあまりなかった。
  分別付くのは遅い方なのに、『太陽はない』で演技がこんなに面白いんだと初めて感じたが、
  他の現場では呼吸が合わない事もたまにあった。
  そのたびに“あぁ、これは仕事なんだ”という思いをまた感じた。
  そうこうしてるうちに20代後半、30代初めがすぐ過ぎた。
  役者とい仕事が楽しかったり、つまらなかったりした時期を送ったからこそ、
  初めて仕事が面白いという気がしたよ。今後は仕事をもっとするべきだという気がした。
  過ぎた日に後悔はないが、物足りなさはある。
WS : 映画界は当時イ・ジョンジェ、チョン・ウソンにもっと青春映画を提示すべきだった。
  ところがなかったじゃないか。 映画界の悩みはとても個人的で、
  自分達が持ってる財産を活用することが出来なかったようだ。
  惜しかったのは、20代を振り返ると、もっと多くの作品を作るべきだったのに、
  当時を思うと、果たして私ができる状況だったか、
  そういう作品を私たちに提示したかという気もする。
  もちろん当時の映画界は自己資本もなく、劣悪な時だったのだろうが。

‘ア、あの人は本当の男だ’



: 『太陽はない』以降も友情を持続できた原動力は何だと思う。
WS : “なぜそうしたのか”と疑問を投げる間もなく、本当に自然に関係が維持された。
  同性の友達同士でも無意識に惹かれることはあるじゃないか。
  また、私たちは同じ町内に住んでいて、生活圏が似ていた。
  それで時間が合えば「ジョンジェ氏、何してる。 お酒飲もうか」と言いながら会ったりした。
  そして同僚として、役者として、私が持ってない魅力を持った仲間を見るのは楽しく
  気持ちの良いことだった。

: お互いにどんな魅力を感じたか。
JJ : まず、本当に男前じゃないですか。
  ウソン氏が95年に<SBSスター賞>の新人演技賞を受けて壇上に上がった時、
  “あんなに背が高くてハンサムな人がいるのか。 韓国人なの?” (笑)
  そう第一印象が強かった。 そしてウソン氏の性格は多情多感だ。
  一方、私は少し痩せていて、嫌なものは嫌、好きなら好き、がはっきりしてる。
  このおじさんは“良ければ良い”と抱こうとするスタイル。
  私はそういうところが良かった。
  私が持ってない性格、似たい性格を持っているという点が。
WS : ジョンジェ氏も初めて会った時、今までの役者とは全く違うイメージだった。
  新人なのに新人らしくなく、役者の内面から出るオーラがあった。
  当時私達は若かったし、子供どうしで評価するのはおこがましいが、
  その年齢でも“ア、あの人は本当の男だ”という感じがしたし、
  成熟した男性像を醸し出し、魅力的だった。
  私がアウトサイダーで裏路地を飛び回るイメージだとすると、
  ジョンジェ氏はぴったりフィットしたスーツのイメージだ。
  もちろん「砂時計」の影響もあったが。その姿が本当によく似合ってた。
  ヨーロッパ俳優のような感じだった。

: 普段会うとどんな会話をするのか。
WS : 若い時は女の話をよくした(一同爆笑)
JJ : 今はテーマがとても多い。
WS : あらゆるライフ スタイルの話しをする。 人生、仕事、価値観…

: 頻繁に一緒に展示会や公演に行く姿が目撃されるが、好みもお互い共有しているのか。
WS : そうだ。 ジョンジェ氏は絵が好きで展示会を薦めてくれるので、
  自然に私も美術に関心を持つようになった。
JJ : 展示会に行くと、私よりもっと長い時間、念入りに作品を鑑賞する (笑)
  公演は私よりウソン氏の方がもっと見る。2人の好みが似ている。 ラッキーだ。
  趣味が違っていたら頻繁には会えないが、趣味も似ていて、好みも似ていて、
  話題が本当に多い。

