ピアノの音色 (愛野由美子のブログです)

クラシックピアノのレッスンと演奏活動を行っています。ちょっとした息抜きにどうぞお立ち寄り下さいませ。

ジョイス・ディドナートの教え、その3

2014年08月12日 | レッスンメモ
さあ、続けて行きましょう。ディドナートさんの教え、その3です。

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(3)It’s not about you.
主役はあなたではありません。これはほんとに厳しくて、身の程を思い知らされるような教訓です。この教訓は私自身、これまでの人生の旅の中のありとあらゆる場面で学び続けてきたことです。でもね、見方を変えれば、これはあなた自身を重圧から解放して、力と勇気を与えてくれる真理なのです。皆さんはまだ気づいていないかもしれませんが、皆さんは栄光と称賛に包まれた人生を送るための切符を手に入れたというわけではありません。もちろん、そういうことが現実に起こるかも知れませんし、ここにいる皆さん一人ひとりに、そのような日が正しいかたちでやってくることを私は心から願っています。けれども、皆さん方の本当の目的地はそこではないのです。なぜなら栄光というものはいつだってうつろいやすく、はかないものでしょう。それは訪れたときと同じように、前触れもなく突然また消え去ってゆくものなのです。では皆さんが今手にしている切符とは一体何なのでしょうか? それは芸術に奉仕するための人生を送る、そのための切符なのです。そしてそのようにして提供された芸術が他の人に及ぼす影響、その人の人生を一変させてしまうほどの影響というのは、はかない名声などとは違って、それは決して消え去るものではありません。あなた方の役割はそれぞれが取り組むセリフや、監督、メロディー、原作者、コード進行、振付師の先生方などに忠実に奉仕することです。でも決してそれらがすべてではありません。あなた方の一番大切な役割は、一つひとつすべての呼吸、ステップ、鍵盤へのタッチを通じて、ヒューマニティ全体に奉仕することなのです。

ジュリアード第109期卒業生の皆さん、皆さんは静かな慰めを必要としている耳のために、そして、美しさによる癒しを求めている目のために働くのです。あなた方は絶望の末の安息や、研ぎ澄まされた問いかけを求めている心のために働くしもべ。新たな一歩を踏み出すための招待状や無言の了解を必要としている人々の心の支え。恐れることもなく途絶えることもない悟りの世界、安心立命の境地を必要としている人々の魂に仕えるしもべなのです。そう、皆さんは病気の人のために働くしもべです。あなたが心血注いで夜も寝ないで書き上げる交響曲、それがもたらす美と平安を通じて癒されることを待っている病人のためのしもべなのです。あなたが天空から、そして英雄的な戦いと勝利の瞬間とから紡ぎ出す安らぎの言葉、そしてそれらによる救いを必要としている失われし者。あなたはその失われし者たちの付き添い人。あなたは心を閉ざして他人を寄せ付けなくなってしまった人々のお世話係。広い舞台の上で疲れ果てた脚と血のにじんだつま先でピルエットやジュテを決めて、あなたは一瞬、時を止める。そんなあなたの姿を見てあの生き生きとした、電流のような、喜びに充ち溢れた命の鼓動を再び感じ取ること、それがその人たちには必要なのです。あなたは怒りに震え、自分を見失ってしまった人々を乗せて荒波から守る大きな船です。映画のスクリーンの中で、あなたは自分自身の苦しみを解き放ち、静かに涙を流す姿を演じている。そのときのあなたの目を見ながら、彼らは自分自身のやり場の無い怒りを解放する、そんな安全な場所が彼らには必要なのです。あなたは熱心で、少しナイーヴで、楽天的な若い人々のために尽くすのです。その人たちは大きな夢を持って、希望に目を輝かせてあなたの後をついてきます。その人とたちを一生懸命教えて、育てて、思い通りに仕立てあげてゆく。するとそういう中で、あなた自身の先生がかつてきっとそうであったように、これでいいのかしら、私の教え方、間違ってないかしらという自分自身に対する疑問にとらわれるようになるかもしれません。それでもその人たちに手を差し伸べることをためらってはいけません。さらに高みに行けるよう、もっともっと成長できるよう、惜しみなくその手を取って導きましょう。なぜなら私たちは皆、これを、この芸術と呼ばれるものを、一人でも多くの人とシェアするために、ここにいるのですから。

