ランシモ

ランニングからツチノコカメラや時事まで興味あるすべて

男の料理教室、パエリヤ

2017-03-25 20:38:31 | 食・レシピ

代々木健康友の会の男の料理教室は、渋谷区の千駄ヶ谷社会教育会館で毎月1回開催しています。

立派なキッチンがあります。

手前は白板と料理教室の先生が使う流しとレンジとスペースです。

その他に生徒さんたちが使うレンジや流しが4つあります。

都内には地域センターのような施設があちこちにあります。

公共施設が多すぎると思うのだが、、、、。

食器棚にはかぎがかかり勝手に使えません。

新宿区の同じような施設を使ったことがあったが、この渋谷区の千駄ヶ谷社教会館の数倍立派なものだった。

実にもったいない感じがしました。

区内の団体が使えるんですが、民間じゃありえないレベルの贅沢さです。

今日の献立です。

これで5人前です。

少ないように見えますが、お米が膨れるので5人前はあります。

じゃーん

15分弱火にかけて10分蒸しました。

あさりは最後に入れて火にかけます。

もちろん砂出しは済ませています。

パエリヤとタコサラダと卵焼きです。

卵焼きは入れたい具を細かく刻んで卵とかき混ぜて焼きます。

パエリヤには発泡酒が合うのでシャンパンですよー。

パエリヤは1時間もかかりません。

わりかし簡単な男の料理教室向けのお料理です。

 

男の料理教室の会費は1000円。
代々木健康友の会
03-5411-9589
毎月、渋谷区の千駄ヶ谷にある社教会館で開催しています。
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代々木公園の桜はまだかな

2017-03-22 22:15:17 | 日記・エッセイ・コラム

今日の南蛮連合のインターバルは2000mを1本、1000mを3本、500mを2本で合計で6kmだった。

私は新宿から走っていくので、インターバルを入れて往復で13kmの練習になります。

今日は久しぶりに全部のメニューができた。

先週は間の1000mを2本抜いたから、全部のインターバルができたのは超久しぶりです。

最近は月間で100km近く走っているから、だんだん地力がついてきたのかな?

もっとも、走り始めたのは25年間前だから、速かったピーク時に比べたら、、、うんでの差です。

なるべく、ゆっくりでもいいから全部のメニューをこなそうと思う。

B組に移ってから徐々にポジションが後ろになってきた。

練習が終わってから代々木公園の真ん中にある大きな芝生広場を突っ切って参宮橋門に向かいます。

代々木公園も桜の木が多いけど、広場の周りにズラーと桜の木が植わっています。

つぼみは大きくなっているかな~~~。

じゃーん

まだまだのようです。

むろん、あと10日もすれば開花するだろうけど、つぼみばかりで咲いているのはなかった。

代々木公園の花見はNHK側が人気です。

ところが公園の反対側もいいんだが~~~。

でもでも人の不思議で、人が集まっているところに人が集まるもんだ。

NHK側では場所取りがいっぱいだが、ほんの500mも歩いたところの反対側の桜はきれいなのだが誰も見向きもしない。

花見は雑踏の中で花見をするというのが花見客の暗黙の了解かも。

つまりだ、人にならえ根性だ。

大衆はそんなもの~~~。

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宇都宮、日光へローカル線の旅、、、人身事故と車両故障でとんでもなく遅れた

2017-03-20 23:05:51 | 旅行記

日光なので国内旅行というには近距離すぎますが、関東のローカル線の旅と思って出たのだが、、、。

目的地は日光で、宇都宮までは新幹線で時間短縮、そこから日光線で日光へ、帰りは東武日光線でのんびり帰るつもりだったが、、、。

東京駅に駆けつけて、しょっぱなの東北新幹線が1時間以上遅れに遅れで、連休の最終日の乗客が、こんな日に人身事故を起こさないでくれーと怒っていた。

宇都宮まで新幹線だと30分ぐらいで行けるが、これじゃ1時間30分以上と、新宿から湘南新宿ラインで宇都宮に向かったほうがよかった。料金だって半額以下じゃないか===。

白石蔵王のあたりで人身事故だそうで、東北新幹線は軒並み遅れを出していた。

それでも新幹線で、動き出したら速いので、あっという間に宇都宮についた。

宇都宮に着いて日光線のホームに向かうと丁度良く列車が入線していた。

座って発車を待つこと30分、、、アナウスが、、、、日光あたりで列車故障があって復旧が不明だと、、、。

そこで宇都宮に来たんだから腹ごしらえが先でしょうと、一度改札を出て餃子屋さんに飛び込んだ。

駅前が餃子タウンになっていた。

すこぶる便利ですねー。

有名な餃子屋さんミンミンは外まで長ーい行列なんでパスですよー。

じゃんー

ちょっと小ぶりな餃子が12個。

見た目には違いが判らないけど、食べたらひとつひとつハッキリわかります。

この餃子12種類食べ比べセットに決めました!

