紅露の写真日誌…北の大地・夢空間

おもに北海道内の風景・スナップやカメラのことなどなどに付いて、掲載していきたい。

今週の一枚〜不思議な画像

2012-02-09 06:00:00 | カメラ
昨年の11月下旬に、コンパクトデジカメを買い替えたことはこのブログでも取り上げました。購入後二月もしないうちに、モニター画面に不思議な画像が現れたのです。一瞬アートフィルター機能が起動したのかと思いました。しかし、このコンデジ(CASIO EXILIM Z-3000)には、HDRアート以外のアートフィルターはついておりません。



何度スイッチを入れ直しても、シャッターを切っても、撮影できるのは上のような縞々模様の画像ばかりです。即入院手術が必要と思い、CASIOリペアセンター宛送付いたしました。そこで、このコンデジについていくつかの疑問点も添えて送りました。

(1) 画像ファイルの通し番号について
撮影した画像(ファイル)にNo.が付けられます。これはどのデジタルカメラでも共通のことです。一つのメディアについて、0001番から始まり9999番まで連続してつけられるのが普通です。メディア内の画像が消去された場合でも連続番号が振り当てられます。

しかし、このCASIOのコンデジの場合、画像をパソコンに取り込んだ後、メディア内の画像を消去してしまうと、再びCIMG-0001から番号が始まってしまうのです(なお、CIMGはCASIOの識別記号)。一見何の不都合がないように思われるかもしれません。滅多に撮影しなければ問題はないのですが、毎回数多く撮影し、PCに取り込むと、問題が起きてきます。

すなわち、CIMG-0001のファイルNo.ばかりがやたら多くなるのです。PC上で画像を識別するのはファイルNo.ですから、まったく別々の画像でもCIMG-0001とあれば、PCは識別できず同一の画像とみて、「上書きしますか?」となってしまいます。別々の画像を上書きされてはたまりません。マニュアルを見てもわかりません。そこで、連続番号を割り振れないものか質問したわけです。

CASIOの担当者から電話で回答がありました。結論から言えば、現状では不可能ということです。不思議なことにほかのカメラメーカーが出来ていることができないとは…。

(2) 電池・メディア室の裏蓋ロックが甘い
コンデジは胸ポケットやジャンパーのポケットに入れて持ち歩くことが多い。ポケット内には小銭入れやいろんなものと同居します。手を入れてコンデジを取り出そうとするときに、中でぶつかり合って裏蓋が開くことがしょっちゅうです。裏蓋が開いても、電池もメディアも一応ロックがかかっていて、即脱落することはありません。でも裏蓋が容易に開くのは、よいことではありません。CASIOの担当者からも、この点についての苦情も多いらしく、改善策を検討中とのことでした。

<修理の顛末について>
修理センターにカメラを送った後、係の方から電話連絡がありました。レンズ部分の故障が原因とのこと。落しませんでしたかと尋ねられましたが、上着のポケットに入れて歩き周りましたが。落してはおりません。保証期間内(1年間)ですので修理代は無料ですとのこと。

おい、おい、チョイ待ちや。故障の原因は使用者側にあるのか、それともメーカーにあるのかはっきりさせずに、保証期間内だから無料ということは…期間外であれば、メーカーの設計ミス等で故障しても、使用者に費用を負担させるということではないか。一瞬、CASIOの担当者と言い争うところでしたが、思いとどまりました。念のため購入時にヨドバシカメラの延長保証に入っていたことを思い出したからです。下は修理から戻ってきたCASIO EXILIM Z3000

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コンパクトデジカメを買い換える

2011-11-30 06:00:00 | カメラ
従来メインの撮影機材としてCANON EOS40Dを、サブとしてOLYMPUS E-P1を使っていました。またLUMIX FX33と言うコンパクトデジカメを胸ポケットに入れて、ちょっとしたお出かけ時にはこれで撮影しておりました。

いずれも、フォトコンのもらい物ですが、ここにきてLUMIXの調子がおかしくなってきました。GETしてから4年近く経過したでしょうか、ズームを拡大すると、縮小に戻らなくなってきました。保証は勿論切れていますので、修理に出すと最低1万円はかかります。この際ということで新しいコンデジの購入を決めました。


(左赤が今回購入の「CASIO EXILIM Z3000」右が故障したLUMIX FX33」)

以前からHDR撮影が可能と言うことでEXILIMが気になっていました。他のコンデジでもHDR撮影可能な機種があるのですが、EXILIMはさらに一歩進んで絵画調の作風が可能なHDRアート機能がついております。早速ヨドバシで「EXILIM Z3000」を15,700円と言う手ごろな価格で、ゲットしました。以下、早朝のイヌの散歩時に試し撮りしてみました。


(通常のプログラムオート「以下Pモードという」 我が家の玄関を出たところで撮影)

(HDR撮影)

(HDRアート撮影)

我が家を出て50mほど下がメルヘン広場。ルタオの塔が見えます。私の背後の坂の上から朝日が射していますが、途中のマンションに日が遮られています。そのため手前は影となっています。散歩のスタートです。メルヘン広場のほうへ下ります。


(見慣れた光景もHDRアートにすると… 中央は洋菓子店ルタオ)


(信号手前で、イヌのポートレート)


(HDRアートだと絵に描いたような…)

さらに散歩を進めて、JR入船ガード下の赤いお宮の近くにまで来ました。


(Pモードで普通に撮影した画像 ガード下の奥やお宮の線路側が暗いまま)


(HDRモードで撮影した画像 日陰の部分が明るくなった)


(HDRアートモードで撮影した画像 赤や青い部分がより鮮やかになりました ガード下奥の建物の2F部分や右端の樹木に注目)

