ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

京都ぎらいが京都になれて ・・・

2017年06月13日 | 日記/世相

 関空を利用する外国人、主に観光客らしいが、大幅に増えたという。
 目的のひとつが京都、真偽のほどは定かでないが東京の人は京都が大好きらしいと聞く、名所はそんな内外の観光客で溢れているらしい。

 二十代も終わりの頃、初めての京都勤務を命じられた。
 仕事は総務、支社長の秘書を担当する係長の補佐、誰も遣りたがらない雑用係だった。

 東京本社の暇な役員連中、大好きらしくたびたび上洛、市内で遊ぶならまだしも、やれ天橋立だ、やれ城崎だと足を延ばす。

 その準備と後始末、そんな仕事に馴染めず、早く大阪に戻してくれ、なんてばかり思っていた。

 それが、通算して三度も京都に勤務することになろうとは。
 二度目以降は人事や労務管理が仕事だったが、洛中に代表される気位が高い京気質、慣れはしたが好きにはなれずじまいだった。
 尤も、長いサラリーマン人生で貴重な経験をさせて貰った、と今になれば思う。

 ところで、最初の転勤の折、歓迎会をして貰った二次会で、これまた初めてマイクを握らされて歌ったのが、藤圭子さんの 「京都から博多まで」(詞:阿久悠/曲:猪俣公章)。

 その何番かに  京都育ちが博多になれて 可愛いなまりもいつしか消えた という一節がある。
 博多の方には失礼だが、男を追って落ちてゆく女・・・、上手く紡ぐものだと感心する。

 お母さんそっくりになってきた宇多田ヒカルさんのTVCMを視て、そんな遠い日のことをちょっぴり想った。
 絵は
茜色の画家・小野竹喬(1889-1979)「日本の四季 ‐ 京の灯」、09年秋<生誕120年展>から。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1327

 ※ 宇多田ヒカルさんの 「道」(詩曲:Utada Hikaru/某清涼飲水TVCM60秒Ver.)です。

   

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