地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷

地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷、副題( 森鴎外と福沢諭吉、三田文学における その後 ・・・ )

山口県教育庁 人権教育課 推進班、山口市 総合政策部 広報広聴課 広聴担当

2017年05月12日 | 山口県庁
平成29年5月12日(金)、以下の配信内容があるため、山口県 山口市 総合政策部 広報広聴課 広聴担当 兼 市民相談担当 亀田氏と私は、対談した内容も含め、山口県教育庁 人権教育課 推進班 主査のもとへ、その説明と報告も入れた。

平成29年5月12日(金)「麻生太郎財務大臣 による 山口県 萩市民館 講演」に関する話題に関し、財務省 中国財務局 山口財務事務所 理財課長と私は、外務省 いわゆる 密約書 不在の問題の当事者としての立場で、対談し、外務省との間における、その連絡、事実経緯、及び、その現在に至る、私の現況について 説明を入れた。

同日、島根県 益田市 亀井事務所 職員との間にて、私は、今までの件に関し、その連絡対応を持った。

同日、財務省 中国財務局 山口財務事務所 理財課長と私が、外務省 いわゆる 密約書 不在の問題の当事者としての立場で、その対談もし、外務省と私との今までにおける、連絡経緯、及び、その現在に至る、私の現況に関して、その説明内容に関しての確認、「麻生太郎財務大臣 による 山口県 萩市民館 講演」に関する財務省 大臣官房 人事課 担当の許へと入れた。

平成29年5月11日(木)、日韓合意に関する日本側の評価に対し、韓国 文大統領は国内で日韓合意に対する様々な意見があると説明。「日本側の評価をそのまま認めるという雰囲気ではなかった」(萩生田副長官)という。一方、両首脳は日中韓首脳会談や日韓首脳会談の早期開催でも合意した。

同日、島根県 益田市 危機管理課 課長より、私のもとへ 島根県 危機管理に関する、連絡が入り、その対応をする。

同日、郵政省、大蔵省時代からの各対応が、私には、あるため、平成29年5月 麻生太郎財務相 山口県 講演会に関する、財務省 課長からの連絡を受けた。平成29年5月9日、山口県 山口市 河村建夫代議士 事務所 宮川秘書と私は、山口市 河村建夫代議士 事務所にて、平成29年5月、開催 山口県下における 麻生太郎財務相による山口県 萩市 萩市民館 講演会に関し その打ち合わせをおこなった。過去 出来事として、私からは、当時の佐藤信二代議士と麻生太郎代議士との友好関係を説明もし、それが河村建夫先生が、国会議員への出馬 初当選へと いたった当時の経緯に関しても、その説明をいれた。その際、現在に至り、日韓議員連盟会長である 河村建夫代議士による、「外務省 いわゆる 密約書 不在に関する その 竹島 等における諸問題に関し」 当該 日本外務省 北東アジア課 大村久美 外務職員 等へ対して、さらなる、ご配慮も 期待している旨・・・・、河村建夫代議士 宮川秘書へ私は、簡略に、申し伝えている。平成28年2月19日、財務省 財務大臣 官房人事課 人事第2班 岡村・渡辺 財務省 職員 等との連絡対応について、私は、持っている。