ガード下をくぐって、マンションの横を量徳小学校方面に上がっていきます。途中で、取り壊し中の家屋があって、重機で建物を解体中でした。普通に撮っても絵になりにくい題材ですが、これをHDRアートで撮ってみると、結構面白い絵になりました。


(解体中の家屋)


(双葉中学校の横を通って量徳小の前に出ます 太陽を画面に入れたところ、太陽の周りのフレアーが、Pモード撮影時よりも、より濃く、大げさに現れました)

なお、イヌの散歩はこのあと南小樽駅前を通り、三本木旧坂を降ります。ぐるっと自宅を一周しましたが距離にして1.5kmほどで、イヌのペースにあわせて歩いて約30分ほどでした。

このHDRアートに魅せられて購入しましたが、数日間の使用でいくつか気付いた点を上げてみたいと思います。
(1)今回撮影モードを「Pモード」「HDRモード」「HDRアートモード」の三つに限りましたが、より高画質な「プレミアムモード」があります。そのほか「ベストショット」「パノラマ」もあります。ただ、モノクロ撮影が出来ないのが残念です。
(2)ズームレバーが惰性でずれてしまいます。正確な位置にストップできなくて、何度かレバーを左右に動かさなければなりませんでした。
(3)高画質モードにすると、処理に時間(1秒前後)がかかり連写ができない。通常のPモードでも、連写ができない。
(4)Pモードだけで、シャッター優先、絞り優先モードはありません。

とはいえ、お散歩カメラとしては十分すぎるほどの機能を備えているといえるでしょう。
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中古カメラの試し撮り

2011-03-06 06:00:00 | カメラ
2011年1月25日付ブログ「中古カメラが5台やってきた」で紹介したミノルタSR-7(昭和37年製)とミノルタ35Model2型(昭和24年生)について、ネガフィルムによる試し撮りが終わりましたので紹介いたします。カメラやレンズの話が中心になって、多少分かりにくい点があるかもしれませんが、ご了解ください。


(左が「Minolta35Model2型」(以下M35-2と略)、右が「MinoltaSR-7」(MSR-7と略))

(1) 絞り開放の写りの比較(M35-2=F2.8 MSR-7=F1.4)

下の2枚の画像は「M35-2」F2.8で撮影したものです。撮影場所は北一ガラスのランプホールです。フィルムは「FUJI SUPERIA PREMIUM 400(MSR-7も同じフィルム)」です。手持ち撮影のためぶれない程度の最小シャッタースピード1/35で切っております。





「M35-2」の最短撮影距離は3.3ft(約1m)です。下の画像の中のPEN E-P1はレンズから70−80cmのところにありましたので、アウトオブフォーカスとなりました。上の画像のランプは1.2m程離れています。ランプのホヤがしっかりと写ってはおりますが、バックの豆電球のボケが小さくなっています。次の「MSR-7」の開放(F1.4)画像を見てください。





上段は1.2m先のランプのホヤに、下段は60cmほど先のコーヒーカップにピントを当てております。しっかりした像を結んでおり、バックの豆電球のボケがとてもきれいに出ました。終戦直後に生産されたカメラと、高度成長期に入りかけたときとのカメラとの差ともいえます。

(2) 絞りF8の写りの比較

次の2枚の画像は「M35-2」で、F8,1/500+PLフィルター(最高速度が1/500、減光のため使用)で撮影しております。画像の左側に露光不足が見られます。なお、このカメラのフィルムサイズは、以前にも触れましたが24mm×34mmです。現行のライカ判に比べ横幅が2m狭くなっております。昭和22年に生産された時は、24mm×32mm(パーフォレーション7穴)でした。主要輸出国がアメリカであったために、アメリカ基準(24×36mm、パーフォーレーション8穴)に合うように占領軍に指示されました。

ところが、ボディの設計上2mmまでしか広げることしか出来ず(パーフォレーションは8穴に変更)34mmとなった経緯があります。フィルムサイズを無理して広げたことも一因かもしれません。なお占領軍による同じ指示はニコンも受けており、昭和24年のニコンM型では24mm×34mmとなっています(それ以前のニコン1型機は、24mm×32mmであった)。


(2月20日撮影 Minolta35Model2 F8 1/500+PL 運河付近の香港人 雪が珍しいらしい)


(同日撮影 カメラ同じ F8 1/500 フィルターなし 露光不足が気にならない)


(同日撮影 カメラ同じ F8 1/35 フィルターなし 運河ターミナルにてミラー利用)

次に「MSR-7」にて撮影した画像を見ます。このカメラを操作していて、距離計の不調に気が付きました。ほぼ5m以内であればピントが合うのですが、ファインダー越しには無限縁が距離リングの5m付近になり、それ以上リングを遠距離に回すとボケてしまうのです。下段の画像はリングを無限遠に合わせたものです。近くの被写体がボケすぎです。


(2月3日撮影 MinoltaSR-7 F8 1/1000+PL 堺町通り距離3−4m 雪割り作業中)


(2月6日撮影 カメラ同じ F8 1/500+PL 不思議な画像になってしまった 距離リングに欠陥あり)

(3) その他の比較など
MinoltaSR-7の距離計には5m以上に問題のあることが分かりました。ただF1.4の絞り開放による近距離撮影には抜群の威力を発揮するようです。使い道はありそうな気がします。

他方Minolta35Model2のほうは、撮影後のフィルムの巻き戻しが、これまた大変な作業でした。巻き戻しノブが小さい上に、ファインダーの窓枠がノブの半分近く覆っているために、摘んでまわす事が、至難の業でした。結局ダークボックスに入れて、裏豚を開け、何とか撮影済みのフィルムを取り出しました。これでは、二度と使う気が起こりませんね。