あと昔ながらのしなそばラーメンをオーダー。

12個は、やはりと言っていいか多いので、黙々と写真を撮りながら食べた。

見た目だけじゃ何のお味かわからない。

実際に食べているときはハッキリと違いはわかります。

しかもちゃんと美味しいのだ。

違いを味わいたければ、、、たれをつけないで食べてくださいと書いてあった。

そりゃたれをたっぷりつけたら、みんな一緒になっちゃうもの。

これは豚肉のようだ。

ニンニク味、ニラ、キノコ、エビ、キャベツ、、、、あとは忘れた、、、。

しなそばラーメンで腹を膨らませてから、ぶらり駅前探索。

これはこれは、私の友人が建てたホテルじゃないですか。

友人は宇都宮の先の川治温泉の倒産ホテルの再建を任せられて立派にやり遂げた。

倒産した会社は、何か根本的な問題があるので再建は非常に難しいと思う!

それから勢いを持って川治温泉から宇都宮に出てきて、このホテルを彼が計画して建てた。

そのときのホテル名はフェアーシテーだった。

オープニングパーティーに私も参加した。

北関東のお偉いさんたち、国会議員さんも大勢いらしていた。

みっちーさんもいらしていたと記憶しています。

ところが、寝耳に水で資本を乗っ取られてホテル経営から追い出されてしまった。

彼はやり手だったから激戦のホテル業界を引っ張っていたが、乗っ取った連中はその駅前ホテルでも持て余したようだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB

その後、どこぞにホテルは売られて違う名前になった。

ちゃんと営業しているのかな???

世の中はきれいごとだけじゃない、欲や妬みや恨みとかいろんなものが渦巻いている。だけど、そんなドロドロしたものだけじゃないのも事実としてある。

友人の彼は、鳥取出身で関東のこの地で認めらて、また宇都宮市内に別なお店を出すことになった。

今では金融機関に手腕を認められて、地元老舗の傾いた会社の再建をも任されて頑張っている。

とある大学の教授にまでなっているのも彼の人徳でしょう。

浮世離した大学の中にあって、甘い辛いを知っている彼はちょうど良いスパイスになるんじゃなかろうか。

さてさて宇都宮にのんびりいるわけにはいかないので日光線に戻った。


日光線はようやく動き出したが、2駅先の鹿沼で運転打ち切りだった。

その先はバスで振り替え輸送ということだったが、列車の乗客が多くて用意されたバスに乗りきれなかった。

多くの乗客と一緒にブーブー言いながら待っていたら、日光線が動き出して少し先の今市まで動かせるという。

JR日光線に乗って今市まで行ったがその先はなかった。

仕方なく、タクシーに乗って、日没との勝負になりそうなので、日光駅じゃなく東照宮の入り口まで飛ばしてもらった。

なんと、途中でJRの豪華寝台列車が止まっているじゃありませんか。

あれは確か、「四季島」とかいう名じゃなかったかな。

つい先だって高額運賃(90万円!)なのにチケットが売り切れと新聞には書いてあったぞー。

5月から運行するんじゃなかったかなー。

試運転を空いている日光線でやっていたようだ、、、。

タクシーの運転手は、四季島の運転席から煙が出ていたと言っていた。

たぶん連日、四季島の試運転を誇らしげに見ていたんだろう。そしたら今日、止まったり動いたり怪しい動きで、JR職員からも色々聞き出したりしていたようだ。

運ちゃんは地獄耳だからなー。

タクシーは鉄道のトラブルで稼ぎまくっていた。

日光線の鹿沼駅はもう来ることはないだろう。

用事がないもの!

駅前で大勢の乗客と途方に暮れていました。

日のあるうちに東照宮についたが、時間が遅すぎで入館できなかった。

日光の神橋ですよー。

川の水は綺麗です!

人がいない東照宮もいいもんです。

残念ながら補修工事が終わった東照宮の陽明門は見れず。

もっとも、日光には10回以上は来ているからいいんだがーーー。

こけしは東北のものです。

こけしは死産した赤ちゃんを祭ったのか、、、と聞いたことがある。

東照宮を往復しただけで日が暮れてしまった。

日光市内もずいぶん整理されて変わりました。

でもでも、何しに来たんだか、、、。

ようやく「ローカル線の旅」で東京へ帰ることに。

東武日光線ですよー。

東武日光線から東北線の栗橋でJRに乗り換えて、東鷲宮駅の百観音温泉でのんびりしてきた。

やけくそですね!

この百観音温泉は鉄道の駅近ということでは、青梅、河辺の「梅の湯」に匹敵します。埼玉、東鷲宮の「百観音温泉」も駅から徒歩5分もかからない。どちらもお肌がヌルヌルする良泉です。百観音温泉は湯量が多いので有名でした。すぐお隣にある観音様百体を祭ってあるお堂は、さすが埼玉で怪しいい田舎センスバリバリですが、、、。

百観音温泉 http://www.100kannon.com/

梅の湯   http://www.kabeonsen-umenoyu.com/

温泉の帰りは湘南新宿ライン逗子行に乗ったらビューと1時間で新宿に戻りました。

何をやっていたんだろうーーー今日1日は、、、。

無駄なお金と時間を費やしたぞ。

JRの2ヵ所でトラブルなんて運のない日だった。

宇都宮や日光は浅草から東武日光線で行くのが一番かな~~~。

もう一つは湘南新宿ラインで向かう手がある。

新幹線より安いから、奮発して2階建てのグリーン車に乗るのもいいかな。

行き当たりばったりの、いつもの1人旅でした。 

四国へは特急寝台列車のサンライズ瀬戸で行くのが贅沢ですよー

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/b37a4112804dfa38ab8a9f39fd201d14

