Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

保湿状態などで変わる出来

2014-09-10 | 
IHで炊いた冷や飯を初めて試した。味飯は温めて食したが白飯では初めてだ。想定内であった。なるほど以前ほどばらばらにはならないが、冷や飯で握り飯を握れるほどではない。こうした乾燥した米での限界はいたし方がないであろう。それでも飯自体に味がして、これまでのように不味くはないのだ。これは驚きである。

月夜は、子ウサギのグリルで一杯飲んだ。ヴァッヘンハイマー・リースリンクである。最初は酸がやや弱まった感じで、土壌特有の味が出てきたが、知らぬうちに殆ど空いてしまう。アルコール度は低くないのにである。なぜこのように飲み心地が良いのかは分らない。上位のリースリングとなるとやはりコクガある分流し飲めないのだろうか。価格からするとやはり上位のものを楽しんだ方がお得のようである。以前は質より量であったが、一人での晩酌では惜しいと思うようになってきたのだ。

二日続けてボールダーに通う。腕の筋や肩に痛みがあったのであえて同じような課題を避けた。久しぶりに最下部のアクセルシュヴァイスに挑戦した。典型的な壁登りなので使う部位が全く異なる。今年中に解決したいと思った課題であるが、まだまだ解決しそうにない。

それでも今まで使っていなかった足場を挟むことで、手掛かりを掴む感じや身体の流れがスムーズになって、最高到達点の手掛かりには問題なく手が届くようになった。その手掛かりを軸にして、右足で立つことがまだ出来ないのだ。理由は上から見えなくなることと、垂壁で身体を捻らした状態から脛の位置の足場に荷重することが難しいからである。それに荷重が出来れば、左手の手掛かりを一つ上に替えて、右手を自由にして大き目の手掛かりに掛け直すことで、ゴールが見えてくる。

その右手の手掛かりこそは未到のものであるが、上から観察して研究すれば、通常のクライミングのそれほどの手掛かりであるが、片手だけでぶら下れるものではないので、上部の足場に乗り移ることで初めて左手が自由になって、上端の縁に手が届くことになっている。だからいま挑戦しているその一手が核心部には違いないだろう。その難易度からしてもこれが突破できれば、他の多くの課題も解決可能となる。

前夜の疲れを解すために、沢沿いを奥まで走った。往路12分2050歩であったので、往復で24分の可能性があったが、25分4066歩で終えた。歩数からみると、復路は決して悪くはなかったが、往路の12分が13分に近かったことを証明している。右足親指の付け根を日曜日の走りで傷めたようだ。捻挫気味で歩行も困難だからどうしても走るバランスが悪い。それでもボールダーも出来ているので、使って直せばよい。また両腕の下腕の筋が張っている。指先の力などを調整しながら使うようになっているので、怪我に注意である。ボールダーに出かける前に72.1KGだったから帰宅後に72KGを割っているかと思ったら、少々の水で300Gほど体重が増えていた。



参照:
危険な子ウサギ 2006-10-24 | 料理
大きな成果は無かったが 2014-05-18 | アウトドーア・環境
ジャンル:
アウトドア
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