一度デジタルと言う便利なカメラに慣れてしまうと、フィルムカメラへの回帰、それもクラシックカメラへの回帰は私には無理なようです。
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中古カメラが5台やって来た

2011-01-25 06:00:00 | カメラ
過日母方の叔母から電話があり、亡夫の遺品を整理していたら古いカメラが出てきたとのこと。カメラに興味があれば引き取って欲しいとのこと。そういえば、義理の叔父さんが亡くなって数ヶ月、土建業の前に、一時DPE店を経営していたことがあったけ。などと思いながら、即引き取りに行ってきました。

カメラ3台に三脚2台、ビデオカメラ1台が、段ボール箱に無造作に放り込まれていました。営業用に使っていたものらしく、DPE店を廃業して40年近くも経とうか。カメラは埃りだらけ、一部にサビもあります。

(1)NIKON M型 昭和24年発売
最初ケースから出してみたときに、ひょっとしてNIKONのS型かなと期待しました。終戦後作られたNIKONの中でもS型、SP型はきわめて高い評価があり、SP型の復刻版(H17年)は、1台60万円以上で売りに出された記憶がよみがえります。


(残念ながらS型(昭和25年)ではありませんでした どうやら昭和24年製のM型のようです)


(シリアルNo.の前にMの記号があります これがM型を示している)

軍艦部(カメラの頭の部分を言います)を見ると、シャッタースピードダイアルが二重になっています。25分の1以下の低速部分は外側に、30分の1以上は内側のメインダイアルになっています。終戦後に作られた多くのカメラがこのように二段方式となっています。(5)で取り上げるミノルタ35も同様です。なお、底部には、「made in occupied japan」の刻印があります。米軍占領下の日本で作られたものなんですね。


(布幕シャッターは、長年放置されたせいか、ボコボコで、塗料の剥れも見られます)

最後にNIKON M型の特徴として、フィルムサイズがその後主流となったライカ判(24mm×36mm)ではなく、24mm×34mmであることです。残念ながらシャッターは切れるんですが、露光されるかどうかは不明です。

(2)Minolta Autocord 昭和30年発売
残念ながら、これも長年放置されたためか、シャッター羽が、固まって開きません。夏になって暑くなれば、シャッター羽のグリースが緩み切れるかもしれません。ミノルタオートコードは、二台目になります。


(マクロレンズ、YO2フィルターつきです 裏蓋の外し方忘れてしまいました」

(3)MAMIYA 6×9 昭和35年発売
どえらいカメラが…やって来た。先ずは画像を見てください。マミヤプレスと言う業務用のカメラです。一般の人が趣味で使うカメラではなく、新聞報道や、集合写真を撮る業者が使うカメラです。


(首から提げたら、30分も持たない)

業務用だけあって、フィルムは6cm×9cm判8枚撮りのブロニー120型フィルムを使います。建築物撮影用に、歪みが補正できる「あおり」や「チルド」撮影も可能です。


(後部フィルムとの間に蛇腹があり、あおり、チルドが可能 昔懐かしい「ASA(いまのISOのこと」の文字が…)


(フィルムパックを交換することで、手札版のシート撮影や6×6判、6×4.5・セミ判も可能)

なおこの大型カメラは、レンズぴかぴか、シャッターかしゃり、完動品です。でも、このような大型カメラを振り回す機会は多分ないでしょうね。早速ビニールに包んでお蔵入りです。

(4)フラッシュガンとバルブ(発光電球)
現在では内臓ストロボやクリップオン型のストロボを使いますので、若い方はこのような発光装置は見たことがないかもしれませんね。


(シャッタースピードや、被写体との距離でガイドNo.を割り出して…とにかく面倒でした)

ストロボが普及しだしたのは、確か、私が中学生の頃ですから、昭和30年代前半のことです。当時学芸会のスナップを、業者から充電式のストロボを借りて撮影した記憶があります。

義理の叔母から譲り受けた8mmカメラ等がありますが、紹介するのは以上の4点とします。最期にもう1点挙げておきます。このカメラは、以前属していた北海道写真協会小樽支部のT氏から頂いたものです。

(5)Minolta 35 Model 2型 昭和24年発売
財団法人日本写真機光学機器検査協会の「日本の歴史的カメラ」によれば、昭和24年発売のミノルタ35(改良型)に該当するようです。改良型以前のミノルタ35は昭和22年に発売されましたが、フィルムサイズが、24mm×32mmであったため、主要輸出国の米国基準にあわず、占領軍によって改変させられたようです。その結果改良型(フィルムサイズ24mm×34mm)となったということです。

この辺の事情は、先に(1)で取り上げたNIKON M型の前のI型と同じようです。終戦後日本の工場で作られたレンジフアインダーのカメラの多くが当初24mm×32mm判(フィルム孔7穴)でしたが、占領軍の意図で24mm×34mm(フィルム孔8穴)ないしは24mm×36mm(ライカ判、8穴)に変更させられたようです。


(保管状況が良かったせいか、レンズ、シャッターとも全く異常無しの完動品)

このブログを書き終えて(19日)、後は公開待ちにしていたところ、再度叔母から連絡があり、もう一台出て来たので取りに来いとのこと。なんでも亡くなった義理の叔父が、新聞社のカメラマン助手をしていた頃のカメラだと言う。それが次のカメラです。