高知観光と黒潮鉄道に乗る

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/e00e7a043e391b0b391e49fd5feaee65

台鉄特急に乗って九份に行く

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/eb9458ad6d0fef0a907e5b3c41b68d45

平渓線で台湾北部のローカル線の旅

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/035614ba761bf9fc5ac8f58b6d22e38f

前編 新春いすみ鉄道へ乗り鉄にいく

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/0cac0a8ead7bd8890540731d88df065e

後編 いすみ鉄道に

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/0c752ec18735bc92ec6841992840901d

大井川鉄道のトーマス君を見に行った

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/f0c7d05da8388d08d02e0895d03ed46e

銚子電鉄に乗ってきた

http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/632516593059b583072bc11032c6b9d6


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小平畑(吉野農園)の更新に行った

2017-03-18 23:05:33 | 畑仕事

3月から翌年の1月までが畑の契約期間です。

来週から野良仕事が始まるので、契約書をいただきに行った。

ものの見事に整地されていた。

以前の遊歩道側から南端に畑の位置替えです。

どうやら、ここが自由人たちだけの班らしい。

勝手気ままなL班だ!

土曜日の10:00からの決まった時間に野良仕事ができない人たちです。

ふとビニールハウスをのぞいたらトウモロコシの苗が大きくなっていた。

季節前に収穫して高額で儲けようって算段だなーーー。

ビニールハウスごとにトウモロコシの苗も大きさが違い、収穫時期をずらしている。

この大きさだと1か月以上早いだろう。

5月終わりには実がなり食べられるようになる。

私たち生徒は4月に種から育てるので、トウモロコシの収穫は7月ですよーーー。

これが美味いのなんの、、、売っているトウモロコシが食べられなくなるくらい美味い!

トウモロコシを畑でもいで、そのまま生かじりしてごらんなさい、、、今まで食べていたのが何だろうというくらい違いますよ~~~。トウモロコシは焼いたり茹でたりしないで、生が最高においしいなんて、、、生産者しか知らないことでしょ~~~。

キャベツをカマで収穫で切り取ると、水が茎からぴゅーっと出てきます。植物のすごい吸水力です。

だから畑がやめられない。

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広島便り、流行りのお土産は

2017-03-16 14:38:00 | 日記・エッセイ・コラム

広島のお土産を頂いた。

私の本籍も長いこと広島で、何十年か前にようやく東京に移しました。

父方が広島出身だったんで、幼少の頃は広島や神戸、鳥取の方によく連れて行ってもらいました。

広島は知っているつもりだったが、かれこれ12年ほど前が最後なので随分と変わっただろう、、、。

原爆ドームが世界遺産になったり、最近では外人観光客で一番人気と聞いていてどうなったのかなーと思っていた。

私が実際に訪れたわけじゃないので、他人の目て聞いた話です。

じゃーん

ビックリしたのが、広島観光に白人の方たちが中国人や韓国人より目立ったということ。

それもフランス人が多いと聞いてビックリした。

どうやら市内を流れる太田川を。彼らはセーヌ川のように見立てているよう。

広島市内は綺麗に整備されていて、日本の町で住みたい町一番になったこともあるそうです。

市内電車(トラム)が走っていてノスタルちっくでもあります。

宮島や江田島へのフェリーが出ています。

広島に行ったらデフォの宮島です。

見所が多い広島です。

おしゃれになったのは時代ですねーーー。

私が知っている広島や宮島はおしゃれじゃなかった。

私の母は原爆(ピカドン)を川の橋下から見たと言っていて、親類の伯母伯父はみな原爆手帖を持っています。

悲惨な話はいっぱい知っているけど、いまじゃそんな面影はないようです。

私の母は江田島で海軍のタイピストだったんですよー。

そりゃ凄腕のタイピストだった。

原爆ドームのすぐ脇でマルシェのようなカフェがあるなんてねーーー。

しかもフランス人一家がぴったり広島の町にとけ込んでいるでしょ。

ここはドコ状態ですよーーー。

反対に中韓の観光客は実に目立たない!

宮島の山の上からの見晴らしです。

牡蠣飯、もみじ饅頭はさておき、杓子せんべいのデザインは見事です。

パッケージもいいけどお店も超おしゃれで、宮島商店街の中では図抜けていた。

今は店構えサービス、もちろん商品も、デザイナーやプロデューサーをいれて展開しなきゃいけない時代になったのだろう。

中国人や韓国人相手だったらいいのかもしれないが、こと白人観光客をゲットしようと思ったら、何か仕掛けなきゃいかんのだろう。

食べたら、、、昔ながらのせんべいで、私にとっては懐かしい昔ながらのお味だった。

中の読み物まで名物のシャモジにしていて凄いけどねー。

思った以上に頑張っていた広島物語でした。

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古いレコードが出てきた

2017-03-14 21:34:05 | 日記・エッセイ・コラム

倉庫の段ボールの中からビートルズのシングルが出てきた。

「ビートルズがやってくる」「のっぽのサリー」「シーズアウーマン」「恋する2人」など結構ビートルズものにしちゃコアな感じじゃない。

60年代の曲です。

「ビートルズがやってくる、ヤアヤアヤア」は、もしかして日本来日の時のものかなー。

私はこの時のことをよく覚えている。

学校の先生に、絶対にビートルズのコンサートや羽田空港に行くな!~~~と念を押されたもの。

ビートルズがデビュー間もないころの写真だもの、今と違ってスマートそのもの!