同日、島根県 益田市 亀井事務所 旧郵政省 官僚 鶴頭氏より 私への言動に対し、その対応をする。

同日、山口県 山口市 総合政策部 広報広聴課 広聴担当 兼 市民相談担当 亀田氏と私は、対談し、

以下 ・・・・

平成29年5月11日に、山口県 山口市教育委員会 文化財保護課 文化財保護 担当者、並び、山口市教育委員会 文化財保護課長と私が、対談し、その日本遺産 萩往還は不認定 申請の萩市、山口市、防府市 落胆に関しては、 山口市からの対応における内容もあるため、その状況の説明をした。山口県 山口市教育委員会 文化財保護課にて、山口市教育委員会 文化財保護課 文化財保護担当と私が、面談をした際には、「山口市教育委員会 文化財保護課 文化財保護の担当者から、その著作権のことがわからないと言われ、その一方で、山口市教育委員会 文化財保護課 文化財保護の担当者から、その無知識を前提、及び、それを武器ともされ、文化行政における、山口市教育委員会 文化財保護課 文化財保護の担当者による、理不尽な言動が続くまま、その関係している諸問題に関し、山口市より、その善処が、一向にみられないため、そのために、私が、著しく、精神的な苦痛をおわされ、困っている状況 説明、及び、今まで、旧小郡町 時代からの文化財保護の対応内容と、その後の経過における 説明をし、山口市より、 当該 山口市教育委員会 文化財保護課へ 予算措置を講じ、善意ある対処も 私に対しては、していってもらいたい 旨」 等 ・・・・ その伝達をした。
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日本遺産 萩往還は不認定 申請の3市落胆 /山口

28日発表された文化庁の「日本遺産」を巡り、県内では下関市が関門海峡を挟んだ北九州市と申請した商館などの文化財42件が認定された一方で、江戸時代の参勤交代道だった萩往還を中心とする文化財は不認定となった。共同申請した萩、山口、防府3市の担当者は落胆の様子を隠せなかった。 周防国衙(こくが)跡(防府市)などの古代▽瑠璃光寺五重塔(山口市)など大内氏統治時代の中世▽萩城跡(萩市)など幕末維新期--などを結んだ「萩往還」の文化財48件で構成し、2月に申請していた。不認定の理由は示されていない。 山口市文化交流課は「観光ルートにもなっているので期待していた。来年度に向け再申請するか改めて3市で検討する」と話した。【祝部幹雄】 〔山口版〕  ・・・ 平成29年4月29日(土) 毎日新聞 地方版より

私のコメント :

平成29年5月8日(月)、島根県 津和野町 総務財政課 係長より、私のもとへ、連絡が入り、その対応をした。

同日、島根県 益田市 亀井事務所 職員のもとへ、私から、その関係する説明内容の書面を送信し、 益田市 亀井事務所 職員との間にて、その内容における対談をした。

同日、島根県 益田市 総務課 秘書室長より、私のもとへ、連絡が入り、その対応をした。

同日、山口県 山口市 教育委員会 文化財保護課との対応の件に関して、私は、その確認の連絡を山口市 教育委員会 文化財保護課へ入れた。

同日、山口県 山口市 河村建夫代議士 事務所 秘書との間で、私は、電話での対談をした。

同日、山口県 萩市 文化財保護課 職員と私は、 今までの萩市 文化財保護課、及び、萩市 他の課 等から 私へ対応している件に関し、その内容が、 日本遺産、新たに17件 「日が沈む聖地出雲」 の記事内容 等に関係もしているため、入念に、今回は、対談をし、今後の見とおしについて、私からの意見も、萩市 文化財保護課 職員には、述べた。

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日本遺産、新たに17件 「日が沈む聖地出雲」など

文化庁は28日、3回目の選定となる「日本遺産」に、「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」や「忍びの里 伊賀・甲賀」、「日が沈む聖地出雲」、「関門“ノスタルジック”海峡」など23道府県(59市町村)の17件を新たに認定し、発表した。今回を含めると認定数は計54件。文化庁は東京五輪・パラリンピックのある2020年度までに100件程度まで増やす方針だ。日本遺産は有形・無形の文化財を活用して物語性をアピールし、地域の活性化を図る狙いで、15年度に開始。調査研究や解説板の設置のため、1件あたり平均約4千万円弱の補助金が出るという。43都道府県(288市町村)から計79件の申請があり、放送作家の小山薫堂さんや漫画家の里中満智子さんら8人の有識者による審査委員会が選んだ。今回初めて認定された所在地は北海道、青森、秋田、埼玉、愛知、大阪、山口の7道府県。北前船の寄港地(7道県)、常滑や備前、丹波など日本古来の陶磁器窯「六古窯(ろっこよう)」(5県)といった、広域自治体にまたがるものも選ばれた。一方、岩手、東京、山梨、静岡、宮崎、鹿児島、沖縄の7都県は未認定という。(後藤洋平)