(6)Minolta SR-7 昭和37年発売
露出計にCdS(硫化カドミュウム)を搭載した世界初の一眼レフということです(ウイキペディアによる)。従来のカメラは、露出計にセレン光電池(トンボの目玉に似た)を使っていましたが、CdSによって感度範囲が広がり、受光部が小さくなりました。画像の右側の丸窓がそうです。


(フィルターで保護されていたせいか、レンズはピカピカ Auto Rokkor-PF F1.4 58mm付き)

なお、SR-7と言う名称の由来は、米国の宇宙船「フレンドシップ7号」にレンズシャッター機「ミノルタハイマチック」カメラが搭載されたことによると言う。このカメラは、シャッター幕に多少のシミがあるものの、低速、高速とも全く異常がない。近いうちに、(5)のカメラとあわせ試し撮りをしたいと思っています。
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OLYMPUS PEN E-P1のISOブラケッティングを試す

2011-01-17 06:00:00 | カメラ
ちょっと標題が難しくなってしまいました。PEN E-P1をゲットしてから約9ヶ月が経過し、今ではサブカメラとして十分使いこなしております。イヤ、こなしてると思っていたのですが、実は「ISOブラケッティング」なる便利な機能に、気が付いておりませんでした。

ブラケティング撮影とは、通常被写体に明暗差があるときに、「標準、+補正、−補正」して3カット撮影し、その中から最適カットを選ぶための撮影方法です。或いはその3カットを元に、HDR(ハイ・ダイナミック・レンジ)加工するための手段です。(HDRについては、2009.3.4付け当ブログ「HDRに挑戦」を参照してください)

同じ被写体を3カット撮影するわけですから、通常は三脚でカメラを固定して撮るか、或いは、手持ちの場合は高速連写で撮ります。画角の変動やブレを防ぐためです。多少の画角の変動は、HDR加工する際にソフトが自動調整してくれることもあります。

私の場合は、EOS40Dでブラケッティング撮影する際は、撮影モードを「高速連写」にして手持ち3カット撮影しておりました。ところが、PEN E-P1の場合は、ワンカット撮影で、ISOを変化させて3枚の画像が得られるのです。これは便利です。どうしても試してみたくなります。そこで晴れの合間を縫って、JR小樽駅から運河方面に撮影に行ってきました。


(先ずは小樽駅裕次郎ホームにて Paintshop ProX2使用)

普通に撮ると、ホーム右端の明るさに露出が引っ張られて、この裕次郎ホームは暗くなって、これほど鮮明に裕次郎の写真も屋根の骨組みも写りません。もう一枚駅近くの都通のアーケードの中から撮影して見ました。上のやや小型の画像は、HDR加工前の三枚の内の一枚(標準露出)、下は加工済みです。




(アーケードの外の風景はそのままで、アーケード内が明るくなりました)

アーケード上部にぶら下がっているのは、魚の干物ではありません。千羽鶴なのです。この千羽鶴まで映し出そうとすれば、露出の幅を小刻みにもっと広げて、4〜5枚のカットを撮って加工する必要がありそうです。もう一枚運河付近の交差点を逆光と言う厳しい条件下で撮って見ました。


(普通に撮ると、空の調子が飛んでしまうか、日陰の部分が潰れてしまいます WB=日陰モード)

と言うことで、このPEN E-P1のISOブラケティングは、今後益々出番が増えそうです。なお、ここでEOS40Dブラケティング撮影し、HDR加工した画像を紹介しておきます。(撮影地美瑛、H22.10.3撮影)


(普通に撮ると手前のキガラシに露出が引っ張られ、下の画像のように空は白く飛んでしまいます)


(元画像のうちの一枚)

なお、上段のキガラシの画像は、HDR加工したままではこれほど空と雲の状況が出ません。PhotoshopCS3で多少調整しております。またキガラシについても、風になびくように、元画像自体スローシャッターで撮影しております。さて、HDR加工についてはここまでとして、1月の小樽運河の風景を以下でご紹介いたします。


(中央橋から浅草橋・札幌方面を見る PEN E-P1の14mm側では画像が結構湾曲します)


(反対に浅草橋から中央橋・余市方面を見る)


(人になれたカモメ 餌をくれる人を知っている)


(自作の絵葉書を売るM氏、寒い日には熱々のコーンスープが美味い 足には滑り止めのビニールテープが)
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コニカと言う名のカメラたち〜その2

2010-12-25 06:00:00 | カメラ
前回のブログで、コニカ製のカメラを4台を紹介いたしました。今回は三台+αを紹介いたします。


(左がコニカレコーダー、右がリリーです)

(4)新型リリー(S11年製)
大正から昭和の10年頃にかけて、小西六本店(後の小西六写真工業、コニカ)では、リリー手提暗箱、パール、パーレット(国産ベス単とも言われる)など時代の先端を行く、数々の名機が作り出されていきます。そのうちの一つがリリーです。手札サイズ(7.5cm×11cm、今でいうサービス判サイズ)の乾板式ですが、フイルム部分をハンザのカートリッジに交換が可能で、ブロニー判(120型)のフィルムを使うと6cm×9cmのネガ(またはポジ)が得られます。


(H14東京晴海埠頭で撮影 手持ちのスキャナーでは取り込めないのでポジフィルムをデジカメで撮影)

このカメラは、かつて昭和20年代に北海道新聞の委託カメラマンをしたことのある、親戚の方から譲り受けました。なんでも、昭和29年9月26日の洞爺丸台風時、後志管内岩内町で大火事が発生。3299棟が消失(死者33名)と言う大惨事の時にこのカメラが大活躍したと聞いております。