ロックンローラーはこうじゃないと!

私はこの中で誰が特に好きってわけじゃないが、リンゴは普通じゃないなーって思っていた。

才能が普通じゃないというのではなく、他の3人は普通にかっこよすぎるでしょー。

なんでリンゴだけ変な格好しているの???

「今日の誓い」はどんな曲だか忘れちまった。

「のっぽのサリー」も良かった。

今聞いてもビートルズのハーモニーはいい。

リバプールの跳ね返りの若者たちです。

ベトナム戦争が始まっていたかなーーー。

朝鮮戦争が中共軍と米軍が一進一退したころに、リバプールで彼らは出てきたんだなー。

「シーズ・あ・ウーマン」あたりからちょっと変化してきたかな。

でも、最初のころのビートルズの曲はみんな似ているメロディーだった。

ハーモニーがきれいだった。


「恋する2人」もいいねー。

この写真なんかはビートルズが十代だったんじゃないか。

リンゴのちびたんがカッコよかった!

他の歌手の60年代のシングルも出てきました。

「砂に消えた涙」

ミーナのいい曲でした。

ポピュラーソングで難しく考える必要のない曲です。

思わず口ずさんでしまうような陽気さが60年代の歌にはありました。

きっと、つらかった第二次世界大戦の思い出やつらい過去を吹き飛ばしたかったんだろとーーー今は思えます。

ジリオラ・チンクエッテイ、、、舌を噛みそうな名前でしょ。

イタリアの(春)スプリングですよ。

クラウディア・カルディナーレは本格的美人でちょっと影がある。

相手役はジョージチャキリスと当時の人気者同士です。

「ブーベの恋」はちょっと悲しげな曲ですねーーー。

優男と美女の恋の物語だから~~~えぇーいくそくらえだな。

段ボールから出てきたレコードは78回転から45回転、32回転といろいろだった。

もしかして戦中戦後のレーコドかもしれない。

「いとしのクレメンタイン」「谷間に3つの鐘がなる」「ボタンとリボン」「ジョンB号の難破」

アメリカ民族音楽とでも言いましょうかー。

ラ・クンパルシータはスペインかブラジルか???

朝日ソノラマは日本が貧しいころのレコードまがいです。

私の子供のころは戦後間もなかったので、戦記物が世の中にあふれていた。

「丸」なんていう戦記雑誌まであったから。

朝日ソノラマは一冊の真ん中に穴が開いていて、ページを開いたら一冊ポンとレコードにかけられるようになっていた。

レコードは固い素材じゃなくペラペラのビニールシートみたいだった。

音がいいわけがなく、戦争中の玉音放送のような音質だった。

もっとも、私は玉音放送は知らない世代ですが、音が小さくて無理のあるレコードでした。

ペラペラなんで波を打っているしレコード針だって溝を追従するのが大変だっただろう。

ソノラマのペラペラ・レコードはブック状なので一枚一枚には外せなかった。

戦時中に録音された音や歌が記録されていたと、、、記憶にはあります。

日本は物資がなかったんですねー。

当時はアメリカとソビエト(ロシア)だけが裕福な社会だった。

アメリカの60年代の車デザインは、のびのびとしている。

この世の春を一国だけが享受していたんだろう。

そんな国と戦争したんだから、日本の軍部の馬鹿さ加減にうんざりでしょ。

世界を見もしないで、井の蛙で戦争を仕掛けた罪は大きいい。

オーツタイヤがあったんだー。

いわゆるホワイトリボンっていうやつです。

オーツタイヤは大津で作っていたのか?

これこれダイハツですよー。

オート三輪が映画「三丁目の夕日」の幕開きに出てきました。

私も高校生のころ、、、このオート三輪が欲しかったーーー。

これがあればどこにでも行けるなーって空想していました。

ほんのちょっと改造して、オート三輪のキャンピングカーに仕立てて日本各地を見て回りたかったのだ。

小型のオート三輪はテントを背負ったバイクみたいでしょ!