あなたにはほかにまだもう一人、奉仕すべき相手がいます。それはあなた自身です。あなたはあなた自身の中にある絶えることのない情熱的な熱い衝動に対して奉仕するのです。それは自分自身がもっと成長して、大きく手を拡げること。もっと感じて、つながって、あなたならではの何かを創り出すことです。あなたの中のある部分は、高ぶる気持ちと情熱をそのまま表現し、混じり気のない至福の喜びを表に出して表現する方法を手に入れることを切望しています。そして、皆さん、お願い、これだけは決して忘れて欲しくありません。それは楽しむということ! 楽しい、という、あの人を酔わせるような夢見心地の感覚、これを決してあなたの芸術から失って欲しくないのです。あなたは自分が追い求める真理に対して奉仕しているのだと考えてみてください。私が皆さんに望むこと、それはあなたの人生の旅路を、その真理に導かれて歩むと決めることです。もしあなたがそれを見つけることができたなら、あなたはすべてを手に入れたことになるでしょう。だからこそ「何かを完成させること」というのは、最終的には、全然重要なことではないといえるのです。そうではなくて、真理を追い求めて生きること、真理を呼吸をすること、そしてそれに対して奉仕すること、そうした中にこそ本当の喜びというものがあるのです。

ここで皆さんに私たちのいう芸術の最前線で戦っている一人の兵士から私に届いたEメールを一通ご紹介したいと思います。差出人はソルトレークシティの小学校の先生、オードリー・ヒルさんです。彼女は偉大な戦いを戦っています! 彼女は最近メトロポリタン・オペラの公演で私が主演した「ラ・チェネレントラ」の劇場公開版(ライブビューイング)に生徒たちを連れて行って一緒に観たのだそうです。皆さんご存じのようにこれは童話「シンデレラ」のオペラ版でロッシーニの作品です。この中に私が演じるシンデレラの歌う有名なアリアがあって、それは家庭内でさんざんいじめにあってきたシンデレラが、その苦しみを乗り越えて最後に皆を赦すという内容の歌です。さて、彼女からのメールは次のようなものでした。

「5年生のある男の子が今朝持って来てくれた感想文に次のようなことが書いてありました。その生徒が一番好きになったシーンは(スパゲッティを投げ合って大騒ぎする場面を別にすれば)最後のところであなたがリベンジをするということについて歌う場面だったそうです。それも、そのリベンジというのが『相手を赦す』ことだったというのがとても良かったと書いてあったのです。この生徒は今年この学校にやってきたばかりの転校生で、素晴らしい歌声を持つ歌の上手な生徒です。でも、学校ではこれまでしょっちゅう色んなことでみんなにからかわれたりしていました。私はそんな毎日を重ねていくうちに、その子の心の中にだんだんと怒りの感情が大きく膨らんできているのが分かりました。ところがどうでしょう、今日、それが彼の中からまるで全部すっかり消えて無くなってしまっているようなのです。こんなことが本当にあるんですね、とても感動しました!」

※これです、まさにこれこそが、これから世界に飛び出して行くあなたたちが、一体誰に対して奉仕するのかということを明らかにしているではありませんか。皆さん、何て幸運なのかしら、そう思いません?!?!?! あー、うん、ごめんなさい、私、嘘ついちゃったみたい。じゃ、最後に私が一番大好きな教訓をお教えするわね・・・。
「ジュリアード音楽院卒業式祝辞 by ジョイス・ディドナート」より
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いやあ、今回のお話も深いですね。誰もが憧れる主役の座。万雷の拍手にスポットライト。それを目指すのが芸術の道かといえば、決してそうではないというのです。もしそういうことを目標にしている人がいるとしたら、多分その人は長く続けることができないだろうと思います。その目標を達成してしまえば次の目標がなくなるし、達成できなければ挫折してしまうからです。私は元々そんな栄光や称賛とは無縁の人生を送ってきましたが、それでも自分で選んだこの道をただ一筋、これまでも、そしてこれからも歩み続けていくという決意だけはしっかり持っています。なぜそんなことができるのかと言えば、私にとっては、ピアノを弾いたり教えたりすることが一番楽しいことだからです。しかもそうして長年やっていると、演奏会で私の演奏を聴いてくださった方が、「素晴らしい演奏に勇気をもらいました」とか、「疲れた心がいやされた」とか言ってくれることがあります。「あの時のコンサートを聴いて、私もやってみたい、音楽の道に行こうと決心しました」と言われたこともあるのです。音楽には本当にそれだけの力があるんですね。大好きな音楽の力を借りて、誰かの何かの役に立つことができるというのは、私にとって何物にも代えがたい大きな喜びなのです。

さて、ディドナートさんがジュリアードの卒業生に贈る4つのメッセージ、残すはあと一つです。これまでのメッセージは次のようなものでした。

(1)何かを完璧にやり遂げることができると思ったら大間違い(You will never make it.)
(2)とにかくやり続けるしかない(The work will never end.)
(3)主役はあなたではありません(It’s not about you.)

こう並べてみると、これから世界へ羽ばたこうと希望に胸を膨らませている若者たちに対して、ちょっと冷や水をかけるような、厳しいお話ばかりのように見えますね。でもご心配なく、彼女はそんな意地悪な人ではありません。彼女からの最後のメッセージ(しかも一番お気に入りのメッセージだそうです)、一体どんなでしょう、どうぞこちらをご覧ください!


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