一粒の種談話室

西洋社会の精神的基盤であるキリスト教と我々日本社会とのつながりや我々日本人が抱く疑問等を論じ合う場を提供

聖霊の息吹:その11:母の里帰り

2009-10-12 16:26:17 | 生活
聖霊の働きは、日常生活の中に、とてもたくさん現れることに気が付いた。聖霊の働きは、たぶん、キリスト教信者かそうでないかにかかわらず、現われている。キリスト教信者は、聖霊の働きを信じているので、これに気が付くことが多いが、日常の忙しさにかまけていると、見逃すことも多いのではないか?ましてや、信者で無い方にとっては、聖霊の働きの存在自体を知らないために、聖霊が働いても、これを素通りしてしまうのではないかと思われる。

今日は、母の里帰りにあたって現れた聖霊の働きを伝えたい。
母は、3年前、病に倒れたので、実父の追悼ミサは止む無く延期した。
翌年、母が回復したので、再び実父の追悼ミサを企画したが、再び母は病になり、実父の追悼ミサは止む無く再延期した。
今春、母が回復したので、特急指定席券と実家の近くのホテル宿泊を予約し、母の里帰りを企画したが、またも母の具合が悪くなり、断念した。
母の里帰りは、この時点で、完全に諦めた。

今秋、妻により義父の追悼ミサが企画され、実父と義父の墓はたまたま同じ墓地に立地しているが、私はもはや母の里帰りは完全に諦めていたので、義父の追悼ミサにも出席しないつもりでいた。
ところが、ある晩、いつもはあまり夢を見ない私が義父の夢を見たのである。これは、義父が私に義父の追悼ミサに出席するように要請しているのだと感じた私は、妻に出席を伝えた。この義父の夢は、後で良く考えると、「聖霊の働き」であったと思われるのである。
さらに、義父の追悼ミサに出席するのであれば、3年延期になっていた実父の追悼ミサも母抜きでも実施しようと親戚に伝えた。

ここからが、さらに聖霊の働きと思われるところで、実父の追悼ミサを行うのに、母が出席しないのはおかしいとの話になり、結局母も出席して、無事実父の追悼ミサと同時に、母の里帰りも無事出来たのである。

全ては、義父の夢から始まったことである。義父に感謝したい。
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きいて!きいて!
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