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天岩戸神社と天安河原 高千穂に天岩戸は実在した!

2015年11月13日 | 日記

高千穂の町から数キロ離れたところに、天岩戸自体をご神体とする天岩戸神社があります。つまり、世の中には「天岩戸」が現存するのです。知らなかった・・
神社に行くと、「天岩戸を拝観したい人は、社務所へ申し込みを」ということなので、行ってみると人数だけの申告で、人が集まるまで待つようにいわれます。
観光客が6、7人溜まると、宮司さんが出てきて、西本宮の前に連れて行ってくれて、天の岩戸神社の謂れについていろいろ説明してくれます。



それがまたずいぶん合理的な説明で、天武天皇は霧島のほうの高千穂の出身で、その天武天皇が東征して大和朝廷を開くわけですが、同時に稲作も東方に伝えたと。
それによって本州の食糧事情が大変良くなったので、「こんな良い物を伝えてくれたひとは神様に違いがない」ということで、菅原道真や徳川家康と同じように死後の天武天皇も神様としてまつられるようになり、当然その祖先である人たちも神様と考えられるようになった。
こちらのほうの高千穂は、そのように天武天皇の家系が神様と考えられるようになった後からの高千穂であるということです。

それでもその後からの高千穂に、天の岩戸があるのですから、たいへん便利です。

神楽殿

西本宮の門をくぐって参拝しますが、この神社には拝殿しかなくて、本殿はありません。
御神体は天の岩戸自体なので、拝殿を通して川向こうにある天の岩戸を拝むようになっているわけです。しかしながら、天の岩戸はご神体なので、拝殿からは見えません。
拝殿の脇の入り口のところで神職にお祓いをしてもらって、拝殿の裏に歩みを進めることができます。
拝殿の裏は川を望む小さな展望台になっていて、そこから木の間隠れになっている天の岩戸をなんとなく遠望することができます。
どうやら天の岩戸は、左上半分が土砂が崩れて埋まっているように見えます。

天照大神が天の岩戸から出て、最初に移ったのが、東本宮なんだそうです。こちらのほうは川向こうなので行けません。

この天の岩戸神社から15分ほど歩いたところ、はらはらと枯れ葉が舞い散る渓谷を見ながら川原まで降りていったところに、天安河原(あまのやすがわら)があります。


こちらのほうは、神様が集まって、どうやって天の岩戸に立てこもった天照大神に出てきてもらおうか相談をした場所なんだそうです。
まあ実際、その程度の謂れがあってもおかしくなさそうな森厳な趣のある所で、渓谷に面した幅40メートルの洞窟の中に鳥居と拝殿が建っています。


しかもこの神域の雰囲気をいっそう森厳なものにしているのが、おびただしい数の石積みです。結界張りまくりです。


パワースポットとして訪れる人であふれかえっています。
八咫鏡と八尺瓊勾はこの辺で作られたことになってるんですね。

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