結局、高校2年生の時に二輪免許を取って、中古のベンリイC92を乗るようになった。

振動は多いしブレーキはプアーだし、ライトは暗いし、悲惨なバイク乗りだった。

このあたりになると、一冊の中に袋とじでビニール版のレコードが入るようになった。

ペラペラから若干厚くなったのでレコードっぽくなった。

まーペラペラなのは50歩100歩かなーーー。

でも、一枚一枚分離しているので平面性は良くなった。

と言っても、浪打はいっぱいある。

これはこれは、クイーンじゃないか。

時代が急に進んだなー。

たぶん、あっという間に時は20年進んだと思います。

ドナサマーの歌声を聞いて、若かった私は度肝を抜かれた。

ドナサマーの迫力ある声、パワーにしびれたものです。

私は、もう仕事を始めていて、さっそくコンポ・ステレをを買ったものです。

それまで、音楽には全く興味がなかった青春を過ごしていたんで、180度方向転換しました。

音響の良いスピーカーを手に入れたり、ヘッドホンを買ってきて聞いたりしていました。

部屋のどこにスピーカーを置くといいかとか、仕事用に買ったワンボックスを改造して大きなスピーカーを後部座席の上に配置したりしていた。

大音量で演歌を聞いていたのもそのころだった。

北海道に車ではるばる行くときは、北島三郎の演歌シリーズをそろえたり、八代亜紀をガンガン鳴らして行ったものです。

1回北海道に入ると1か月は行きっきりになっていた。

お仕事をいただいていたが、北海道行とバッティングすると仕事を延ばしてくれるような、のんびりした時代だった。

演歌をガンガン鳴らして窓を開けてワンボックスじゃ、ミニミニ・トラック野郎だったなー。

人には怖いものがないという歳があるのだろう。

これは急にまた時代がさかのぼり、、、もしかして戦中のレコードか?

VICTORとClumbiaが多い。

捨てるのはもったいないから、オークションにでも出して誰かに引き取ってもらおう。

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春巻きにチャレンジ、ウエイパァーの使いすぎかも

2017-03-11 22:03:09 | 食・レシピ

巨大ほうれん草の束を手に入れたので、ソーセイジとほうれん草の炒め物にしたが、食べきれないぐらい大量に余った。

そこで、今まで作ったことのない春巻きにチャレンジ。

春巻きの皮を買ってきて巻いて揚げただけなのでチャレンジというほどじゃないかも。

でも、初めてなんで色々錯誤しました。

春巻きの巻き方にコツがあるのと、中に入れる具が汁っぽくない方が良いのがわかった。

じゃーん

これはよく形がまとまったもので、皮が破けたものがいくつもあった。

中の具が汁っぽくて皮が弱くなった。

春雨を入れるのは汁を春雨に吸わせるためもあるそうだ。

ひとつ賢くなったぞーーー。

これは具がほうれん草とソーセイジ+チーズのもの。

ほうれん草春巻きです〜〜〜。

チーズの焦げとほうれん草がよく合います。

こちらは豚肉野菜炒めを作ってあったので、それを春巻きにしました。

春巻きとしちゃこちらの方がそれらしいかも。

豚肉、人参、キャベツ、大根、ほうれん草、ニンニクと具沢山です。

作り置いた具でも、上の方は汁が切れていて良かったが、下になったところの具は湿っぽくて難しかった。

どうしても汁っぽいと春巻きの皮が湿って破けます。

破裂するってことです。

この辺は上手くまとまった方です。

うまそーでしょ。

味付けはウエイパァーだけです。

お味はちょいウエイパァーがきつかった!いつものとうりに何も入れずに調理すれば良かった。後味が気になったから、、、。

ウエイパァーのような化学調味料は家には置いていなくて、味の素さえ使わないので私の料理史上初めて使用です。

今回ウエイパァーをチョビ使うつもりが、手加減がわからないので大量に入れてしまったようだ。

ウエイパァーたぶん今後使わないので誰かにあげよう。

化調はお店で食べる分だけで十分ですからねー。

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クリスマス・ローズが咲き出した

2017-03-10 15:37:16 | 植物

我が家の日の当たらないところに植えてあるクリスマス・ローズが咲いていました。

家の北側なので日が当たりませんが、丈夫に繁殖しています。

あらあら、下を向いていて、しかも地上10cmぐらいなので普通じゃ見えません。

デジカメのいいところは適当にレンズを向けて撮れば、クローズアップでも明るさも自動で撮れます。

撮ったら液晶モニターで確認できるから、すぐに撮り直しができます。

白い地に赤の斑点がある。

こちらは種類が違うのか斑点が少ない。

日陰で花が咲くのでクリスマス・ローズは意外に丈夫なのか。

蕾も可愛らしいですね。

クリスマス・ローズの花は、花に見えるところは花じゃないところだそうです。

お隣ではランが咲きそうだ〜〜〜。

ランの花びらは肉厚でしかも丈夫で、咲いてから長持ちします。

熱帯の花は反対に1日で枯れるものもあるのに、ランは長期間咲いています。

ランの蕾は高貴な感じです。

まさに植物の王様みたいだーーー。

ひと株咲き出していました。

ランの鉢がいっぱいあるけど、けっこう窮屈そうなので株分けしなきゃ〜〜〜。

お庭にの姫椿がこれから咲きます。

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神社はどうなっている、「いつでも元気」から

2017-03-09 10:33:35 | 社会・経済

東京に住んでいると宗教とは全く無縁の生活ができます。

だから、日常には宗教というか、神社やお寺には全く縁がない。

いいところ、冠婚葬祭だけが宗教施設との接点じゃないか。

ところが、どこかに観光に行くと、たいてい神社仏閣、お城などを見たがる。

観光地で見物客に人気のある神社仏閣は経済的にも恵まれている。

ある神社関係者談、

「寄付やお賽銭、祈祷料だけで食べていけるのは全国で数百だけ」

国内には宗教法人18万1411があるそうで、神社が8万1000社だそうです。

初詣は宗教的な行為なのか?