レンズはあの有名なCarl Zeiss Jeana製で、Tessar105mm付き、上下、左右にシフトできます。手元に来た時にはさすが錆ただらけでした。光線漏れも見られました。当時八王子に単身赴任中でしたので、市内桜町のコニカ修理センターに持込しました。さすが、受付の係り員もビックリ、数人が珍しそうに集まり、修理可能かどうか、暫らく検討しておりました。やがてかなり年配の技術者がやってきて、修理可能だと言います。

1週間後ぴかぴかに磨き上げられたりリーが手元に戻ってきたのです。しかし残念ながら、このリリーは鉄の固まり、デジタルに以降後は全く出番がなくなりました。

(6)コニカレコーダー(S59.3製造)
昭和40年代から50年代にオリンパスPENに代表される、ハーフサイズのコンパクトカメラが大ブームを起こしたことは記憶に新しいと思います。このコニカレコーダーもハーフサイズのカメラですが、如何せん発売が遅くヒットはしなかったようです。PENなどに代表されるハーフサイズカメラは、普通に構えて撮影すると、縦長の画像になります。しかしこのコニカのレコーダーは、フィルムが上下に走るので、横長の画像になるのです。


(イヌの散歩道である勝納臨海公園にて 放置された自転車と壁の落書き)


(H21.11.4初雪の日 内臓ストロボ発光 絞りの形が変形のためか、映り込んだ雪の形がいびつだ)

このコニカのレコーダは、ヨドバシカメラ札幌店のジャンクコーナーで入手したものです。500円のシールが張られていました。見た瞬間欲しかったカメラでもあり、ジャンクとはいえシャッターが切れるか試してみました。なんとストロボまで正常に発光するではありませんか。勿論500円で、お宝GETです。

(7)ジャスピンコニカ(C35AF)(S52.11発売)
昭和49年発売のコニカC35EF(ピッカリコニカ)に引き続きヒット商品となったのがこのジャスピンコニカでした。35mm判では世界初のオートフォーカスカメラでした(財団法人日本写真機光学機器検査教会資料に基づく)。このカメラも、ジャンク品の中から見つけたものなのです。このカメラには、赤、青黄色のバージョンがあって、私が持っていたのは赤いカメラでした。

写りがとても良く、単焦点ながら、とても活躍してくれました。残念ながら、大夕張の三菱炭鉱鉄道を撮影している間に紛失してしまうと言う失態。そのためカメラの画像がありません。


(北海道庁のイチョウを逆光気味に撮ったものです)

(8)コニカカメラのアクセサリー

(上左から、パール、コニカF、コニフレックス、コニカI、コニレット)

もう10数年前でしょうか、札幌のコニカにカメラの修理依頼で伺った時に、受付の女性に頂いたものなのです。確か7−8種類×2個毎、14−5個頂きました。友人等に差し上げて今はこの5個だけが残りました。コニカの名が消えた以上、二度と手に入らないでしょうね。この5個の中でもコニレットはお気に入りで、現在もドアのキーにつけておりますので、色が多少変色してしまいました。
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コニカと言う名のカメラたち〜その1

2010-12-21 06:00:00 | カメラ
明治36年にチェリー手提暗箱と言うカメラが、小西本店(後の小西六、コニカ)から発売されたのが国産小型カメラの第一号機といわれています。その後数々の名機を作り続け、戦後カメラ業界をリードしてきたコニカも、遂に平成20年カメラ業界から撤退してしまいまた。今はなきコニカカメラを偲んで、私が使ったコニカの数々を紹介して行きたいと思います。


(右がコニレット2型、左がパール3型)

(1)Konilette(S31.9発売)
私が始めてカメラを手にしたのは、昭和30年代初めの頃で、中学生の時でした。それは、親父に買ってもらったコニレット2型と言う蛇腹のカメラです。専用パトローネ入り、30mm×36mmと言うライカ判を上下に6mmほど大きくした12枚撮りの無孔フィルムを使うものでした。コニカ(当時は小西六)がフイルムの製造メーカーでもあったからこのような特殊サイズのカメラが作れたのでしょうね。


(S33年頃自宅前で遊ぶ フィルムスキャーナ時35mmサイズに合わせている)

このカメラでは飽き足らず、ものの1年ほどで手放してしまいました。その後平成8年頃、再度このカメラを手に入れましたが、フィルムのパトローネの幅が市販のフィルムでは太すぎて合わないのです。コニカ製の薄型使い捨てカメラのパトローネがぴったり合うことに気づき、フィルムを薄型パトローネに詰め替えて、何本か撮影したことがあります。

(2)Pearl3型(S30.12発売)
コニレットと同時に親父が購入したものです。親父は仕事で(役場勤務)使う以外は、写真に興味がないので、専ら私が使っておりました。中学校に持って行ってはクラスのマドンナを追いかけ、先生に叱られたことを思い出します。当時カメラブームで、田舎の中学校でも男子生徒の2−3割はカメラを持っていたようです。二眼レフや蛇腹のカメラが主流でした。


(中学3年生の時の秋の遠足 S33年9月頃)


(H14東京永代橋から佃リバーシテイ21を望む タングステン・ネガフィルム使用)


(右がコニカビッグミニネオ、左がコニカ3A)

(3)KONICA BigMiniNeo(H5.7発売)
このカメラは、青森支店に勤務時(H3-6年)、外国に出張することが決まり急遽購入したものです。それ以前からBigMini(24mm単焦点)を使い、映りのよさ、性能のよさを感じていました。と言うわけで28−70mmのズームつきのネオを選んだのです。その後このカメラは、娘に譲りました。娘は10年近く子供たち(孫)を撮り続けました。遂に裏蓋の開閉接点が故障し、私のところに戻ってきました。修理に出すも部品がないということで、カメラの役目を終わりました。