: こんなに親しい仲なのに、先に結婚されるとさびしくないか(一同爆笑)
WS : どちらが先に行っても本当に良い!
  結婚するな と邪魔するのか。
  一人嗚咽して「行ってしまった!」と悲しむかと思っているのか(笑)
JJ : 良い人がいて欲しい、と お互いそう思うが、それも縁がなければ(笑)

: 『太陽はない』以後14年が過ぎた。
  その間、数多くの作品に出演し、年輪が重なる悩みはあるのか。
WS : むしろ悩みはなくなる。
  『太陽はない』の頃は、10年後がこんなに早く来るとは思わなかった。
  今は10年がすぐ過ぎるという事を知ったので、時間を充実して過ごす方法を探している。
  最近はなぜかまた新しく始めたい気持ちだ。
  作品にもっとまめに出るべきだという欲も出、漠然と考えていた演出も実現化してみようと思う。
  時間的に余裕があるわけではないが、時間を分けて使う方法が身についたようだ。
JJ : 私は数年前までは受けるキャラクターの年齢が私より高いという点に、
  正直、負担が多かった。
  分別つかない私は年より幼く、実際に年齢よりさらに高い役をしようとすると、
  しきりにどう作ろうかと考えるのが難しかった。
  以前はとても悩んだが、今は逆に配役に対する悩みは減っている。
  なぜ私たちを黙って放っておくんだ!

: 次回作はどんな作品ですか。
  ウソン氏は『男たちの挽歌・最終章』、ジョンジェ氏は『泥棒たち』と『新世界』なのか。
WS : 『男たちの挽歌・最終章』は以前から話はあったが、次の作品は韓国映画になるだろう。
  詳しくは話せないが、新しいキャラクターをお見せできるでしょう。
  今年の下半期から撮影に入ります。
JJ : 『泥棒たち』では悪党役だ。
  過去には裏切り者であり、大胆な物欲を自慢する人だ(笑)
  こうして話してみると『太陽はない』ホンギの成人バージョンだね。
  『新世界』では暴力組織に潜入した警察官を演じる。
  パク・フンジョン監督に聞くと「ストレスをすごく受ける、チンピラでもなければ
  警察でもない男の話し」だよ。
  考えてみると、チンピラの役を演じたことがないので、ウソン氏にこんな話しもした。
  「チャギヤ〜(あなた)、私、チンピラの役を一度もしたことないの。
   スタイルはどうしたら良い?キャラクターはどうしたら良い?」(笑)

: 2人が共演する作品を期待できないだろうか。
JJ : しなくちゃ。 するべきなのに。
WS : 映画界が正気でない(笑)
JJ : 14年間、なぜ私達を静かに放っておくのか分からない! (笑)
  また共演するなら『太陽はない』みたいなバーディー映画が良い。
WS : 私はもう少し愉快なトーンの映画にしたいんだけど。

: (同席したカメラマンが)ウソン氏が演出を、ジョンジェ氏が俳優を引き受ければどうか。
WS : (一同爆笑)皆が自爆してはいけないでしょ。
JJ : どこの会長・副会長が同じ飛行機に乗りますか(笑)
  1人が飛行機に乗ったら、1人は会社の責任を負わなくちゃ。
WS : 多様に活動するべきで、掘った井戸に一緒に入っていてはいけない(笑)
  ベースを作っておいて、次は一緒に作る方法を探してみよう。

後記
インタビューを終えた2人の俳優に次の行き先を尋ねた。
あるギャラリーでが主催するパーティーに一緒に参加することになりそうだ、
とチョン・ウソン氏が答えた。
見つめる道や思いが違っても、終局はダカーポ(初めに戻る)のように、
お互いのもとに戻ってしまう『太陽はない』のトチョルとホンギを思い出した。
トチョルとホンギがこの町に存在するのなら、
2人の俳優がそうであるように、お互いを忘れず、そのぬくもりで生きているのだろう。
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JJ&ウソン cine21 No.850 その1

2012-04-28 | イ・ジョンジェ
まだ旅行記の途中ではありますが (いつ終わるんジャイ
「Cine21」 No.850にジョンジェとウソン君の長〜〜〜いインタビューがUPされたので、
毎度のナンチャッテP子流で 訳してみたく思います