と問われれば、ただの年中行事じゃない、、、。

日本の休日(旗日)は年間16日あるそうだが、天皇家由来の祝日が年間16日あるという。

天皇は神道じゃないと思うのだが、実際は天皇家で神道にのっとった行事が行われている。

天皇家は仏教徒じゃないのだろう。

日本の象徴としている天皇家が神道なのはどーなんだろう。

神道が国家宗教ではないはずだから。

とされてはいるが、、、。

自分が仏教徒か神道かと問われたら、、、無信教だろうなー。

どちらも同じくらいの接点だもの。

そういえば、明治神宮の北参道入り口には神社本庁があるが、あれは省庁でもなく行政機関でもないそうです。

全国の神社をまとめるだけのはずだが、実際は各神社の宮司を任命するので神社の全権を持っている。神社本庁には外郭団体があって、神道政治連盟国会議員懇談会なるものがあって、自民党を中心に304名が所属している。

政治と宗教の分離を憲法はうたっているが、創価学会と公明党のこともあるが、実際は宗教を利用した政治がはびこっている。創価学会は宗教が政治に口を出しているのだが、、、。他の宗教も政党を作るほどのことがなくても代表を送り込んでいたりします。

宗教と政治は完全に分離は難しいのだろう。完全に分離することは、もしかして不自然なのかもしれない。 

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街道をゆく「韓のくに紀行」司馬遼太郎

2017-03-07 19:47:33 | 本と雑誌

昨年末から司馬遼太郎の本を何冊も読んでいますが、感想文が書けません。

司馬遼太郎の本は内容がぎっしり詰まっているので、私程度のものには論評も感想文もかけないというのが実際です。

どの本もひと筋縄で語りきれないぐらいのボリュームがあります。

街道をゆくの、中国紀行上下、韓のくに紀行、陸奥のみち、肥薩のみち、湖西の道、甲州街道&長州路、などなどですが、一般的な紀行文のまわりにそれの数倍ぐらいの歴史、物語、社会状況などがあるので、ひとくくりに紀行文と言い切れないぐらいです。

実は、、、実はこの司馬遼太郎の本は90歳を超える母が「読んだことがないなら、面白いから読め」とあづかったもの。

なんというか、母の頭のしっかりさに仰天した次第です。

もしかして、還暦を過ぎたくらいの私より90歳を過ぎて東京オリンピックまでは生きられないだろうーーーとのたまう母の方が遥かに頭がしっかりしているかもしれない。

この本が書かれたのは韓国に李承晩が君臨していた頃のようで、40年前以上だと思います。

その頃の韓国旅行と思えば間違いない。

韓国というか朝鮮は古くから日本と海を隔てていたが行き来があった。

朝鮮には金海と呼ばれる村があり日本人を祖先にする人が住んでいて、住人はみな祖先を日本人だと誇り(?)を持っている。

古くは日本の韓国の窓口は対馬であって、対馬は位置的なこともあるが新羅や唐に独自に使節を送っていた。

ある意味で隷属みたいなことをしていたということだ。

日本に属しているだけじゃ対馬は危なっかしかった。

朝鮮の日本村、金海をたずねたら、物珍しそうに村人が集まってきて、長老に挨拶したら朝鮮に日本村があるのと同じように、日本にも朝鮮村があると切り替えさられた。

百済が滅びた時に、難民となって大挙して日本に朝鮮人が渡ってきたが、朝鮮の出身地によって琵琶湖西や関東平野の埼玉の山間部に住まわせられた。

その当時の朝鮮は日本より遥かに文化が高かったようです。

日本の歴史は文字が入ってきてから1600年くらいに対して、韓国は中国と陸続きなので2000年以上の歴史があります。

さらに中国の律令制を寸分違わぬ形で模倣して定着させたので、古代の文化は遥かに日本をすいがしていた。

日本は平安時代に律令制を唐から導入したが、古代の地元豪族が強く、しかも時代が下がるにつれて武士がでてきて、実際の権力を朝廷から武士の勢力が奪ってしまった。

だから、形だけの律令制になってしまった。

ところが、それ以後の日本の発展を見ればわかるように、律令制を排した日本の武家統治の方が遥かに進歩的で、経済などの発展に大きく寄与した。

律令制は往々に政治勢力(官僚)の腐敗を生みます。

それと、影響が大きかったのが儒教だと言います。

儒教は親族の10世代ぐらい前までを親族として、固い結束を生むことが多い。

さすれば、そこに何事にも親族優先の法則が当てはまり、、、つまり腐敗が始まります。

親族同士での結束になるのです。

これが、今の韓国の問題にもつながるようです。

この本が書かれた40年前は、それがひどかったようだ。

律令国家で儒教の本家本元の中国は、毛沢東の文化大革命でそれらをぐちゃぐちゃに壊したのが、はからずもマイナスは大きかったがプラスもあった。中国の歴史的な遺産や知識人を破壊して、ついでに現代においては良いことが少ない儒教の教えまで破壊したのは、のちの中国にとって良かったのではと司馬遼太郎は言っている。評価が難しい所だが、、、。

日韓、日中の関係はむずかしいが、かの国の生い立ちを知ることは面白い。かの国の歴史はすべて日本に関係してきています。

日本と朝鮮の古くからの関係をよく解説してくれている。「街道をゆく」というタイトルではあるが、ものすごい広がりと知識欲を感じる一冊です。「街道をゆく」にはどの号にも感じられるすごさです。 