(H5.11ローマトレビの泉の近く)


(H5.11ロンドン塔入り口の受付人)

(4)KONICA3A(S33.4発売)
このカメラは、八王子支店に単身赴任中(H12-14年)に、有楽町電気ビル地下街の中古店で、4万円ほどで入手しました。中古カメラを物色していると、店主から「このカメラはいいよ、なんせ警察の鑑識に使われるくらいだから」と言われ、衝動的に買ったことを記憶しています。レンズ側のレバーを二度押ししてフィルムを巻き上げます。単身赴任中は、赤外フィルムを詰めて使っておりました。ただ重たい上に、フレアーが出やすく、その後は使っておりません。今は、展示棚の最前列にド〜ンと鎮座しております。


(H13年頃、羽田〜新千歳間霞ヶ浦上空辺りで撮ったもの)

次回に続く(リリー、ジャスピンコニカ、コニカレコーダーの話)
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マクロワールド〜1タンポポの綿毛と水滴

2010-07-02 06:00:00 | カメラ
本州ではすでに梅雨の時期で、湿気が多く毎日が大変かと思います。東京勤務時代(S46-58,H12-14)は、朝夕の通勤時にワイシャツの首から背中がぐっしょり濡れた事を思い出します。その点北海道には梅雨がなく、過ごしやすい時期でもあります。

さて、今回は梅雨にちなんで、水滴の撮影を取り上げたいと思います。タンポポの綿毛のシーズンはすでに過ぎてしまいましたが、5-6月に撮影したものからピックアップしてみました。先ず最初は、TAMRONのマクロレンズで撮影した画像です。


(バックに暗いところを選んで撮影)

さらに超マクロで撮るべく、レンズ逆付けで撮影してみました。すでに、このブログでも何度か紹介しているように、一眼レフのレンズを取り外して逆付けすると、超マクロレンズになります。普通のマクロレンズですと1倍までが限度ですが、逆付けですとワイド側にすれば、1倍以上の超マクロになるのです。具体的な方法は、2009.3.20及び3.21付けブログを参照してください。


(WBを白熱光にすると、全く別の世界が…)


(水滴の付いた綿毛を下から覗くと…)


(今まさに飛立とうとする 燃料タンクを挟んだ綿毛が宇宙へ旅立つ…)

次に、タンポポの綿毛の撮影時に、バックを変えて撮って見ました。最初は芝桜のピンクをバックにしたものです。次いで、CD-Rの裏面の反射を利用してみました。


(バックを色々変えてみると、色んな世界に…)


(バックに水滴のついたCDを置いて、日の光りを反射させてみると…)

最後の二カットは、バックにブツ撮り用の黒い布幕を置いてみました。この布幕は、ハクバのブツ撮りフォトコンテストで賞品として貰ったものです。さらにタンポポの綿毛に、下からCD−Rの裏面を鏡として太陽光を反射したものです。CD-Rを日にかざしますと、七色に輝く事はご存知のとおりです。この七色が水滴に映りこんで、幻想的な水玉ワールドが出来ます。


(「2100年宇宙への旅」を連想させるような過激な水滴ワールド)


(「2020年暗黒宇宙への旅」 光の当てよう次第でこんなワールドも)
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オリンパスPEN E-P1〜長時間露光、多重露光編

2010-04-13 06:00:00 | カメラ
長時間露光と多重露光について、早速試し撮りをしてきました。4月11日(日曜日)は天気晴朗なれど波高し、どこかで聞いた台詞ですが、早速塩谷海岸へ一番上の孫を連れて、行ってきました。余談になりますが、塩谷の海岸は砂鉄を含む黒っぽい砂浜で、いつも波があります。

この日は結構風があって、4月も中旬に入るというのにとても寒い日でした。カメラを操作する手も痺れてきます。三脚にツインブラケットを差し込んで、EOS40DとE-P1の二台をセットします。砂地のため足場に苦労しましたが、途中で強風で三脚が倒れ、E-P1が砂まみれになるというハプニングもありましたが何とか撮り終えました。


(E-P1 F22 20秒露光 ND=400フィルター ISO=100 WBオート 明暗・コントラスト微調整)


(E-P1 F16 5秒露光 ND=400 孫がモデル、少しぶれました)

なお、この浜辺の砂は、砂鉄が混じっているので、こげ茶色に見えます。EOS40Dでも撮影しましたが、EOSの場合は露光時間と同じ時間ノイズ補正にかかり、その間ビジー状態となり、次の撮影が出来ません。でも、このE-P1はビジー状態がなく、即モニターに撮った画像が確認できます。この点は、夜間の星空の長時間露光に有利になりそうでう。

次に多重露光を行ってみました。E-P1の場合はRAW画像で撮ったものを、モニターで確認しながら合成します(二枚の多重であれば、JEPGでも可能)。そこで、三色フィルター(スペクトラ=SP)で浜辺に押し寄せる波を撮って見ました。


(E-P1 F7.1固定 S各オート)


(E-P1 上に同じ)

上の二枚を比較すると、特に砂浜の色調が幾分違っております。これはモニター画面で各三色のRAW画像を合成する際の、露光調整の差でしょうか。各色の露光配分調整が結構難しいようです。フィルムカメラで撮影する場合は、緑色のフィルターが基準値となります。先ず、オートで出た露出を−1.5して、これをマニュアル露出にして三カット撮れば、自動的に三色の配合が出来ます。技術的な話はここまでとして、参考までにフィルムで撮影した画像を下に挙げておきます。同じ塩谷の浜辺です。


(Canon EOS55 データー不明)