 奇跡のような友情
『太陽はない』から14年、チョン・ウソンとイ・ジョンジェ、その時その場所で



晴れた春の日の午後、チョン・ウソンとイ・ジョンジェが潜水橋を歩く。
のんびり潜水橋周辺を散歩していた人達が彼らを目撃し、
どぎまぎした表情で携帯電話を持ち出す。
人々の歓声とカメラの中でだけ存在しそうな2人のトップスターが、
最小限のスタッフだけを同行し、人影少ない潜水橋の上を歩いている風景は
まちがいなく超現実的だ。
14年前にも彼らは風が吹く潜水橋を歩いた。
ハワイアンシャツと光沢ある服を羽織り、頭を思いっきり反らし、
大声を出した『太陽はない』(1998)ポスターの中のトチョルとホンギの姿で。
ボクシングだけが人生の全てだった馬鹿正直なボクシング選手トチョル(チョン・ウソン)と
「人生は一発」と信じる興信所の職員ホンギ(イ・ジョンジェ)の友情を描いた『太陽はない』は、
26歳同士のウソンとジョンジェのまぶしい肉体と若さを封印した映画だった。
観客が路上のポスターをこっそり奪い、彼らの青春を得られると信じた頃、
『ビート』と「砂時計」で当代最高の新人俳優と指折り数えられた2人は、
互いが仲間以上の化学反応を感じていた。
1998年、トチョルとホンギとして一時期を共に過ごした彼らは、
映画撮影後も連絡し、友情を分かち合い、今では名実共に映画界の「親友」になった。
『太陽はない』は“二人の人生に素晴らしい贈り物となった映画だ”(チョン・ウソン)
そう回想する二人の再会は切なくて楽しかった。

: 『太陽はない』ポスターを撮影した潜水橋にまた来た感想は?
ウソン : 寒かった(笑)
ジョンジェ : あの時も寒かった。
ウソン : 冬に入る頃の撮影だったが、衣装が半袖なので風が吹く度に途方もなく寒かった事を思い出す。


 以下 WS=チョン・ウソン、JJ=イ・ジョンジェ

: こうしてまた会うのはいつ振り? 最近も会った?
WS : 昨日会った(笑)一緒にご飯食べた。
JJ : 特別な事がなければいつも会う。

: その友情は『太陽はない』の頃から始まったの?
WS : (頷き)以前は挨拶程度だけだった。
  初めて会ったのは1995年「SBSスター賞」の新人演技賞を一緒に受けた時だ。



シナリオとアドリブの間

: 当時ウソン氏は「アスファルト男」のカーレーサー ドンソクを、
  ジョンジェ氏は「砂時計」のボディーガード ジェヒを演じた。
  まさに当代最高の新人男優という評価を受けた時だ。
  そんな2人が映画で会うという期待は大きかったようだ。
WS : どうも撮影前に会った時とは違う感じだった。
  (共演する)初めての撮影という嬉しさ、私たちのペアがどうなるかと言う
  ときめきと好奇心、そして興味深さもあった。
  また、若かったので楽しくもあったし。
JJ : 2時間ずっと2人の場面が多い映画だから、周りからもっと親しくなれ、
  親しくならなければならないと言われた。 私達も互いに親しくなろうと努力したが、
  当時はウソン氏も私も口数が少なかった。
  気持ちはあるが、その気持ちを正確に伝える表現力が足りなかった。
WS : 表現する必要性を感じなかった。
JJ : 周りから親しくなれと言われ、本人も親しくならなければと感じると、
  撮影前に酒の席を何度も持った。 ところが2人とも口数が本当に少ない。
  30分間「もう一杯」、「はい」、と乾杯し、また黙って「大丈夫ですか?」と尋ねる(一同爆笑)
  数時間そうやってお酒を飲んだ。 しかし全然平気だ。 珍しいことだ。
  お互い会話がなければ気まずくて無駄話をするのに、そうしなくても気楽だった。
WS : 私の立場では『太陽はない』は『ビート』チームがまた集まって作った映画なので、
  ジョンジェ氏が入って他のチームと合流した、という感じになってはいけないと思った。
  お客さんのような感じではなく、同じチームにならなければいけない。
  そういう点に神経を使った。

