VDPプファルツの記念行事が始まった。金曜日晩のワイン地所の照明は、パーティが開かれたルッパーツベルクのみであったようだが、土曜日にはフランス国境シュヴァイゲンからグリューンシュタットまで名だたるグランクリュ地所が投光器で様々な色彩に彩られた。
ウンゲホイヤーの地所ではヘアゴットザッカーに包まれる一角である醸造所ビッファーの地所が照明され、其処へと至る道筋には灯火が灯された。ゲオルク・モスバッハーの若夫婦によって、丁度自らの地所の一角で案内されていて、家族的な雰囲気を醸し出していた。
其処では最終日の日曜日の夜間には、SWRシュトッツガルトの放送交響楽団のブラスセクションによって音が奏でられる。どんな曲が演奏されるだろう。
その前に、朝からダイデスハイムの試飲会に出かけた。その大きな名前を復活させつつある伝統のフォン・ブール醸造所である。試飲自体は、現時点ではまだまだ銘柄が揃っていないので来る五月のそれの様な賑わいはなかった。
それでも、十年振りぐらいになる醸造蔵見学は、昨今のその商品の質の向上を包み隠さずあからさまにしていて、何度も覗いた同じ蔵が殆ど初めてのような感じで強い印象を与えた。
嘗ては、日本から研修で派遣された従業員も居り、突然その蔵を訪ねて仕事中を驚かしたことなどもあり、また当時日本からの資金でステンレスの樽が新調されてそのきらびやかな近代性が強調されていた時期を思い出す。
その当時もなるほど見学時には古の樽に蝋燭が備え付けられて、安物観光向けの趣が与えられる一方、そのワインが語るように近代化された醸造法こそが金科玉条となっていたのである。その炭酸の強く残るワインに、ラインガウのドイツ一と言われるロバート・ヴァイルの醸造法が目標にあったゆえに、皮肉にもその目標に明らかに勝るとも決して劣らない地所の秀逸性が充分に示されない結果となっていた。
そして、その現在の様変わりようは、醸造の素人であろうとも、整備されたグランクリュワインの新しい木樽やピノノワールの並べられた多種多様の木樽に、またステンレスの樽が隅に落ち着いて収まっている様子に、もしくは伝統を戻したゼクト作りの棚に、十二分に表れているのである。
言い変えると、その整然とした醸造蔵は、如何に職人の神経が行き届いているかが判るといっても良いぐらい、其処で出来上がるワインの質を語っている。
樽に関してのみ端的に言及すれば、それは、1970年代には老朽化して近代的なクリアーなワインが出来なくなった木樽が、1980年代になって漸く新規交換されて、1990年代の外資による近代化へと繋がって行ったのである。そして、その後は上のサントリー社が資金援助をしたロバートヴァイルと同じように清涼飲料化したリースリングは、その炭酸によって高級感を損なった。そして、今新たな木樽による熟成へと再び王道を歩むことになった歴史にも通じるのである。(続く)
ウンゲホイヤーの地所ではヘアゴットザッカーに包まれる一角である醸造所ビッファーの地所が照明され、其処へと至る道筋には灯火が灯された。ゲオルク・モスバッハーの若夫婦によって、丁度自らの地所の一角で案内されていて、家族的な雰囲気を醸し出していた。
其処では最終日の日曜日の夜間には、SWRシュトッツガルトの放送交響楽団のブラスセクションによって音が奏でられる。どんな曲が演奏されるだろう。
その前に、朝からダイデスハイムの試飲会に出かけた。その大きな名前を復活させつつある伝統のフォン・ブール醸造所である。試飲自体は、現時点ではまだまだ銘柄が揃っていないので来る五月のそれの様な賑わいはなかった。
それでも、十年振りぐらいになる醸造蔵見学は、昨今のその商品の質の向上を包み隠さずあからさまにしていて、何度も覗いた同じ蔵が殆ど初めてのような感じで強い印象を与えた。
嘗ては、日本から研修で派遣された従業員も居り、突然その蔵を訪ねて仕事中を驚かしたことなどもあり、また当時日本からの資金でステンレスの樽が新調されてそのきらびやかな近代性が強調されていた時期を思い出す。
その当時もなるほど見学時には古の樽に蝋燭が備え付けられて、安物観光向けの趣が与えられる一方、そのワインが語るように近代化された醸造法こそが金科玉条となっていたのである。その炭酸の強く残るワインに、ラインガウのドイツ一と言われるロバート・ヴァイルの醸造法が目標にあったゆえに、皮肉にもその目標に明らかに勝るとも決して劣らない地所の秀逸性が充分に示されない結果となっていた。
そして、その現在の様変わりようは、醸造の素人であろうとも、整備されたグランクリュワインの新しい木樽やピノノワールの並べられた多種多様の木樽に、またステンレスの樽が隅に落ち着いて収まっている様子に、もしくは伝統を戻したゼクト作りの棚に、十二分に表れているのである。
言い変えると、その整然とした醸造蔵は、如何に職人の神経が行き届いているかが判るといっても良いぐらい、其処で出来上がるワインの質を語っている。
樽に関してのみ端的に言及すれば、それは、1970年代には老朽化して近代的なクリアーなワインが出来なくなった木樽が、1980年代になって漸く新規交換されて、1990年代の外資による近代化へと繋がって行ったのである。そして、その後は上のサントリー社が資金援助をしたロバートヴァイルと同じように清涼飲料化したリースリングは、その炭酸によって高級感を損なった。そして、今新たな木樽による熟成へと再び王道を歩むことになった歴史にも通じるのである。(続く)
ちなみにお願いすればいつでもケラーの見学もさせてくれるのでしょうか?あるいはこういうイベントの際の特別ですか?
今後質の向上と共に嘗ての名門復活が広く語られるとき、この投資は正等に評価されるでしょう。
ハード面の前編に続いて、忘れない内に、ソフト面の注目点を後編として投稿します。参考になると思います。
見学は、何処の醸造所でも、しかるべく案内するパーソナルの問題で、例えばマイスターがそこに居て手が空いていれば急遽やって貰えることもままあります。約束しておいて休閑期に個人的に案内して貰うなどもありますが、ガイド解説つきで廻るのはやはりこうした催し物の時が都合よいです。