地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷

地震・噴火・気象災害への対応 文学・文化論攷、副題( 森鴎外と福沢諭吉、三田文学における その後 ・・・ )

シーボルト没後150年で法要

2016年10月18日 | 赤十字活動
シーボルト没後150年で法要

江戸時代、長崎を拠点に西洋の近代医学を日本に広めるなどしたドイツ人の医師、シーボルトが亡くなってから150年となった18日、長崎市の寺でシーボルトをしのんで法要が営まれました。

シーボルトはドイツ人の医師で、江戸時代の長崎を拠点に西洋の近代医学を伝えたほか、日本の自然や文化を研究しヨーロッパに紹介したことでも知られています。

シーボルトが亡くなった1866年10月18日から150年となる18日、シーボルトが長崎でともに暮らした楠本タキや娘のイネが眠る墓地がある長崎市にある皓台寺で法要が営まれ、シーボルトの子孫や関係者などおよそ70人が参列しました。

はじめに、シーボルトの肖像が掲げられた祭壇に僧侶がお経を上げ、全員が焼香しました。

そのあと境内にある楠本家の墓を訪れ、タキやイネの墓に花を手向け線香を供えていました。

シーボルトの子孫で、ドイツから来たコンスタンティンさんは、「儀式はとても印象的で感動しました。多くの日本人がシーボルトの功績をたたえてくれて、すばらしいと思います。このような先祖がいて光栄に思います」と話していました。

長崎市ではシーボルトの死後150年にあわせ20日から、国内外のシーボルトの研究者が一堂に集まる国際会議が開かれることになっています。  平成28年10月18日 19時06分

・・・2016年(平成28年)10月18日、NHKNEWSWEB [ NHK 長崎放送局 長崎県のニュース]、19時06分 配信より

私のコメント: シーボルトが亡くなった1866年10月18日から150年となる 2016年(平成28年)10月18日、シーボルト 長崎市 皓台寺において シーボルトの法要が営まれ、シーボルトの子孫や関係者などおよそ70人が参列しました。



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