・・・ 平成29年4月28日(金)、朝日新聞デジタル 19時49分 配信より

私のコメント : 平成29年4月28日(金)、 43都道府県(288市町村)から計79件の申請があり、放送作家の小山薫堂さんや漫画家の里中満智子さんら8人の有識者による審査委員会が選んだ。今回初めて認定された所在地は北海道、青森、秋田、埼玉、愛知、大阪、山口の7道府県。北前船の寄港地(7道県)、常滑や備前、丹波など日本古来の陶磁器窯「六古窯(ろっこよう)」(5県)といった、広域自治体にまたがるものも選ばれた。

43都道府県(288市町村)から計79件の申請があり、日本遺産、新たに17件 「日が沈む聖地出雲」など、また、「 日本遺産は有形・無形の文化財を活用して物語性をアピールし、地域の活性化を図る狙いで、15年度に開始。調査研究や解説板の設置のため、1件あたり平均 約4千万円弱の補助金が出るという。 」・・・・ 日本遺産 登録、今後の継続指定の過程についても、日本の領海、領土の問題も含まれているために、各自治体の関係者からは、有識者や 山口県下においての、国重要文化財 民家へと指定をされた過程における 各種 歴史・文化財における 利害関係人との調整に関し、微妙な、文化財 利害関係人による、重要な意見も、慎重に、その内容に関しては、参考、聴取され、その利害関係人からの、県・市・町への公文書開示 請求 等も、一層の計らい、その予算措置 等をもたれ、また、県・市・町 職員からも、島根県 その竹島 領土問題へも、さらなる、関心を寄せられ、努力もされ、取り組んでいってもらいたいと私は、願っている。

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「日が沈む聖地出雲」日本遺産に 島根で3件目

各地の歴史的な魅力を通じて、わが国の文化・伝統をストーリーに仕立てた「日本遺産」に、山陰地方からは28日、島根県出雲市が申請した「日が沈む聖地出雲~神が創り出した地の夕日を巡る~」が認定された。同県内の日本遺産認定は3年連続で、3件目となる。出雲市役所ではこの日、日本遺産認定を祝福するセレモニーが行われた。長岡秀人市長が「今までと違った視点から、この地の文化を発信する好機。世界から多くの観光客に来てもらうとともに、地元の人たちが認定を機に、住んでいる地域に誇りと自信を持ってほしい」とあいさつ。この後、長岡市長らがくす玉を割って認定を喜んだ。認定された「日が沈む聖地出雲」の舞台は、島根半島西端の海岸線。夕日にちなんだお社(やしろ)である「天日隅宮(あめのひすみのみや)」(出雲大社)と「日●宮(ひしずみのみや)」(日御碕神社)がまつられ、出雲の人々は夕日を神聖視して畏敬の念を抱いていた-としている。ストーリーを構成する文化財として、「稲佐の浜」「薗の長浜」「出雲大社」「日御碕神社」「出雲日御碕灯台」「経島のウミネコ繁殖地」などを挙げる。同市は認定を受け、日本遺産魅力発信事業推進協議会を、5月中にも設立する予定。認定されたストーリーを基に、出雲大社を訪れる観光客を日御碕へ誘導するソフト事業を強化し、一帯の活性化を図る考え。

●=さんずいに冗

・・・ 平成29年4月29日(土)、産経新聞 7:55配信より

私のコメント : 平成29年4月28日、各地の歴史的な魅力を通じ、わが国の文化・伝統をストーリーに仕立てた「日本遺産」へ、山陰地方からは28日、島根県出雲市が申請した「日が沈む聖地出雲~神が創り出した地の夕日を巡る~」が認定された。島根県内の日本遺産認定は3年連続で、3件目となる。

