フィリピンーマコのお話箱

フィリピンでの日常と、その中でふと私が思ったことを
お伝えします。ときどき開いてみてください。

会議通訳の体験

2017-06-19 15:23:44 | 日記

 先週、先々週と、私はある女子修道会の国際院長会議と養成担当者会議の通訳を頼まれました。
 場所はケソン市ノボリチェスの黙想の家(写真)、カビテ州の自宅からはジープニーとバスを乗り継いで約3時間かかるところです。



 黙想の家の門を入ると外の騒音とは別世界、大木が生い茂る並木道を約5分歩くと3階建ての黙想の家に着きます。
 建物の中には、カトリックの大小様々なグループがそれぞれの目的に応じて使えるよう、会議室やダイニングルームが数か所にあります。黙想中の人たちの邪魔にならないよう公の場所では沈黙が原則で、ただ聞こえるのは心地よい鳥のさえずり…、そこは神様と向き合って自分自身を見つめ直すには絶好の環境です。(写真)

   

 ちなみに、黙想の家を越えてさらに奥へと進んで行くと墓地(写真)に突き当たりますが、ここには1614年にキリスト教弾圧の日本からマニラへ追放されたキリシタン大名、高山右近の遺骨が納めてあります。
 マニラのイントラムロス内の第二聖イグナチオ教会の地下に納骨してあった右近の遺骨は、第2次世界大戦で教会が破壊されたため他の86名の骨と混ざり、イエズス会は戦後それらの遺骨をまとめてここへ運び、2つの墓に納めたのです。




(この2つのお墓の中のいずれかの遺骨が高山右近のもの)

 実は、シスターから通訳の仕事を頼まれた当初、私は会議の通訳なんて自信がなかったのでお断りしようとしたのですが、「大丈夫よ…」と励まされ、他に都合のつく方もおられなかったので、やむをえずお受けした次第でした。
 そんなわけで、今回私は、聖書の中の、「私たちを強めてくださる方(キリスト)によって、私にはなんでもできる!」(フィリピ4章13節)という言葉を何度自分自身に言い聞かせたことでしょう?・・・

 考えてみればフィリピンに33年住んでいるといえば日本で過ごした時間より長いのですから英語はできるはずなのに、実際は、ふだんの生活の中で知らない言葉はそのまま聞き流していたり、自分の知っている単語だけを使って会話をしているため、英語力はある程度のレベルでストップしている自分を反省しました。
 これからは知らない単語に出会ったら必ず辞書を開いて調べようと奮起しました。本当に良い気づきを与えていただき感謝です。

 
(こんな光景も…、草を食む羊です)

 一方、そんな私の通訳にも喜んでくださったシスター方には、深い優しさと温かさを感じました。
 それと、最初の週の終わりにお礼を下さった時、思いもよらないほどの金額だったのでびっくりして、「えー?もう来週の分まで下さるんですか?」と尋ねたところ、「いえいえ、これは今週分で、来週はまた別よ」と言われたのでさらに驚きました。
 でも、つい最近我が家の冷蔵庫が故障したし、車も塗装しなくてはならなかったので、過分とは思いつつも実はとても助かりました。

 このことを親しい日本の友人にメールで伝えたところ、こんな返信が来ました。
「マコちゃんもお金は貯まらなくても、お金に困らないようになってるのね。うちも、そうだけど。これが一番よ (^o^)v」・・・。
 私は、「確かになー、神様は、私たち一人一人に、いつ何が必要かを、ちゃんと上から見ておられるんだわ!」と嬉しくなりました。
 
(会議が終わって一同笑顔で記念撮影)



ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 新学年度スタート | トップ | 高校生のフィリピン体験ツア... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。