雑記帳

日々の徒然をとにかく書き込んでおきます

パティオ祭り

2017-06-13 21:14:47 | 旅行
コルドバ滞在中は、パティオ祭、メスキータなどの有名観光地巡り、その他コルドバの観光地巡りである。滞在中はこれらをアットランダムにこなしているのであるが、以下、イベント毎に別々に記事にすることとする。
まずはパティオ祭である。

前にも書いたように、南スペインのコルドバやセビーリヤの旧市街には、パティオ(中庭)を囲むような造りの家が多いという。パティオの入口にはこれまたデザインに工夫を凝らした鍛鉄細工の透かし扉が付いており、通りからパティオを垣間見ることができる。
パティオのある家に住んでいる人たちが、パティオの美化に注ぐ情熱は大変なものだ。コルドバでは毎年5月の中頃に2週間にわたってパティオ祭があり、パティオのコンクールが催され、優勝したパティオの住人には賞金が贈られる。
「中庭方式は、夏のあいだ日射が強烈で空気が乾燥しきっているという気候風土に向いている。こういう地域では日光の直射や切り返しから遠ざかるほど、そして外気が直に吹きつけてこない所ほど、より涼しくて快適なのだ。暑い盛りには外気温が40度を超えることも珍しくなく、そうなると素肌に風を受けるとかえって厚い(下記著書より)。」
添乗員ヒミツの参考書―魅惑のスペイン (新潮文庫)
紅山雪夫
新潮社


コルドバの今年の
パティオ祭りは5月2日~14日であり、ちょうど我々の滞在期間に合致している。パティオコンクールに参加しているパティオは、期間中、だれでも自由に入って見学することができる。ただし、11時~14時、18時~22時のみだ。
見学者はパティオ祭りの地図をもらうことができる。下の地図は、配られた地図をベースとし、一部の見えなかった部分を付け足したものである。

地図には、青印の番号(1~45)と、茶色印の番号(1~14)が記されている。青印が、一般人のパティオで、今回の祭りに参加しているパティオである。茶色印は、博物館などの公共の施設である。

9日、ホテル到着は午後6時頃である。まだ太陽がかんかんと照らしている昼間だ。妻はホテルで休息を取り、私は市内見学に一人で出かけることとした。まだ、上記パティオの地図を入手していない。
 
コルドバ旧市街の西端、アルモドーバル門からシナゴーガ(ユダヤ人の会堂)へ向かう途中の路地で、観光客が出入りしているパティオに遭遇した(上写真と左下写真)。後からパティオ地図と照合した所、青30番のパティオであった。

 

翌10日、3人でメスキータを訪問した後、娘は一人行動、妻と私が2人で市内見学した。パティオ祭り地図を頼りに、まずは茶色9番の博物館(後述)を見た後、いろいろ探し回り、1箇所だけ青印パティオ(青33番)を見つけた。右上写真と下写真である。階段(下写真)が素敵だったので、交互に記念写真も撮影した。


11日、まずはアルカサルを見学した。そのあと、アルカサルの近く、旧市街の南西端にまとまって位置しているパティオを見て回った。パティオ開場は11時だが、まだ時間がある。もよりのパティオの入口前で開場を待った。本日は雨が降ったり止んだりである。入口前には、すでに開場待ちの観光客が群をなしている。11時ちょうどに、そのパティオ担当スタッフが到着し、鉄格子の透かし扉から中に入っていった。ほどなく開場である。パティオ内はあっという間に観光客に占拠される。
この地区には、37番から45番までのパティオがまとまっている。いずれも、入場するには長い列に並ばなければならない。炎天下、いくつの列に並び、いくつのパティオを訪問したか、もう忘れてしまった。取りあえずパティオ祭りの写真と照合してみた。


青37番





 





どこのパティオも、2階までの高い壁の一面に無数の植木鉢が飾られている。
先述の「魅惑のスペイン」によると、夏は気温が高くてしかも乾燥しきっているため朝夕2回の水やりはどうしても必要で、それだけでも大変な手間であるそうだ。一体どのようにて水やりを行っているのであろうか。
上の写真は、南西端地区で見つけた銅像である。子供がハシゴに登り、でっぷりした親爺から水桶を受け取って、高所の水やりを行っている情景であろう。このような働き者の少年がいればいいが、いなかったらどうするのであろうか。
下の写真のような道具を立てかけているパティオもあった。


ここアンダルシア地方の床面の特徴として、小石を縦に並べた床面がある。左下写真はその一例である。平べったい小石を用い、平べったい面を水平にするのではなく、平べったい面を垂直にして並べているのである。裸足で歩いたら足つぼマッサージになるであろう。さらに左下写真のように、色違いの小石を用いて模様を描いている。
 

この地区は、旧市街の南西端に位置している。旧市街の境界には城壁が健在である。右上の写真は、パティオの一方の壁として城壁を利用しているものであった。




上の写真のパティオ、植木鉢の数で勝負しているようであった。
数多くのパティオで、井戸がアクセントになっていた。本当の井戸かどうかは不明であるが。左下の写真(青44番)は、井戸を覆う屋根が特徴的であった。

 

この日訪問したパティオは、いずれも入場するまでに長い行列に並ぶ必要があった(右上写真)。

12日、まず妻と2人でミナレットの塔に上った後、1人で市内を巡った。まだ訪問していない、旧市街の東側を歩いて回った。
旅籠屋ポトロを過ぎた所で、パティオ地図を紛失していることに気づいた。あの地図がないと、パティオ祭り参加のパティオに辿り着くことができない。しょうがないので、まずはガイドブックに出ているピアナ宮殿を訪問し、そのあと、適当に歩いてパティオを探すこととした。

ピアナ宮殿は、ピアナ公爵の邸宅として14世紀に建てられたものだそうだ。一番の見所は、さまざまなスタイルに整えられた12ものパティオということだ(地球の歩き方)。左下の写真が宮殿の正面。見学者の出入り口はこの左側にある。
 
宮殿内を順路に従って歩いた。いくつものパティオを抜けていく(右上写真、下の2枚の写真)。
 

ピアナ宮殿の見学は終わった。予定ではこのあと、パティオ祭りに参加しているパティオを順に訪問する予定であった。ところが、パティオ祭りの地図をふんしつしてしまったので、どこに目的のパティオがあるのか、まったく手がかりがない。
唯一の頼みは、私がなくしたのと同じパティオ祭りの地図を持った人を探すことである。あっ、いた。そこで、その人がやっていた方向に歩き、その方角にあるはずのパティオを探した。一つの路地を曲がって目星を付けたところ、その路地の途中に一つのパティオを見つけた。たしかに祭りに参加しているパティオである。そして同じ路地には、続けて3箇所の祭り参加パティオが位置していた。そのうちの2箇所が、以下の写真である。
  
青14番     青12番


本日はグラナダに移動する日であり、もうあまり時間がない。ここは旧市街の北東の外れである。ここから南西方向にあるホテルまで歩かなければならない。地図を頼りに帰路についた。途中、祭り参加パティオに遭遇することを期待したが、残念ながら見つけることはできなかった。

こうして、私のパティオ祭りは終わった。

戻る                            続く
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