平成27年4月24日には、島根県津和野町が、日本遺産認定の申請提出をしていた、《 津和野今昔 ~百景図を歩く~ 》は、「日本遺産」に認定されている。これは、栗本格齊が幕末を描いた『津和野百景図』と現在の町内の文化財等と対比させたストーリーとしてまとめている。最初の日本遺産となった平成27年度は、島根県津和野町を含め全国18件が、文化庁より、認定を受けている。島根県 津和野町における文化財、催し事、等を、丹念に、紹介されている関係者、関係機関による、インターネット上における、情報配信についても、その評価をされていかれたいと願う。島根県、島根県津和野町より、その評価が、より進んでいくと、その内容が、さらなる、島根県内の遺産認定が、世界遺産への認定へとつながっていくとも、島根県、および、島根県津和野町との間の利害関係者の一人として、私は、感じている。

平成28年年4月25日、島根県安来市、奥出雲町、雲南市が共同で文化庁に申請していた「出雲國たたら風土記 鉄づくり千年が生んだ物語」が、日本遺産へと認定をされた。日本古来の鉄づくり「たたら製鉄」で繁栄した出雲の地は、今日もなお世界で唯一、たたら製鉄の炎が燃え続けています。たたら製鉄は、優れた鉄の生産だけでなく、原料砂鉄の採取跡地を広大な稲田に再生し、燃料の木炭山林を永続的に循環利用するという、人と自然とが共生する持続可能な産業として地域社会を支えてきた。鉄の流通は各地の文物をもたらし、現在も、華やかな地域文化を育んでいる。

平成25年8月5日(月)、山口県山口市役所 収納課 永田智子様のもとに行き、私は、山口県山口市税、一部納めた後、以下のブログ内容について、インターネット上においても、表記しなければいけなくなっている理由を簡略に説明し、山口市役所 収納課 永田智子様から山口市役所 総務課には、私から要望している内容についてを連絡して欲しい旨、伝えた。

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私から 渡辺純忠山口市長への抗告状

渡辺純忠山口市長からの差押予告書を受け取ったが、以前 当方が山口市総務部に書面で平成17年12月6日に( 山口市の怠慢により発生している当方が、負担している各機関に対する費用 )を請求するにいたる結果となったことについて渡辺純忠 山口市長に通知するについての回答が今も、依然 全くないため、差押予告書には、応じられない。問題が多方面に起こり、山口市長が、各方面機関に、多大な迷惑にかけたにもかかわらず、何ら誠意ある対応を私に、山口市職員より示さしていないばかりか、国 及び外国の各方面機関の関係者が、穏便に取り計らっている様々なことに、火を注ぐがごとくに、山口市よりの差押予告書には応じられない。小郡町と故河内山賢祐の遺族との間で取り決めが過去に済んでいなかったので、それに関わる必要が無い時間の浪費と出費等を私に、山口市長は、支出させた。 ( 前 小郡町長 岩城精二氏が、旧 宮本研道町長の意思に反し、「遺族の方から代表して遺作・遺品について一任されておられた坂田氏からふるさと創生費の中で購入(一部寄贈)したものであります。」との回答には、「遺族は、故河内山賢祐の遺作・遺品について坂田氏に一任したと文章で委任状を小郡町に出した覚えは、ありません。委任したとの証拠もない事実に、私は、平成13年10月26日より遺族を代表して、岩城精二氏に異議を唱え続けています。小郡町と遺族との間で取り決めが過去に済んでいなかった事実について、それに関わる浪費と出費等を再び 私に、山口市長は、強く支出させ 始めた。私の許に、山口市長 渡辺純忠様の立場について説明に来られたら私への対応が遅いことにより 私が、多大の精神的苦痛を被っていることについては、考慮する。 平成22年10月1日


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関連事項 : 平成22年10月1日(金)、外務大臣官房 総務課 吉田様より外務省 沖縄密約問題 等について、私から外務省に情報提提した内容についてのコメントを聞く、後、総務省の職員に、外務大臣官房 総務課 吉田様の件についてを連絡相談する。