: 『太陽はない』は完全にトチョルとホンギというキャラクターに依存する映画だった。
  現場では役に対する悩みがあったか。
WS : お互いのキャラクターに対する話をしたことはない。
  ところが、当時キム・ソンス監督が撮影していて不意に「ホンギはなぜそうするんだ?」
  「トチョルはなぜそうするんだ?」と、俳優に尋ねることが多かった。
  それで俳優がアイディアを出す余地が多かった。
  なのでどんな場面でも、私のキャラクターだけに執着するより、
  ホンギのシーンでも、もっと面白いアイディアがあれば互いに相談し、
  アイディアを映画に反映したりした。
JJ : ほとんどのシーンをそうして撮った。
WS : ホンギが夏に車のヒーターをねじったシーンを思い出すよ。
JJ : 「ホンギをこうして閉じ込めておけ」と、
  このおじさん(ウソン)が設定したシーンだ。
WS : イ・ボムス氏のおかっぱ頭への台詞も私たちのアドリブだった。
JJ : 「運の悪い奴、おばちゃんの頭して…」という台詞だった。
 JJがウソンのこと「イ アジョッシ」(このオッサン)って言うたで〜
   (どんなに長い付き合いでも、ウソン氏、ジョンジェ氏と呼び合うって言ってたのに…)
   それだけ今回は当時を思いだして フランクに受け答えしてるんだろうネ



: 当時のインタビューを見ると、シム・サン作家がシナリオに周りの人達の姿を
  とても反映したと言ってた。
  例えばイ・ボムス氏が演技したサラ金業者ピョングクの「お前、私がどう話せば聞き流す?」
  という台詞はキム・ソンス監督が演出部をこらしめながら言った言葉だと聞いた。
  そのように製作スタッフの実際の姿が反映されたシーンがありますか。
JJ :ホンギが“『二つの顔の男ハルク』を見ると…”、
  “『伝説の故郷』分かる?”みたいに、映画やドラマを引用した言葉はたくさんあった。
  これは私の前のマネジャー(キム・ジョンス)が書いた台詞だ。
  そして実際にその人が『太陽はない』でミミ(ハン・コウン)のマネジメント社長で出演した。
  他の見方をすればホンギのロールモデルになる人だ。本当に屈曲した人生だったから。



“昔の表情が出てくるみたいです”
この日の撮影のため、『太陽はない』をまた見たと言うチェ・ソンヨル カメラマンは
シャッターを押しながら感嘆の声を連発した。
14年ぶりに潜水橋を歩くチョン・ウソンとイ・ジョンジェの表情は、
20代半ばのトチョル、ホンギと変わらなかった。

: キム・ソンス監督は現場の掌握力がすごいと噂になった監督だが、
  俳優にはどうだったか。
WS : 徒弟システムで演出を勉強した監督なので演出部には厳しかった。
  だが、俳優には怖い人ではなかった。
JJ : 今は撮影設備が良くなったので照明をディテールしなくても、
  後半の作業で手を加えればすむ。
  当時は既成の監督達が一日にたくさん撮っても20カットだった。
  ところがキム・ソンス監督は一日に50カット撮らないと気が済まない(笑)
  現場でスタッフに大声出したりもしてた。
WS : 走るシーンの多い映画だったじゃないですか。
  カメラ テストの時は適当な速さで走ってもかまわないのに、演出部が未熟で、
  全力疾走して補助出演した人とドーン当たって気絶したこともある。
  そうやって気絶すると「オイ、アイツはどうして狂ったように走るんだ。
  誰が早く走れと言ったよ!」となる(一同笑)
  チョ・ドンオ助監督は、トチョルとホンギが浜辺でサッカーするシーンをテストするのに
  全力を尽くし、肋骨にひびが入った。
  それだけ演出への士気が強かった。しかし俳優にはちょっと違った。
  私たちの話をたくさん聞き入れてくれる人だった。
  絶えず私たちをホンギ、トチョルと思い、もっと良いアイディアがあるか尋ねた。

