一粒の種談話室

西洋社会の精神的基盤であるキリスト教と我々日本社会とのつながりや我々日本人が抱く疑問等を論じ合う場を提供

聖霊の息吹:その13:パスカルのパンセ(瞑想録)との出会い

2009-10-12 18:28:16 | 
娘の大学受検支援のため、とある大学のオープンキャンパスの模擬講義を受講した。この中で、先生は、パスカルパンセ瞑想録)は大変良い本なので、ぜひ一度読むことをお奨めすると受験生である高校生に話した。

実は、恥ずかしいことに、パンセ(瞑想録)の中の「人間は考える葦である」の言葉は知ってはいたが、実際にパンセ(瞑想録)を読んだことは私の数十年にわたる人生中でも一度も無かった。

そこで、図書館で借りて読んで見ると、彼は数学者で合理主義者であるにもかかわらず、敬虔なキリスト教信者であることがわかった。

また、パスカルは、パンセ(瞑想録)の中で、私が疑問に思っていた「イエスの言われる永遠の命」に対する一つの回答を与えていたのである。
キリスト教信者になれば、無限の命と幸福が与えられるというのであれば、我々の死後、無限の命か有限の命かを誰にも確認ができないし、例えそれが有限の命であったとしても失うものは何も無い以上、理性を捨てて、無限の命と幸福を選択すべきではないかと主張するのである。
何事も合理的に考えようとしていた私に、大きな示唆を与えてくれた言葉である。

これも、聖霊の働きと考えざるを得ない知らせであった。
ジャンル:
きいて!きいて!
キーワード
人間は考える葦である オープンキャンパス
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