最後に、12日(月曜日)メルヘン交差点で多重露出した画像を二枚挙げておきます。上は、三色フィルターで三回の多重露光をしたもので、下は、JEPGで2回の多重露出したものです。とにかく便利な機能が備わったもので、長時間露光、多重露光の出番が増えそうです。


(E-P1 SPカラーフィルター F7.1固定 Sオート メルヘン交差点)


(E-P1 JEPG多重(2回)露光 メルヘン交差点)
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オリンパスE-P1を試す

2010-04-09 11:13:42 | カメラ
欲しい、欲しいと思っていたマイクロフォーサーズ機が、ひょんなことから転がり込んできました。4月1日、宅急便でカメラが届きました。袋を見るとオリンパスイメージング社のものです。送り主は交通新聞社とあります。果てな、記憶がない、まさかエイプリルフールでもあるまい。と思いつつ梱包を解くと、何とオリンパスE-P1が出てきました。

更に同封の表彰状を見ると、トレ旅フォトコンテストで、トレ旅大賞云々とあります。やっと思い出しました。以前応募したトレ旅(鉄道旅行)フォトコン大賞の景品だったのです。普通は事前に入賞のメールが入るのですが、今回は景品が先になったようです。以前某フォトコンで、大賞の電話を受けながら、翌日入選に格下げされた苦い思い出が、一瞬頭をよぎりましたが、今回は、EP-1絶対に手放さないぞと思いました。


(OLYMPUS PEN 三機種勢揃い 右がデジタル化されたPEN E-P1 17mmレンズ、ビューファインダー付き)

ハーフサイズのオリンパスペンは一時大いに流行しました。フィルムカメラのペンは3台持っております。PEN EEシリーズ(上記左)が2台に、レンズ交換のできるPEN F(中央)です。デジタル化されたPENは以前のPENとはがらりとスタイルが変わっておりますが(画面左)、ペンタ部分のミラーが無くなった事により、小型軽量化され、その上一眼レフ同様の機能を備えております。先ずは試し撮りです。


(一番上の孫・小五に飛び上がってもらい、しゃがみこんで撮りました)

上は、4月4日ニセコに羊蹄の水を汲みに家族全員で出かけたときの画像です。ニセコの道の駅ビュープラザの駐車場で、孫に羊蹄山をまたぐように飛び上がってもらいました。色調は「ニュートラル」ですので派手さはありませんが、レリーズの感触も「カシャン」と機械音を発し、手ごたえもあります。

ただ、カメラの裏面にダイヤルやボタンが集中して配備されており、親指でホールドするスペースが狭いので、強くホールドするとダイヤルを動かしてしまうことがあります。何枚か撮影し、次に撮った時に、モニター画面に超露出オーバーの画像が出てきました。どうやら、ISO感度ダイヤルに触れたらしく、確認するとISO=6400になっていました。またシャッターレリーズするのにやけに時間がかかる思っていたら、2秒後タイマーになっていました。いずれも親指が強く触れたことが原因だと思われます。

これらの失敗は4月5日以降発生しておりませんので、或いは、セット時の誤りかもしれません。次の画像は自宅で、孫達が家内の手伝いをしているところを撮りました。手振れ補正が働いている上に、ISO感度をオートにしておくと感度が自動的に上がります。


(おばあちゃんのお手伝い、時々味見)

E-P1にもオリンパス独自のアートフィルター機能が付いております。また多重露光機能も付いておりますが、多重露光については別の機会に取り上げます。今回は六つのアートフィルターの作例を紹介いたします。下の二枚の画像は、その中で、「ポップアート」と「ラフモノクロ」で撮影したものです。


(ポップアート 原色が濃く出ている)


(ラフモノクロ 諧調が飛んでコントラストの強いモノクロ なぜか昔懐かしい感じがします)

最後に、これら六つのフィルターを使って、小樽運河を撮影した画像を上げておきます。下の6枚の内、2〜4枚目はソフトフォーカスっぽい仕上がりで、個人的には好みの範囲ではありません。ポップアート、ラフモノクロについてはこれからの出番が多くなりそうです。


(ポップアート)


(ファンタジックフォーカス)


(デイドリーム)


(ライトトーン)


(ラフモノクローム)


(トイフォト)
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フィルムカメラ「リコーGR1」で撮る

2010-01-30 07:00:00 | カメラ
私の数少ない趣味の一つに、中古カメラの収集があります。収集のきっかけは、写真の技量が上がらないのであれば、一層のこと古いカメラを集めればいいのだ、と思った事です。

収集していることが知人友人にも知れ渡り、無償で譲り受けることが多くなりました。高価なものはありませんが、現在では100台を超えているかもしれません。中には、昭和9年六桜社(コニカの前身)製の6×9判の「リリー」もあります。

さて、そんな話が小中高同級生のN君に伝わり、何とあの高級コンパクトカメラリコーGR1 が、一年半ほど前に私の手元にやって来たのです。1996年の発売時の定価が10万円でした。中古品でもなかなか手に入りにくいGR1です。N君はフィルムカメラから、デジタルカメラに切り替えたというのです。


(4群7枚構成の高画質GRレンズはプロカメラマンの高い評価を受けている)

ただで譲り受ける条件が、リコーGR1でフォトコンに入選することでした。結構厳しい条件です。最近は滅多にフィルムカメラを使っていないからです。最近も彼から、催促が来ました。ブログに、リコーGR1を特集せよというものです。この1年半に、リコーGR1で10本ほど撮影しております。そこで画像をいくつかピックアップしてみました。


(H20.7.21撮影 RicohGR1+Kodak業務用400 下の画像も同じ)


