Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

キリル・ペトレンコのキャンセル

2017-06-14 | 雑感
指揮者キリル・ペトレンコが久しぶりにコンサートをキャンセルした。アムステルダムのコンセルトヘボーでの三日間の公演だった。そもそもこの公演はピアニストのラドー・ルプーが主役になっていて、2015年のベルリンでの推薦決定前に決まっていた公演だろう。

キャンセル理由は「いつもの健康上の理由」であるが、実際のところは分からない。代役にルーマニアの指揮者を立てているところが若干気になるが、日程的にリハーサルへの前乗り直前の判断だと想像する。

指揮者は歌手などとは異なってそれほどキャンセルすることはないのだが、幻と呼ばれたムラヴィンスキーとか、チェリビダッケとかを彷彿とさせるのが面白い。お陰で、今回もいつものように「家庭交響曲」も余分に勉強させて貰い、この指揮者の譜読みがなければ一生涯ここまでは至らなかったであろう次元まで音楽のお勉強をさせて貰って感謝に堪えないのである。

実際にミュンヘンの音楽監督の日程を見ると、新制作「タンホイザー」の五回目が終わってから一週間経っており、次の指揮公演は7月2日の「影の無い女」のようで、その前に関連性のある「家庭交響曲」で客演するというのは理に適っている。但しもう一つが協奏曲伴奏とは言いながらモーツァルトの二つ目の短調協奏曲K.491で、一週間は別途準備が必要だっただろうか ― ここで言及すのもおこがましいが、このハ短調の協奏曲も読み込むと中々簡単な伴奏では済まない。

「タンホイザー」の演奏指揮を聞いていても可成り全身全霊を傾けている感じは窺われていて ― その間にマーラーの交響曲などの指揮があった ―、更に世界最高の管弦楽団と精一杯の演奏を繰り広げるのは客観的に厳しいようにも感じていたのは事実である。要するにこの指揮者は、他のスター指揮者がするような遣っ付け仕事をしないのが特徴で、そこが魅力であり、それだけに一度一度の公演に強い意志が感じられるのである。

因って、2014年12月のベルリンでのドタキャンをズル休みと呼んだのも、そのキャラクターからして、首の健康上の問題というよりも、その直後の「影の無い女」公演での指揮ぶりからしても、寧ろマーラー六番の準備が充分で無かったというのが個人的な観測である。

この世界最高の交響楽団には2013年にデビューしており、ショスタコーヴィッチ作ピアノ協奏曲と「シェーラザード」を指揮している。後者はyoutubeにベルリンのシュターツカペレとの美しい中継録音がある。今回の公演も勿論客演指揮であるからデビュー公演と比較してどれほどの成功を収めたかは分からなく、少なくとも売券状況からしてもそれほど注目されていなかった。

個人的にも昨年から気になっていたのだが躊躇していて、ワイン祭りの喧騒を逃れるために近々に決断したのだった。しかし「家庭交響曲」に関しては交響楽団のそのアンサムブル上の特性から可成り期待できるものだと分かり、胸をときめかしていたのである。その反面、この管弦楽団のその特性を満遍なく客演指揮で披露するとなるとある意味大変なことだとも思った。それがどうしても聞いておかないといけないと思わせた理由だった。

何代かのベルリンの監督がヴィーンの座付き管弦楽団の指揮を恒例としていたようには、次期監督においてはそうはならず、ヴィーンとの関係は限定的になると予想されるなかで、ベルリンのフィルハーモニカ―の競争相手であるアムステルダムの交響楽団との関係は、芸術・政治的にも注目されたのだった。先週末には、その一方でテューリンゲンでのビュローピアノコンクールの名誉理事になることが伝えられていた。

こうしてキャンセルとなると、夢想してとても残念にも思うが、嘗てのルツェルンでアバド指揮のプログラム変更時とは全く異なり ― あの時の怒り心頭は今からすると自分自身でも驚きだが ―、今回は旅行前に連絡があり、部屋も完全キャンセル可能なので、旅行に出かけていたならば300ユーロ越の消費となったが、これで入場料だけの無駄な出費となった。入場券は誰かが使ってくれない限りただの紙切れとなるが仕方がない ― これもオペラ公演などで高額券の注文を押し止める理由である。それにしても無駄になる美術館前売り券などをまだ購入していなくてよかった。

しかし少なくとも音楽監督としてのミュンヘンのオペラでの公務が最優先であり、その次に同様に何ヵ月もの準備を経て重要視していたのがベルリンとバーデンバーデンでのコンサーツであったのはこれでまた証明されたことになるだろう。恐らく今秋の東京公演に向けても然るべき万全の準備は怠らないだろう。

これで、もし自宅に滞在していてワイン祭りの喧騒に耐えたとしても悶々とした気持ちは湧かなくなる。騒がしければ騒がしいでそれはそれで片づけものが捗るかもしれない。兎に角、気温が予想ほど上がらずに気象が不安定になることを願っている。



参照:
あれこれ存立危機事態 2015-07-14 | 歴史・時事
竹取物語の近代的な読解 2014-12-31 | 文化一般
古の文化の深みと味わい 2014-12-24 | 文化一般
ワイン祭りを避けるついで 2017-06-09 | 生活
ワイン祭り初日を終えて 2017-06-11 | 生活
何もかも高くつく 2017-06-10 | 雑感
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