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街道をゆく「韓のくに紀行」司馬遼太郎

2017-03-07 19:47:33 | 本と雑誌

昨年末から司馬遼太郎の本を何冊も読んでいますが、感想文が書けません。

司馬遼太郎の本は内容がぎっしり詰まっているので、私程度のものには論評も感想文もかけないというのが実際です。

どの本もひと筋縄で語りきれないぐらいのボリュームがあります。

街道をゆくの、中国紀行上下、韓のくに紀行、陸奥のみち、肥薩のみち、湖西の道、甲州街道&長州路、などなどですが、一般的な紀行文のまわりにそれの数倍ぐらいの歴史、物語、社会状況などがあるので、ひとくくりに紀行文と言い切れないぐらいです。

実は、、、実はこの司馬遼太郎の本は90歳を超える母が「読んだことがないなら、面白いから読め」とあづかったもの。

なんというか、母の頭のしっかりさに仰天した次第です。

もしかして、還暦を過ぎたくらいの私より90歳を過ぎて東京オリンピックまでは生きられないだろうーーーとのたまう母の方が遥かに頭がしっかりしているかもしれない。

この本が書かれたのは韓国に李承晩が君臨していた頃のようで、40年前以上だと思います。

その頃の韓国旅行と思えば間違いない。

韓国というか朝鮮は古くから日本と海を隔てていたが行き来があった。

朝鮮には金海と呼ばれる村があり日本人を祖先にする人が住んでいて、住人はみな祖先を日本人だと誇り(?)を持っている。

古くは日本の韓国の窓口は対馬であって、対馬は位置的なこともあるが新羅や唐に独自に使節を送っていた。

ある意味で隷属みたいなことをしていたということだ。

日本に属しているだけじゃ対馬は危なっかしかった。

朝鮮の日本村、金海をたずねたら、物珍しそうに村人が集まってきて、長老に挨拶したら朝鮮に日本村があるのと同じように、日本にも朝鮮村があると切り替えさられた。

百済が滅びた時に、難民となって大挙して日本に朝鮮人が渡ってきたが、朝鮮の出身地によって琵琶湖西や関東平野の埼玉の山間部に住まわせられた。

その当時の朝鮮は日本より遥かに文化が高かったようです。

日本の歴史は文字が入ってきてから1600年くらいに対して、韓国は中国と陸続きなので2000年以上の歴史があります。

さらに中国の律令制を寸分違わぬ形で模倣して定着させたので、古代の文化は遥かに日本をすいがしていた。

日本は平安時代に律令制を唐から導入したが、古代の地元豪族が強く、しかも時代が下がるにつれて武士がでてきて、実際の権力を朝廷から武士の勢力が奪ってしまった。

だから、形だけの律令制になってしまった。

ところが、それ以後の日本の発展を見ればわかるように、律令制を排した日本の武家統治の方が遥かに進歩的で、経済などの発展に大きく寄与した。

律令制は往々に政治勢力(官僚)の腐敗を生みます。

それと、影響が大きかったのが儒教だと言います。

儒教は親族の10世代ぐらい前までを親族として、固い結束を生むことが多い。

さすれば、そこに何事にも親族優先の法則が当てはまり、、、つまり腐敗が始まります。

親族同士での結束になるのです。

これが、今の韓国の問題にもつながるようです。

この本が書かれた40年前は、それがひどかったようだ。

律令国家で儒教の本家本元の中国は、毛沢東の文化大革命でそれらをぐちゃぐちゃに壊したのが、はからずもマイナスは大きかったがプラスもあった。中国の歴史的な遺産や知識人を破壊して、ついでに現代においては良いことが少ない儒教の教えまで破壊したのは、のちの中国にとって良かったのではと司馬遼太郎は言っている。評価が難しい所だが、、、。

日韓、日中の関係はむずかしいが、かの国の生い立ちを知ることは面白い。かの国の歴史はすべて日本に関係してきています。

日本と朝鮮の古くからの関係をよく解説してくれている。「街道をゆく」というタイトルではあるが、ものすごい広がりと知識欲を感じる一冊です。「街道をゆく」にはどの号にも感じられるすごさです。 

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