(第5回That's撮れ録れフォトコンテスト ピクトリコ賞 「コバルトブルーの池」)

上の二枚は、すでのご存知のとおりH20.7月に入山禁止が解けた美瑛町の美瑛川上流の青い池です。この日午前7時前にここに到着しましたが、あたり一面霧がかかって、殆ど周囲が見えない状況でした。日が昇ると同時に、霧が薄れ画像のような状態になりました。次の二枚は旧手宮線跡地で開かれる鉄路展(毎年9月上旬)を撮ったものです。


(H20.8.25撮影 RicohGR1+フジアクロス100 下の画像も同じ)


(鉄路展の数ある作品の中で、とても気に入った作品です 作者不詳)

モノクロ写真をもう一枚上げておきます。旧手宮線を散策していたら、偶然犬を連れた方が三人すれ違いました。とっさに撮った一枚です。こういう時は、ポケットに入るGR1は便利だと思いました。


(H20.10.2撮影 RicohGR1+プレスト400 第2回私の好きな小樽写真コンテスト 小樽駅長賞)

最後にあと二枚上げておきます。小樽市の中心商店街である「都通」アーケード内で撮影したものです。上段は、パチンコ店の広告の前を通り過ぎた人物を撮ったものです。アーケードの天窓から日が差し込み、「海物語」の広告を浮かび上がらせています。日の当たらない周辺が落ち込んでとても印象的な一枚になったと思います。下段の「晩夏」については、2009.11.11付けブログ「道写協小樽フォトコン…」に解説しております。


(H20.9.10撮影 RicohGR1+フジ業務用100 下の画像も同じ)


(道写協小樽2008フォトコンテスト 特選「晩夏」)

リコーGR1の機能等についても述べたいところですが、一般の読者には、興味のないところかとも思いますので割愛いたしました。この素晴らしいリコーGR1を、気前よく譲ってくれたN君に感謝です。
なお、登山家のN君のブログは下記の通りですので、機会があれば除いてみてください。
「楽山日記」 
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トイカメラで遊ぶ

2009-12-09 08:00:25 | カメラ
最近若者達の間では、トイカメラで写真を撮るのが流行っています。LOMOやHOLGAといった、ロシア製のカメラ(現在は中国で生産)が結構売れているようです。これらのカメラに、アグファのフィルムを詰めると、色調の派手さに加え、プラスチックレンズによる、画像の周辺光量落ちが、ノスタルジックを呼び起こすのでしょう。

LOMOの代表的な機種LOMO-LCA(35mm)は、14,5年前には1万円程度だったものが、今では、33600円の定価が付いておりました(小樽ウイングベイ2F「ヴィレッジバンガード」)。ここまで上がると流石に、いまはちょっと手が出ません。

というわけで、今回はトイカメラを取り上げてみました。標題の画像はここ数年に実際に撮影したことのあるトイカメラです。一番目は四眼連写のカメラです。シャッターを押すと四回切れます。一コマに四つの画像が映ります。これで我が家のイヌを撮影したのが下の画像です。

(四眼連写)

色調がおかしい?そうなんです、我が家のスキャナーはCANON 5200Fというかなり古い専用スキャナーで、時おりとんでもない発色をするのです。今回はオレンジ色で出してきました。次はどのような色が出てくるか、楽しみもあります。

問題は、色調よりも、被写体を探すのが大変と言うことです。静止しているものであれば、四眼連写の意味がなくなってしまいます。このトイカメラの出番は、先ずなさそうです。

次は「くま35」というピンホールカメラです。過去に何度もピンホールカメラに挑戦しておりますが、一度も上手く行ったことがありません。アルミ箔等で作るピンホールが極めて難しいからです。ところがこのくま35は、ピンホールが作られているのです。ちなみにこのカメラの組み立てキットは、あの小型カメラを専門に作っている「シャラン」から発売されていました。

(くま35 旧手宮線跡地))

この画像右側3分の1が切れております。やはりピンホールが不完全なのか、ことごとく失敗し、24枚撮りフィルムの25枚目がやっと何とか見られる画像だったのです。白い部分は、フィルムの末尾がテープで止められた跡なんです。

三番目は、110型カメラチョロQで撮った画像を掲げるつもりで下が、やはりスキャナーがとんでもない発色をし、それをソフトで懸命に補正しましたが、上手くいきませんので、割愛い致します。

最後は、大人の科学11月発売号の付録についていた二眼レフです。壁紙.COM/写真部やFreemlという投稿サイトで知り合いとなったgrabieさんにこのカメラのあることを教えていただいたのです。早速買い求め、小一時間ほどで組み立てました。

(二眼レフ 小樽運河)

俥夫の座っている画面中心部はシャープに映っておりますが、周辺部になるに従いボケが大きくなり、光量落ちが激しくなります。まさにトイカメラの本領発揮です。もう一枚、下記の画像は、私の自宅すぐ下のメルヘン交差点にある、オルゴール堂の蒸気時計です。

(二眼レフ 蒸気時計)

下部の人物二人が、妙に横に圧縮されています。不思議といえば不思議ですが、これもトイカメラの面白いところかと思います。さて最後の画像ですが、このカメラは、フィルムの巻上げが手動ですから(当然のこと)多重撮影が可能です。メルヘン広場にある、洋菓子店ルタオの展望台から三色フィルターを使って撮って見ました。

(二眼レフ カラフルな人々)

広場の常夜灯のあるあたりは実にシャープな写りをしております。周辺部が大きくボケ、更に人物が色とりどりで面白い画像になったと思っています。当分この二眼レフのとりこになりそうです。
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