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渡辺 純忠 山口市長へ

渡辺純忠山口市長から、平成20年11月4日付け差押予告書を受け取ったが、以前 総務部の警告書を送付されたことにより、当方が山口市総務部に書面で平成17年12月6日に( 山口市の怠慢により発生している当方が、負担している各機関に対する費用 )を請求するにいたる結果となったことについて渡辺純忠 山口市長に通知するについての回答が今も、依然 全くないため、差押予告書には、応じられない。問題が多方面に起こり、山口市長が、各方面機関に、多大な迷惑にかけたにもかかわらず、何ら誠意ある対応を私に、山口市職員より示さしていないばかりか、国 及び外国の各方面機関の関係者が、穏便に取り計らっている様々なことに、火を注ぐがごとくに、平成20年11月4日付け総務部の差押予告書について を 当方が、山口市総務部職員 児玉達哉氏を窓口にしていたにもかかわらず、その者より全く、連絡も無いままに、当方に了解もなく、発信された。よって、山口市 総務部 担当 福井様から平成20年11月4日付け差押予告書には応じられない。この件に関して、小郡町と故河内山賢祐の遺族との間で取り決めが過去に済んでいなかったので、それに関わる必要が無い時間の浪費と出費等を私に、山口市長は、支出させた。 ( 前 小郡町長 岩城精二氏が、旧 宮本研道町長の意思に反し、「遺族の方から代表して遺作・遺品について一任されておられた坂田氏からふるさと創生費の中で購入(一部寄贈)したものであります。」との回答には、「遺族は、故河内山賢祐の遺作・遺品について坂田氏に一任したと文章で委任状を小郡町に出した覚えは、ありません。委任したとの証拠もない事実に、私は、平成13年10月26日より遺族を代表して、政治家 岩城精二氏に異議を唱え続けています。このような、岩城精二氏の法律理論では、法律の正義は通用しません。岩城精二氏が、この件を独断で法律解釈され、処理続けていることに、渡辺純忠山口市長が、岩城精二氏の法律理論を追認している事実が 平成18年2月6日(月) に山口市総務部職員児玉達哉氏に私が、ようやく、確認できて、発覚した。小郡町と遺族との間で取り決めが過去に済んでいなかった事実について、それに関わる必要が無い時間の浪費と出費等を再び 私に、山口市長は、強く支出させ 始めた。私の許に、山口市長 渡辺純忠様の立場について説明に来られたら私への対応が遅いことにより 私が、多大の精神的苦痛を被っていることについては、考慮する。 
         
平成20年11月5日(水)
                        
山口市税を納める住民より

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「広島市立舟入高女の碑について 」

今までの私のボランティア活動歴についての話しをします。

山口市小郡文化資料館に、故河内山賢祐の作品と遺品が展示してあります。遺作、遺品の管理について、私の祖父が、河内山賢祐と近い親類であったこともあり、遺族の立場を代表する意味でも芸術文化財ボランティアの立場でも、旧小郡町時代よりその作品等について、散逸しないように細かく注文をつけ私は、今日まで至っています。私が、当時、小学校の修学旅行に広島に行くという折に、その当時存命であった私の祖父と祖母が、「広島の平和記念公園に、河内山の叔父さんの原爆慰霊碑の彫刻があるから、見てきなさい。」と言われたことを覚えています。しかし、私の小学校修学旅行は、集団行動で、勝手に個人行動で広島の平和記念公園を見て回ることが、出来ずに、その時は、どこにその碑があるのか、わからずじまいでした。33年の歳月が、流れ、ようやく河内山賢祐と湯川秀樹との二人の構想による「広島市立舟入高女の原爆慰霊碑」が、広島市中区の区役所を訪問し、その場所を教えてもらい中区の中を流れている川沿いに確認することができました。風雪に耐え、乙女のレリーフは胸を強く打つ作品でした。広島市立舟入高女の碑の原版は、山口市小郡文化資料館に残されています。大叔父の河内山賢祐と湯川秀樹博士は、どのような考えで、このすばらしい作品を残そうとしたのかは、今となっては、二人とも故人となっているので、聞くよしもありません。先人の平和に対する想いを若い世代に語り継ぐことが必要です。司法のボランティアを議論することすら 機会もなく、又、司法現場の弁護士や判事さんにおかれても、様々なボランティア活動について理解と参加等の配慮をお願いしたいと感じることがあります。今後とも皆様にご協力をお願い申し上げます。


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