Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

あれやこれやと昂る気分

2017-04-09 | 雑感
とても気分が昂っている。私事もあるのかもしれないが、土曜日のキリル・ペトレンコのバーデン・バーデンデビューがここまで気分を昂らせるとは思わなかった。自分が演奏する訳でもなく、なんら理由はないのだが、いつものように分析的に冷静に居れるのかどうか心配になる。昨秋の座付き管弦楽の演奏会は今回の予行の心算でボンまで行ったのだが、その結果は想定以上で、今回もネットで既に確認したとしても本格的な管弦楽団とのコンサートは初めてなのだ。どのようなコンサート指揮をするかは完全に分かっていてもとても期待が高まる。

前日に買い物も済ましておこうと車に乗ると、フィルハーモニカ―のクヌート・ヴェーバーというチェリストが話をしていた。初日の「トスカ」の前に放送局に来て、それから谷を散歩をして、着替えてから会場入りするという。歩いてスタディオからクーアハウスの方へ、ホテルへと戻ったのだろうか?あのヨハネス・ブラームスのように。とてもいい天気で、爽やかだ。

翌日はペトレンコとの演奏会で、ベルリンでの五年ぶりのコンサートは練習からとてもうまくいき ― 私の言うように「将来への方向性を定める」という言葉を使っていた ―、また少しだけ今回も合わせてから本番だという ― つまり同一メンバーが乗る条件だろうか。当然の如くミュンヘンから前乗りすると思っていたが、練習は何時ものように開演前まで続くのだろう。トスカ初日を覗かないと歌劇の場合の音響はあまり分からないだろうが、登場は来年はないので、まだ時間があるということだろう。

悲愴交響曲の練習でもペトレンコは、三楽章の後で拍手のファールが無かったのは今まで一度しかなかったと。そして23日に初めて二度目を経験したということだ。確かに体で聴衆に示唆するだけの静止をして、そこから終楽章へと流れた。これも経験の積み重ねということになるのだろうか?さて、祝祭劇場ではどうなるだろう。

ベルリンでは聴衆の期待に圧倒されそうになったとヴェーバーも語ったが、バーデン・バーデンでも我々のように将来のスーパーオペラの本拠地としての始まりへと寧ろこちら側が胸がはち切れそうになってしまっている。YOUTUBEなどにはバーデン・バーデンで期待しているという書き込みもあり、そのような人達もいるのだ。



参照:
ペトレンコにおける演奏実践環境 2017-03-30 | 文化一般
ギリギリの悲愴交響曲 2017-04-06 | 音
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