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サザンテラス、新宿

2017-03-06 16:27:37 | 日記・エッセイ・コラム

このサザンテラスの景色が今の私の原風景です。

サザンテラスは新宿駅の南側に位置します。新宿駅だが住所は渋谷区に入ります。

昔学生時代のころは、中央線の中野あたりから新宿の副都心が見えるところが私の原風景だった。

信州の山や東北の山や北海道の山、世界のへき地、紛争地域に鉄砲玉のように行っていたので、中央線で久しぶりに東京に戻ってくると、中野あたりから遠く新宿の高層ビル群が見えてくると、おぉー無事帰ってきたなーという実感がわいてきたものです。「遭難とは自力で自宅に戻れないことを言う」との言葉をひししひしと感じていたころの話です。

最近、このすぐ近くに住むようになってから、新宿高島屋や東急ハンズに行く時の往復がこの風景です。こんな都会の風景でも、すごく懐かしい気がするのです。

人によっては高層マンションから見下ろす東京が源風景の方もいらっしゃるだろう。

私の住まいは低層マンションなので、どちらかというと見上げる方が多い。

見晴らしの良い住まいもいいだろーなーとも思う。

新宿生まれの新宿育ちなので雑踏が故郷です。

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古い携帯電話を都庁の回収ボックスに入れてきた

2017-03-05 14:18:05 | 日記・エッセイ・コラム

携帯電話から希少金属が取れるので、都庁で回収ボックスが設置してあると報道で知り、寄付してきました。昨年、携帯電話からスマホに変えたが、プロバイダーが古い機器も持っていたほうが良いと言ったので、じっと引き出しに入れていたが、やはり無用の長物だった。

昨日は新宿から京王線の仙川までジョギングしましたが、走り出す前に都庁・第二庁舎に立ち寄りました。

回収した希少金属はオリンピック・メダルに使うそうです。

東京でオリンピック開催は、必ずしも全面賛成じゃないけど、決まったからには素晴らしいオリンピックにしてほしい。都知事の小池さんも、前任者や都議会などの怪しい仕事の後始末で苦労されているようだ。マイナスからのスタートだから、ある意味で気楽かもしれない。政府自民党に蠢く腹黒い虫たちを前にしたら、何やっても国民の喝采を浴びるだけだから。

小池さんはよくやっていると思うよー。ごみ溜めの中にあったら普通のことをやったら輝くしなー。

ボランティア募集は2018年からのようです。

ずいぶん前からだと思うが、東京マラソンとは規模が違うから、より精緻な準備が必要だろう。

種目も多いし、日数も多い、来日客など数百倍、数千倍になるだろう。

もしかして、このナンバーは3224番目ということなのかな?

日曜日だったが、携帯電話などを持ってきている年配者がひっきりなしに訪れていた。

資源の再利用ですね。


そういえば1960年代のオリンピックの時、地元学校の中学陸上部の部長だったので、1年ずれていれば聖火ランナーになるところだった、、、残念ながら卒業したので後の祭りだった。

日本は貧しいながらも経済成長には勢いがあったのだ。

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40年前のファンシーボックスが倉庫から出てきた

2017-03-03 10:47:29 | ご挨拶

倉庫にあった段ボールを開けたら、、、

40年以上前のファンシーボックスが出てきた。

 

私がプロになって間もない頃に、化粧品会社のお仕事をした時のもの。

歳月でボックスも色焼けしていましたが布で拭いたら意外に綺麗になった。

高名ファッション・カメラマンさんのリテイクの仕事が、駆け出しの私に仕事が回ってきたのです。当時、ファッション・カメラマンの方には破廉恥な自由人がいらしたのです。ポスターはいいけど商品撮りをその方に任しちゃいかんだろうーというくらい、とんでもない人だった。リテイクなど撮らないとのたまう大御所さんに困り果てた制作さんが私に泣きついてきたのだ。私は若かったのでありがたく撮らせてもらった、

ギャラは当時のお金で10万円だったが、有名メーカーの化粧品を80万円分いただいた。段ボールで2つあった。

化粧品を男が持っていても仕方がないので、女友達に気前よく配ってしまった。

ほんのわずか、ファンシーボックスと化粧品が残っていたようです。

倉庫には何十年も開けたことのない段ボールがまだあります。

ケースから出しました。

新品ですが中身は変質しているかもしれない。

アルコールが入っているので腐っちゃいないだろう。

白い紙の上に置いたら、、、

まだまだ綺麗ですねー。

でも使うのは怖そうだ〜〜〜。

青年だった頃にタイムスリップしました。

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昇楽、中華料理

2017-03-02 11:48:51 | 食・レシピ
代々木の老舗でしょう。
いかにも昔ながらの中華料理屋さんそのもの。
おいちゃんと若旦那(結構年配だが)の2人で切り盛りしていたから親子かな。


水曜日は夜の7:30から代々木公園で南蛮連合のインターバル練習があるが、アパートを出たあたりで空からポツリポツリと雨が降ってきた。
アレーという間に雨脚が強まってきた。
軟弱なランナーなので途中にある中華料理屋さんの昇楽につかまった。
左目の片隅にメニューウインドが入ったのが運のつきだった。

練習をやめて夕食だー。

今日の予定では、9;00まで練習して、スーパーのマルマンに立ち寄り、買い物をしてから夕食を作るつもりだった。
昇楽で食べたら一石二鳥じゃないか???