自らが挙げる名場面



: 自ら考えるトチョルとホンギはどんな人だったか。
WS : 実は、私はトチョルに対して反省してます。
  振り返って考えてみると、私は当時トチョルに対して悩んだのか、と。
  監督が「トチョルはどうだ?」と尋ねた時、
  私のもつ部分を引き出し、トチョルという人物を作れば良いのに、
  私にないトチョルの姿とは何か、そういう悩みをしなかった。
  かえって撮影現場ではマイナーなアイディアを出し、
  私はあたかもトチョルのように錯覚をしていたようで、トチョルに対しては深刻に悩めなかった。
  そういう点でトチョルには申し訳ない。
JJ : そうは言うが、ウソン氏は信じられないほど準備をし、とても考えた。
  私は『太陽はない』以前は、作家や監督が使ったシナリオでは、アドリブをしたり、
  別バージョンの台詞を準備ししたことが全くなかった。
  ところが、ウソン氏は現場でそうしていた。
  A4用紙に何かを書き続け、監督と話している姿を見て大きな衝撃を受けた。
  事実、それまで私は演技や撮影は“仕事”だと思っていた。 十分に楽しめなかった。
  理由は多いが、その中一つが演技を正式に習った経験がなく、
  どうすべきなのかよく分からなかったし、消極的に演出家のディレクション通り動いた。
  ところが『太陽はない』の現場で監督と俳優が何かを共に作っていく姿を見ながら
  学んだ点が本当に多い。
WS : ジョンジェ氏が演じたホンギも素晴らしかった。本当に名演技という気がした。
  “あの両班、なんであんなに演技が上手いんだ?待てよ、私は今演技が上手く出来てるのか?”
  こんな刺激を受けた。現場では刺激になるし楽しい。
  会って一緒にシーンを撮り、ホンギとトチョルが狎鴎亭の裏路地を飛び回る。
  他の見方をすれば、当時20代の自分が1人の人間として、良い思い出として残っているほど、
  撮影現場では呼吸が合った。



: お互いの名場面を挙げるならば。
WS : ジョンジェ氏がビルの屋上で酒を飲み、1人で立っていたシーンが本当に良かった。
  都会の男が持てない欲望への痛み、そういうことを本当によく表現していた。
JJ : 撮影をあそこまで激しくする必要があったのかと思うシーンがある。
  映画の後半、トチョルのボクシング試合のシーンだ。
  一週間から10日ほど徹夜して撮影する。
  当時キム・ソンス監督は自らの限界を知り、何かを得る人だった。
  このおじさん(ウソン)は「あなたも?僕も一緒に行くよ」というスタイル。
  さらにチョン・ドゥホン武術監督はテーブルも噛み、石も食べる人だった(一同爆笑)
  「ウソン、もう一度すべきだ」と言いながら最後の一滴まで絞ったよ。
  実際には、それはアクションシーンでなく感情のシーンだった。
  トチョルの立場ではボクシングは自らの夢と欲望の全てなのに、
  どうしようもない状況のため、止めなければならない複雑な感情が多かった。
  そんなシーンを撮るのを見ながら、この人達は本当に全てを表そうとするんだな、
  そんな信念を感じた。
  試合後、ロッカーに入ったトチョルが「ホンギ、俺は本当は勝てたのに」
  と、悔しさを表現するシーンが一番良かった。


その2に続く…

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ソウル3日目(3月14日) その4

2012-04-25 | お出かけ
カタログ@クロコもGETしたので 最後のディナ〜に向かいます。
クロコさんと同じ淑大入口駅ですが、今度は10番出口から徒歩数分…
途中、高架下(葛月洞地下車道)を通るので、こんなトコにお店あるんか?と不安に…。
だって、こうゆうトコに引きずり込まれて レ○プ事件とかありそうそうだもん。
…ドラマの見過ぎか?
そんな心配せんでも、地下道を抜けると明るい町だし、
チョイ先には淑明女子大学もあるので 健全なる学生街です。

着きました、「チョンパ サンデポ ソグムクイ」です。
 画像はクリックすると大〜きくなります


このお店は…最近見た「シークレットガーデン」2話に登場してました。
ヒョンビンがハ・ジウォンとその友達の3人でココに食事に来た時、
女性2人がテジコッテギ( の皮)パクついてるのを見て、
お坊っちゃまな彼は ヨォそんなモン食べれるな〜と引いておりました。
お店入口ドアには ↓ そん時のシーンが貼ってあります。

   
ココの凄いのは、「シークレットガーデン」のロケ地だけではないって事なんダス  
「花より男子」、「ドリームハイ」、「アイリス」、「ワンダフルライフ」、「オール・イン」、
それから「エデンの東」、「ごめん、愛してる」、「バリでの出来事」などなどなど
書ききれません                                       
さらに…4様やイ・ミノ、ソン・イルグク、ヨン・ジョンフン、チ・ジニ、ソン・ガンホ、
テギョン@2PM、パク・シニャン、ソル・ギョングetc 芸能人御用達なんだそうデス。
とにかく、店内至る所に色紙やサイン入りポスターがベッタベタに貼ってあるので、
とてもじゃないけど1枚ずつ確認なんて出来ません




 左:我の隣に貼ってあったサイン入りポスター
 右:入口に よぉぉぉく見ると4様の写真があります

こんなに大勢のゲーノー人が来てる割りに とっても庶民的なお店です。
お世辞にもオッサレ〜とは言えないけど、今回の旅行中 一番美味しかったので、
(我らが食べ終わる頃にはお店はお客さんでいっぱいになってたし…)
ロケ地でなくとも お薦めのお店です  



我らはお店イチオシのサムギョッサルを頂きました。
本当は「シークレット〜」に登場したテジコッテギも食べたかったけど、
食べる前から満腹のため、残しても申し訳ないので今回はパスしましたが、
お店のお薦め料理なので次回は挑戦したく思います

お店のお姉さんは、我らが日本人だからなのか気を使って下さり…、
忙しいのに 何度も火加減を覗きに来たり、お肉も切ろうとしてくれるので、
「チェガ ハムニダ(私がやります)」と、我は丁寧に言おうとしたのに、
「ニガヘ(お前がヤレ)」ってフレーズが突如頭に浮かび…
「ネガヘ」(我がヤル)と言ってしまい、思いっきし笑われたガナ。。。
でも、自分でやりますからって意思は伝わったし
忙しくてキリキリしてたお姉さんが束の間だけでも喜んでくれたので(爆)
それが嬉しかった、グハハ

我がお肉を切り終わった頃、お姉さんがきな粉を持ってきた。
んで、これにお肉を付けて食べなさい!と言うダヨ。
焼き肉にきな粉  
わらび餅ぢゃあるまいし…半信半疑で食べてみた。
んんん  
きな粉は日本みたいな甘さがなく、コレ付けるとお肉自体の旨味がよぅ分かる。
意外に合うジャン

ネガヘ!と言っておきながら、ニンニクに手を付けてない我らが気になったのか、
またお姉さんがやって来て「コレ美味しいから食べなさい!」と、
ニンニクを全部網の上に乗せて焼き始めた。
「あーーーーーーーーーっ
我はニンニク好きなので、自宅や近所の焼き肉屋さんでは食べるけど、
胃腸弱いから ニンニク食べるとファジャンシル直行 になっちゃうから、
旅行中は避けてるのに、おいおい、こんなに沢山焼いても食べれんドォ〜〜〜
だからネガヘって言うたのにぃぃぃ



このお店、ガスではなく炭でお肉を焼いてるんですが、
(だから美味しいのかな?
Yさんの隣に炭をおこす部屋があるので、お店のアジョッシは炭の交換等で、
何度も我らの周りを行ったり来たりするのヨ。
その都度アジョッシは 我らのニンニクが売れ行き悪いのを気にしてた。。。 