五目そば850円
なんてことはない五目そばですが、具がやたらと豊富で栄養価が高そうです。
肉から卵、なると、昆布、etc、八宝菜みたいで店屋物にしてはバランスが良い。
お味は可もなく不可もなくです。
昔ながらの懐かしい中華そばです。


麺は細麺で、このお店で極太麺が出てきたらびっくらこきます。


地元の人たちに愛されている庶民食堂のようでした。
ひとり身にはお助け食堂かなー。
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東京マラソンの応援記、19km地点(森下)、39km地点(大門)

2017-02-27 17:43:08 | ランニング・大会

東京マラソンにはランニングクラブ南蛮連合から20人余りが参加しました。

外人が多いので当選する確率が高いのです。

Eiichiro Kamikawa
Harrisson Uk
Mike Hegarty
Henry Kelly (from England)
Marie Gras
Derek Leong
Padraig MacColgain
Katsu Kinoshita
Satohi Numasawa
Carol Cunningham (from China)
Yuuka Yonemura
Russ Stamm (from New York)
Eric Guinard (from Osaka)
Rika Homma
Mary Eckstein (from Hong Kong)
Hemant Tilekar
Yoshie Niitsuma
Celine Bouny

第一回大会には南蛮連合から50人ほどが参加しましたが、複数回走られるかたがいて、チームメンバーも遠慮してエントリーしなくなりました。

でも、大きな大会なので大挙して応援に駆けつけました。

私は仕事場から駆けつけて、仕事に戻るので毎年チームの応援部隊とは別行動です。

ゼッケン1番が優勝したキプサング。

ペースメーカが多くて、超高速レースになり、2時間3分台の驚くべき記録が生まれました。

周りはケニヤ勢でしょう。

ペースメーカー(チームアディダス)も主役たちも、すべてケニヤ勢かなーーー。

真ん中がキプサング。

足の長いことー、走るための機能美とでもいいましょうか。

無駄肉がありません!

わぉー「猫ひろし」さんじゃありませんか!

トップが過ぎ日本人の集団が過ぎ、しばらく経つと小さめなナイスガイが走ってきました。

観客は大喜びで一番声援が大きかったぞ〜〜〜。

タイムは2時間30分43秒!

オリンピック選手だものなー。

元、、、いや現役のお笑いタレントですが、しかも年齢を考えると、、、驚異でしょう!

見物していて気がついたのが、今年は各国用のペースメーカーを独自に用意した気がします。

ペースメーカーのウエアーが違ったのです。

国ごとかメーカーごとなのか、、、。

 

20人の仲間を3万5千人の大集団から探すのは、、、実に大変で5人/20人ぐらいしか見つけられなかった。

特に、3時間、4時間のペースメーカー(金色の風船をつけている)の周りには500人ぐらいの集団ができていて、人と人が重なって判別不可能です。

さすがに大きな大会だーーー。

上の彼女は39km地点でようやく発見できた。19km地点や5km地点では人がごちゃごちゃで、、、。

上位で走っている南蛮連合メンバーは、なんとか捉えられましたが。それでも数人見逃したようだ。

彼女はベストコンディションじゃなかったようですが3時間20分で走りきりました。

本命の大会は名古屋ウイメンズだそうです。

彼女は3時間1分と自己ベスト(PB)を出しました。

いつも南蛮連合のインターバルでも元気でA組みを引っ張っています。

チームアディダスと南蛮連合のコーチみたいな存在です。

南蛮連合のトップは先に行っているようで、彼もサブスリーでしょう。

この辺りのランナーのウエアーはランシャツが多い。

早く走る人はランシャツ&ランパンです。

たぶん、このナンバナーは若くて走り始めて間もないのかもしれない。

いやはや、東京マラソンは大きな立派な大会になりました。

私は東京マラソンが始まる前から計画段階から、宇佐美(1960年代の東京オリンピック代表)さんのお手伝いで、都内でフルマラソンをやるにはと、あちこちボランティアをやっていました。東京国際女子マラソンのお手伝いをやったが、どうにもこうにも上から目線の大会運営だと思いました。手伝ってみて、こんな大会は潰さなきゃいけないとまで、痛切に感じましたから。TVや沿道でみている時にはよかったが、ありゃ内部は腐っていると思った次第。開催主催者の⚪️⚪️新聞と⚪️⚪️競技連盟は、、、どうしようもないと感じた次第。今はどうなったのかなーーー。

東京マラソンの立ち上がりから5年間ぐらいやって、今はもっぱら新宿マラソンの方に会社ぐるみで手伝っています。

やはり東京マラソンより新宿マラソンの方が地元ですからーーー。

東京マラソンは全国的&世界的な大会でボランティアに人が殺到しますが、新宿マラソンは知名度もないしコアーな大会なのでボランティアが全く足りません。それで爺婆まで駆り出されて沿道整理しています。そんな状況を見たら、地元ランナーとしては放っておくわけにはいきません!

東京マラソンの懇親会もありました。 http://blog.goo.ne.jp/photostudioon/e/3281cb1b4e9727ac78f956db3e7e59b3

第一回東京マラソンは手探り状態で始めたんです!

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