韓国の飲食店にはトイレットペーパーがドン!と置いてあるけど、
このお店は上から垂れてました(笑)
ホント美味しいお店だったからレポ?長くなってしまいましたが
満腹 満足 満心となったので、地下鉄 でホテルまで帰ります。
んが、その時、化粧品屋の前を通ったら…
Yさんが ↓ コレ見つけた。


我オンマに頼まれてたトニモリの SHINY FOOT PEELING LIQUID です。
(右の3点は無料で頂いたサンプル)
買い物リストは毎日持ち歩き、残すところコレ1点だったのに スッカリ忘れてました
(2日目の「洗濯」発見もだけど、Yさんの観察力の凄さには敬服&感謝です〜〜〜

ホテル着。
寝るには時間が早い。。。

旅行前の下調べ中、この近辺に袋関係の問屋さんがあることを知ったので、
夜の散歩がてら探しに出かけることにした。
清渓川沿いに歩いてると 大量の乾物を荷台に乗せたトラックが止まってた。
そこには初日の市場で売ってなかったカワハギがあるジャ〜〜〜ン  
んが、ロッテマートで買ってしまったし…。
荷物一杯でスーツケースに余裕なさそうだし…。 
泣く泣くあきらめた

さて、肝心の問屋さんはと言うと…
ドコもカシコもお店が閉まってます
袋物屋さんがドコにあるのかすら暗くて分かりません
カワハギも袋も買えないのなら、せめて昨夜見つけたタイ焼きを買うことにします。
んが…これも今夜はお店が出てませんでした。。。
ソウル最後の夜だって言うのにぃぃぃぃぃ

ナンの収穫もなくホテルに戻って来ました
Yさんが先にお風呂 入ってる間に 我は明日に備えパッキングを。。。
(念のため大きなスーツケースで来て良かったワ。パンパンです)
Yさんと交代で に入り、湯船でダラ〜ッとしてたら…マックラになった
なにぃ、なにぃ、なにぃ〜〜〜〜?
「Yさ〜ん!Yさ〜ん!」…返事がない。
ナニがあったん? ナンで返事がない?
部屋が停電して、そのショックでYさん意識なくしちゃったか?

枕銭効果で 一応掃除はしてあるけど、それでも信用できないSホテル。
決して素足では歩かないようにしてたけど、
緊急事態ゆえ 手探りでバスタオルを掴み、体に巻き、裸足でバスルームを飛び出した
部屋はマックラです
Yさんがドコかに倒れてるかも、と探そうとした時…電気が点いた  

Yさんが外から部屋に入って来た。
 ドコ行ってたん?

…停電の謎が解けました。
ホテルの鍵は部屋の電源キーを兼用してるから、
Yさんが その鍵を抜いて出かけたので部屋がマックラに なったんです。。。

数分とは言え、Yさんがドコに行ってたのかと言うと…
我の入浴中、彼女は床置型のエアコンに乗っかって外を見ると、
(Sホテルの窓は、フツーに立った位置からは外が見えません
先程は出てなかったタイ焼き屋が、この時間になってお店を開き始めたようなので、
我がタイ焼きを買えずにガッカリ してるのが気の毒で(笑)
我を慰めるため タイ焼きを買いに行こうとしてくれたんダス
んが、彼女も湯上り。。。
外には出たものの、髪を乾かすため一旦戻って来たのでした。

もしも彼女の髪が乾いてたら、そのままタイ焼き買いに行ってたでしょうから、
我はナニが起きたのか分からず、バスタオル1枚で、
ズ〜ッと暗闇でYさんを探し続けてたワ
でも…我に対する思いやりが嬉しかったドォ〜〜〜

その後 髪を乾かしたYさんは部屋の電気を消さないよう 鍵は持たず、
さらに鍵をかけず(笑)夜中なのに1人でタイ焼き買いに行ってくれた
その間、我は誰でも出入り自由となった部屋でお風呂に入ってました。。。

嬉し涙でショっぱくなった タイ焼きです。


おかげで最高の3日目の夜となりました。。。
チャルジャ〜


最終日・4日目 その1に続く

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